その感情が彼女の始まりとなるのなら
「スズメちゃん?」
神都カナンの喫茶店ルーセント。
カラスバ先輩と共にツバサ達と合流したスズメだが、どこか沈んだ表情を浮かべていた。
「元気なさそうだけど――大丈夫か? 何かあったのか?」
「――大丈夫、です」
スズメの頭の中にはあの事がグルグルと渦を巻いていた。
そして、その感情は不思議なものだった。
ショックだとか、憐れみだとか、悲しみだとか、そういう感情とは少し違う。
奇妙な――奇妙な突っかかり。
「道に迷って疲れたんだろう――カナンの裏道は慣れないで歩くと大変だしな」
「今日は早めにステラソフィアに戻った方がいいのではないですか?」
「お菓子作り会も今日だったよな――友達と一緒に菓子でも作れば少しは気もまぎれるだろ」
「あ――――そうでしたね」
「や、やっと帰れるんですか――?」
「おお、マッハ――何か嬉しそうだな」
「め、滅相もございませんですよ!」
「良いだろう――――では、そのお菓子作り会にブローウィングで参加しよう」
「あら、それは良いですわね~」
「えー、マハは別に」
「行くぞカスアリウス・バッカ」
「マッハなんですよ!!」
カラスバ先輩に担がれて、店の外まで連れ出されるマッハ。
その後を追いかけてツバサとチャイカ、スズメと続く。
「マッハちゃんってちょっとカラスバ先輩を怖がってるような所があるでしょう?」
後に続いて歩くチャイカがスズメへとそんな話をし始める。
「マッハちゃんね、最初の頃は手も付けられないような乱暴者だったのですわ」
「今でも結構ハチャメチャですけど……」
「ふふっ、そうですわね――でも最初の頃はもっと酷かったのですわ……それをカラスバ先輩が叩き直すとか言って」
「あ、そういえば聞いたことありますね。去年マッハ先輩を特訓したって……それが――――」
「ええ、カラスバ先輩ですの」
「――――チャイカも一緒になってマッハちゃんを特訓させてたけどな」
「あら、なんのことですの? うふふ」
明らかに笑って誤魔化してるチャイカだが、何処となくあまり詮索してはいけないようなオーラを感じ、スズメはこれ以上のことは追及しないことにした。
「スズメちゃん! ――と先輩方?」
「あ、サリナちゃん。先輩も参加するんだって」
「そうなんだ」
ステラソフィア女学園へと戻ってき、ステラソフィア製菓部主催のお菓子作り会に参加したチーム・ブローウィングとカラスバ先輩。
「久々ね――確か、トロピカだっけ」
「はい! カラスバ先輩も参加するんですか?」
「構わないでしょう?」
「モチロンですよ!」
「カラスバ先輩……あの、アラモード先輩と一緒に働いてるんですよね……」
「アナタはえっと――クリームみたいな名前だったわね」
「チーム・パフェコムラード所属4年生クオリア・ミドル――クリーミィです……」
意外と人気のあるカラスバ・リン先輩。
それもそのはず、ツバサの話によるとカラスバ先輩はヒマがあるときによく顔を見せに来る為、生徒たちの間でも顔が知れている。
それにステラソフィアでは一種の伝説的扱いである第1期生の1人だという理由からこれだけの人気があるらしい。
「それじゃあ、皆さん手を洗ってエプロンをしてください。お菓子作り会始めますよー」
グラノーラ・トロピカの言葉に従って参加者の生徒たちが準備を始める。
それぞれ5人程度の班に分かれての作業だ。
グラノーラ・トロピカ率いるドキドキ マンゴープリンとクオリア・ミドル率いるパフェコムラードの8人の説明を聞きながらお菓子を作る。
「今日はレアチーズケーキを作りますよ~」
お菓子作りが始まってからも、やっぱりスズメはどこか上の空のように見えた。
「スズメ――――どうしたの?」
「んー、どうもしないよ」
「さっきから、しにクッキー潰してるさー」
「んー、どうもしないよ」
「ツバサ先輩! スズメちゃん何かあったんですか……?」
「いや、なんか今日ちょっと調子が悪いみたいなんだよなー理由は分からないけど」
「んー、どうもしないよ」
「サエズリ・スズメ、ココアクッキーよ。食べなさい」
「ていうか、カラスバ先輩ココアクッキーばっかり食べないでくださいよ!」
「良いじゃない。どうせ余るんだし――――それより、サエズリ・スズメ。ちょっと外出るわよ」
「えっ、あ――はい……」
そして、ステラソフィア校舎の屋上。
沈む夕日に赤く染まった世界。
カラスバ先輩とスズメは風にあたっていた。
「そんなにアレを見たのがショックだったの――?」
「そういうのとは――違うんです――――けど、何か……変な感じがして」
「サエズリ・スズメ――アナタはステラソフィアをやめた方がいいわ」
「えっ――――ど、どうして」
「アナタは――――大事な人の為に友人でも殺せる自信はある?」
「ど、どうしたんですか――急に」
「私はあるわ。本来、此処にはそういう人が集まるべきなのよ」
「カラスバ――先輩?」
「サエズリ・スズメは――どうしてステラソフィア機甲科が1学年32人なのか知ってる?」
「いえ――知らないです……」
「機甲科の32――――それは、私達1期生1200人の内――――生き残った生徒の数なのよ」
スーパーコンピュータ・シャダイによって技術力の圧倒的な進歩を見せたマルクト神国。
初めの頃は優勢を見せたマルクト国軍だったが、ある時期、他国の装騎もマルクトの装騎に比類するような発展を見せた。
それは、広く国中に知れ渡った技術が他国へと漏れ出たことが一つの要因とされる。
そのことによって縮まった技術力によって設立されたばかりのステラソフィア女学園機甲科をはじめとするマルクト国軍は戦闘において大損害を出した。
それが、大敗北と呼ばれる出来事である。
その出来事において生き延びた当時のカラスバ・リン他ステラソフィア生32人が主体となり、新たな学園の体制を作り上げた。
戦いで生き残った先輩が後輩へとダイレクトにその生き残る術や技術を伝える。
それが、縦割り式のチーム構成で先輩から後輩へと技術や技能を直接的に受け継いでいくステラソフィアの異学年チーム制の発端となっている。
「また――世界は新たな段階に移行しようとしている――P-3500の出現を皮切りに、ディープワンという謎の勢力の出現に――――サエズリ・スズメ、確かにアナタは強いわ」
カラスバ先輩は一拍置いて口を開いた。
「パフォーマンスとしては、ね――――それ以上に精神力が弱すぎる。割り切れないなら――――やめなさい」
カラスバ先輩がその場を去った後も――しばらくスズメは瑠璃に染まり行く空をただただ、見つめていた。
暗い光の世界――1人の少女がその様子を眺めていた。
「全く――余計な事を……」
少女は白く染まった髪を揺らし、金色の瞳を細める。
「素質は十分なんだけどなぁ……ま、まだまだこれからよね…………」
少女が人差し指を立てると、そこにディスプレイが表示された。
「連作交響詩マー・ヴラスト」
そのディスプレイをポンと少女がタッチすると、曲が鳴り響く。
「彼女には、ちゃんと私の所まで来てもらわないとね」




