第12話 パーフェクトプラン
ファンタジーなので、神もいれば、魔法もある。
神様については、もうみなさんご存じであろう。このゲームの世界には、愛の女神が実在する――あんなキャラだとは思ってもみなかったのだが。
『乙女の聖騎士』では、神殿に通ってお祈りを続けると、信仰レベルがあがり、一定の確率でスキルを獲得できる。神殿でゲットできるスキルの代表格が、HPを回復する〈女神の癒し〉であろう。愛の女神らしく、仲間を助けるようなものが多いのが特徴だ。
ちなみに回復役は一部の例外を除いてエリアしかいないので、神殿に行くのをサボると冒険の際に死体の山ができあがることになるから注意が必要だ(戦闘不能になるだけで実際には死なないが)。この状態だと、マルグレーテが「神殿に行け」しか言わなくなるのでちょっと悲しいかったりもする。
より攻撃的な魔法スキルに関しては、学園で学ぶことが出来る。魔術の授業に出席すれば、魔術レベルが上がり、一定の確率でスキルをゲットできるのだ。このあたり、神殿に行くのとまったく同じである。
一般に魔法といえば、むにゃむにゃと呪文を唱えて、火の玉を発射するというようなイメージがあるかもしれないが、この世界の魔術は剣が前提になっている。たとえば〈コールド・ブレード〉、〈ブレイズ・ブレード〉は、剣を振ってそれぞれ氷と炎の攻撃を放つというものである。
私はこういった攻撃用のスキルがほしくて、魔術の授業に出ていた。ちなみに、授業初日はこんな感じだった。
「いいですか、集中して剣を振ってください」
屋外の練兵場で物腰柔らかく説明するフィーン先生。
「集中してあなたの中にある魔力を剣に込める。そして、剣を振り、剣先から魔力を走らせるのです。これが魔術の基本となります」
「先生、魔力がわからないわ」
手を上げる私。
「剣を振っていくうちにわかりますよ」
先生はにっこり笑った。
「剣を集中して振る。すると自然に魔力が刃先に乗ります。このときエネルギーがあなたから剣に移るのが分かるはずです。自分の中のエネルギーを探してください」
「自分の中のエネルギーねぇ……」
そういったものに心当たりはなかったが、ここはファンタジーの世界だから多分あるのだろう。
「集中して……」
ブンッ! と振るが、特に魔力が剣に流れた様子はない。
集中してもう一度。刃が空中を切り裂く。私の中に魔力とやらを感じることはできなかった。
「おいおい、黒髪、おまえ魔術も使えないのかよ!」
「あーら、リリーさん魔術も使えないんですの?」
何か聞こえる気がするが、
「集中して……」
ブンッ!
「どうしてもって言うのなら、教えてやってもいいぞ」
「仕方ないわね、わからないって言うのなら、教えてもよくってよ」
「集中して……」
ブンッ!
「おまえは引っ込んでろよ!」
「は? なんなの? そこ邪魔よ?」
「集中して……」
ブンッ!
「おい、黒髪、聞いてるのか!?」
「リリーさん、聞いてるの!?」
「集中して……」
ブンッ!
「あら?」
気がつくと、金髪くんとマルグレーテが目の前にいた。
「そこ危ないわよ?」
剣が鼻先をかすめたようで、二人とも冷や汗を流し尻餅をついている。
「さすがリリー様、見習いたいものです」
ずっと近くにいたらしい眼鏡くんがそんなことを言う。
「フィーン先生、集中しても全然魔力なんて感じないんだけど」
「繰り返してください。時間はありますから、ゆっくり感じ取ればいいのです」
「そうね、焦ることはないか……」
――というような感じで、私はこの週、5回魔術の授業を受けた。エリアは神殿通いがあるので1回減らして4回である。
それなのに。
「どういうことなの……」
それは金曜日。5回目の授業を受けたあとのことだった。更衣室で学生証を確認した私は絶望に襲われた。
「ま、まずいわ……」
「リリーさん、どうしたんですか?」
どうしたって――
スキルがないのだ。
5回も授業を受けたのに、魔術スキルが手に入らなかった。なぜかゲットできなかったのである。
これは、はっきり言って異常なことだ!
ゲームをやりこんだ私の実感では、魔術の授業を3回受けた時点で魔術レベルが2に上がる。このとき、同時に魔術スキル――たいていは〈コールド・ブレード〉か〈ブレイズ・ブレード〉が手に入るはずなのだ。たとえ、運が悪くてこのときにスキルを獲得できなくても、4回目でほぼ確実にスキルが入手できる。5回目なら百パーセント。そのはずだった。
私だけではない。4回、魔術の授業を受けたエリアも、攻撃用のアクティブ・スキルを得られていない。
――本当にまずい状況だ。
「これでは冒険どころじゃないわ……」
私は魔術スキルがほしくて、週に5回も授業に出たのである。〈コールド・ブレード〉か〈ブレイズ・ブレード〉があれば、少し離れたところから敵を攻撃できる。つまり敵に近づくというリスクを背負うことなく、ダメージを与えられるわけだ。ゲーム的に言うと、射程1である。
なのに……、魔術スキルがないと攻撃そのものが出来ないではないか。もちろん剣で、直接、敵を殴ることは出来るが(射程0)、怖くて身体がまともに動かないだろうし、なんとか斬りかかってもダメージが入るかどうかすら怪しい。私もエリアも素人同然の女の子で剣術レベルは2しかないのだ。
なんでこんなことになってしまったのか……
一瞬思考停止した私は、すぐさま頭を再起動させ、理由を探る。もしかして、ゲームのシステムが変わったのだろうか。あるいはなにかフラグのようなものが足りなかったか。それとも、たまたま二人とも乱数で最悪の値を連続して引いてしまったのか。
そもそも、ここはゲームの世界じゃないから、なんだってありえるわけだが――
自然と学生証を見つめる形になった私は、とうとうそれに気づく。
学生証・裏面
リリー
レベル 1
名声 17
HP 10/10
SP 10/10
スタミナ 42
体力 40
知力 57
剣術レベル 2
魔術レベル 2
信仰レベル 2
スキル 疲労回復 LV.1
リジェネレーション LV.1
そういうことか。
こんなんじゃ、新しいスキルが獲得できるはずなんてなかった。
なぜって――
スキルがすでに2つあるからだよ!
以前、一度説明したものと思うが、スキルにはキャラのレベルによって獲得個数とスキルレベルに上限がある。レベル1だと、持てるスキルは最大2つまで、スキルレベルは最大1までということになる。
すっかり忘れていたのだが、私は〈疲労回復〉〈リジェネレーション〉を持っている……持っているのだ!
だから、新しいスキルを持てるはずなんてなかった! 最初から無理だったのだ!
完全に見落とした。
大ポカ、大ボケである。
なんでこんな基本中の基本を忘れていたかというと――おそらく、日曜日、予定になかった神殿に行って、その場の思いつきで〈リジェネレーション〉をもらってきたからだろう。スケジュールにない行動を取ったことで、神殿でスキルをもらったこと自体を失念してしまったのである。
これはミスだ。
完全に私のミス。
さんざんやりこみゲーマーぶっていたのに恥ずかしい。
顔が赤くなっているのをごまかすため、更衣室の外に飛び出る。
しかし、タイミングは最悪であった。
「おっ、リリー」
そこには、冒険野郎セナくんがいたのだ。
「日曜の冒険なんだけど、予定変更なしか?」
「もちろん、予定変更なし、決行よ」
私は素早く取り直して、思いっきり見栄を張った。
「……どした、おまえ? なんかやっちまったって感じの顔してるけど」
おい、こいつ鋭いな!
「ああ……やっちまったのよ。ちょっと個人的なミスをね」
「それ大丈夫なのか……?」
「単なる小さいミスよ。別に問題ないわ」
見栄を張っていたら、落ち着いてきた。
そうだ……問題なんてない。よく考えると問題ないじゃないか!
そもそもである。私は自分自身を最初から戦力として計算に入れてなかった。だって日本人の女子大学生がまともに「敵」と戦えるわけなんてないでしょう? 魔術スキルを取りにいったのは、多少の援護にでもなればいいなと思った程度のものである。もし、攻撃的なスキルがないのなら、ないでいいのだ――どうせ、私には、戦闘中、他にやることがあるしね。
エリアのほうは、後方でHP回復に専念させればいいだろう。いま考えてみると、たとえ魔術スキルがあっても使うのを禁止していたはずだ――攻撃でSPを浪費すると、HP回復の〈女神の癒し〉に使う分がなくなってしまうからだ。
なので、最初から、魔術スキルなんていらなかったのである。あれば、ちょっとうれしい程度。他のスキルを持っていたほうがよほど有用だ。
「予想外の凡ミスをしてね……自分で自分が許せなかっただけよ。でも冒険のプランには何の影響もないわ」
「ふーん、そうなのか」
私の態度からセナくんも納得したようだった。
「それより武器と防具は買ったのかしら?」
「あー、今日これからバイトして、日当で買うつもりだ」
と、セナくんが答えたとき、更衣室から双子の山が突き出てきた。この角度と大きさは――マルグレーテである。ちょうどいい。
「ああ、マルグレーテ。日曜日、冒険に行くからよろしくね」
「え? 何の話ですの?」
声をかけるとまるで初耳だと言わんばかりにマルグレーテは聞き返す。
「日曜日、冒険に行くから家宝の剣を持ってきてね」
「なっ!? だから、どういうことですの!?」
「おまえ言ってなかったのかよ!」
マルグレーテとセナくんの両方から突っ込まれる。そうです、どうせいつでも誘えると思っていたので、まだ声をかけていなかったのです。
「あれ、リリーさん、冒険はやめたって言ってませんでしたっけ?」
同じく更衣室から出てきたエリアがのんびり横やりを入れる。
「やめるって言ったんじゃないわ。マルグレーテが来てくれなかったら、もうやめるしかないって言ったのよ」
「仕方ないわね! そんなに来てほしいなら行ってあげてもよくってよ! ……それで冒険ってなにかしら?」
即落ちしたマルグレーテであったが、冒険のことはよく知らないらしい。
「セナくん、冒険について、彼女に教えてあげて」
「――ああ、冒険ってのは、遺跡を探索したり、魔物を討伐したりすることだ。専門の職業冒険者もいるし、学園の騎士見習いが腕を磨くために冒険に出ることもある」
「そういえば、お兄様が昔そんなことをしてたわね……」
「おい、リリー、冒険のこと知らないやつを直前にいきなり誘うってどういうことなんだよ……」
セナくんはなぜか呆れているようだった。
「計画通りよ」
「どんな計画なんだよ。見てる限り本当に計画通りっぽいのが恐ろしいが……今回のメンバーはどうなってるんだ?」
「私とマルグレーテとエリア。それにあなたよ」
「エリアってのはこいつか? 女ばかりだな」
「男もいるわよ。彼が」
私は指さす。セナくんが振り返ると、そこには木の影に隠れた怪しい人物がいた。
「だれ……?」
「レインくんよ」
「そういや、何度か授業で顔を合わせたような……。でも、なんで、あんなところにいるんだ?」
「シャイだからね、彼。冒険中、一言もしゃべらなくても気にしないで」
「どういうことなんだよ……」
セナくんはなぜか突然の頭痛に悩み出したようだった。
「おい……これで本当に大丈夫なのか?」
「問題なしよ。この5人で〈古代の狂王〉をあの世に送ってやるわ」
「だれだ、それは?」
「単なる死者よ。私たちにかかればね」
それじゃあ日曜の早朝、湖の船着き場に集合! そう約束を取り決めて一同は解散した。
ちょっとばかり予定外のことはあったが、プランは順調に進んでいる。あとは明日必要なものを買って明後日冒険に行くだけだ。
この日の放課後、予定を入れてない私は、鎧のサイズを測ると称してマルグレーテに後ろから襲いかかったり、逃げられたりして過ごした。
充分に休んで夕飯時である。ビュッフェ形式の食堂で今日はどんなメニューにするか悩んでいたときのことだった。
「リリーさん! た、大変なんです!!」
騒がしい娘が食堂に飛び込んできた。それは神殿に行っていたはずのエリアである。
「ここは公共の場所よ、静かにしなさい」
「で、でも、大変なんです!!」
動揺し、あわあわしているエリア。私は持っていたトレーでエリアの頭を殴った――優しく「ぽん」程度のものであるが。ちなみに金髪くんに対しては「がつん」だった。
「痛いです……」
絶対痛くないと思うけど、エリアは涙目で頭を抑えた。これで少しは落ち着いただろうか。
「いい? 大変大変だなんて騒いで、実際に大変だった試しなんかないの。どうせ、どうでもいいようなことなんでしょ」
「違います、ほ、本当に大変なんです!」
「そうね……ラウル先生が転んで腰を打ったとか?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「トイレが壊れたとか」
「それも大変ですけど、もっともっと世界がひっくり返るくらい大変なんです!」
エリアは再びヒートアップしてくる。彼女の剣幕に周囲の学生たちもざわめき始めているようだ。もしかしたら、本当に大変なことがあったのかもしれない。
「なにがあったの?」
「そ、それがですね――」