第1話 ゲームの世界に来ちゃったぞ
プロローグ
この世界は星で満ちている。
なにがって、それはもうそこらじゅうでキラキラしているでしょう。
お星様たちが。
若くて美形な王子様たちが。
みんなそういうの好きでしょ?
彼らは比喩抜きでホンモノの王子様たちである。だって、ここは騎士を育成する士官学校のようなところで、候補生はたいていが貴族の子弟だったりするからだ。
右を見ても美形、左を見ても美形。
ほら! すぐそこを歩いているモブっぽい人だって、お顔立ちが整ってらっしゃるでしょ? こんなきれいな人たち、現実では見たことありません。
もうとにかくすべてが美しいのです。……二次元を三次元に起こしたような世界なのだから当然なんだろうけどね。
「はあ……」
私はそんな天の川のようなきらびやかな風景を見てため息をつくのである。
「――それにしても魅力的な男性がいない」
と。
第1話 ゲームの世界に来ちゃったぞ
どうやらゲームのやり過ぎらしく、寝落ちして起きたら、ゲームの世界の中にいた。
「ここ、寮の部屋だ――」
目覚めて、混乱したのはほんの一瞬。
私はすぐに理解する。
本来であればうろたえるべきシチュエーションなのだろう――だってここは私の部屋ではないのだから。
起きたら違うベッドの上なのだから。
誰でも驚くはずだ。とくに私のような未婚の若い女子となれば。
だが……、その前に私は気づいたのである。
ほら、見るがいい。
天蓋付きのベッド。薄いピンクで統一されたシーツとカーテン。真っ白でお姫様な鏡台。妙に重厚なテーブルとチェア。傘のようなランプシェード。
これは――
まさにゲームの背景CG通りだった。
私は確信する。間違いがない。
ここは、あのゲームで主人公が暮らしている寮の一室だ!
ベッドから下りて、テーブルに触れてみる。引き出しを開くと中は空っぽだ。本物の家具。それも上質でお高そうな逸品。形だけの張りぼて、書き割りなんてことはあろうはずがなかった。
出窓に手をかけてカーテンを引く。差し込んでくる朝の淡い陽射し。窓の外に湖が見えた。その手前には座学を行う校舎と、屋内練兵場。どことなくスイスを思わせる湖畔の風景であった。少なくとも日本国内には見えない。
いやいやいや。
なんでこうなった。
なんで私はこんなところにいる?
なんで私はゲームの世界なんかにいるの!?
ここは、ちょっと、ちょっと、落ち着いて考えてみたい。思い出してみたい。
昨晩。……昨晩まで私は現代日本の自分の部屋にいたはずだ。
ゲーム好きの私は、お風呂から出たあと、ベッドに潜り込み、とあるゲームをプレイしていた。そのソフトのタイトルは『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』。2ではなく、1の『完全版』である。
勘のいい方なら、タイトルだけでピンと来たかもしれないが、このソフトのジャンルは、女性向け恋愛アドベンチャー。つまり、ヒーロー(イケメン男子)がたくさん出てきて主人公の女の子をちやほやしてくれる「乙女ゲーム」である。
この『乙女の聖騎士』(ファストゲームス社製)に関しては徹底的にやりこんでいる。
全ルート踏破、達成率百パーセントは当然。単に一通りのルートをこなしたというだけでなく、どの男子ともくっつかない、いわゆる「友情エンド」を中心に、何度も何度も繰り返しプレイした。
この、そこそこ有名だが、アニメ化が失敗したこともあって、色んな意味でマイナーな『乙女の聖騎士』を、ここまでやりこんだ人間は、私の他にいないに違いないんじゃないだろうか? もしかしたらデバッガーやスタッフよりもプレイ時間がよほど長いかもしれない。バグを発見して、公式サイトのフォームで報告したら、完全版で修正されていたなんて経験もあったりする。
――さて、ここでひとつ、誤解されがちだが、色々な意味で誤解してほしくない部分がある。
私は、乙女ゲーム『乙女の聖騎士』を愛し、異様にやりこんでいるのだが、実のところ、乙女ゲーというジャンル自体にはあまり興味を持っていない。普段、私がやっているのは、海外で作られたゲーム、いわゆる洋ゲーというやつである。ジャンル的には自然と戦争ものやアクションものが多くなる。
こんなことを書いてしまうと、「女のくせにハードなゲームマニアなのか?」などと、さらなる誤解を招いてしまいそうだが、プレイする難易度は常に「イージー」モードのあくまでライトでカジュアルでにわかなゲーマーである。
さらにさらに誤解されてしまうかもしれないので、念のために書いておくと、私は乙女ゲーというジャンルを馬鹿にしたり嫌っているわけではない。単に、いくつかの有名作品を実際にやってみた後で、自分にはあわないなと感じただけである。
この「自分にはあわない」というのが、重要なポイントなのである。私は、私特有のとある理由により、乙女ゲーに興味を持たず洋ゲーばかりをやっているのだ!
……ええい、そんな話はどうでもいいとして、現状である。
昨夜、ベッドで『乙女の聖騎士(完全版)』をプレイしていたことまでは話しただろうか。
その後、おそらくいつものように寝落ちしたんじゃないかと思う。そして、目覚めると――ご覧の有様である。
私は窓を開けて身を乗り出す。朝の風は少し冷たい。
ゲームのサブタイトルにもなっているエリスランド学園は、湖の畔に立つ城塞学園都市である。学校の周囲に地元の人が住む市街地と学生向けの商店が見えた。その向こうには騎士団の基地があるはずだ。
幻想や妄想にしてはリアル過ぎる。
ひょっとしてこれは際限なく凝ったどっきりなのだろうか。それとも、ゲームを元にしたテーマパーク? ゲームの世界に入るなんてのよりは、まだそっちのほうが信じられるが、そんなうまい話はそうそうないだろう。
いずれにしても、これは大変な話であった。
ゲーム好きオタク系女子の私にだって、生活、いや人生というものがあるのだ。大学に行かねばならないし、バイトにも行かねばならない。ジムの無料チケットだってまだ枚数が残ってる。家族もいる。少ないが友人もいる。
こんなことが現実に起こってしまうなんて……
現代日本から遠く離れ、『乙女の聖騎士』の世界に来てしまうなんて……
うれしすぎた。
「ヒャッハー!」
奇妙な歓喜の雄叫びが出てしまう。
普通なら戸惑ったり、恐怖したりする場面だということはわかっているのだが――
「ナイス! ゲームの世界最高!」
アホなことを口走ってしまう。
えー、ここで説明させていただこう。私が乙女ゲーより洋ゲーを好んでプレイしていることは前述した通りである。
それなのに、なぜ『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』だけは異様にやりこんでいるのか?
理由はふたつあるのだが、そのうちのひとつは単純なもの。
このゲームの世界観が好きだからである。
世界観といっても、そう特別で独特なものがあるわけではない。
逆だ。よくあるごく普通の学園ファンタジー世界だ。
生徒たちはエリスランド学園に通い、剣や魔法でモンスターと戦う「騎士」を目指す。
ファンタジー世界なのだが、なぜか背景設定は現代日本を彷彿させる部分が多く、コンビニはあるし、カフェにはスイーツが並ぶし、街までバスで移動する。学園の学生証には、スマートフォン的な機能までがある。
適当なゲームにありがちな適当な設定と言われてしまうかもしれないが、私はこの「暮らしやすそうなファンタジー世界」が好きなのだ。
毎日のように『乙女の聖騎士』をやっては世界観にどっぷり浸っていた。
そんな私なので、ゲームの中に入れるのなら――
「いえーい! うひょー」
ちょっとアホになってしまっても仕方がないだろう。
「だれかいるんです?」
唐突に――
部屋のドアが開いた。
私は固まってしまう。
ドアを開けたのは、彼女であった。
茶髪のふわふわボブパーマ。くりくりした瞳。白いジャケットにミニスカートの制服。これは『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』の主人公――
「――エリア」
エリア・シューシルトちゃんではないか。
「私のことを知っているんですか?」
エリアは初対面の人間に名前を呼ばれて驚いているようだった。
「まあ……ね」
私は笑ってごまかした。ゲームでよく知ってますなんてとても言えなかった。
「どなたです? もしかしたら、リリーさん?」
「リリー?」
その名前には聞き覚えがあった。
リリーとは、ゲーム『乙女の聖騎士』に出てくるキャラクター。グラフィックもなければ、ボイスも付いてない、名前だけあるほとんどモブだったはずだ。
台詞は、せいぜいひとつかふたつ。学内騎士競技大会の直前に出てきて、「あなたでは私に勝てないわ」とか予言めいたことを言い放つのを覚えている(その後、ほぼ出番無し)。
ちなみに私は名前が百合佳なので、英語にすると……
「そう、百合かもしれない。こちらの言葉では」
どうにかエリアとの会話を続けるが、緊張で片言になってしまう。
「リリーさん! お会いしたかったんです! お話だけは聞いてたんですけど、一度も顔を合わせたことがなくて」
私がリリーということにされてしまった。これはまずいか?
だが、それにしても……
「可愛い」
「え?」
可愛い。
エリア・シューシルトちゃん、めっちゃ可愛い。
乙女ゲーというのは、美形な男性キャラクターが売りのゲームなのだが、主人公のグラフィックだって負けず劣らず可愛いものである。
当たり前と言えば、当たり前の話であろう。
女性プレイヤーだって主人公は可愛い子のほうがいいし、キャラデザ担当の原画師さん(神)が女の子を描けば、可愛くなるのが必然である。そんなゲームの世界の女の子がいま、目の前にいるわけで――
「可愛いって言ったの、あなたが」
「ふひゃ!? そ、そんな……」
頬を染めて恥じらうエリア。
そんな姿も初々しくて萌える。
私自身は名前に反して百合っ気はないのだが、こんな可愛い子が相手なら、ぜひ友だちになって、街のカフェなんかでキャッキャウフフしたい。特にエリアは手元に置いておきたいような天然ほんわかタイプなのでなおさらだ。
「は、早く着替えないと、学校遅れますよ」
相当恥ずかしかったようで、エリアは逃げるように出て行ってしまった。
変な奴だと思われてしまっただろうか? まるで乙女ゲーの男キャラのようなことを言ってしまったかもしれない。よくいるよね、初対面で甘い言葉をささやくキャラ。『乙女の聖騎士』にもまさにその通りの駄目な野郎がいたりするし。
「早く着替えろか……」
いま気づいたのだが、私はなぜかシースルーのエロいネグリジェみたいの着ていた。
なんだ、これ。人前に出るような格好じゃねぇ。ゲームでは、とある女性キャラが似たようなのを着ていたな。彼女なら似合うだろうけど、私じゃちょっと服が腐る。
ヒー、恥ずかしい。
慌ててクローゼットを開けると、学園の白い制服と予備が数着ぶら下がっていた。他には、運動着、競泳用水着、パーティードレス、お洒落なワンピース、セクシーな寝間着などなど、オンからオフまでよりどりみどり。この部屋の主は、センスがいい上に衣装持ちらしい。ただし、大人っぽいものが多くて、私に似合いそうなものはほとんどないのだが。
「これなら、着られそうだな……」
学園の白い制服を手に取る。サイズが私に近いと思われたのだ。
私は身の丈に合わぬネグリジェ(サイズ以外の意味で)を脱ぎ捨てた。クローゼットの鏡に映るのは、平凡な顔立ち、平凡なスタイルの日本人女子である。
私は、自分の容姿を誇ったり、逆にことさら卑下したりする趣味はないのだが、文字通りゲームから飛び出てきたエリアと比べると、ちょっとデザイン面での差がありすぎるんじゃなかろうか。こっちはリアルさを追求した造形なので、比べても仕方がないかもしれないが、できたらゲーム風にアレンジしておいてほしかったもんだ。二次元補正というやつが必要である。
さて、ここで気になるのは……いま着ている下着である。日本でも手に入るような普通の下着(ただしセクシーめ)なのだが、私のものではない。まさか、眠っている間にこれを私に着せた誰かがいるということなんだろうか? ぞっとしない話だ。
ともかく制服に着替える。
ゲームに出てくる学校制服というと、奇抜なデザインになりがちなイメージがあるかもしれないが、エリスランド学園の制服は、ミリタリーの雰囲気を取り入れたかっちりしたものである……白いジャケットはゲームらしく派手すぎるかもしれないが。
靴下がないかと探していると、下着類と共に、黒のオーバーニーソックスが見つかった。これを履けとな。日本にいたときもニーソは試したことがなかったんだけど……えいっ、履いてしまおう。
自分が大胆になっていることがわかる。
異世界に来てハイテンションになっているんだろうか。それともしょせん夢の中の出来事だから好き勝手やってるだけなのか――
「やっぱり派手かな……」
鏡で見栄えをチェックする。
制服はまるで私専用にあつらえられたかのようにぴったりだった。
……本当に私のために作られたかのように。
日本人には似合わないデザインなんじゃないかと思っていたけど、そうおかしい点はない。派手で格好良すぎるだけの学校制服に見える。生地も上等であるし、少なくともコスプレイヤー感は出ていないだろう。サイズ感がばっちりなのもそれを助けているだろうか。
「おっ……」
胸ポケットにカードのようなものが入っていることに気づく。
学生証だ。
ゲームにおいて学生証は、重要なアイテムである……というよりはゲームシステムそのものである。学生証アイコンを選ぶことで、ステータスやスケジュールが表示されるのだ。
おそらく、この学生証の持ち主が、この部屋に入ってる学生なんだろう。
私は名前を確認し……
「って、なんじゃこりゃ!」
学生証・表面
王国歴257年 4月3日(月) 7時22分
氏名 リリー
年齢 20
階級 候補生(一年生)
所持金 1000クラウン
学生証・裏面
リリー
レベル 1
名声 2
HP 10/10
SP 10/10
スタミナ 100
体力 34
知力 51
剣術レベル 1
魔術レベル 1
信仰レベル 1
スキル なし
ゲームの数値が出てきた!
これは、まさに『乙女の聖騎士~エリスランド学園青春記~』のステータス画面そのままではないか!?
学生証の表裏両面がスマートフォンのようなタッチパネル型ディスプレイになっていて、そこに情報が表示されていると言えば伝わるだろうか。
もうひとつ私を驚かせたことがある。
学生証の顔グラフィック……もとい、顔写真。
ここに映っている黒髪の女は……
私じゃないか!
これはリリーとしての私の学生証だ!
まさか騎士候補生として、エリスランド学園に通えと言うのか?
このゲームの世界の一員になれというのか!?
はい、喜んでなります!
乙女ゲームに興味を持たず、洋ゲーばかりやっている主人公。
はたしてその理由とは……
あ、タイトルとあらすじでネタバレしてました。
最初は『マイノリティ女子の乙女ゲーム絶対拒否!』というタイトルにする予定だったんですが、わざわざ主人公の趣味を隠す必要がないという理由から現行のものになりました。場合によっては、こちらに戻すかもしれません。
一話あたり5~6000文字程度で更新していく予定です。