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第10話 冒険系男子

 ゲームにおいて最初の冒険は、プレイ開始から一ヶ月後の五月初頭、現在から三週間先とシステム的に決まっているのだが、私は今週末に冒険をすると決めた。


 決定済みである。


 その理由は、早く成長したいとか、ゲームのシステムに縛られるのがむかつくとか、ただなんとなくとか、正統なものであるが、実際に冒険に出て、冒険を成功させるためにはいくつかの条件が必要とされる。


 まず第一に、ステータス・剣術レベル・魔術レベルを伸ばすこと。強くないと冒険なんか出来ないという当然なことだ。これに関しては、短期間でゴリ押しするしかない。


 次に、装備を買うのに必要な資金を集めること。これはちょっとだけズルをさせてもらおう。


 最後に、冒険に出る仲間を集めること。現在のところ、パーティーは私とエリアとマルグレーテの三名である。二人ともまだ了解は取ってないが、エリアは強引にでも参加させるし、マルグレーテだって頼めば来てくれるはずだ(多分)。そして、エリアが来るなら、ストーカー気質である幼なじみのレインも勝手についてくる(多分)。


 というわけで現状でメンバーは四人(予定)なのだが、これだけでは初回挑戦・初回クリアには、少々戦力が足りないと思われる。パーティーは最大で六人編成。最低でも、あと一人のメンバーが必要だろう。


 この一人に関しては心当たりがある。



             ■



「なんだそりゃ! 剣もまともに振れないのか!」


 ギャハハと愉快そうに馬鹿が笑っていた。


「ふむ、意外でしたね。剣が苦手だったとは」


 嫌みな男がほくそ笑む。


「ふーむ……」


 私は重たい練習用の剣を下ろし、腰に手を当てる。


 月曜日の午前中。初めて出席した剣術の授業中であった。屋外の練兵場には大勢の候補生が集っている。


 ここで初めて発覚した衝撃的な事実。


 私、剣とか向いてない。


 というか、そもそも現代日本の女子が剣をふるって敵と戦うなんて出来るわけなかった。


 ちょっと唖然としてしまう。


 練習用の片手剣はだいたい2キログラムくらいだろうか。敵と戦う以前に、これを持つだけでも大変なのだ。素振りをすると、逆にこっちが振り回されてしまう。


 ちなみに他の女子たちもだいたい似たようなもので、まともに剣を扱えているのはマルグレーテくらいしかいない。エリアに至っては剣を持ちあげるだけで怪我をしそうであった。ここから聖騎士までいけるとはとても信じられない。


「剣も握れないのに、なんでおまえ学園に入ってんだ、バーカ!」


 馬鹿男――金髪くんはうれしそうであった。元々、性格の悪いクズ人間というのもあるが、ふだん筋トレで私にいじめられていることの意趣返しもあるだろう。さらに言えば、昨日のアレ(・ ・ ・ ・ ・)の復讐でもあるか……。


「黒髪は花嫁修業でもするんだな!」


「おっと失礼」


 私は重さに耐えきれず剣を金髪くんの足下に落としてしまった。金髪くんが「あぶね!」と飛び退き、転んだので、残念ながら切っ先がつま先に刺さるようなことはなかったようだ。


「リリー様に苦手なものがあって安心しました」


 一方、眼鏡くんの方もうれしそうであった。


「しょせんは細腕の姫君ということですか」


 こいつは真性のドSだから他人をおとしめるのがうれしいんだろう。嫌な奴かもしれないが、むしろ、こっちのSキャラでいるほうがいつものゲーム通りで安心できる。敬意を払われると、調子が狂うよ。


「あなたたち、馬鹿ね」


 だが、私は二人に剣を向けた。こいつらにこき下ろされるなんて、日本人の百合佳としてはともかく、リリーさんとしては許せない。


「学校は学ぶ場よ。私は剣を学ぶためにエリスランド学園に入ったの。最初から剣の達人なら学校なんかに来る必要はないじゃない。なにか文句あるの?」


「むっ、確かにそうですね」


 眼鏡くんは眼鏡キャラっぽく、中指で眼鏡を押し上げる。


「二人とも……私にそれだけ言うということは、よほど腕に自信があるんでしょうね」


「そ、そりゃあ、あるぜ」


「なら、それを証明してみなさいよ」


「証明だと? 俺様と打ち合ってみるか、黒髪?」


 金髪くんはにやりと笑って、剣を肩にかつぐ。


「私と戦ってどうするの。強い相手とやるのよ」


「強い相手ってだれだ」


「そりゃ副総長のグリズムート・マルタン様に決まってるでしょ」


「げっ、グリーに!?」


 金髪くんは騎士団副総長のグリズムート様をあだ名で呼んだ。くそっ、そんな近しい関係なのか。嫉妬で首をはねたくなってきた。


「どうしたの? 腕に自信があるんでしょ? どれだけ戦えるのか見せてもらいたいものだわ」


「いや、それはちょっと……」


 金髪くんの唇の端には緊張の色が浮かんでいる。


「ふむ、なるほど。総長や副総長と比べたら、我々など五十歩百歩ということですか」


 単に言われっぱなしが悔しくて適当なことを口にしただけなのだが、眼鏡くんは私が意味のある発言をしたかのように誤解してくれたようだ。


 まあ、騎士団総長(金髪王子)の方は、データ上、そんな強くないんだけどね。ゲームでは、エリアの仲間になる時点で、たいていエリア当人より弱かったりする。


 副総長は仲間に出来ないからゲームのデータがなかったけれど、いったいどれくらい強いんだろう――金髪馬鹿と眼鏡くんの反応から判断するに、かなりのものと感じるが。あんな立派な筋肉があるんだから弱いはずないよね。


「副総長に勝てないなら、人にちょっかいかけてないで練習しなさい」


 ちなみに二人の剣術レベルはすでに3にまで到達している。たぶん、先週、剣術の授業をたくさん入れたんだろうね。


「わかった……いやいやいや、そうじゃねぇよ!」


「なにが?」


「――教えてやってもいいぞ」


 金髪くんが上目遣いで私のことをちらりと見る。


「は?」


「だから、俺様が下手くそなおまえに剣を教えてやってもいいと――」


「あら、リリーさん、剣を使えないのね。私が特別に教えてあげてもよろしくってよ」


 横から出てきて、金髪くんの台詞を中断させたのは、まったく関係ないマルグレーテであった。


「なんで、おまえが出てくるんだ!」


「なに、あなた。私はリリーさんと話しているの。邪魔でしてよ?」


「てめぇ!」


 私はそんな仲よさそうな二人を眺め、腕を組んだ。


「そうね――剣が出来ないのは事実。おとなしくだれかに教えを請うべきかしら」


「俺が特別に教えてやろう」


「私が特別に教えてあげる」


 金髪二人が押し寄せてくる。


「じゃあ……悪いけど、お願いするわ」


 私は手を伸ばした。


 金髪くん、マルグレーテ。そのどちらでもない人物に。


「えっ、俺?」


 振り返ったのは、いかにも活発そうな男子である。日本の高校生としたら、サッカー部所属で、明るいクラスの中心、いつも早弁している、そんなタイプの子だ。


「別にいいけど、なんで俺?」


「さあ。運命を感じたとでも言っておこうかしら」


「ふーん、おまえ変な奴だな」


「よく言われるわ」


 不敵ににやりと笑ってやろう。


「なんでそいつに頼んでるんだよ!?」


「そうよ、だれなの!?」


 金髪くんとマルグレーテが叫ぶ。


 この男子は、セナ・ドナプレスくん。


 『乙女の騎士団』人気投票第4位の攻略キャラである。


 見ての通りの明るい体育会系少年だ。下級貴族の四男坊という設定で、地位もお金も持ってないのだが、実は、()()()()()()()()を秘めている。


「私は彼に習うから、マルグレーテはエリアに教えてあげて。彼女も初心者なの」


「ん……仕方ないわね」


「あんたは隅っこで棒でも振ってない」


 と、金髪くんを蹴り飛ばす。これで邪魔者は消えた。


「おいおい、ひどくないか、あいつらは親切で教えてやるって言ってるんじゃないか?」


 まっとうな性格であるセナくんは私の所業に面食らっているようだ。


「そうね。彼らにはあとでお礼をするわ」


 特に金髪くんにはたっぷりとな……


「それより、剣が安定しないのよね。どうしたらいいの?」


「――剣が重いんだろ。一番小さいのを使え」


 と、セナくんが持ってきてくれたのは、細身の剣であった。全体で1メートルないくらいの長さだろうか。持ってみると、なるほど、今使ってる剣よりずっと軽くバランスがいい。


「いいわね。これならなじむわ」


「ちょっと待て、そんな握り方だと振ったらすっ飛んでいくぞ。普段は軽く握って、斬るときに絞るんだ」


 と、わざわざ手を添えて、握り方から教えてくれる。


 真剣な横顔が近い――


 乙女ゲームであればイベント発生シーンになるかもしれないが、私の視点からは親切な年下の子が教えてくれてるな程度のものである。ファンの方、マジごめんなさい!


「なるほど、こんな感じね」


 セナくんに言われた通りの握り方と振り方で、がつんがつんと練習台の木の棒を叩いてみる。固いので手がしびれる。


「そうそう、やれてるじゃないか」


「でも、これで魔物と戦う勇気はないわね」


 私は尖ってない刃を手のひらでぽんと受け止める。


「そうだな。今後、魔物と殺し合いするわけだからな。生半可な腕と覚悟だと初陣で殺されておわりだろうな」


「冒険に行くつもりだったんだけど、やめようかしら」


「冒険に興味あるのか?」


 セナくんの目がきらりと光る。


 かかったな、バカめ!


「実は今週末に行く予定なのよね……」


「今週末!? 早すぎる。冒険が許可されるのは来月からだろ」


「あら、よく知ってるのね」


「実は俺……冒険者を目指してるんだ」


 秘密を明かすように、セナくんは漏らした。


 だが、この私、それについてはよーく知っている。セナくんは冒険者になりたがっているキャラなのだ。


 ちなみにエリスランド王国では冒険者が職業として成り立っており、遺跡に近い学園都市はその活動拠点ともなっている。町で臨時の冒険者を雇って一緒に冒険するなんてこともできるが、戦力的には穴埋め程度であり、ゲームで使うことはあまりない。


「へぇ、そうなの。あなたも一緒に来る?」


「行きたいけど、冒険の許可は出るのか?」


「実は、一昨日、フィーン先生とラウル先生を冒険に誘ったんだけど、断られたのよね」


「先生を誘ったのかよ、すごいな!」


 さすがにセナくんも驚いていた。


「だから、候補生だけでこっそり行くつもりよ」


「なんてやつだ」


「嫌われたかしら?」


「いや、気に入ったぜ」


 セナくんはやんちゃな男の子らしくにやりと笑った。


「行くぜ、俺も」


「歓迎するけど、最初の冒険が私とでいいの?」


「気にするな、どうせ最初の冒険なんて失敗するだろうからな。誰とでもいい」


「悲観的なのね」


「現実的と呼んでくれ」


 そう。このセナくん、体育会の明るい馬鹿に見えて、実は現実的というキャラなのだ。ちなみに頭も切れる。


「あなたが現実的なら、私は野心的よ。最初の冒険で大成功するつもり。お宝を全部かっさらうわ」


「おいおい、冒険は常にセイフティーファーストだぞ」


「常に高い目標を持つ。それが成功の秘訣よ」


「やれやれ、とんでもない女だな……」


「やっぱり、いやになった?」


「俺がいないと危なっかしい。ストッパーとして付いてってやる」


 と、がっちり握手してくる。


「俺はセナだ。よろしくなリリー」


「どうぞよろしく。私の名前知ってるのね」


「そりゃ、有名人だからな。でも、おまえも俺のこと知ってただろ?」


「――どういう意味?」


「俺が冒険者を目指してるって知ってただろ」


 おっと、これは鋭い。これまでの少ない会話からばれてしまったか。洞察力があるし勘もいい。まさに冒険者向きの人材だろう。


「冒険者になりたいってこと、俺は誰にも話してなかったんだよな。なんで知ってるんだ?」


「人より少しだけ知ってることが多いのよ」


「――占いか予言か何かか?」


「天啓と呼んだ人がいたわね。そんなたいしたものじゃないけど」


「天啓ねぇ――じゃあ、俺は将来どうなるんだ? 冒険者になれるのか、野垂れ死ぬか……」


「将来は決まってない。あなたの行動によって決まる。私が知ってるのは、せいぜい可能性のうちいくつかだけ――あなたの場合は未来が確定していないほうがうれしいでしょ」


「まあね」


 不敵に笑うセナくん。どう見ても、未来が決まってたらつまらないと感じるタイプだもんな。


「良き伴侶がいたら、冒険者として大成功するかもね」


「伴侶ねぇ。それって、プロポーズ?」


「調子に乗らないの。でも、あなたのことは嫌いじゃないわよ」


「俺もだ」


 ちなみに、私が『乙女の聖騎士(無印)』を初めてプレーしたとき、到達したのはセナくんエンドであった。他の男どもは、いちいちウザかったり、面倒だったりしたので、「こんなやつらにうちのエリアはやれん!」とドラマに出てくる頑固なお父さんみたいになったのである。その点、セナくんは、真面目な体育会系で、トラウマやひねたところがないから、素直にエリアを託すことが出来たのだ。


「私に妹がいたら、紹介してやってもいいわ」


「いたらってなんだ、どういう評価だよ」


 もちろん最高の評価である――筋肉の薄い子に対しての。


「今週の土曜日までに、剣とメイルシャツを用意しておきなさい」


 メイルシャツは制服の下に着込む薄手の鎧である。町の方に行けばすぐ買うことが出来る。


「ああそうか、装備が必要だな。ポーションとエリクサーは?」


「それは私が人数分用意しておくから、気にしなくていいわ」


「じゃあ、俺は剣とメイルシャツだけか。でも、まずいな、予算が足りないかも……」


「アルバイトしなさい。城壁作りに参加すればすぐでしょう」


「でもあれは疲れるからなあ。冒険に行くからには、剣術と魔術の授業をみっちり受けたいし……」


 彼は初心者プレイヤーらしく、〔スタミナ〕、授業、ステータス、資金のバランスに頭を悩ませているようだった。


「今回は魔術の授業は諦めなさい。月・火・水・木に剣術の授業を入れて、水・木・金の放課後に肉体労働。これが一番効率いいはず」


「え……?」


「おっと土曜日は丸一日休むこと。冒険前に疲労を残すのは厳禁だから」


「本当にそのスケジュールでいいのか? 適当に言っただけじゃ?」


「舐めないでよね。これくらい一瞬で出るわよ」


「マジかよ……」


 このスケジュールなら、月・火・水の剣術の授業で「大成功」が出る確率が上がるだろう(〔スタミナ〕ほぼ100の状態で授業受けられるから)。そして水・木・金のバイトで資金を稼ぐのだ。きつい肉体労働で減った〔スタミナ〕は土曜日一気に回復させる。


「これでもお金が足りなかったら私が出すから言いなさい。絶対無理はしないように」


「金持ってるのか。さすが異国のお姫様」


「無駄遣いしすぎて400クラウンくらいしかないわよ?」


「俺より貧乏じゃねーか! どうするんだよ」


 冒険には装備が必要だった。最低でも武器と防具、回復用のポーションとエリクサーがほしい。現状ではとても手が出ないが……


「ちょっとばかり金策の当てがあるのよ」


「変なことするんじゃないだろうな」


 初対面ですでに私は変なことをする人間だと思われてしまっているようだった。もちろん変なことをするわけだけど。




 剣術の授業後、私は学生証のステータス画面を見る。




 セナ・ドナプレス

 レベル 1

 HP 11/11

 SP 11/11

 スタミナ 71


 体力 34

 知力 32


 剣術レベル 3

 魔術レベル 1

 信仰レベル 1


 スキル 罠感知 LV.1

     敵感知 LV.1




 よしよし、セナくんのステータスを見ることができた。すでに剣術レベルが3か。さっきの授業で上がったのかもしれない。


 さて、今回の見所はなんと言ってもスキルであろう。


 〈罠感知〉と〈敵感知〉。


 これだよ、これ。探検向けの能力! このふたつがあれば、敵の不意打ちにかかりにくくなり、罠でダメージを受けづらくなり、パーティーの生存性がぐっと上がるのだ。


 さすが冒険者志願者。最初からいいスキルを持っているね。実のところ、私がわざとらしくセナくんに声をかけて、冒険に誘ったのはこれが理由だったりする。便利スキルを持っているからだ。本当は〈探索〉もほしいんだけど、レベル1だとスキルを最大で二つしか持てないから仕方がないか。


 さてさて、これで人材は揃った。


 次は資金を稼ぎに行こう――ちょっとばかり怪しい方法にて。

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