第2話 ファーストイベント!
乙女ゲーム、『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』は、異世界ファンタジーをモチーフにした恋愛アドベンチャーであり、ロールプレイングゲームであり、育成シミュレーションでもある。
ゲームの目的は、王子様たちといい仲になり、エンディングを迎える(主に結婚する)ことであるが、そもそも主人公がエリスランド学園に入学した目的は、騎士養成校で自らを鍛え、王国の「聖騎士」になることである。
私が好きなのは、この学園ファンタジー部分だった。似たような設定のソフトはたくさんあるかもしれないが、女性キャラを操ってロールプレイング的に楽しめるタイプのゲームは意外と少ないのである。
ゲームの基本的なシステムは、週ごとに「午前の授業」「午後の授業」「放課後」のスケジュールを選択し、主人公のパラメータを上下させるというもの。週末にはデートしたり、冒険に出かけたりできる。
乙女ゲーにしては比較的ゲーム性が高い方なので、一般的な乙女ゲープレイヤー諸氏からは、難しい、面倒臭いゲームと勘違いされてしまっているようなのだが、実際は難易度の低いぬるゲーである。
登場するイケメン王子様たちは、ヒロインのパラメーターに応じて、態度を変える。たとえば、とある眼鏡男子と会話するには、高い知力が必要、なんてことになってるのだ。
もちろん、意中の男性と結ばれるには、ただ数字が高ければそれでいいというわけでなく、イベントを起こしたり、デートしたりしないとならない。いわゆるフラグ管理というやつだ。ゲームに慣れてない人にとっては、確かに複雑で面倒なシステムかもしれないね。ぬるゲーだから簡単なんだけど。
ゲームの設定上、キャラクターのパラメーターは、レベル、HP、SPなど、ファンタジーRPG的なものとなっている。一般的な乙女ゲームに見られるような、魅力やファッションなどの数値は存在しない。
……なくて本当によかった。もしそんなものがあったら、私の女子力のアレさが数値で如実に露呈されただろうから! いえーい!
ちなみにRPGにしてはパラメーターが少ないなと感じる方がおられるかもしれないが、しょせん乙女ゲームの簡易RPGであるし、ステータスなんかよりスキルの方が重要な「スキルゲー」なので、あまり関係なかったりする。
学生証で自分のステータスを確認すると、妙に基礎ステータスが高いのが目に付く。〔体力〕34、〔知力〕51。このゲームをやったことない人にはわかりづらいと思うが、〔体力〕は腕力や運動神経まで含めた、身体能力をあらわす総合指標である。そして〔知力〕は、単に頭の良さだけでなく知識等まで含めた数値となっている。
〔知力〕が高いのは、日本で受けた高等教育の分が含まれているからだろうか? 私が通っている大学は、何の変哲もない私立大なんだけどね。〔体力〕の34も初期値にしては高い数値である。私は小学校のころから、スポーツとは無縁、体育の成績が2(五段階評価)のインドアガールなのだから不思議である。
ゲームの場合、〔体力〕〔知力〕の初期値は、ともに20ちょっとだったと思う。それを授業やイベント等で上げ、騎士として成長していくシステムなのだ(ちなみに最大値は100、アイテムによるドーピングあり)。
ん……、よく見ると、画面に横向きの矢印が出ているな。スマートフォンの要領で触ってみると……
ステータス
エリア・シューシルト
レベル 1
HP 10/10
SP 10/10
スタミナ 100
体力 21
知力 24
剣術レベル 1
魔術レベル 1
信仰レベル 1
スキル なし
エリアちゃんのステータスが出た。
どうやらゲームのように、仲間のステータスも学生証で見ることが出来るようだ。
さらに矢印をいじるが、今のところ、見られるのは私とエリアの分だけである。
「うーん」
それにしても――
私が注目してしまうのは、ステータスでない数値であった。
『王国歴257年 4月3日』
この日付の部分である。
4月3日というのは、主人公が学園にやってきた直後。もっとわかりやすく言うと、入学式(入団式)が行われる当日である。
入寮した4月1日からゲームが始まり、4月3日の入団式、4月4日の授業開始と、序盤はボタンを連打するだけでほとんど自動でゲームが進んでいく。そのあいだに、ヒーローたちとの出会いシーンや、ゲームシステムのチュートリアルなんかがあったりするわけだ。
もし、私ことリリーがエリスランド学園で過ごすのなら、入団式には出席しなければならないだろう。それに、入団式には、あの……、おっと、気持ち悪くなりかけた顔を引き締める。
学生証の機能でスケジュールを確認したところ、入団式の開始は朝の十時だった。充分に時間がある。とりあえずは腹ごしらえをしよう。寮の近くに学食があるはずだ。
■
幸いにして学食の建物はすぐに見つかった。男女の学生たちがみんな餓えた餓鬼のように一点へと向かっていたからね。
それにしても……
私はもしかしたら目立っているのかもしれない。ちらちらと私を見る学生たちがいるのだ。
私の容姿は、謙遜を抜きにして、かなり平凡なものである。周囲がわざわざ視線を寄越すような特徴や美点には欠けているということに関しては相当な自信がある。
もしかしたら……やべぇ、ここの学生じゃないってバレたか? それとも単純に身だしなみに不備があるか……
「――顔にゴミでも付いているかしら?」
私のことを見ていた女子に尋ねてみる。うーむ、気張りすぎてゲームの台詞みたいな言い回しになってしまうな。もちろん普段はこんなしゃべり方いたしません。
「いぇ、その、綺麗だなと思って……」
「綺麗?」
その女子学生は小走りに行ってしまった。
私は首をかしげる。生まれてこの方、綺麗なんて言われたことはない。
美醜の基準は国や時代によって様々らしいが、この世界では私みたいな容姿が美人ということになる――なんて都合のいい話はないだろうから、ここは適当にごまかされたと見るべきか。一応、食堂入り口のガラスに映った自分を確認してみるが、少なくとも顔にゴミが付いてることはなかった。
食堂はとある大学のカフェテリアをモデルにしたお洒落な施設である(ネットに実在の施設との比較画像が出回っている)。食事はビュッフェ、つまり好きなものを好きなだけとっていいセルフサービス形式。雰囲気から判断するに、私が飲み食いに参加しても怒られる様子はなさそうである。
ちなみに、設定資料集の記述によると、食堂は学生ならだれでも無料で利用できるとされている。エリスランド学園は現代でいうところの士官学校にあたるので、食費無料は当然のことなのだそうだ。同じく、学費、制服も無料となっている。
食堂に並んでいるメニューは、日本のファミレスの朝食食べ放題そのものだった。そういや、ゲームの食堂背景CGもそんな感じに表現されていた記憶がある。このゲームの世界は日本そのままの部分が多いので、生活するのに不便はなさそうだ。
私は適当に、パンケーキ2枚とバター、たっぷりのサラダ、タマゴ、生ハムをとる。飲み物はオレンジジュースにしようか。さて、席を探さないと。広い食堂であるが、あちこちに学生がいて……
「あっ、リリーさん!」
エリアに声をかけられた。
「リリーさんだって?」
「あの黒髪の女性が……?」
突然、周囲の学生たちが私の名前に反応する。入学初日なのに、なんでそんな伝説の生徒みたいな扱いになっているんだ。〔名声〕2の効果か。そういえば、ゲームでも登場時に「あっ、あれはリリーさん!」的な台詞が入ってたような。
「ここ、どうぞ。空いてます」
と、エリアが横の席を示す。
これはご親切にどうも。さすがエリアはいい子だねと座ろうとした瞬間。
(隣の席……?)
私の脳内でシナプスが火花を立てる。
エリア、食堂、横の席――
これは……おぼえがある。
ひょっとしたら――
幼なじみとの再会イベントか!?
どういうことか、かいつまんで話そう。
――田舎育ちのエリアには、子供のころの数年間、一緒に暮らした幼なじみの男の子がいた。
その後、都合により離ればなれになった二人は、エリスランド学園で運命の再会を果たすことになる。入学初日、たまたま食堂で横の席になり、奇妙な会話のあげく互いに相手が幼なじみであると気づくのだ。
これはゲーム本番が始まる前のオートイベントなので、二人は必ず再会することになる。なるのだが……
ひょっとして、私がここに座ることで最初のイベントがすっ飛ばされちゃう?
幼なじみが互いの存在に気づかず進む?
それは……まずいだろう。ゲームが始まらないよ!?
「そこは私の席じゃないわ。そこに座るのは――あなたの運命よ」
「ふひゃ?」
いきなり変なことを口にしてしまい、思いっきり変な顔をされた。こんな言い方じゃ、なにも伝わらないぞ!
「しばらく待ってごらんなさい。とある重要な殿方がやってきてそこに座ることになるわ」
「???」
できるだけわかりやすく言い直したつもりだったが、まったく意味不明にもほどがあった。
いったいなんて説明したら伝わるんだろう……
ゲームのイベントに従えなんてとても言えないもんな。
「いい? ここに銀髪で短髪の殿方が来たら、その席に招待なさい。それ以外の方は断ること」
「どういう……ことです?」
「運命でそうなってるの」
「はあ、わかりました……?」
エリアは納得してないようだったが、うなずいた。乙女ゲームの主人公は素直と相場が決まっているのだ。
しかし、心配なので、私は少し離れた席に座り、エリアがちゃんとイベントをこなすか監視することにした。
食堂の朝食は――美味しかった。こんないいものを毎日無料で食べられるなんてすばらしい。作ってくれるおばちゃんたちに感謝しないといけないな。そういえば、ゲームではエリアが食堂のおばちゃんたちに励まされるようなちょっとしたイベントがあったっけ。
私はぱくぱくと食を進める。
「……失敬」
突然声をかけられて、私は顔を上げた。短い銀髪の男の子が、私の横に座ろうとしているところだった。
クールな雰囲気、いや、誰をも遠ざけるようなオーラが彼からは発せられていた。最低限の会話すら出来たら避けたかったという風に。前髪が目にかかっていて、顔立ちがわかりづらいのだが、よく見ると実は相当な美少年ということがわかる。
彼はエリア・シューシルトちゃんの幼なじみ。
レイン・ルファードくんではないか。
って、なんでこっちに来てるんだよ!? おまえはエリアの隣に座って、出会いのイベントをこなすんだよ!
「――そこには先客がいるの」
「先客……?」
クール系無口無表情キャラのレインくんが聞き返す。
「あなたには見えないでしょうけどね」
うわ、また変なことを口走ってしまった! うまくごまかす言葉が出てこないんだよ……。これじゃいい年して不思議ちゃんだ。
「あの席にあなたの運命が待っているわ……」
と、エリアの横の席を指さす。
って、その席には別のまったく関係ないモブキャラが座ろうとしているぞ! エリアは私の言いつけを守って追い返そうとしているが、この混んでる食堂で初志貫徹するのは難しい。
仕方ないので、私が出向いて、余計なモブキャラを追い返し(ごめん)、代わりに幼なじみのレインくんを座らせた。これでイベントが進むだろう。私は自分の席に戻って食事を続けることにする。ふう、これで一安心――
突如として食堂がざわめいた。……気がした。
なんだ? 日本人女子である私は場の空気に敏感だぞ?
どうやら安心するのは少し早かったらしい。ちらりとあたりをうかがうと――はたして空気をかき回す低気圧の中心がこちらに迫ってくるところだった。
「うげっ」
あいつが来た。
あいつが来てしまった。
誰がって……第一回、第二回公式キャラクター人気投票でぶっちぎり第一位のあいつだよ!