第14話 ファーストアドベンチャー!
船着き場にやってきたのは、フル装備の金髪くんと眼鏡くんであった。二人ともまるで冒険に行くような格好をしている。
「じゃあ、みんな行くわよ!」
「無視すんな!」
「出発!」
「うーむ、完全に相手にされてませんね」
腕を組む眼鏡くん。なんで呼んでもないこいつらを相手にしないとならないんだ。
「おい、黒髪、俺たちも行くぞ!」
と、金髪くんは勝手にボートに乗ってしまう。
「ちょっと邪魔よ」
私がボートを揺らすと金髪くんは湖に落ちそうになる。
「馬鹿なお子様は帰りなさい。あなたなんか連れていかないわ」
「俺様が行くと言ったら行くんだ。準備だって万端だ。ポーションとエリクサーもたくさん用意してある!」
「馬鹿ねぇ、それ一日に一本しか使えないから。たくさん持ってきても無駄よ」
「なんだと!?」
私は額を押さえ、ふうとため息をつく。馬鹿な上に無知というのは、始末に困る。
「さっさとボートを下りなさい。冒険に行きたいなら一人で行けば?」
「なんで俺様を仲間はずれにするんだ!」
「なんでって仲間じゃないからだけど」
「うがっ!?」
金髪くんは衝撃を受けて、大きく口を開けた。仲間はずれなんて言い方からして本当に子供みたいなやつだ。
「よく考えてみなさい。あなたみたいな馬鹿を連れて行きたがる馬鹿はいないし、万一、連れていっても馬鹿なトラブル起こしてこっちが馬鹿を見るだけよ」
「さすがに言い過ぎじゃ……」
と、エリアからのフォローが入る。
「全然言いすぎじゃないわね!」
「別に言い過ぎではありませんな」
と、マルグレーテと眼鏡くんの同意も入る。
「………………」
レインくんはいつものように黙っている……というか立ったまま寝ているようだった。朝早くて眠いんだね。それはともかくとして、
「いい? たとえ連れていく気になったとしても、あなたたち二人をパーティーに入れたら合計七人になる。パーティーは六人編成だからそもそも連れていくのは不可能ね」
「ふむ、騎士分隊ですか……」
ゲームの制限だと冒険に行けるのは最大六人だが、実際には一人くらい増やしても特に問題はなさそうだ。システム上どうなんだろう。
「でも……、そうね。そこまで言うなら仕方ないわ。眼鏡くん、ボートに乗りなさい。これでちょうど六人よ」
「俺はやっぱり仲間はずれかよ!」
「リリー様、少々異議を申し立てたいのですが」
「そうだ、言ってやれ!」
「これだけのつきあいがあるのに、いまだ眼鏡くんなどと呼ばれるのは心外です。どうかルークとお呼びください」
「そこかよ! そんなことかよ!」
金髪くんは頭を抱える。本当にうるさいやつだ。
「俺を外すくらいなら他のやつを外せよ。その女とかなんでいるんだ!」
金髪くんが指さしたのはエリアだった。
「馬鹿ね。エリアがこのパーティーのリーダーよ」
「ふひゃっ!? そうなんですか!?」
「この子、将来、あなたたちなんかよりずっと強くなるのよ? 今から尻尾を振っておいたらどう?」
「へー、そうなのか」
「や、やめてください、リリーさん!」
感心するセナくんと、必死に首を振るエリア。
「くそっ、どうしても俺様を連れて行かないというのなら、こっちにも考えがあるぞ!」
「どうするのよ」
「兄ちゃ……騎士団総長に言いつける!」
「子供かおまえは」
私はため息をつき、首を振る。
「あいつに頼むのはいやだが……最終手段だ!」
言いつけられたって、こちらは別に困るわけではないのだが……。うーむ、しかし、考えてみると総長は逆に利用できるかもしれないな。冒険後の面倒が起きる可能性を減らすことができるだろう。
「今ここで、殿下に電話しなさい。殿下からの許可が出たら、連れていってやるわよ」
「マジか! でも、こんな時間にかけて大丈夫か?」
まだ早朝である。まともな人間なら寝ている時間のはずだが、どうせ彼はまともではない。
「この時間なら、まだその辺のキャバクラにいるでしょ」
「キャバクラ……?」
その言葉の意味はわからなかったようだが、ともかく、金髪くんはスマートフォン代わりの学生証を使って電話をかける。
「――おい、俺様だ。なんだ、これ。女の声がするぞ、おまえどこにいるんだ!? 俺、冒険に行くからな、いいだろ。聞いてんのか!? ああ、いいんだな、じゃあな」
適当に金髪くんは電話を切った。
「いいってよ!」
本当に許可を取ったのか怪しいところであったが(相手は酔っ払ってべろべろだろうし)、とにかく言質は取ったわけだ。
「仕方ないわね。行くわよ、ボートに乗りなさい」
早朝、我々七人を乗せたボートは、静かに出発する。船の操縦はセナくんが引き受けてくれた。考えてみると、操縦できる人がいなかったら、冒険の計画がご破産になるところだった……危なかった。このあたりはゲームと現実が違う部分である。
「んで、どこに行くんだ?」
操舵席で短い髪と制服の裾をなびかせながらセナくんは私に尋ねる。
「〈帝国墓地〉第45のBよ」
「墓地ねぇ……。冒険者と言えど、ひとんちの墓を盗掘するのはまずいか?」
「大丈夫よ。1000年以上前の遺跡だから歴史調査の範疇」
「えっ? 帝国が滅んだのって300年前とかだろ?」
エリスランド王国が興るさらに前。大陸にはゼー帝国という巨大人類国家が存在した。帝国はなんらかの理由で滅び、現在、大陸の西側半分はエリスランドとなり、東側半分は森に還った土地となっている。この東側の部分に帝国時代の遺跡がたくさん遺されているのだ。学園都市は東西のちょうど中間あたりに位置するため、冒険の拠点としてよく使われる。
「そうね、帝国が滅んだのは確かに300年前ね。帝国が滅んだのは」
「なんだよ、また思わせぶりなこと言いやがって……」
文句を言いつつも、セナくんは学生証の地図に目的地を表示させる。
湖から川に入り、どんどん上っていく。目的地までは一時間半ほどの船旅であった。おじさんたちが日曜日に早起きしてゴルフ場に行くような感覚かな。ちなみに私たち二人以外のメンツは全員ボートの上で眠りこけていた。
「ほら、みんな起きなさい」
目的地の近くにボートを止める。そのあたりはかつて帝国の一部だったとは思えないほど大自然の中であった。少なくとも人工物らしきものは見当たらない。
上陸して学生証の位置情報を頼りに草をかきわけて進んでいく。やがてそれらしきものが見えた。ちょっとした丘である。塚とでも言えばいいのだろうか。この丘が丸ごとお墓になっているようだ。
「このあたりに遺跡の入り口があるはずよ。探して!」
「あったぞ、これだろ!」
金髪くんが自慢げに石造りの石碑のようなものを指す。
「馬鹿ね、これ第44のAじゃない。第45のBを探しなさい!」
「わかんねーよ!」
数字が近いこともあって、『第45B』はすぐに見つかった。丘の麓あたりに大きな扉があったのだ。草をかきわけて人が通れるだけの道を作る。
「うーん、いつかはわからないが、人が入った跡があるな……」
セナくんは石作りの入り口付近を調べている。
「まあ、地図に載ってるくらいだからね。我々の先輩方か、どこかの冒険者が入ったんでしょう」
「盗掘済みなんじゃないか?」
「じゃないといいわね」
「よし、入ろうぜ!」
私は勝手に入ろうとした金髪くんに足をかけて転ばせる。
「なにすんだ!」
「ここから先はフォーメーションを組むわよ」
と、パーティー一同を眺める。
「一番前がセナくん。焦らなくていいから、敵や罠に警戒しながらゆっくり進んで」
「――わかった」
「その後ろにレインくん。あなたのところが抜かれたら、エリアが死ぬわよ」
「エリアは俺が守る……」
「それから、左に金髪くん、右に眼鏡くん」
「なんか地味なポジションだなァ」
「了解しました」
「マルグレーテは最後尾で後方の警戒」
「後ろ? 退屈そう」
「一番大切なところよ。背中から奇襲なんて受けたくないからね」
「なるほどね、わたくしがラ・オーツ家の名誉にかけてみなさんの後ろを守りすわ!」
「リリーさん、私はどこですか?」
「私とエリアは真ん中。総員、私たちを守るように」
「なんだよ、おまえらは守られるだけで何もしないつもりか!?」
「そんなわけないでしょ、引っ込んでなさい」
やっぱり連れてくるんじゃなかったと私は後悔しかける。
「わ、私、なにもできませんよ」
エリアは自分に自信が持てていないようだった。何度も言ってるが、彼女はこのパーティーの要である。
「全員抜刀! 照明用意! 踏み込むわよ!」
「おっ、おお~!?」
私は号令をかけたが、タイミングがずれていたようで、戻ってきた返事はいささか締まらないものであった。
地下墓地の中は、何百年と経っているというのに、しっかりしていた。天井や壁はまるで鉄筋コンクリートのような作りで、崩れたり壊れたりしているところがほとんどない。壁の案内板は今でも読むことが出来た(古い日本語である)。
入ってすぐの階段を下りていく。
「下にでかい部屋があるぜ」
最前線のセナくんが小声で伝えてくる。危険はないようなので進む。
そこは、なるほど、広い部屋だった。地下なのに天井が高い。そして、信じられないことに、照明が残されていた。蛍光塗料のように、あちこちがぼんやりと光っているのだ。
「帝国の照明は長く持つからなあ……」
それにしても数百年は持ちすぎである。
「ここ、お墓なんですよね。怖いです……」
エリアが小さく震えていた。単なる広い部屋なのだが、ぼんやりとした明かりがホラーのムードを醸し出すのだ。
「大丈夫よ。お墓と言っても、幽霊と骸骨が出る程度だから」
「出るじゃないですか! 一番怖いの出てるじゃないですか!」
ゾンビが出るよりはマシである。きっと臭くて怖いぞ?
「おい、リリー、ここからどうするんだ?」
「遺跡の中をしらみつぶしに探すのよ」
「なにを?」
「怪しい印」
「なんだよ、それ」
「全員、この墓地にそぐわない怪しい印を探すこと。その先が今回の目的地。なにも見つからなかったら負け。わかったわね?」
「…………?」
私の説明は彼らにまったく届いていないようだった。でも、そうとしか説明できないのである。
「いま私たちのいるここは、たぶんロビーみたいなところね。端から順番に調べていきましょう」
肩をすくめたセナくんが手近なドアを調べる。ファンタジーとは思えないようなステンレスっぽい扉である。
「罠はなさそうだ。開けるぞ」
扉はさび付いていなかった。押すと、ゆっくり内部の顔をさらしていく。
広大な空間。石棺が延々と並んでいた。納骨堂である。この石棺の中に、昔人の亡骸が収められているのだ。
ライトで前方を照らしてみると、この先に別の部屋もまたあるらしい。ずいぶんと大規模な地下墓地なんだな。
「ここ開いてるぜ……」
金髪くんがふたの開いた石棺を覗き込む。マルグレーテも後ろから興味深げに眺める。
「なによ……、なにも入ってないじゃない!」
「なんだよ、これ」
「コラ! 二人とも余計なことしない! フォーメーションに沿って周囲の敵を警戒!」
「こんなところで敵なんか出るわけありませんわ」
「おまえ、変な印を探せとか言ってただろ」
舐めきった態度の金髪二人。
「そんなこと言ってると出るのよね。ほら……!」
私は薄暗い部屋の奥を指さす。
「ふひゃっ」
と、驚いたのは横にいたエリアだけだった。他の二人は乗ってくれない。
「見え見えなんだよ、バーカ!」
「私を脅かそうなんて300年早くってよ」
高らかに笑う二人。
ガターン!
「うぎゃー!」
大きな音に金髪くんとマルグレーテが悲鳴を上げる。
「失礼。ザックを落としてしまいました。重かったもので」
と、眼鏡くんがわざとらしくザックを拾う。なかなかの策士だな。
「ふざけんな!」
「どこに敵がいるかなどわからないものです。みなさんお気を付けください」
などと調子こいてる眼鏡くんの背後に骸骨が立っていた。
スケルトン。
生者を襲う人骨の不死者だ。彼らは石棺の中で眠っていたはずだが、死んでいるには元気がありすぎたのかもしれない。
「――――!」
瞬時に動いたのはレインくんである。横合いから思いっきり殴りつける。それだけでスケルトンはほとんどバラバラになった。振り向きざまに、眼鏡くんが斬りつけ、とどめを刺す。不自然な生を与えられた死体は再び単なる死体へと戻っていく。これで一体は倒したが――
「まだ来るぞ!」
その間、前方の監視を怠っていなかったセナくんが叫んだ。見ると、スケルトンの群れが押し寄せてくるではないか。
「戦闘用意! 前衛はスケルトンを迎撃して! 石棺を壁代わりにして、必ず一対一で戦うこと!」
「フフ、任せろ。俺様の剣でまとめて吹っ飛ばしてやる」
「見てなさい。私の剣でまとめて吹っ飛ばしてやるわ」
金髪くんとマルグレーテの持つ宝剣【流星の刃】が光り始める。それは星の光――魔力の光だった。スキルが発動されようとしている。星属性攻撃〈スターダスト・ストライク〉。二人は強力な一撃をスケルトンに浴びせるつもりなのだ。
「馬鹿、使うな!」
私は木刀で金髪くんのケツを叩き、ほぼ同時にマルグレーテのケツを蹴飛ばした。
「うぎゃっ!?」
「スキルは温存。雑魚なんかに使わない! ほら、剣で通常攻撃! ポーション、エリクサーも使わないで!」
ゲーム『乙女の聖騎士』では、攻撃、回復などのアクティブ・スキルを使うとSP、すなわちスキルポイントが減少する。〈スターダスト・ストライク〉で4消費、〈女神の癒し〉で3消費だったかな。スキルポイントを使い果たすと、当然のことながらそれ以上スキルは使用できなくなる。エリクサーを飲めば、スキルポイントを回復できるが、使えるのは一回の冒険につき一度だけである。
だから、雑魚戦ではスキルを温存し、ボス戦で惜しげもなく投入するというのが、冒険の基本であった。といっても、ゲームにおいて冒険はオートで進むため、余計なところでスキルを使ったり、使うべきところで使わないということが往々にしてあったのだが。
それも含めてゲームなのである。
でも……今はマニュアル操作で各キャラの行動を管理できるのだから、徹底して効率的にプレイすることができる。そうなんじゃないか?
「マルグレーテは後方警戒して! いま、後ろから敵が来たら、挟み撃ちにされて、私たち死ぬわよ!」
「了解……」
多少の緊張感と共にマルグレーテは私たちの背中を守る。
アンデッドとの戦いが始まった。スケルトンは尖った指先の骨で刺したり、飛びかかったりというのが主な攻撃パターンであるようだった。しかし、前衛の男子四人はそれすらさせない。押し寄せる骸骨を一体、一体、順調に破壊していく。
スケルトンは強いモンスターでないから、正面から一対一で戦えば、まず負けることはないだろう。何体も相手にすると、さすがに多少の手傷は負うが、それだってせいぜいがかすり傷(HPが1減る程度)である。
レインくんが斬る、セナくんが薙ぐ、金髪くんが叩き割る、眼鏡くんが殴りつける。大量にいた骸骨たちは順番に崩れ落ちて骨の山を積み上げる。それは、瞬く間であった。
「――俺様にかかればこんなものだぜ」
最後の一体を倒した金髪くんは骨の残骸を踏みつけた。スケルトンは全滅したのである。
「エリア……大丈夫か」
肩で息をしながら、レインくんが振り向いた。幸い、敵がこちらに来ることはなかったし、女子三人とも無事である。しかし、レインくんはなぜか顔が真っ青になっている。
「あなたのほうが大丈夫なの? 顔色が悪いようだけど……」
「…………」
唇がわずかに動く。レインくんは何かを言おうとしている。
「怖いんだ――」
ぽつりと漏れた言葉。それはほとんど誰にも聞こえないような声だった。
「――――――――」
そこで私は思い出す。レインくんは戦いというものにトラウマを抱えているキャラなのだ。だから、戦えないとまでいかないが、たまにこんな感じの会話やイベントが発生する。本当に重い子だな。仕方がない――
「レインくん、ちょっと手を貸してもらえるかしら?」
「――手を?」
「実は私もエリアも腰が抜けて動けないのよね。ここは殿方に引っ張ってもらわないと」
「……?」
「こ、怖かったです……」
エリアはまだぷるぷると震えている。あんな化け物を前にして怖くならないほうがおかしいのだ。私の腰だって本当に抜けかけてるぞ。
「へっ……、黒髪、おまえ、こんなのでびびってるのかよ」
「リリーさんもやはり女性なのですね」
などと、金髪くんと眼鏡くんが突っ込んでくるが、二人とも手や足が震えているようだった。そりゃ、守ってもらっていた私よりも、実際に戦った彼らのほうが怖かっただろう。
「俺たちの初陣としてはちょうどいい相手だ」
セナくんは平然としているようだが、顔が紅潮しており、虚勢を張っているのが見え見えだ。
「――そうか、みんな怖いのか」
レインくんは小さい声でつぶやいた。
「当然よ。そのうち慣れるかもね」
「そうか……」
いつも無表情なレインくんだが、どことなく表情が和らいだように見えた。別に彼とのイベントを進めたいわけではないから、フォローはこんなものでいいだろう。エリアとフラグを立てて、ある程度シナリオを進めないと、トラウマを完全に振り払うことはできないぞ。
「総員、小休止。でも、周囲の警戒は怠らないこと! こんなところで死ぬのはごめんよ!」
などと呼びかけつつ、私は学生証を取り出す。お楽しみの時間であった。あれだけ敵を倒したということは――レベルアップだ! いったいどれだけステータスが上がったんだろう。
と、学生証を見るのであるが――
「なにこれ!」
私はレベル1のままであった。エリアも同様。マルグレーテもだ。
そして、男子四名、セナくん、レインくん、眼鏡くん、金髪くんはきっちりレベル2になっている。
これは――本当にどういうことなの!?