探偵と怪盗
「ソイツ捕まえて――――ッ!!」
放課後――購買でひのきの林を7箱購入し、上機嫌なスズメが寮に戻ろうとしていた時のことだ。
声がする方に顔を向けると、そこにはスズメに向かって走ってくる猫と、それを追いかける少女。
どこか癖のある髪にハットを被り、黒いメンズコートを羽織っている。
その少女に見覚えがあるのだが、誰だったかイマイチ思い出せない。
「つ、捕まえてって言っても――――」
その猫は白くて小さな子猫で、首には赤い首輪がつけられているのがわかる。
慌てるスズメ、こちらに向かってくる子猫と少女。
「しょうがねえ――いくぜっ」
少女はそんなことを呟くと、子猫に狙いを定める。
子猫と距離を詰めながら、タイミングを計り――――跳んだ。
「ニャー」
子猫はスズメの足元に滑り込むと、その足に頬ずりをしながら鳴き声を上げる。
一方、子猫を捕まえようと跳んだ少女は――――タイミングをずらされ地面に激突した。
「いったぁあああああ!!!!」
「だ、大丈夫ですか――――!?」
「ニャー」
「いたたた……ふっ、何の問題もありませんよ御嬢さん」
何の問題も無いようには見えないが、少女は素早く立ち上がるとハットを深く被り直し格好をつける。
「この猫を捕まえようとしていたんですか?」
スズメは白猫を抱きかかえると、少女へと渡す。
「ああ、ありがとな――――全く、手間ぁかけさせやがって」
ふと、コートの下に見えたのはステラソフィア機甲科の制服。
「あれ、機甲科の――――」
「もしかして気付いて無かったのか?」
「あ、あはははは……」
「そんじゃ、改めて自己紹介だ。俺はチーム・ジャスティホッパー所属の1年イスキ・エルダ――――私立探偵もやってるんだ。で――――」
「で?」
「誰だっけ?」
「ちょっ!?」
エルダの一言に、思わずスズメはずっこけた。
「私はチーム・ブローウィング所属のサエズリ・スズメです!」
「ああ、ピョン子ちゃんか」
「ピョン子!?」
「さって、事務所に戻って依頼主に連絡しねーとな……」
「事務所とかあるんですか!?」
「ああ、ピョン子ちゃんも一緒に来るか?」
「お邪魔して良いんですか?」
「ああ、良いぜ――その代わり、何か事件があったら是非ともうちの探偵事務所をよろしく頼むぜ」
ステラソフィア中央街。
やや南寄りの位置にその事務所はあった。
この辺りでは珍しい木造建築の建物で、イスキ・エルダ探偵事務所と書かれた立て看板が立て掛けられている。
「良いだろこの建物! 極東の島国――我国のテイストを盛り込んでいるんだ」
「どう見てもウエスタンな酒場なんですけど……」
これが煉瓦造りの中ではなく、荒野の町中などに佇んでいたら中々様になるだろうという様相のその建物。
流石に入口の扉がスイングドアだったりはしなかったが。
「ちょっと待ってな」
エルダはそういうとどこかへと電話を掛ける。
このネコの飼い主に連絡をしているのだろう。
スズメは、この探偵事務所の中を見回してみる。
入って真っ先に目につくのが正面に構えるカウンター。
明らかに、もともと酒場だった場所を使いまわしていますといった様子だ。
本来なら酒瓶が置かれていたであろう棚には様々な本やジュースの瓶が置かれている。
そのカウンターの向こうにリラックスチェアが置かれていたりして、どうやら普段はそこに座っているようだ。
「おや、依頼かい?」
不意に、部屋の奥からもう1人の少女が姿を見せた。
「アナタは――――」
「お、ワトソン君。居たんだな」
「僕をワトソンと呼ぶのはやめたまえ。僕は――」
「アイツは技術科1年のルスソレアド・デレチャ。俺の相棒だ」
「私は――」
「機甲科1年サエズリ・スズメだね。君のことは存じているよ。有名人だしね」
「あ、ありがとうございます」
イスキ・エルダとルスソレアド・デレチャの2人は幼馴染で、小さなころから一緒に探偵ごっこをしていたという。
その流れで、今では実際に事務所を作り、探偵をしているというのだ。
労働担当のエルダと、頭脳担当のデレチャ。
その抜群のチームワークで、いろいろな事件を解決してきた――――と言うのは本人たちの談。
「ワトソン君、白猫のマゼちゃんはここに置いておくからバーミンガムさんが来たら渡しておいてくれ」
「ああ、分かったよ」
「あれ? どこか行くんですか??」
「ああ、パトロールだ。この街を守るのが俺の仕事、だからな」
「おお、なんかカッコイイです」
「な、カッコイイだろう!!?」
「前言撤回します……」
「何でだよっ!」
「そういうのは自分で言ったら駄目なんだよエルダ……」
「チェッ」
これからパトロールに行くというエルダ。
スズメも一緒に同行することにした。
「パトロールって毎日してるんですか?」
「ああ、ヒマな時にな――何か事件が起きても未然に防げるのが一番だしな」
「そもそも事件って起きたり――」
「するから俺達にも仕事があるのさ。この前だって、重い荷物を背負ってるばあさんを助けたんだ」
「ああ、事件ってそういう――――」
つまり、イスキ・エルダ探偵事務所とはただの親切なねーちゃんが営む便利屋であった。
街に出てしばらく――
「エルダちゃん!」
ステラソフィア中央街2丁目にあるアムルタート青果店のおばちゃんが慌てた様子でエルダの元へと駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、おばちゃん?」
「それがね――――」
おばちゃんの手には、1通の手紙。
「まさかコレは――――予告状!!」
「よ、予告状!!??」
「本日1800時、秘物を戴きに参ります。快盗、エテルノ――――!!」
快盗エテルノ――――それは、この界隈を騒がせる謎の怪盗だという。
探偵イスキ・エルダの永遠のライバルであり、今のように予告状を送ったうえで犯行におよぶと言うまるで漫画か小説の怪盗のような手口が特徴的。
今までの勝敗は5分5分――――しかし、快盗エテルノをいまだに捕えられていないことから、事実上エルダが敗北しているようなものだった。
「それで、快盗エテルノが狙っている秘物って何なんですか――――?」
「きっと、これの事じゃないかしら」
スズメの疑問に、おばちゃんが店の奥から1個のこげ茶色をしたビンを持ってきた。
うっすらと、中に何かが入っているのが見える。
「おばちゃん、コレはなんだ――?」
「ぬか漬けだよ」
「ぬか漬け――――ってぬか漬け!?」
おばちゃんが蓋を開けると、確かにその中には透明な袋で包まれた糠漬けが入っていた。
「なるほど――確かにそのぬか漬けはこの青果店の秘物中の秘物――――エテルノが狙っているのも納得だぜ」
「納得なんですか!?」
戸惑うスズメをよそに、エルダとおばちゃんの話は進んでいく。
「だけどおばちゃん、大丈夫だ。おばちゃんのぬか漬けは俺が快盗野郎から守ってやるぜ」
「有難うエルダちゃん」
それから場所は変わって、ここはアムルタート青果店の奥にある居間。
周囲の扉は締め切られ、天井から降り注ぐ輝きだけが部屋を照らす。
中央のテーブルの上にはぬか漬けの入ったビン。
それをソファーに座り見張る、エルダとスズメの2人。
(なんか流れで付いてきちゃったけど良いのかな……)
そんなことを思いながらも、今さらこの場を離れられないスズメ。
「ケーキあるけど食べるかい?」
「あ、ありがとうございます」
おばちゃんが持ってきたケーキを食べたりしている内に、気付けば時刻は17時55分――着々と快盗エテルノが宣言した時間は近づいてきていた。
そして――――――18時丁度。
「えっ!? な、何ですか!?」
不意に、部屋の明かりが消え周囲が真っ暗になった。
「電気だ――! 電気を付けろっ!!」
エルダの声が部屋に響いた――その直後。
パリン!!!
不意に響き渡る、何かが割れる音。
「まさか――ビンが――!?」
明かりがついた部屋――そのテーブルの上には、割れたビンの無残な残骸が取り残されていた。
中に入っていたはずの糠漬けの姿は――――無い。
「エルダちゃん――――」
おばちゃんが心配そうな声を漏らす。
「糠漬けが――――盗まれた!?」
スズメが驚きの声を上げるその傍で、エルダは割れたビンの元へと近寄った。
エルダが拾い上げたのはビンの破片。
「これは――――」
そのビンの破片を見て、エルダは何かに気付いた。
「エルダさん――私、あやしい人が居ないか外を見てきます!」
「その必要はねーぜ――――」
外に出ようとしたスズメをエルダが引き止める。
「謎は、全て解けた――――!」
「解けたって……」
「どういうことだい、エルダちゃん」
「言葉通りだぜ――――関係者をこの部屋に集めてくれ」
「これで全員ですけど……」
スズメの言葉に、エルダは結構本気で忘れてたというような表情を浮かべ、
「あ、そうだったな」
と呟いた。
(だ、大丈夫なのかな――――)
スズメの心配をよそに、エルダはソファーの中央に腰を下ろすと、その足を組み、帽子に手を当てる。
探偵には往々にして推理をする時の決めポーズのようなものがあるイメージだが、その類のものなのだろうか?
「扨――――今回、1800時、快盗エテルノの予告通り、このアムルタート青果店で奇妙な糠漬け消失事件が発生した。犯行は一瞬。明かりが消えたその僅かな間に糠漬けの入ったビンケースが破壊され、その中に入れられた糠漬けは消失――――これは」
「あの――前置き長くないですか?」
「そういうのやめてくれよ――探偵には付き物だぜピョン子ちゃん?」
「でも、こうしてる間にも糠漬けが何処か遠くに行っちゃったり――――」
「その心配は無いぜ――――何故なら、糠漬けはまだこの部屋の中にあるんだからな――!」
「――――え?」
フッと笑みを浮かべるエルダの姿には余裕が見える。
「犯人と手口を知るヒントは3つ――――1つは完全に締め切られたこの空間」
そう言いながら、エルダは右手の人差し指を立てる。
「2つは、糠漬けの保存の仕方――」
次にエルダは右手の親指を立てる。
「3つは、糠漬けが入っていたビンそのもの――――」
最後にエルダは右手の中指を立てた。
「そうなると答えは1つ――――だろ? こっからは回答編だ――――行くぜ?」
「それで結局犯人って誰なんですか――?」
「犯人は――――おばちゃん――――アンタだ!」
そう言いながら、エルダはおばちゃんを指差した。
「な、なんであたしが犯人なんだい!?」
エルダに犯人だと言われ、慌てふためくおばちゃん。
「俺の推理が正しければ――――アンタは今、糠漬けを隠し持ってるだろう。調べれば一発で分かる。さぁ、出しな」
エルダの言葉に――おばちゃんの表情が青ざめた。
「まさか――――本当に!?」
驚愕するスズメに、おばちゃんは――ニッと笑った。
バサァ!!
不意に、何かが翻る様な音が響く。
一瞬、黒い何かがおばちゃんの体を包んだかと思うと――――そこには、顔半分を隠すような仮面に、露わになった顔にはメイクの施された、スーツ姿の女性の姿が現れた。
銀色の髪と銀色の瞳が特に目を引く。
「ふふん、よく分かったね――流石はワタシのライバル――と言う所かしら」
「快盗――エテルノ!」
そう、その女性こそ、エルダと敵対しているという怪盗の快盗エテルノだった。
「今日こそ捕まえてやるぜ――!」
勇んで快盗エテルノに向かって駆け寄るエルダ。
だが――
「うおっ!?」
「何ですかっ!?」
不意にエテルノから放たれた強烈な閃光。
その一瞬の隙に、エテルノの姿は掻き消えていた。
開け放たれた窓から、風が吹き込んでいる。
「ハーッハッハッハ」
響き渡る笑い声は、その窓の向こうから――――
「探偵エルダ――――君の奮闘に敬意を称し、糠漬けは置いていくよ。では、また」
快盗エテルノの姿は、一瞬の間に遥か遠く――――かと思うと、その姿は、空間に溶け込むように――――消えた。
「クソ――――また逃げられた!!」
快盗エテルノが去った後、アムルタート青果店の本物のおばちゃんは帰ってき、無事だったことを確認した。
たまたま懸賞で温泉旅行に当たったということで出かけていたらしい。
そして、エルダとスズメはエルダの探偵事務所へと戻ってきていた。
「快盗エテルノ――逃がしちゃいましたね……」
「クソ――今度こそ絶対捕まえようと思ったんだがな」
「でも、エルダさん、よく犯人が青果店のおばちゃんだって分かりましたね。おばちゃん偽者でしたけど」
「何、状況を考える限り――この犯行が可能なのはおばちゃんだけだった――それだけさ」
「どういうことですか――――?」
「俺が言った3つのヒント――覚えてるか?」
「締め切られた部屋、糠漬けの保存方法、そして、ビン、でしたっけ?」
「そう。先ず、1つ目のヒント――――完全に締め切られたあの部屋」
快盗エテルノの侵入を許すまいとして、締め切られた今。
出入り出来るのは、あの部屋の中にいたエルダとスズメ――そして、この店の主であるおばちゃんだけだった。
「そして、2つ目のヒント――糠漬けはビンの中に入っていた」
「それは――まぁ普通なんじゃないですか? ブローウィングの冷蔵庫にもタッパーに入ってる糠漬けありますよ」
「いや、容器は――まぁ、今は関係ないぜ」
「と、言うと?」
「あの糠漬けビンの中で更に――ビニール――いや、ポリ袋かな? そんな感じの袋に入ってただろ?」
スズメは、おばちゃんから見せてもらった糠漬けの姿を思い出す。
確かにその糠漬けは、透明な袋に入れられたものをさらにビンへと収めていた。
「そういえば――――でも、その袋が――」
「あの袋は、糠漬けを盗む時に盗みやすいように予め準備されていたものなんだ――――」
「え――――?」
「そして、3つめのヒント――糠漬けが入っていたあのビンは――飴ガラスだったんだよ」
「飴、ガラス――――!?」
飴ガラスとは、ドラマや映画でガラスを割るシーンなどで使用される、名前の通りガラスのような見た目をした飴のことだ。
見た目はガラスにそっくりでも、その強度はガラスとは比べるまでもない。
「糠漬けを消した方法は、恐らくこうだ――――」
電気が急に消え、辺りが真っ暗になった瞬間。
おばちゃんはビンを叩き割ると、その中に入った、袋に包まれた糠漬けを身に隠す。
たったそれだけ――――
「本来なら、電気が付いた後の騒ぎに乗じて外に出て逃亡する――そういう手立てだったんだろうな。あ、ビンを飴ガラスにしとくって言うのは、糠漬けを取り出す時に容器を割りやすいようにな」
「なるほど――――予め袋で包んでることで中身だけを盗みやすくして、ビン自体も簡単に破壊できるように飴ガラスにしておく――――そして、それが予め出来るのは――――」
「おばちゃんだけってこった」
「なるほどー。あれ、でもこのトリックってトリック自体は破られなくても身体検査とかされたらバレるんじゃ――――」
「まぁ、糠漬けは盗まれなかったんだから大団円だろ」
「そ、そうですね……あ、もう7時…………私、そろそろ帰りますね」
「お、そうか――もう夕飯時だしな。じゃあな、ピョン子ちゃん!」
「ピョン子ちゃん…………そ、それじゃあ、失礼します」
スズメは軽く会釈をすると、探偵事務所から出ようとする。
その時、急に扉が開き人が入ってきた。
「うおっ」
「あ、ゴメン! だいじょーぶ?」
「あ、はい――――あれ、アナタは――」
入ってきたのは銀髪に銀色の瞳をした女性。
服装はラフな私服だが、その姿に見覚えがある。
そう、彼女もスズメやエルダと同じ機甲科の1年――――
「ルノーか。お前何しに来たんだ?」
「快盗エテルノと対決したと聞いて!」
「ルノーさん? って確か――――チーム」
「チーム・エターナルネバー所属! エータナ・ルノーだよ!」
「俺の幼馴染なんだぜ」
「そうそう、昔よく探偵と怪盗ごっこをした仲なのよ~」
スズメは、ルノーの言葉と、そして彼女の姿を見て、何かと重なるものを感じる。
そして、ハッとした。
「――――もしかして」
スズメの呟きにルノーが人差し指を立てて口元に当てる。
ふと、目をやると部屋の奥で同じようにデレチャも人差し指を立てている。
「そんじゃあ、今日の俺の武勇伝をルノーにも聞かせてやるとするか!」
「本当!? 楽しみー!!」
「そ、それじゃあ失礼します」
2人の様子を若干怪訝に思いながら、探偵事務所から出た。
スズメが探偵事務所から離れようとした時、事務所の扉が開きデレチャが出てきた。
「あ、デレチャさん――」
「ふふん、気付いたみたいだね」
デレチャの言葉にスズメは確信する。
「それじゃあ、ルノーさんが――――」
「そう、気付いてないのはエルダだけだよ」
苦笑しながらデレチャはそういう。
「エルダさんだけ――――ってもしかして」
「勘が良いね――そう、街の人もみんな知ってる。どころか共犯者さ」
「ははは、なるほど……」
イスキ・エルダとエータナ・ルノーの「探偵と怪盗ごっこ」は、街1つを使って今でも続いているようだった。
ステラソフィアキャラクター名鑑40
1年:チーム・ジャスティホッパー所属
名前:依梳 Erda
読み:イスキ・エルダ
生年月日:聖歴153年2月2日
年齢:16歳(4月1日現在)
出身地:マルクト神国ステラソフィア学園都市
身長:165cm
体重:60kg
使用装騎:PS-H2S:Kirihuda(ベース騎PS-H2:Hermesiel)
好みの武器:ブーストナックル、ブーストレッグ
ポジション:アタッカー
カナン公立ノイシュヴァン学園中学出身。
中学時代はステラソフィア生ではないが、探偵業をしていた父親がステラソフィア学園都市に住んでいたので、その頃から父親の手伝いをしていた。
夢は父のような立派な探偵になることで、父親が不在となった事務所を引き取るためにステラソフィアを受験し、合格した。
趣味は人助け。
個人的な声のイメージは佐倉綾音さん。




