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第21話 森の聖獣

 それは――オークであった。


 豚面の醜悪な亜人。邪悪で凶暴で野蛮な雑魚。


 ……ではなく、樹木が動くタイプのモンスターである。なぜこれがオークかと言うと、木の種類が樫木(オーク)なのだ。


「木が動いてますよ!?」


 全高は三メートルくらいだろうか。枝が手のように大きく左右に張り出し、根っこが足のようにうねうね動いている。かなり気持ち悪い姿かもしれない。


「油断しないで、来るわよ!」


 するとオークはドングリの実を弾丸のように飛ばした。前列への範囲攻撃だ。


「くっ!?」


 どうにか顔を隠すが、身体に数発を浴びてしまった。痛い。制服とメイルシャツの上から少なからぬ、ダメージが入る。


「強いですよ、リリーさん!?」


「落ち着いて! 植物は炎の攻撃に弱い。〈ブレイズ・ブレード〉よ!」


「だれも使えません!」


 そういえばそうだったね。まあ、わざわざ弱点を攻めなくてもいいだろう。


「スキル解放! 全力で倒しなさい!」


 先に動いたのは、エリアであった。


「神様、力を!」


 聖なる魔力を込めた剣、〈セイクリッド・スラッシュ〉がオークの太い枝をばっさりと落とす。オークは悶絶するように葉っぱをざわざわと鳴らす。


「星よ、力となって敵を撃て!」


 マルグレーテの放つ〈スターダスト・ストライク〉が太い幹を袈裟斬りにする。そこから割れてしまいそうなほどの深い傷跡が残る。


「正ノ裏。真ノ逆。全テヲ覆ウ純ノ黒。我、闇でありながら闇を斬るモノ、地獄よりいでし冥翳の騎士(シャッテンリッター)なり。いでよ、〈影〉。我が望むのはただ破滅。汝、見えぬモノを見よ。第一の奥義〈シャドウ・スラッシュ〉」


 黒いもやに包まれた私の刃がオークを捉える。まるで敵の生命を刈るかのような手応え。


 オークが全身を震わせた。一瞬にして葉っぱが散る。ドングリの弾丸がぼろぼろと落ちてくる。


 わっ、たった1ターンで中ボス倒しちゃった。


「フ、こんなものね」


 私が剣を鞘に収めたその瞬間――オークは力を失い、森にその身を横たえた。めきめきと折れていく枝の音はさしずめ断末魔だろうか。


「死んだんですか?」


「意外と……弱かったですわね?」


 二人が単なる倒木に変わり果てたオークを覗き込む。


 魔術スキル三連発とはいえ、中ボスをこんな簡単に倒せるとは意外だった。おそらく、マルグレーテの〈スターダスト・ストライク〉が相当なダメージを与えたのだろうと推測される。


「リリーさん、斬る前にぶつぶつ言ってた長いのはなんです?」


「それは私の中に眠る〈影〉を呼び起こす儀式であり祝福。人に話すようなことじゃないわ……」


「なにがリリーさんの中にいるんですか!?」


 私は落ちていた樫の木の破片を拾い上げる。これはいわゆるドロップアイテムであった。堅くて柔軟という特殊な利点を持っていることから、高級な素材として売却できるのである。全員で持ち帰り、それぞれの報酬とすればよいだろう。


「この森はこんな魔物ばかりがいますの?」


「これは中ボス……そこそこ強い敵ね。あれくらいのが数体。もっと強いボスが一体いるわよ。雑魚は草原の魔物より強い程度だから問題ないわ」


 〈エバーグリーン大草原〉は最初の冒険に使われるだけあって、マップがなかなかに凝っている。普通のマップでは、出現する中ボスは一体だけだが、ここでは数種類いるうちどれか一種類が出てくる――初心者が何度訪れても飽きないような仕組みになっているのだ。その上、ゲームの中盤になるとマップが拡張されるというギミックまで仕込まれている。


 さらにはストーリー上、重要な意味まであるわけだが……


「それなら、その強いボスとやらを倒しに行きましょう!」


 マルグレーテがびしっと森の奥を指さす。


「適当に雑魚を倒したら帰るわよ」


「なんでですの!」


「だって、剣の練習に来ただけだもの」


 別にボスは倒さなくていい。


 ドロップアイテムの樫木を回収した直後、フライングマッシュルームに襲われた。森に出るそれなりに強い雑魚である。胞子を撒かれると嫌なので攻撃スキルで瞬殺。まだ少しSPには余裕があった。


 森を掃討しつつ進んでいく。ちなみに、学生証にはGPS的ななにかが仕込まれており、地図上で現在位置がわかる上、ピンチになったら教官たちが飛んできてくれるシステムになっている。


 しばらくうろついていると、森の向こう側から物音が聞こえてきた。人間と金属の奏でる激しい怒号。急に森が明るくなかったかと思うと、流れ星が通過する。こいつは〈スターダスト・ストライク〉のエフェクトだな。普通の魔術攻撃は剣から魔力がほとばしるのだが、星属性攻撃だけどこからともなく星が流れてくるようなビジュアルイメージなのだ。


「あのお馬鹿さんたちがいますわね」


 マルグレーテがつぶやく。〈スターダスト・ストライク〉を使っているのがこの子でないとしたら、この先にいるのは別の馬鹿に違いない。意外と王様とかいて、スキル連発しまくってたら驚くけどな。


 現場まで足を運んでみると、はたして我々の予想が外れることはなかった。そこにいるのは、セナくん、金髪くん、眼鏡くん、レインくんの四人である。牙の鋭い巨大猪と戦っているようだ。この森のボスである〈手負いの聖獣〉である。


「撤退、逃げろ!」


 セナくんが大きな声で叫んでいた。


「うぎゃー!」


 それに従わなかった金髪くんが〈手負いの聖獣〉に跳ねられる。


「助けないと!」


 エリアは右往左往している。


「いい気味ですわ、放っておきましょう」


 逃げる四人を〈手負いの聖獣〉が追うことはなかった。ズタズタになっている毛皮を見れば、その理由が垣間見えるかもしれない。呪いの傷を負っているこのボスには、逃げる者を追いかけるだけの余力が残っていないのだ。


「あんな傷だらけの豚さんに負けるなんて情けなくってよ!」


「回復役がいないから押し負けたのよ」


 つまりはエリアのことである。ポーションが切れたら回復の方法がなくなるので、撤退するしかない。それでも、彼らレベル4の四人組らなら火力ゴリ押しで勝てそうなもんだが、ポーションとエリクサーを使うタイミングをミスったのだろうか。全員バラバラで連携もなさそうだし……


「それじゃ、私たちの出番ですわね!」


「だれかに任せましょ」


「だから、なんで!? なんでなのリリーさん!?」


「だって、全部私たちが倒したらずるいじゃない」


 などと言い合ってるうちに別のパーティーが現れた。


 それは――プリムたちだ。自信満々だっただけあって、経験者の我々を除いてはボスまで一番乗りである。この森のどこかで中ボスとの戦闘も通過しているはずだ。


「みんな、行くよ!」


 プリムパーティーと〈手負いの聖獣〉との戦いが始まった。先手を取ってプリムが〈ブレイズ・ブレード〉を飛ばす。他の仲間も後に続く。驚いたのは、オネエが回復役であることだった。この人、神殿でお祈りしてたりするのか。そのうちすれ違ったりして。


 怒ったボスの反撃。突進攻撃で二、三人がまとめてはね飛ばされた。


「あれ、大丈夫なんですか!?」


「大丈夫じゃないわね。あれだけ短いスカートで戦ったりしたら、絶対、中が見えるはず……」


「なんの心配をしてるんです!?」


 オネエが〈女神の癒し〉で順番にHP回復。そのあいだもプリムパーティーの攻撃は続く。呪いの痛みで我を忘れている巨大猪は突進攻撃を繰り返す。プリムの命令で全員が横に並び、被害者を最小限に抑えようとする。これはうまいやり方だった。前列後列に分かれると、最低でも二人がなぎ倒されるからね。


 これが功を奏したのかもしれない。プリムたちは、ぎりぎりではあったが、〈手負いの聖獣〉を倒したのである。


「やったー!」


 プリムが満面の笑みで喜んでいる。素直で可愛い子であるな。


「――なかなかやるわね」


 などというところで、リリーさんが一同の前に登場である。ライバルキャラならタイミング良く現れないとね。


「あっ、おまえ!」


 赤毛のイケイケくんが声を上げて、指さす。こいつ、金髪くんに似ててウザいな。身長は似てなくてこの子のほうがずっと高いけど。


「しょ、勝負はあたしの勝ちだからね!」


 プリムは嬉しそうな顔をしているが、同時に疲労困憊でもあるようだ。


「そうね、よかったわね。エリア、彼ら全員に〈癒し〉。終わったらエリクサー飲みなさい」


「あ、はい」


 エリアはぼろぼろになっているプリムたちのところに小走りで近寄り、神への祈りを捧げ始める。


「なんのつもり?」


「あなたたち、ポーションもエリクサーも使い切ってるでしょ。帰り道に死んでも知らないわよ」


 ゲームではラスボスを倒したらそれで終わりであるが、現実ではそういうこともあるだろう。私たちも気をつけねば……


「それから〈聖獣〉の牙を落としておきなさい。マオンさんのお店で高く換金できるわよ。あと、これね」


 私は白く光る石を拾い上げ、プリムに投げる。これもドロップアイテム。王都のしかるべきに行けば、武器や防具を聖属性でパワーアップできるだろう。


「これはご親切に。どうもどうも」


 プリムの幼なじみっぽい彼が、愛想良く礼を言い、ぺこぺこ頭を下げる。


「なんだか……勝った気がしない。リリーさんの手の平で踊ってるみたい」


 〈女神の癒し〉でHPを回復したプリムは、むすっとしながら地面の上であぐらをかく。だから、そんなことしちゃったら、スカートが大変なことになるって! そんな見せたかったら今度めくってやるから、婦女子がお下品な真似は慎みましょう。


「リリーさん、いったいなにを考えてるの?」


「そうねぇ……未来のことかしら」


 プリムの下半身についてなどとはとても言えなかった。


「未来?」


「この学園の未来、この国の未来、この世界の未来」


 そんなことより、もっと自分の未来のことを考えたいものだ。たとえば、グリー様のハートを射止めて結婚するにはどうしたらいいかとか。


「リリーさんの言うことを真に受けると馬鹿を見てよ」


 被害者代表のマルグレーテは的確なアドバイスをした。リリーさんは意味深な台詞を吐くのが仕事なのに余計なことをするんじゃない。


「不完全燃焼……」


 プリムはでかいお尻の汚れを払って立ち上がる。


「リリーさん、もう一度勝負よ」


「題材は?」


「来月の学内騎士競技大会(トーナメント)。ここでどっちが強いか決めましょう!」


 びしっと私に指を突きつける。なるほど、そう来たか。私は勝ち気なプリムの瞳を正面から受け止め――


「いいわよ。相手してあげる」


「本気よ! 本気で戦ってよ!」


「もちろんよ、本気で戦う。だって、私は優勝するつもりだから」


「なっ!?」


 一同が小さくどよめいた。


「確かにリリーさんなら本当に優勝できるかもしれません。いや、まず優勝間違いなし……」


「なに、他人事みたいに言ってるの」


 私は振り仰いでエリアを見る。


「私は学内騎士競技大会(トーナメント)で優勝する――それは決勝であなたを倒すためよ」


「ふひゃっ、私ですか!?」


 そう。本命はおまえだ。

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