第15話 墓所の亡霊
『乙女の聖騎士』のレベルアップシステムはよくある単純なものである。パーティーに参加し、敵を倒すと経験値が均等に配分され、一定数溜まったところでレベルアップし、ヒットポイントとスキルポイントが上昇する。こうしてキャラクターは強くなっていく。
それなのに――
私とエリアとマルグレーテはレベルアップしてないぞ?
「うーむ……」
考えられるのはシステム的な話だった。このゲームのパーティーは最大六名までとなっている。しかし私たちは変則的な七名。これが何か悪い方向に作用しているのではないだろうか? たとえば女子三人は別パーティー扱いになっているとか……
もうひとつの可能性は、ゲームとは経験値獲得のシステムが変わっているということである。この戦闘で私たち三人は何もしていない。敵と戦わず見ていただけだった。だから、ご褒美の経験値も得られなかったのではないだろうか。ある意味で当然のことだが、ゲームのシステムからは逸脱している。
「まずい、これじゃレベルアップできない……」
マルグレーテはともかく、私とエリアには戦闘力がない。だから敵を倒せないし、経験値も入らない。せっかくこんなところまで足を運んだのに、レベルが上がらないんじゃ、無駄足である。
「セナくん、骸骨が出たらこっちに一体まわして。一体だけ」
「まわすって?」
「私とエリアでぶん殴るから」
「ああ、試しに戦ってみたいってことだな」
幸いにして、少し行くと、また数体のスケルトンが現れた。セナくんは他のスケルトンと戦いつつも、うまく一体だけこちらに素通りさせる。
「エリア、あいつを倒すわよ!」
「こ、怖いですう~~」
エリアは肩をすぼめ、木刀を握りしめる。こっちだって怖いのだ。だって、骸骨が襲いかかってくるんだぞ? 存在が怖い上に、こっちを殺そうとしてくるのだから足がすくんでしまう。
こんなとき、木刀はいかにも頼りないが、実はスケルトンに対しては有効な武器だったりする――殴って使う打撃武器にスケルトンは弱いのだ。一方、剣に対しては相性がいいという設定になっている。斬ったり突き刺しても、骸骨は血を流さないからね。武器屋さんで木刀をチョイスしたのは、お手頃価格に引かれたからと言うだけではなく、こういう理由があったりもするのだ。
「えいっ!」
エリアが木刀を突き出した。木製の切っ先は、肋骨の間にすっぽりと入る。おいおい、それじゃダメージは与えられないだろうが。というか、エリアちゃん、攻撃の瞬間に目をつぶっちゃってるよ。違う違う、スケルトンはこう攻めるのだ!
ガツッ!
私の振り下ろした木刀がスケルトンの頭蓋骨に決まる。固い手応え。手がしびれてしまいそうだ。
スケルトンは歩みを止めなかった。腕を振り上げ、こちらに迫ってくる。しまった、女の細腕で倒せるようなやわな相手ではなかったか……!
「ふひゃっ!?」
逃げようとしたエリアは石棺にぶつかって倒れた。好機とばかりに飛びかかるスケルトン。こいつはやばい――
私が肝を潰したその瞬間。
スケルトンはバラバラになってすっ飛んだ。
「おまえは俺が守る……」
剣を光らせるレインくんがそこにはいた。いまの一撃必殺は、もしやクリティカル攻撃か。
助かった。しかし、人に倒してもらったんじゃレベルアップには結びつかなさそうである。彼らに頼らず、自力で頑張らないと。でも、やっぱり、スキルなしじゃどうでもならないぞ……。うーん、自分はこのゲームの専門家のつもりだったが、ゲームと違ってる部分は攻略が難しいな。
さておき、スケルトンの第二陣を掃討した。こちらが受けたダメージはほとんどなし。レベルアップもなしである。私は地面に散らばっていたゼー帝国製の銅貨を拾い上げる。
「なんでお金が落ちてるんですの?」
マルグレーテが不思議そうに首をかしげる。
「六文銭ね」
「なあにそれ?」
「死者があの世で困らないよう、お墓に小銭を入れておく風習。これで10クラウンくらいかしら」
私は何枚かの銅貨をかき集めて、用意しておいた袋に入れる。
「なんだよ、それだけかよ」
「これだから金持ちは……眼鏡くん殴っていいわよ」
「許可を得たので、それでは遠慮なく」
「なにすん……うぼっ!?」
「持って行っちゃっていいんですか? 死んだ人たちは困らないんでしょうか?」
「死人が小銭なんか使うわけないでしょ。今は天国も電子マネーの時代だからね」
「本当ですか!?」
もちろん口から出任せなのだが、ちょっと知り合いの神がいるから、今度、天国の貨幣システムについて聞いてみるか。ちなみにこの世界では、人は死ぬとそれぞれが信仰する神様の御元に行くぞ。エリスさんも神様のそば(?)にいたね。
「そんな小銭を拾ってどうするんですの?」
「そりゃ、お金といえば使うに決まってるでしょう。賄賂とか」
「賄賂? そんな古いコイン受け取る人がいるわけなくってよ」
それがいるのだ。たとえば――うちの学校の先生とか。この手の銅銭はほとんどが鋳つぶされてしまっていて、現存するコインは意外と少ないらしい。まあ、希少価値、あるいは学術的価値があるというやつですな。
「なあ――」
それまでずっと黙ってセナくんが声をかけてくる。
「あれなんだろう」
ライトで照らす先。壁に大穴が空いていた。人が通れるくらいの大きさがある。いや――それは通路そのものなのだ。整然とした地下墓地に突然現れた場違いな道。
「なんなのかしらね――」
私はライトで照らし、目を細めて奥を覗く。
「おい」
金髪くんが私の腕を小突く。
「なによ、いちいち鬱陶しいわね」
「おい」
「いい加減にしなさいよ。ちゃんと周囲の監視をしなさい」
「いや……それじゃないか?」
「なにがよ」
「だからそれ。おまえが言ってたやつじゃないか?」
「え?」
それというのは、いま私が踏んでいるもののようだった。足下を見ると、謎の板である。そこには奇妙な幾何学模様が描かれていた。
――これだ! 私はしゃがんで模様を撮影する。
「なんなんだよ、それ」
「そうか……じゃあ、これがそうか。最初の部屋で見つかるとはラッキーね」
「なんなんだよ!」
「たぶん、封印の文様。危険な何かを閉じ込めるために使うものよ」
「封印の……? なんで、そんなものが床に落ちてるんだ?」
「そりゃ、危険なものを封印していたからでしょう」
「封印してたってことは、つまりどういうことだ?」
「つまりね――全員警戒! 戦闘用意!」
緊張が走るのとほぼ同時にそれは現れた。
謎の通路からやってくる影。それは人間のシルエットであるかのように見えた。そして、呼応するように、周囲からも似たようなモノたちが集ってくる。
「フォーメーション変更! 金髪くんとマルグレーテが、その穴の前に立って! 今すぐ!」
「えっ!?」
「セナくんが空いた左に入る! 眼鏡くんはそのまま! レインくんは後ろで私とエリアを守って!」
「わかってる」
めまぐるしく立ち位置が変更された。
敵もまた陣容を整えている。それは完全な包囲であった。前後左右から私たちは囲まれてしまっているのだ。
「武器を持ってるぞ!」
波のように押し寄せてくるのは単なるスケルトンではなかった。剣と盾を構えた近衛兵、〈スケルトン・ロイヤルガード〉だ。
そして、彼らの指揮官は謎の通路の奥から悠然と姿を現す。ひときわ装備のいい近衛隊長、〈スケルトン・ロイヤルガード・コマンダー〉。
「な、なんか強そうだぞ!?」
こいつらはこのダンジョンの「中ボス」にあたる敵であった。もちろん強い。通常のスケルトンとは比べものにならないほど強い。
「あわわわ」
エリアは目に見えて恐れおののいている。つい二週間前まで村娘だった女の子である。怖がるのは当然だろう。しかし――彼女は力を持っている。
「エリア、神に祈りなさい!」
「ふひゃ?」
「あなたは女神の聖女よ! 今すぐ祈る!」
「と、言われましても……」
エリアはどうしたらいいのかわからず、まごまごしている。
「神の力で不浄な不死者どもを吹き飛ばしてやるのよ! なんでもいいから祈れ!」
「え、えーと、エルシス様、この怖いお化けをどうにかしてください……」
私の横で目を閉じ、むにゃむにゃと唱えるエリア。突如として背後に光輪が現れる。
「うひょっ!?」
その瞬間、暖かい何かが私を貫いた。エリアから同心円状に放たれたそれはエネルギーだ。「聖」属性のエネルギー。人体には影響がないどころか心地よい光。アクティブ・スキル〈聖なる光〉がもたらした神の力である。
アンデッドたる〈スケルトン・ロイヤルガード〉たちは光にうたれ、のけぞった。リーダーたる〈スケルトン・ロイヤルガード・コマンダー〉でさえもが弾かれたようにダメージを受ける。
「今よ、全員スキル解放! 全力で戦え!」
パーティーの仲間たちが剣を振り上げる。
「食らえ、骸骨野郎!」
「食らいなさいな、神の敵!」
ほぼ同時だった。金髪くんとマルグレーテの剣が灼熱に輝く。そこから繰り出される剣技。骸骨を斬ると同時に流れ星が落ち、炸裂した――なんと説明すればいいのかわからないが、とにかくそんな感じの見た目になってるのだ。そのど派手ぶりは、二人あわせて、まるで流星雨といった様相だ。
このゲームの必殺技〈スターダスト・ストライク〉である。
さすがの〈スケルトン・ロイヤルガード・コマンダー〉も、三発の攻撃的スキルを立て続けに受けて、無事では済まない。衝撃で大きく後ろに飛ばされる。
レインくんと眼鏡くんが、〈コールド・ブレード〉で〈スケルトン・ロイヤルガード〉を一体ずつ斬り捨てる。たった一撃で破壊だ。強化されているはずのスケルトンたちも〈聖なる光〉の後にアクティブ・スキル攻撃を食らったものだから耐えられなかったのだろう。
「エリア、もう一回〈聖なる光〉を……いまの取り消し! セナくんの傷を治して!」
一人だけアクティブ・スキルを持ってないセナくんが、敵の一撃を受けてしまったのである。これは軽傷ではなさそうだ。
「傷を治すって……」
「神に祈る! そうすりゃ自動であいつがやってくれる! 話つけといたから!」
「は、はい、えーと、エルシス様、セナさんの傷を治してください……」
再び謎の発光現象。今度の光は天からセナくんの元に下りた。スケルトンに傷つけられた肩の傷がみるみるふさがっていく。〈女神の癒し〉によるヒットポイント回復だ。
「OK、どんどん倒して!」
金髪くんとマルグレーテが再び、〈スターダスト・ストライク〉を放つ。これにどうにか耐えて〈スケルトン・ロイヤルガード・コマンダー〉の反撃。マルグレーテがばっさりやられた!
ぎゃー、マルグレーテに何をする! なんて叫びかけたとたん、指示もしてないのに、エリアが〈女神の癒し〉で治してくれる。この短時間で要領をつかんだのだ。よしよし、聖騎士ちゃん、いいぞ。
金髪くんは早くもSPが切れたようで、三発目を通常攻撃に変更する――役立たずめ。マルグレーテはひるまず三回目の〈スターダスト・ストライク〉を放つ。骸骨の骨盤が弾け飛んだ。
『閣下、お許しください……』
〈スケルトン・ロイヤルガード・コマンダー〉は、呪いのような声を響かせ、バラバラに崩れ落ちた。マルグレーテの剣がとどめとなり、アンデッドを滅ぼしたのである。
これで後は押し切れる。
金髪くんとマルグレーテが仲間の援護に回る。スキル大盤振る舞いの結果、すでにみんなSP切れしているが、通常攻撃で残った骸骨を順番に殴り倒していく。
セナくんの剣がスケルトンの盾に受け止められる。その隙に横合いから、金髪くんが斬りふせる。マルグレーテと眼鏡くんの攻撃が一体に集中する。なすすべなく〈スケルトン・ロイヤルガード〉は崩壊する。
反撃もあったが、大勢に影響はない。隊長を失った骸骨軍団では、もはや我がパーティーにかなうべくもなかった。最後のスケルトンが粉砕され、崩れ落ちると……
「――勝った」
私はやや放心する。
勝てると思っていた。ゲームでも簡単に勝てるし、こっちは七人いるのだから勝てないはずがなかった。だが、囲まれて、中ボスと戦うのには、格段の緊張感があった。それでも私たちはくぐり抜けた。中ボスに勝利し、ダンジョン奥への扉を開いたのである。
「強かったな――」
セナくんが膝をついてぽつりとつぶやく。傷以上に精神的な疲労があるようだ。誰も快哉を叫んだりはしない。その元気すら失われているのだろう。
「そうだ、レベル……」
学生証を見ると、男子四人はレベル3に上がっていた。マルグレーテとエリアはレベル2にアップ。私だけ、のうのうとしていた罰であるかのように1のままである。
やはり上がらなかったか……。うーん、まあいい。どうせこの後のボス戦で上がるだろう。でも、このパーティーでボスに勝てるかな? 出来たら全員レベル3で挑戦するのが望ましかったが……
「エリアさん、あなた聖女だったの?」
私がうなっていると、横でマルグレーテがエリアに尋ねていた。
「そうだぞ、おまえ、役に立つなら早く言えよ」
「聖女だったわけですね。リリー様が連れてきた理由がわかりました」
金髪と眼鏡も彼女の価値を認めたようだ。
「そうみたいなんです? 私もよくわからないんですけど、リリーさんが聖女になれるよう取りはからってくれたみたいで……?」
当のエリアは半信半疑である。
「別に私のおかげじゃないわよ。エリアは最初から聖女だから。マルグレーテもね」
「私も?」
マルグレーテは、ゲーム内で数少ない回復キャラの一人である。もっともゲームでは、攻撃ばかりして回復のスキルを使うことはほとんどなかったりするのだが。今後、神殿に行けば信仰スキルを覚えていくのではないだろうか。
「リリー様は神の奇跡を使えないのですか?」
眼鏡くんが私のことを見る。
「私? 現状では使えないけど?」
〈リジェネレーション〉が信仰スキルにあたるが、HP回復できるのは自分だけである。
「それでは何が出来るのですか? 偉そうに命令してばかりですが」
眼鏡くんが軽蔑したような冷たい目で私のことを見ている。なんだ、急に好感度が下がったか? そういや、この子は主人公のステータスが低いと無視するとかそういうキャラだったね。レベル3になったことで、私を見下すようになったのかもしれない。
「そうだそうだ、ちょっとは戦え!」
金髪くんが勝ち馬に乗った。
「おーい、今回の冒険はリリーが企画したものだぜ。指示も的確だし、文句を言う筋合いはないだろ」
とは、セナくんの言葉であった。彼が味方で少し嬉しい。
「だからといって、我々にだけ戦わせて後ろで高みの見物というのは、気分が良くありませんな」
正論。眼鏡くんの言葉はもっともであった。私はここまで仲間に身体を張らせるだけで、何もしていない。そこは気になっていたのだが……
「や、やめてください、リリーさん!」
エリアがすがりついてくる。
「あの人を殺さないでください!」
って、私をなんだと思ってるんだ! 急に話が飛びすぎである。気に入らない人間を殺す奴だとでも思われてるんだろうか。眼鏡くんは残りHPが3しかないので、殺そうと思えば殺せるかもしれないが。
「お馬鹿さんねぇ、リリーさんが他人に戦わせて楽するような人間のはずがないじゃない」
さらにマルグレーテがフォローしてくれる。
「――どうせまた変なこと考えてるのよ」
それは事実であった。色々と説明するのも面倒だし、言い訳がましいので、ここは余裕のほほえみを見せるにとどめておくか。
「むっ……」
これは意外と眼鏡くんに効果的であったようで、黙らせることに成功する。それじゃ、もっと指示を飛ばしてやるか。
「エリア、〈女神の癒し〉をセナくんにかけて」
「はい? わかりました」
光がセナくんに降り注ぐ。これで彼女はSPを使い果たしたはずだ。
「全員、エリクサーを飲んでSP回復して」
「SP?」
「魔力を回復させるのよ。それからセナくん以外はポーションも飲むこと」
「あら、私はさっきエリアさんに傷を癒やしてもらったから、ポーションは必要なくってよ?」
「レベルが上がって、最大HPが上がったから、その分があるのよ」
「リリーさんの言うことはよくわからないわ……」
などと言いつつも、マルグレーテはポーションの小瓶をあおる。これはレベルアップして、最大HP、SPが上昇してからHPを回復させるという小技であった。ほとんどのメンバーがポーションとエリクサーを使い果たしてしまったが、なんとかなるだろう。
「セナくん、これを使いなさい」
私は床に落ちていた剣を拾い上げ、セナくんに押しつける。
「ん、こいつは……いい剣だな」
「近衛隊長が使っていた銘剣よ」
敵が落とした武器、ドロップアイテムである。種別的には単なるロングソードなのだが、しかし、「銘品」扱いで基本性能がいい。通常の品より攻撃力が高いのだ。さらには「スロット」が多いため、強化していくベースにぴったりの剣である。
「俺が使っていいのか?」
「いいのよ、そっちの二人は実家から持ってきた宝剣使ってるし――」
金髪くんとマルグレーテを指さす。
「レインくんには後で別のものをあげるわ」
「そうか……」
実はセナくんは火力に劣るのでそれを補うための措置――とは言えなかった。レインくんには後で色々考えているというのも嘘ではないが。
「これで準備が整ったわね」
私は一同を振り仰ぐ。HP・SP共に回復済み。装備も調えた。
「奥に行くんですか……?」
「そうよ」
私は謎の通路を眺める。この先にはこのダンジョンのラスボスがいる。だとしたらこうするしかない――
「一同!」
「おう!」
「お弁当を食べるわよ!」
「お弁当ですか!?」
そろそろお昼の時間です。