動いた――運命が
「マリアさんかっこよかったですねー」
「そうだなぁ……ああいう強い相手と戦いたいよ」
「ねー!!」
「全く、ツバサ先輩もスズメ後輩も装騎のことばっかなんですよー」
「マッハちゃんが言うのもどうかと思いますけどね~」
試合の興奮も後を引き、そんな会話をしながらカナン都内を歩くブローウィングの4人。
今日は、この後とある喫茶店で、チケットをくれたその先輩と会う約束をしているからだ。
「あれ――先輩からメール来てる……遅れるんだってさ」
「そうなのですの?」
「全くダメな先輩なんですよー」
「それ先輩に言っても良いかな……」
「うっ」
そんな話をするツバサ、チャイカ、マッハ。
その後に着いて歩きながら、スズメは奇妙な胸騒ぎを覚えていた。
(何だろう――この、感じ)
どこか不思議な感覚がする。
まるで、誰かに見られているような――――そうでも、無いような。
ふと、目を向けた路地裏――――そこを、1人の少女が立っていた。
くすんだ金髪に、褐色の肌――――その身を薄汚れた布きれで覆っている。
何故か――何故だろう――――スズメは、彼女に強く、強く引き付けられた。
少女はフッと路地の奥へと消え去る。
「――――っ!」
スズメは――――何故か彼女の後を追いかけて――――路地の奥へと駆け出していた。
少女はまるで、幻のように――――スズメの心を惹きつけ、誘う。
少女を追いかけ、路地を曲がり、階段を降り――――いつの間にか地下通路のような場所にいた。
闇に染まったその場所。
「あれは――アズルの――――」
その奥に、見知った蒼いアズルの輝きが見える。
スズメは誘蛾灯に誘われる虫のように――ふらりとその輝きに向かって歩き出した。
しばらく行くと――蒼いアズルの光で照らされた巨大な空間が現れた。
そこには、みすぼらしい服装をした人々と石作りの小さな建物が聳え立つ――――まるで地下に作られた貧民街だ。
「うっ――――」
不意に眩暈を感じてスズメは膝を付いた。
頭がクラクラする――体に悪寒が走る――――この感じ――これは。
「ここ――アズル濃度が異様に高いっ……」
これだけアズル濃度が高いと、長くこんな所に居れば中毒で――――
「そっか……だから、人が、倒れてるんですね……」
スズメの呟き通り、道端には倒れてる人が沢山いる。
普通に暮らしているように見える人々からも活力は感じられない。
そしてその体には、重度のアズル中毒を示す蒼黒い筋が浮かび上がっている。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
不意にかけられた小さくかわいらしい声に、スズメは顔を上げる。
「あっ――」
そこに居たのは、さっきスズメが見た少女――――それと全く同じ姿をした少女だった。
少女のひんやりとした手がスズメの首筋に当てられる。
そして、少女の額とスズメの額が重ねあった。
「――――っ」
気のせいか、スズメは体が楽になっていくように感じる。
「あなたは――――」
「わたしはアナヒト――あなたは?」
「私はスズメ――サエズリ・スズメ」
「スズメ――――」
アナヒトと名乗った少女はしずかにスズメの名を呟いた。
体が楽になってくると、いろいろと疑問が浮かんでくる。
「ねえ、アナヒトちゃん」
「何――?」
「ここは、どこなんですか?」
「ここはカナンの地下――その地下街なの」
「地下街――――?」
「うん、この町がえっと、リアクター――なんだって」
「リアクター――――この地下街が丸々――アズルリアクター」
アズル・リアクターは少量の電力から莫大なエネルギーを生成できる反面、その使用には必ず人の存在が必要となる。
この町は、大勢の人々と巨大なブルエシュトーネによって国中の電力を賄う為の莫大なアズルを生み出すために造られた地下街だった。
アズルはマルクトで非常に広く使われているエネルギーだから、その有毒性に関しても授業では習うほど有名だ。
一般に用いる場合はその心配は無いのだが――――この地下街の場合はこの地下街自体がアズル・リアクターとなっており地上への影響こそ考慮されているが、地下街内に対する対策はなされてないようだ。
「スズメは――地上の人――――なんだ」
「――――うん」
「だったら、早く上に戻った方が、良いよ。ここにいるとスズメも危ないから」
「でも――――」
「上への道ならアナヒト、知ってる」
「でも――!」
ここに居るのは危険なことは知っている。
心に引っ掛かりを感じていようと、何もできないことも知っている。
でも、スズメの心は揺れていた。
何故? 何故だろう?
「なんで――だろ……」
不意に、複数の靴音がスズメ達の元へと近づいてくる。
「見つけた!」
「こちらゼンゼ班、侵入者を発見しました!」




