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第18話 黒キ刃

「あっ、リリーさんよ」


「リリーさん、本当に……のかしら」


「…………だって聞いたけど」


 魔術の授業前のことだった。


 体操服に着替え、練兵場に出てきた私は、なぜかまわりの候補生たちから注目を浴びていることに気づく。それ自体はわりといつものことだったりもするのだが、今日はみんなの視線が妙に好奇心を帯びているようなそうでもないような……


「いったい何があったのかしらね?」


 私は長い髪を結いながら、小首をかしげる。


「何がって、わかるでしょう」


 突っ込みを入れてくれたのは、ふわふわボブパーマのめちゃんこ可愛い子。いつも私のそばにいてくれる超ういやつ。『乙女の聖騎士』の主人公であるエリアであった。


「だって――日曜日に冒険に行ったじゃないですか」


「そういえばそうだったわね」


 まるで忘れていたかのように私はとぼける。


 2日前のこと――私たちは古い遺跡である〈帝国墓地〉に赴いた。それは学園に来て初めての冒険である。多少無謀な挑戦だったかもしれないが、我々パーティーは、私が立てた計画の通り、無事、奥に眠るラスボスを倒して、お宝を学園に持ち帰ることが出来たのだった。


「そうね、冒険に成功したのだから、噂の的になるのは当然ね」


 私は結んだ髪にシュシュを付けて得意ぶる。


「というより、禁止されてる冒険に行ったからじゃないですか?」


 そういえば、そんなこともあったっけ。昨日一日休んでリフレッシュしたから忘れていた。それにしても、こんなほわほわした良い子ちゃんにこれだけ冷たく突っ込まれる私ってすごい。見捨てられたらどうしよう。よし、見捨てたら死ぬって脅そう。


「――リリーさん、またやらかしたようね!」


 唐突に何か丸くて大きいものが押しかけて来て人類の言葉をしゃべった。


 それは――よく見ると女性のおムネであった。はて、しゃべる乳なぞ面妖な……


「どこを見てらっしゃるの、リリーさん!」


 性格のキツそうな美人に顔を覗き込まれる。


 なんだ――マルグレーテか。


 このスーパーキラキラ美人、マルグレーテ・ラ・オーツは見栄っ張りで意地悪そうな金髪お嬢様でありながら、その実、親切で、思いやりがあり、いつも他人のために行動するようなあざといキャラなのである。女性プレイヤーから人気が出た理由もわかろうというものだ。


 ちなみにアニメ版『乙女の聖騎士~星屑学園記~』では、男性視聴者からの絶大な人気を獲得した彼女であるが、その理由は間違いなくバストサイズにあると思われる。あまりに大きすぎて、先ほどはその部分しか視界に入らなかったほどなのだ。この規格外のオブジェクトを見ていると、乙女ゲームではなく、別のジャンルのゲームに迷い込んできた気になってくる。女だって、でかい胸が好きかと言われたら、意外と好きだったりするわけだが……


「――――!」


 マルグレーテが忍者のように跳び退った。


「ほあ?」


 のんびりしたエリアがマルグレーテの奇妙な動きをいぶかしむ。


 解説しよう。


 この瞬間、胸に触ろうとしたリリーさんとマルグレーテのあいだでゼロコンマ単位での激しい戦いが交わされたのである。


 虚を突いて手を伸ばす私。殺気を感じて下がるマルグレーテ。遺憾ながら、私の指がターゲットを捉えることはなかった。紙一重のところで、マルグレーテが魔の手を交わしたからだ。ふむ、騎士らしくなかなかの反射神経じゃないか。


 ――ここでくれぐれも言っておくが、私は同性愛的性向を持たないし、サービスシーン的ななにかを披露しようとしたわけでもない。た、ただ、マルグレーテみたいな生意気で完全無欠のお嬢様の嫌がる顔を見たかっただけなんだからね! 同じことをたとえばエリアなんかにしたら、完全にいじめなので、もちろんやりません。


「あの、リリーさん……」


 なんて風に遊んでいると、女子三人組がやってきて、おずおずと尋ねる。


「ちょっと聞いてもいい……?」


「――ほら、冒険の件ですよ」


 小声のエリアに脇をつつかれる。


「いいわよ、なに?」


「リリーさんが大変なことをしたって噂が流れてるんだけど、嘘よね?」


「噂……? 学内の噂には疎いのよね。なにを言われてるのかしら?」


「その――()()()()()()って」


「って、なにやってるんですか、リリーさん!?」


 エリアに全力で突っ込まれた。


「やっぱり殴ったんですよね?」


「骨は折れたんですか?」


「全治何週間なんですか?」


 女子たちはとんでもないことを聞いてくる。


「――お待ちなさいな、淑女のみなさん。それはあくまで学内の噂話でしょう?」


 と、マルグレーテが止めに入ってくれた。


「いくらリリーさんでも、さすがに総長を殴るはずがありませんわ」


「でも、おとといフィーン先生に呼び出しされたとき、総長が一緒にいたって聞いてるよ?」


「そうですわね。いたらしいけど、さすがに総長を殴るはずがないと思いますわ。リリーさんならやりかねませんけれど。うん、殴っておかしくありませんけれど。殴らないのがむしろおかしいくらいですけれど。絶対殴ってそうですけれど。殴らないはずがなくってよ。リリーさん、なんで殴ったんですの!?」


 マルグレーテは私を信じ切れないようであった。どれだけ私は信用がないんだ。なにかをやらかすような人物として、彼女には思われてしまっているようだな。


「そうです、私も信じます! リリーさんが絶対に総長さんを殴ったって!」


 エリアもマルグレーテと同意見のようだ。二人から完全におかしな人扱いされている。おかしい――ちょっと前までは頼れるお姉さん的なポジションにいたような気もするのだが……


「それで、どうなの、リリーさん!?」


 女子三人に問い詰められる。まわりで話を聞いている候補生たちも興味津々のようだ。


「ちょっと、待って」


 私は苦笑しつつも周囲を落ち着かせる。


 ここで重要な事実があった。


 えーと……総長ってだれだっけ? あまり興味のない人物なのでおぼえてないのだ。


 総長ということは、騎士団の総長のことだろう。えーと、入団式の場にいたような――ああ、あの金髪王子様か。


 アレン王子。エリスランドの王太子にして、騎士団の総司令官である。そういや、フィーン先生とラウル先生に呼び出し食らって説教されたとき、一緒にいた気がする。私は別の男性に夢中だったので、その存在を忘れていたのだけれど。


「総長には確かに会ったわ。でも、別に殴ったりしてないわよ」


「ふぇっ、本当です?」


 エリアは信じられないというような目をしている。


「なによ、私が嘘をつくと思うの?」


「普通につくと思いますけど……」


 すごい、エリアからの信用ゼロだ。


「確かにリリーさんは面白がって嘘をつくことがありますわ。でも、嘘をついてまでこんな面白いことを隠すわけがない。むしろ吹聴するはず。いったいどういうことですの?」


 マルグレーテは別方向にいぶかしんでいる。


「――黒髪は嘘はついてないぜ」


 と、そこで割り込んできた男子がいた。


 背が低く生意気そうな金髪少年である。マルグレーテと並ぶとキラキラしてまぶしいからやめてほしい。名前は忘れたので、この場では単純に「金髪くん」と呼ばせてもらうが……たしか、この子も呼び出しの現場にいたっけ。


「黒髪は嘘をついてない。兄ちゃ……騎士団総長を殴ってない」


「じゃあ、冤罪なんですね」


「ああ。ただ、顔面に膝蹴りを食らわしただけだ」


「なにやってるんですか、リリーさん!?」


「なにしてるんですの、リリーさん!」


 エリアとマルグレーテが同時に叫ぶ。


「ああ、そういえば、そんなこともしたっけ……」


 記憶にはなかったが、私の右膝が折れた鼻の感触を覚えている。


「実はね……アレン王子が私の身体に触ろうとしたのよ」


「えっ、本当ですか!?」


「ちょっと、リリーさん。それって総長にセクシャルハラスメントを受けたってことですの? それだったら、殴ってやるのも当然ですけど、総長ともあろう人がそんなことをするなんて――」


「そうですよ、王子様がそんなことをするなんて――」


「大いにあり得ますわ!」


「ふひゃ!?」


 マルグレーテは騎士団総長のこともまったく信用していないようだった。実のところ、アレン王子はだれかれかまわず女を口説くようなキャラだから、信用されるわけがないんだよね。


「まったく最低だぜ、あの男は」


 従兄弟に当たる金髪くんが吐き捨てる。彼も王子のことはよく知っているのだ。


「えっ、嘘、殿下がそんなことをするなんて……」


「ショック……」


 女子たちがざわざわと騒ぐ。


 当人のいないところで、アレン王子の評判が下がっていた。もっとも、身体を触られたといっても、跪いて女性の手の甲にキスをする貴族的なあれをされそうになっただけなんだけどね。それを許したら調子に乗って肩を抱くくらいはしたかもしれないが。


「それにしても、王太子殿下さえ足蹴にするとはさすがですわ、リリーさん」


 と、マルグレーテに感心される。


「誰であっても遠慮しないって格好いいです!」


 今度はエリアに褒められる。やれやれ、馬鹿にされたり持ち上げられたり忙しいな。――本当に持ち上げられてるのかどうかは議論の余地があるが。


「殿下でも駄目って……リリーさん、どんな人と結婚するんだろう」


「どんな人でも釣り合わなそうな感じ……」


 女子諸君はいきなりとんでもない話を始める。乙女っぽいというか、むしろ女子小学生的な発想であった。


「リリーさん、故郷に婚約者とかいるの?」


「婚約者? そんなのいるわけないでしょう。故郷に帰れば、単なる庶民よ、私は」


「またまた」


「帰ったらお姫様なんでしょ」


 本当のことを言ったのに「ハハハ、こやつめ」みたいなリアクションをされる。我が家は典型的なサラリーマン家庭であり、貴族的要素とはまったく縁がないのだが。


「じゃあ、将来、どんな男性と結婚するの?」


「好みのタイプは?」


 好みのタイプねぇ……


「――聞きたい?」


「聞きたい!」


 意味深に問い返すと、周囲の女子たちは目をキラキラさせる。うーん、いかにもガールズトークって感じだな。ついでに、ボーイである金髪くんも、興味ない振りをしながら耳をそばだてているようだ。


 実のところ、日本時代の私は友人たちとこのような話をしたことがほとんどなかった。なぜかというと、理由はまったく不明であるが、話を進めるうちにみんな白目になってしまうからである。わけのわからぬ怪現象と言うほかない。まあ、それはともかくとして、滅多にないチャンスだから色々話しちゃうか。


「別にたいした話じゃないわ。私が男性に望むのは――頼りになることよ」


「思ったより、普通ですね」


 エリアが感想を漏らした。


「その上で、当然、年上であること」


「まあそうなるでしょうね」


「身体を鍛えていること」


「ふむふむ」


「外見にはあまりこだわらないけど、髪は短いこと」


「それから?」


「それだけ。以上」


 私の言葉に、周囲の女子たちがざわめき、顔を合わせる。


「それだけなんです? 年上の人が身体を鍛えて、髪を切れば、誰でも理想の結婚相手になっちゃうんじゃ!?」


「それもそうね」


 条件としては簡単なほうかもしれない。


「たとえば背の高い人が好きとか……」


「高い人のほうが好きだけど、私と釣り合わないと困るから、せいぜい殿方の平均程度でいいわ」


「お姫様なんだから、家格とか財産が重要になるのでは?」


「収入が安定していればそれで。たとえば公務員とか」


「リリーさんのくせに普通過ぎますわ! もっと奇抜な男性が好みじゃないんですの!?」


 マルグレーテにそんな無茶なことを言われる。


「具体的に言うとだれになるんです?」


「――聞きたい?」


「聞きたい! みんなが知ってる人物です?」


「もちろん、騎士団の関係者だもの」


 おおっと、歓声が上がる。


「いったい、だれなんですか!? まさか先生とか……」


「先生じゃないわ」


「だれです!?」


 ここまで聞かれたら言うしかないだろう。私は万感の思いでその名を口にする。


「――グリズムート様よ」


「……………………………………は?」


「騎士団副総長のグリズムート・マルタン様。彼こそ、私の理想の男性よ。これ教えるのはみんなが初めてだから、秘密にしておいてね」


「――――――」


 それまで耳をそばだてて話を聞いていた金髪くんが白目になっていた。


「あれっ、みんなどうしたの?」


「…………」


 どうしたことか、話を聞いていた女の子たちが三々五々散っていく。ついさっきまで乙女オーラを発していたのに、なんたるしらけぶりか。


「もうっ、本気で聞いて損しましたわ!」


 マルグレーテまで怒ってあっちに行ってしまう。まるで私が嘘をついて、みんなをからかったかのような反応だった。ただ、本音で話しただけなのに、いったいどういうことなんだろう。この国の行方が心配だ。


「副総長ってだれでしたっけ?」


 タイミングを逃さずボケるエリアだけが癒しである。乙女ゲームの主人公ヒロインたるもの、ボケと突っ込みの両方をこなさねばやっていけませぬ。


「ふむ……、みんなを期待させてから、からかうというのはあまり趣味がよろしくありませんな、リリー様」


 と、入れ違いにやってきたのは眼鏡くんであった。こいつは金髪くんの従者みたいなポジションのキャラである。細い眼鏡という小道具から分かる通り、嫌みな秀才ポジションだ。その鋭い舌鋒は主君であるはずの金髪くんにまでおよぶわけだが、私に対してはごくたまにしかサディスティックな本性を現さなかったりする。もっとキャラを前面に出さないと、ファンたちががっかりするぞ、おまえ。


「……本当のことを言ったのに、なんでみんな信じてくれないのかしらね」


「本当のことって――だれも信じるわけないでしょう」


「なぜ?」


「なぜって――」


 ぎろりと眼鏡くんの鋭い眼光が私を突き刺す。


「なぜって、()()()()()()()()()()()()じゃないですか!」


 眼鏡クンはキャラに似合わぬ勢いで叫んだ。


 そう。


 だが、そう。


 だが、そこがいいのである。


 私はグリズムート様のような年上(オヤジ)で、身体を鍛えていて(マッチョで)、髪の短い(ハゲた)男性が好みなのだ。おっと、ヒゲが生えているとさらに良いぞ。


 だってさ、考えてもみてほしい、細身の男性には頼れないし、年上ならヒゲ、ハゲになるのが当然でしょ? なのにこの完璧な理論、人類には意外と理解がおよばぬらしいものなのだ。


 ここで具体例を上げるとするならば――


 スポーツ選手で言うと、プロ野球の和田一浩さん(ライオンズ→ドラゴンズ)とかね。彼は二十代半ばから前髪が後退し、当時ですでにアラフォーにしか見えなかったという薄毛界のエリート中のエリートである。アスリートらしい鍛えた身体に、日本人らしい野性味と貧相さを感じさせる顔立ちの組みあわせが最高なのだ。


 サッカーだと、ジダン選手もいいけど、ジュゼップ・グアルディオラ監督もいいよね! M字ハゲから前髪が全滅し、スキンヘッドにしているというまるで隙のない頭部フォーメーションなのだ。元サッカー選手だからガタイがいいし、もちろんヒゲも生えているし、セクシーで、ダンディで、知的で、かわいげがある。まるで、FCバルセロナのスタメンのように豪華な組みあわせである。


 みんなもそう思うでしょう?


 ――というような話をかつて周囲の女子たちにしたこともあるのだが、どうしたことかガールズトークにつきものの「うんうん」「わかるわかる」等の相づちが返ってくることはなかった。それどころか、「本気で言ってるの?」「馬鹿にしてる?」などとすごまれるのである。女子につきもののいじめってやつだ。


 かつて友人から「あんたの男の趣味はゲイに似てる」などと言われたこともある。へー、ゲイの人たちって趣味がいいんだな――ファッション業界で働くようなお洒落さんが多いとも聞くしね。


 ちなみに、グリズムート様は国に仕える公務員的な立場でもあるので、結婚する相手としてはまさにベストであろう。おかしい……ここまで説明したのに、なぜだれからも理解されない――?


「それでは授業を始めましょう」


 と、魔術の教師であるフィーン先生が屋外練兵場にやってくる。


 おっと、こんなことをしている場合じゃない。授業に使う木刀をとってくる。ちなみに、この世界の魔術は、主に剣と魔法を組みあわせた攻撃用スキルとなっている。回復魔法などは、信仰スキルの領分である。


 授業が始まると、金髪くんとマルグレーテが遠慮なく星属性の万能スキル〈スターダスト・ストライク〉をぶっ放しまくる。冒険でレベルが上がって最大SPが増えたからってこれはやり過ぎであろう。


 一方の私は剣を振ってみるが、刃から魔力がほとばしるようなことはなかった。なぜなら、私は攻撃用の魔術スキルというものをひとつも持っていないからである。魔術の授業に出て、スキル獲得に励んだこともあるのだが、1レベルのキャラは持てるスキルが二つまでというゲーム上の制限に引っかかったため何もゲットできなかったのだ。それは()も同じであろう。


「ずいぶん頑張ってるわね」


 声をかけると、やんちゃそうな少年が顔を上げた。一生懸命に部活の練習やってます的な汗がしたたり落ちる。こういうの好きな人もいるんじゃないかな。


 この子はセナ・ドナプレスくん。冒険者志望の気のいい奴だ。


「ああ、俺は日曜の冒険であまり役に立たなかったからな」


 セナくんはやけにネガティブなことを言った。この子、体育会系の元気少年に見えて、実は真面目で現実的なタイプだったりする。そういや、さっきの色恋話にもまったく絡んでこなかったっけ。少しは私の好みの男性について気にしてくれてもいいじゃないか。


「いえ、客観的に見て、役に立っていたように思うけど?」


「戦闘ではたいして役に立たなかったろ?」


「ああ――つまり、火力が足りないってことね」


「火力?」


 つまり攻撃力が低くて、敵に大きなダメージを与えられなかったとかそういうことである。


「だから、セナくんは魔術を身につけて、敵を倒せるようにしたいのね」


「そうだ。だいたいコツはつかんだんだけど、覚えられなかったんだよな……」


 セナくんは愚痴るようにつぶやく。


 その理由は私が知っている。冒険者型のキャラであるセナくんは、〈罠感知〉〈敵感知〉という貴重なスキルを最初から持っていたために、私と同じくスキル制限に引っかかって、それ以上のスキルを獲得できなかったのだ。ゲームの世界というのは実に奇妙なものである。それって仕様だからしようがないよと慰めてあげたいところだが、彼らにとっては意味不明だろう。ただでさえ、最近、ゲーム用語を平気でぺらぺらしゃべって、みんなを混乱させているというのに。


「あいつらみたいな光る剣は無理でも、炎の剣か氷の剣はほしい」


 セナくんは金髪くんとマルグレーテのほうを見る。強力な〈スターダスト・ストライク〉は金髪専用スキルなどと揶揄されており、この二人のほかは、アレン王子と、『乙女の聖騎士2』に出てくるある種の隠しキャラ的人物しか使えない。


「炎の剣は〈ブレイズ・ブレード〉で、氷の剣は〈コールド・ブレード〉のことね。セナくんはすぐに〈ブレイズ・ブレード〉が使えるようになるんじゃないかしら」


 言いながら、私は軽く剣を振る。体内の魔力を剣に伝えようとするが、果たしてできているのかどうか。


「炎の剣のほうか。なんでわかるんだ」


「なんでって、わかるでしょう?」


 セナくんは熱血冒険野郎なんだから〈ブレイズ・ブレード〉に決まってるじゃないか。ちなみにクール系ということになっている眼鏡くんは、氷の剣〈コールド・ブレード〉を最初から持っている。


「まったくわからないが――まあ、いいや。炎の剣は氷の剣より強いのか?」


「属性が違うだけでほとんど同じものね。……活躍の場が異なるってだけ。両方使えるとなかなか楽しいことになるわよ」


「へぇ、そうなのか」


 両方のスキルを5レベルまで上げると、炎と氷の両属性を併せ持った上級スキルに進化するのだ。これを二刀流のスキルで振り回すと、なかなか派手なことになる。だが、実際にゲームで双方のスキルを上げるのは難しかったりする――なにせ戦闘がオートだからプレイヤーの狙っているスキルを使ってくれるとは限らないのである。となると戦闘がマニュアルのこの「現実」では、上げやすいだろうか。


「私も出来たらそこまで行きたいわね」


 と、剣を振る。


「おっ」


 セナくんが声を上げた。


 いま……なにかが剣先からほとばしった気がする。


「もう一回やってみな」


 言われた通り、私は斜めに剣を切り下ろした。その瞬間、剣を通じて、私の中から何かが解き放たれた。


 ひょっとして、これは――


「魔術だぜ。やったな」


 セナくんは太陽のように笑いかけてくれた――自分はまだできていないというのに。なんていい子なんだ。


「これが魔術か……」


 私はもう一度剣を振ってみる。剣先から出たのは――炎でも氷でもなさそうだ。これはなんだろう。


「そこの二人、動かないで。実験台にするから」


 私は金髪くんとマルグレーテに声をかける。


「なんだよ、ふざけんな!」


 臆病にもすぐに逃げていく金髪くん。


「えっ!? ラ・オーツ家の名誉にかけてお相手いたします!」


 一方のマルグレーテはびびりながらも、剣を構える。この子は誰かに頼まれると嫌とは言えないから、冗談が通じないな。


 私は眼鏡くんのほうに向けて、剣を斬り落ろした。


「うわっ!?」


 とびのく眼鏡くん。同時に彼が練習台としていた岩の一部が砕けた。ふむ、なかなか威力があるじゃないか。


「やりましたね、リリーさん」


 と、やってきたのは、魔術担当教官のフィーン先生である。


「これはどの魔術にあたりますか?」


「それが……よくわからないんですよ。こんなもの見たことがない」


「えっ、フィーン先生が?」


「ううむ、非常に興味深い……」


 魔術に詳しいはずの先生が見たこともないなんて……。その上、『乙女の聖騎士』をやりこんでいる私にも分からない。なんなんだろう、これは?


 授業後、私は更衣室で学生証を確認してみる。




学生証・裏面


 リリー

 レベル 3

 名声 44

 HP 21/21

 SP 23/23

 スタミナ 77


 体力 40

 知力 57


 剣術レベル 2

 魔術レベル 2

 信仰レベル 2


 スキル 疲労回復 LV.1

     リジェネレーション LV.1

     投げる LV.1

     指揮統制 LV.2

     シャドウ・スラッシュ LV.1




 〈シャドウ・スラッシュ〉ってなんだ?


 こんなスキル、ゲームにはなかったぞ!?



 第2章突入ということで改めてキャラ説明的な部分を入れたら、やけに長くなってしまいました。



 百合佳さんにはマッチョでヒゲでハゲなオヤジとして、プロレスラーの武藤敬司選手をおすすめしたいんですが、気の小さい彼女は格闘技全般を苦手としているようです(モンスターを惨殺しながら)。

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