第22話 もう一緒に戦えない
「ところで、マルグレーテ。学内騎士競技大会ってどういうものなの?」
「知らないんですか!?」
エリアの声がお洒落な店内に響く。
遠足の翌日は一年生のみ休校であった。暇を持てあました私はエリアとマルグレーテを連れて、学園都市のカフェ『リヴァージュ』に来ていたところである。平日午前中のカフェは学園の一年生女子が多かったようだ。
「おまちどおさまだぞ!」
元気で小柄な店員さんが持ってきてくれたマフィンを食い尽くし、眠くなってきたあたりで、マルグレーテに学内騎士トーナメントのことを尋ねたのだが……それはどうやらエリアを驚かせる結果になったらしい。
まあ、騎士トーナメントでプリムを倒すとかエリアを倒すとか偉そうに宣言したのに、実は大会についてよく知らないとかありえないもんね。
知っているのである――概要だけは。毎年6月に行われる候補生同士一対一の勝ち抜き戦。一年生と二年生がそれぞれ優勝者を決める。
だが、私が知っているのはあくまでゲームにおけるトーナメントであって、ゲームが現実となったこの世界では細かい部分が異なっているかもしれない。なので詳しいはずの彼女に聞いてみようと思ったのである。
「マルグレーテなら詳しいでしょう?」
金髪お姫様が立ち上がった。今日の彼女は意外なことにパンツルックである。
「私も知りませんわ。なんで私なんかに聞こうと思ったんですの?」
ゲームでの解説役はそう堂々と宣言した。
……おかしい。マルグレーテは知らないことを教えてくれるチュートリアル屋さんだったはずなのに。
「そんなに知りたいなら、だれかに聞いてきてあげてもよろしくてよ」
ひょっとして、ゲームでの彼女はエリアに学校のことを教えるために色々と情報収集するキャラだったのだろうか。田舎娘の面倒を見るために努力を欠かさないとはさすがマルグレーテである。
「だれが詳しいのかしら?」
「それはもちろん先生方ね。とくに、学園の出身者がよろしいわね!」
となると、ラウル先生とフィーン先生に聞けばいいわけだな。今日は学校にいるのかな。昨日、一年生を引率したから休みか。
「詳しい人間を見つけましたわ。昼過ぎに来いって」
学生証でメール操作していたマルグレーテがそう言った。どうやら先生にアポを取ってくれたらしい。なんて迅速で気が利く娘なんだ。
昼食後、学園の教務棟に足を運ぶ。いつもは先生方とすれ違うのだが、今日は休んでいる人が多いのか静かだった。マルグレーテは先頭に立ってどんどん進んでいく。
「えっ、ここ?」
意外なところで彼女の足が止まった。マルグレーテが躊躇なく立派でいかめしいドアを開けると――
「やあ、待っていたよ」
まばゆいばかりに輝く金髪男がいた。
「そ、総長!?」
エリアが声をひっくり返らせる。
エリスランド騎士団総長、アレン王子であった。
今日も殿下は景気よくキラキラ輝く王子オーラをばらまいている。あまりにまぶしすぎて、むしろ顔が半分隠れて見えないほどだ。テレビの「警察24時」に出てくるモザイクがかかった容疑者みたいになってる。あるいは、違法風俗店が摘発された時に居合わせた客。アレン王子には、こっちのほうがお似合いか。
「総長だよ、ぼくの可愛い騎士候補生。また来てくれてうれしいな、黒髪の君」
前半はエリア、後半は私への挨拶であった。手の甲に口づけしようとしないのは、前回の事件から教訓を顔で学んだらしい。ちなみに、マルグレーテにわざわざ声をかけないのは、親しい間柄だからだろう。
「こんないやらしい男にかしこまる必要はなくってよ、エリアさん」
こう言えるくらい親しいのである。アレン王子が私たちに近づかないよう壁になっているくらい親しい。ゴミを見るような視線ができるくらい親しい。
「わざわざ、私たちのために時間を割いてくださってありがとうございます、陛下。ずいぶんとお暇なようで」
「ハハハ、これも仕事のうちさ。きみたちに会いたくてむりやりスケジュールを空けたんだよ」
いい笑顔だった。百パーセント嘘をついているスマイル。
ちなみに、騎士団の基地は学園のすぐ隣にある――というか騎士団基地の一角に学園があるため、行き来は簡単なのだろう。
「殿下。グリズムート様――マルタン副総長はいらっしゃらないのかしら?」
「グリーなら王都本部のほうで公務中だよ」
「チッ、使えない……」
「舌打ちはまずいですよ、リリーさん!?」
「チッ」
マルグレーテも不快そうに同じく舌打ちする。エリアは目を回してしまいそうだった。
「そ、それでなんの話だったかな」
「学内騎士競技大会がどういうものかについてお聞きしたいのですわ、殿下」
「なんでも聞いてくれたまえ。なにしろぼくは優勝経験者だからね!」
と、自慢げに胸を張る。
そういえば、そうだった。アレン王子は学生のころ、騎士トーナメントで優勝したという設定があるのだ。
「たしか……、優勝するためにひどいインチキをしたとか?」
アレン王子の笑顔がぴくっと引きつる。
「どういうことですの!?」
「話によると、優勝候補だったラウル先生に間違った試合の日時を伝えて不戦敗にしたとか……」
「な、なぜそれを!?」
「最低よ!」
「ご、誤解だ、本当に間違えたんだ! そのあと、ちゃんと二人で勝負して白黒つけたから!」
「怪しいわね……」
マルグレーテの目がものすごく冷たい。こんないい子に軽蔑されるとかすごいなあアレン王子。
「その勝負、殿下とラウル先生のどっちが勝ったんですの?」
「結果は……まあいいじゃないか。それを聞くのは野暮ってものだよ」
はっきりしないあたり、やましいことがあるのが窺える。
「過去の不正はともかく……殿下にうかがいたいのは大会の細かいところについてですわ。たとえば、試合にはどんな武具を使うんです? さすがに真剣は使わないのでしょう?」
「試合用の特殊な道具を使ったはずだけど、ぼくのときはどうだったかなあ……」
「そんなこともわからないの……? この役立たず!」
姫がお怒りであった。マルグレーテって王子にはかなりぶっきらぼうにしゃべるのだな。
「――私が代わりにお話を聞きましょうか?」
と、部屋にやってきたのは、セミショートヘアのいかにもできそうな女性であった。学園の二年生だろうか? お茶を持ってきてくれたところらしい。まるで有能な美人秘書のような雰囲気だ。
「あら、ごきげんよう」
と、挨拶したのは、知り合いらしいマルグレーテ。
「二年生のマリス・ブランドくんだ。学園に来たときは、たまに面倒を見てもらってる。ああ、うん、細かいところについては彼女に聞くといいよ」
などとアレン王子は言うが、そもそも彼から得られた情報はとくにない。
「昨年、大会に出場しているので、お答えできることならばお答えします」
マリスさんは私たち一年生に対しても丁寧だった。ざっくばらんに話してくれてかまわないわけだが、クールでお堅い感じなので無理かもしれない。
「――大会で使う武具のことでしたら、学園側が試合用の剣と防具を用意します。剣はやわらかい素材でできていて、怪我をする心配はまずありません」
「良かったです」
エリアはほっとしたようだった。
「それでどうやって、勝敗を決めるんでしょう?」
「剣と防具には衝撃の度合いを測定する装置がついています。これで、どれだけの手傷を負ったかを自動で判定するわけです。私が去年使った限りでは、かなり正確で公正な結果が出ていました」
そんなものを使うのか……
「スキル――魔術や神の加護はどういう扱いになるんですの?」
「ええ、それもすべて自動で判定されます。魔術はみんな使いますが、女神の加護を受けられる選手はずっと有利になるでしょうね」
「ずいぶんと便利な装置があるのね……」
想像がつかないが、ハイテクなセンサーとソフトウェアの組みあわせのようなものであろうか。
「アイテムの持ち込みはどうですか?」
「アイテム……? 会場に持ち込めるのは、学校側が用意した試合用の剣と防具だけですよ」
「むむっ……」
これでプランのひとつが崩れた。【やすらぎの鈴】で対戦相手に状態異常連打して、一方的にボコってやろうと思ったのだが、これでは無理である。持ち込み不可ということはつまり御守りのたぐいも駄目ってことだろう。純粋に腕を試す場ということがわかる。
正面から実力で対戦相手に勝つしかないんだろうか。できたら、ゲーマーらしく、裏技、ハメであっさり勝ちたい。
「試合数が多いから、開催期間中は暇になりますよ。特に一日目は。会場で他の人の試合を見るより、寮で休んでいたほうがいいでしょう」
経験者だけあって、リアルな情報を得られた。
「優勝すれば良い賞品が出るから頑張ってくれたまえ」
王子様はそんなしょうもないことしか言ってくれない。
「二年生はともかく、一年生の賞品は豪華さが足りないんじゃありませんの?」
「どんな賞品なんです?」
「エリアが持ってる御守りの安いほうよ」
レインくんにプレゼントされたやつである。御守りに加えて剣も授与されるが、そこそこ悪くない程度の品であり、値段にすると両方あわせて5000クラウンにもならない。
「ずいぶんケチね!」
「まったくね……。そうだ、それを賞品にするのはどうかしら」
私が指さしたのは――殿下の腰のあたりであった。ぶら下がっているのは――まさに国宝級【流星の刃】である。
「こ、これは駄目だよ!? 父上から受け継いだ大事な我が国の宝!」
「なら、国の宝である騎士候補生に差し上げればよくてよ」
マルグレーテは王子から剣を奪おうとする。まあ、金髪キャラにしか使えない専用アイテムだから、もらっても使い物にならないんだけどね。エリアにすら使えないんだぜ。
「あ、あの……、騎士トーナメントってなんであるんですか?」
金髪二人が剣の取り合いしているところ、エリアがものすごく基本的なことを聞いた。
「――候補生同士の腕を試し、能力の向上を促すものと思いますが」
「でも、騎士ってモンスターと戦う存在ですよね? 人間同士で腕を試す必要はないんじゃ?」
エリアちゃんいいこと言った。
この国の騎士はあくまで、魔物と戦う存在である。エリスランド王国では建国以来、人間同士の争い――つまり戦争や内乱は起きていない。
「そうね。エリアの言う通り、人間同士が腕を競う必要はない。むしろ、対人間の訓練するのは、戦争の準備ともとられかねない」
私は、はっとして顔を上げた。
「ま、まさか……クーデター!? 騎士団に謀反の意思あり! 者ども、であえ、であえ!」
「やめてくれ! 本当に大変なことになるから!」
アレン王子は涙目であった。
■
私の言うことを信じたマルグレーテが王子の顔面に一発くれるという一幕はあったものの、ともかく私たちはその場を後にした。
まあこののんびりした国でクーデターが起きるなんてまずないだろうね。魔物がたまに攻めてくることで、国が結集しているなんて設定もあった気がする。
「なんで騎士トーナメントなんかやるんでしょうね。人間同士で戦うことなんてないでしょうに」
学園の構内でエリアはまだそんなことを言っていた。正論だけに反論できないが、あえて説明するのなら、ゲーム的に盛り上がりそうなイベントだからである。
「でも、候補生だから戦わないとならないんですよね」
「そうですわねぇ」
やる気なさそうにマルグレーテが相づちを打った。
「やる以上はがんばります。優勝を目指します」
エリアが主人公っぽい発言をした瞬間だった。
まるでスイッチが入ったかのように、私の中の〈影〉が目覚めた。リリーというもうひとつの人格が――
「あなたでは私に勝てないわ」
リリーが生まれてきたその理由。
一番重要な台詞が私の口から漏れた。
「えっ……?」
「あなたでは私に勝てない、そう言ったのよ」
私――いや、リリーはエリアに指を突きつける。
その瞬間、時が止まったかのような感覚を覚える。
「ど、どういうことですか……?」
震えながらエリアは言葉を絞り出した。
「どういうこともなにも、そのままの意味よ」
「なんでそんなことを言うんです……」
何かをかみしめるような声。
「確かにリリーさんに勝てるとは思ってません。でも……精一杯頑張ろうとしているんです!」
エリアは涙ぐんでいるようだった。
どうやら私の言葉が彼女を傷つけてしまったらしい。
だが、私はリリーなのである。
「一緒に行動するのはここまでよ。私とあなたはライバル。もうこれ以上、肩を並べるべきでないわ」
「い、いやです、そんなの!」
エリアは叫んだ。
「またリリーさんとおやつ食べに行ったり、お買い物したりしたいです!」
私だってしたい。
じわっと涙が出てくる。私だってエリアと離れたくない。いつものように仲良くしていたい。
しかし、リリーとしてそんな顔を見せるわけにはいけないのだ。
「ダメよ。私たちはライバルなのよ……」
「そんなの私にはわかりません! なんで私たちがライバルなんですか!」
なぜなら――
「それが運命だから」
エリアに背を向け歩み出す。
今の私はエリアのライバル、リリーであった。
私は自然とリリーのように振る舞った。
無意識のうちにリリーとなっている。同化しているのである。
なので、なにも後悔はなかった。
たとえ、エリアとぶつかることになろうとも。
たとえ、エリアと袂を分かつことになったとしても。
新キャラの上級生、マリスさんが登場。
……といっても、この段階では顔見せ程度です。
アレン王子は出演のたびに殴られるというギャグキャラになってます。




