第20話 初めての遠足、二度目の冒険
エリスランド学園周辺の湖沼地帯から船で川を下ると、〈エバーグリーン大草原〉にたどり着く。そこは……一面の緑であった。向こうに見える森まで延々と草原が広がっている。
しかし、のどかな風景に騙されないでほしい。開けた草原のあちこちに、危険が牙をといで隠れているのだ。ここ〈エバーグリーン大草原〉は、五月演習――通称「遠足」の舞台である。
いま、川岸には、エリスランド学園の一年生全員が集まっていた。彼らはこれから初めての冒険、そしておそらくは初めての実戦に臨むことになる。みな、一様に緊張した面持ちであるが、私に言わせると、ぶっちゃけた話、そこまで大げさに構える必要はないんじゃないかと思う。しょせんは入学してから一ヶ月かそこらに行われるイベントである。学校側にとっても、新入生たちが実戦気分を少し味わえれば充分、その程度のものであろう。
ちなみに……余談になるが、設定資料集によると、騎士候補生の中には、卒業後、武官にならず文官になる者も多くいるのだという。エリスランド学園は、戦前日本の帝国大学と士官学校を足したような学校なのだそうだ(そのあたりは詳しくないのでよくわからないが)。いずれ文官になるような人材なら、あまりレベルを上げる必要がないし、間違って死にでもしたら逆に国家の損失ということになりそうだな。
「よーし、行くぜ」
装備を調えた金髪くんが偉そうに親指を平原へと向ける。
「行ってらっしゃい」
私は快く金髪くんを送り出す。
「おう、行ってくる……って、おまえも来るんだよ!」
金髪くんのノリ突っ込みもなかなかどうして悪くない。
「私は行かないわよ?」
「なに言ってるんだ、さっさと来い。この7人でパーティーだろうが」
私のまわりには、いつのまにか〈帝国墓地〉に一緒にいった6名が集まっている。
「それは先週の話でしょ? あなたたちとパーティーを組むつもりなんてないわよ」
「えっ!?」
その場にいた一同が固まった。
「わ、私のなにが駄目なの……?」
マルグレーテがあっという間に半べそになった。私に拒絶されたと感じてしまったようである。こんな気の強い娘が泣いているところを見ると興奮する……じゃなくて可哀想なので、きちんと説明することにする。
「今日はエリアとマルグレーテと一緒に行くことにするわ。男子諸君は好きにしたら?」
「女だけで!? な、なんでだよ!」
「今日は、私とエリアの2人で剣の練習をする予定なのよ。ほら、先週の冒険では、2人とも剣で戦えなかったでしょう? だから、今日は実践演習! マルグレーテ、つきあってくれるわよね?」
「も、もちろんよ!」
目に見えてマルグレーテの表情が明るくなった。エリアもほっとした表情である。なんで私こんな愛されキャラになってるんだろう。ついさっきまで、呆れられたり、馬鹿にされるポジションだった気もする。
「――なら、仕方がないな」
セナくんが肩をすくめた。
「エリアは俺が守る……」
そこで前に出たのは、ずっと黙っていて存在感のないレインくんであった。彼はストーカーキャラであり、とある理由からエリアを守ることを誓っているのだ。
「エリアは私が守るわ。ほら、私がプレゼントしたこの御守り見なさい」
私はエリアの胸元のペンダントに触れる。
「あなたがプレゼントした御守りよりずっといいものよ?」
レインくんがショックを受けて固まった。ちょっと意地悪しすぎただろうか? まあいい、今日はこの子をもらっていくぞ。自分で自分の身を守れるくらい強くなってもらうためだけどね。
今回は余計なもののない女子会パーティーだ。男子は邪魔だから別行動。連れていったら絶対余計なことをするだろうから……。
よーし、3人で出発――というところで、顔なじみにぶつかる。
「あら――」
お尻が大きくて足の太いミニスカ少女。プリムであった。一瞬目があうと不敵に笑って、言葉もないまま、行ってしまう。おっと、またケツを叩くチャンスを逃した。
ぞろぞろと続くプリムの仲間。ロングヘアの女騎士ちゃんと赤毛のイケイケ男が私のことを突き刺すかのような目線でにらむ。幼なじみくんは「すいませんね」と愛想笑い。情けないようで、パーティーのフォロー役を買って出ているようにも見える。実はこの子がいないとパーティーが崩壊したりするパターンか? オネエは「またね~ん」と実にそれらしく一言。
私は軽く腕組みし、やれるものならやってみろとばかりに見送った。
「リリーさん……あの人たちのこと嫌いなんですか?」
「嫌い? 逆よ。むしろ応援してる」
「相変わらず、リリーさんはなに考えてるか、わからないわ!」
「そう? いつも包み隠さず本音で話してるわよ?」
「本音なのにわけがわかりませんからね」
エリアとマルグレーテからひどいことを言われた。まさに自業自得である。
それはともかく、私たちも出発だ。
足下は足首ほどの高さの草であった。若干の起伏や、岩場や、高い草むらがないこともないが、基本的にずっと平坦で見通しのいい平原である。このあたりはちょうど雨の少ないあたりで、なかなか植物が育たないんだとかなんとか。
「あっ、見てください、うさぎさんですよ」
エリアがのんきに指さした。白いほ乳類が草の間から顔を出したのである。
「うさぎさん、可愛い……全然可愛くないです!?」
急激にエリアの評価が変わった。なぜなら、そのうさぎさんはやけに大型で、邪悪な瞳をしており、とてもするどい牙をしていたからだ。
「アサシンラビットね。肉食できわめて獰猛な性質。鋭い牙で人を殺すこともあるわ」
「早く言ってください!」
エリアとマルグレーテが剣を抜いた。まあ、しょせんは最初のマップに出る一番弱いモンスターなんだけどね。
「マルグレーテは後ろで見てて。エリア、二人で殺るわよ」
と、私も抜刀。剣を構えてじりじりにじり寄る。
アサシンラビットは突然跳ねた。うさぎらしく飛びかかってきたのだ。
驚き、横に避けながら、剣を突き出す。切っ先が胴体あたりを捉えたが……刃は入らなかったようだ。毛皮に阻まれた。こいつ、レベル1モンスターのくせに強いな。
「大丈夫ですか?」
「問題ないわ。スキル使うわよ」
この程度の敵でも私の通常攻撃じゃ厳しい。魔力を充分に込めて――
「せいっ!」
剣を横に薙ぐ。間合いが遠すぎた。刃はアサシンラビットに届かない。しかし、魔術スキル〈シャドウ・スラッシュ〉の生み出す影が敵を捉えた。これがスキル欄にある「射程1」の意味である(射程0だと直接攻撃のみ)。
「ピギッ!?」
私の一撃を受けて、アサシンラビットが転がる。だが、浅かった。まだ死んでない!
「えいっ!」
可愛い気合いの声と共に、エリアがとどめを刺した。上からぐっさりである。引き抜いた刃が赤い血で濡れている。こんなおっとりした子が、危険生物とはいえ命を奪うなんてけっこうショックである。
「他にいませんよね? それじゃ行きましょうか」
血のついた刃物片手に、にっこり笑ってるぞ、おい。ヤンデレなのか? 浮気しないから絶対刺さないでね。
「行くといってもどこに行けばいいのよ?」
「向こうの森よ、森」
〈エバーグリーン大草原〉という名前のマップであるが、実のところ草原は通過点であり目的地は森である。森に住む魔物がボスになっているのだ。
「あっ、リリーさん、マルグレーテさん、気をつけてください!」
急にエリアが叫んだ。
どこに気をつけるのかと思ったら、足下に穴が空いてるじゃないか。
「これはモグラです! うちの畑を荒らす害獣です!」
エリアは妙に興奮していた。
ぼこっと地面が盛り上がる。
そこから這い出てきたのは、毛で覆われたほ乳類。雑魚モンスター、プレーリーマウスであった。
「モグラ! 害獣は駆除です!」
エリアの剣が神聖な光に包まれた。これは魔術スキル〈セイクリッド・スラッシュ〉か。
「ありゃああああ!」
たどたどしい雄叫びと共に、エリアは剣を振り下ろした。鋭い切っ先からまばゆく輝く魔力が解き放たれて――このエフェクトは致命的一撃か!?
頭を出したほぼその瞬間、もぐらことプレーリーマウスは頭をかち割られてお亡くなりになった。地面を掘って移動攻撃とか、真価を発揮する暇もなかったね。
「モグラ、倒しましたよ!」
エリアはこれまでにないさわやかな笑顔である。そうか、この子は田舎育ち、つまり家が農家なので畑を荒らす害獣は敵なのか。都会育ちの私とは違うたくましさを持ってるらしい。
「油断しないで、もう一匹いますわ!」
マルグレーテが警戒の声を飛ばす。そちらにいたのは……
「鹿ですよね?」
子鹿であった。
「怖くないやつですよね?」
「たぶんね」
バンビといった感じの小さいやつである。これなら思う存分可愛い可愛いすることができるだろう。
「美味しそうですね」
食べるのかよ!?
「若いメスの後ろ脚はお肉がやわらかいんですよ」
「若いメスは禁猟ですわ」
「そうなんですけど、たまに罠にかかってて……」
エリアとマルグレーテは捕まえて食べる前提の話をしていた。エリアは田舎育ちだから猟師がまわりにいるだろうし、マルグレーテはお嬢様だから貴族的な趣味として狩りをしているのかもしれない。日本の都市育ちの私にはまったくわからない話だった。
「フフ、私をお姫様扱いしてもいいわよ……」
「いつもしてますよ?」
雑魚を倒しつつ、森の方へと進む。わざわざ森近くまで来ている他パーティーは少ないようであった。大半は草原で魔獣を一匹二匹倒すのに満足しているようだ。
「強い敵、いませんわね……。私の出番がなくってよ」
「森にまで行けば出てくるわよ」
その森はすぐ目の前だった。雑魚モンスターとの戦闘で多少手間取ったが、川岸から一時間も経たないうちにたどり着く。
「神秘的ですね」
一歩森の中に入ると、エリアがつぶやいた。背の高い木が広い間隔で並んでいる。ここは有史以来、開発されたことのない処女林だ。妖精でも住んでいそうな独特の雰囲気がある。
だが……美しい自然に目を奪われるのは危険であろう。ここは別名「闇の森」。かつてのゼー帝国ですら開発を断念した魔物の巣窟なのだ。広大な森の中にどれほどのモンスターが潜んでいるのか、想像すらできない。
森は、すべての日光と栄養を木々に取られているのか、下生えがなくて歩きやすい。それでも地面からうねるような木の根には気をつけねばならないだろう。
「ふひゃっ!?」
早速、エリアがつまずいた。マルグレーテの背中に頭をがつんとぶつける。乙女ゲームなら、「きゃっ」「気をつけろよ」「やだ……(ポッ)」みたいなシーンになるはずなんだけど、残念、女三人珍道中のギャグファンタジーであった。
「変な雰囲気。生き物はいそうにありませんわ」
「いるわよ。ほら、そこ」
「どこです?」
「リリーさん、木しかなくてよ」
いや、確かにそこにいる。
〈エバーグリーン大草原〉の中ボスが。




