ミステリオーソの休日
「――――ナ――ん! イザ――――ん!」
「んぅ――――?」
日曜の朝。
チーム・ミステリオーソの寮室、1年ヒラサカ・イザナの個室。
ベッドで惰眠を貪るイザナを誰かが必死に揺り起こそうとする。
「イザ――ちゃん! ――――――イザナちゃん!!!」
「だぁーもう、うっさいわね! 誰なのよ、私の惰眠を邪魔するのは!?」
「おはようございます、イザナちゃん! もう夕方ですけど」
「ユウレイ――? 何の用よ」
イザナを必死に起こそうとしていたのは、トイレに住む幽霊の少女ユウヤミ・レイミ――通称ユウレイだった。
「実は、イザナちゃんに頼みがあってきたんです!」
「頼み――――? 頼みならスズメとかの方が聞いてくれるんじゃないの?」
「スズメちゃんはお出かけしているようで、部屋に居なかったんですよ」
「それで私のところに来たってわけ?」
「いえ、その前にイヴァちゃんの所にも、サリナちゃんの所にも行ったんですけど、イヴァちゃんは先輩が賭け事で何だかんだとか、サリナちゃんもお出かけするとかで――――最後の最後にイザナちゃんの所に来ました!」
「最後の最後に、ね……もしかして私て信用無い?」
「少なくとも、頼み事はしづらいです!」
「アンタ正直ね……」
イザナはそう言いながら、怒りを抑えようとしながらも抑えられてないようなひきつった表情でユウレイの頭を掴みあげる。
「ギャー、ごめんなさーい!」
イザナに頭を掴みあげられたまま、ユウレイが悲鳴を上げた。
「イザナさん、どうしたんですか!?」
不意にそんな声と共に開かれたイザナの部屋の扉。
そこに居たのは2年レインフォール・トーコだ。
イザナの部屋の騒ぎを聞きつけ、駆け付けたのだろう。
「イ、イザナさん! 誰ですか!? その子は!!!」
そして、ユウレイの姿を見て開口一番、そう叫んだ。
「誰って私の友達――? だけど」
「いつの間にイザナさんの部屋に――もしかして、イザナさん、その子とそういう関、係……なん、じゃ…………」
そういうトーコの言葉にはどんどん覇気がなくなっていく。
そしてなぜか、表情が泣きそうに変わっていった。
「誤解だって! ていうか何よユウレイ、アンタちゃんと正面から入ってきたの!?」
「いえ、壁をすり抜けて来ました」
「ちゃんと正面から入ってきなさいよ!!」
「えー、正面からノックして入るなんて幽霊らしくないじゃないですかー」
「変な誤解を生むから正面から入ってきなさいよ! とりあえず、トーコ! 別にそういうのじゃ無いし、この子ちょっと特殊な子だから誤解しないで――」
「そ、そう――なんですか?」
「そうなのよ。とりあえず、事情は説明するから!」
それからトーコに事情を説明する。
彼女が有名なトイレに住むユウレイさんだということを。
「この事はヒミコには黙っておいた方が良いと思うわ。トーコなら大丈夫よね? 信頼してる」
「あ、ありがとうございます!! はい、そう言うことなら分かりました! イザナさん、任せてください!」
さっきまでに反して、イザナにそういわれたトーコは顔を火照らせながら嬉しそうにそういった。
それから、チーム・ミステリオーソのリビングで、イザナとユウレイ、それにトーコの3人がダイニングテーブルに腰かけていた。
「リコ、ヒミコは?」
「まだ寝てるんじゃない? はい、ココア」
イザナの言葉にそう答えながら、人数分のココアを用意するのは3年クラスタリアス・リコリッタ。
「ありがとうございます!」
「それは好都合ね――それでユウレイ、アンタ何しに来たの?」
「はい、頼み事をしにきました!」
「いや、それはさっき聞いたわよ。そうじゃなくて、何を頼みに来たのよ……?」
「それはですね――――イザナちゃんは、幽霊倉庫の噂を聞いたことはありますか?」
「幽霊倉庫――――?」
「幽霊倉庫か――確か、この機甲科寮1階にいくつかある倉庫の1室に幽霊が出る――みたいな話だっけ?」
「はい、そうです! 詳しいんですね!!」
リコリッタの言葉にユウレイが頷く。
「まぁ、これでも学校怪奇同好会の副部長だしね」
「そんな同好会があるんですか――!?」
「そっ、このミステリオーソのメンバーは全員入ってるよ」
「部長はヒミコさんですしね」
「私は名前貸してるだけだけど」
「へぇ~、わたしも入りたいです!」
「おっ、良いね! 大歓迎よ!!」
嬉しそうにそう言うリコリッタの傍で、何かに気付いたイザナがユウレイに小声でささやく。
「でもアンタって幽霊だから――――」
「あ、そうですね……」
「文字通り幽霊部員、ですね」
「ああ~! それ自分で言おうと思ってたのに!!」
「名簿の足しにならないから、実際の意味とは違うけどね」
「何の話してんの?」
3人のやり取りが上手く聞き取れず、事情を知らないリコリッタが首を傾げた。
「いや、なんでも無いのよ。まぁ、入部うんぬんは後にするとして――――その倉庫がなんだって?」
「あ、はい! それでですね、その倉庫に一緒に行ってもらいたいんです!」
「それは何――――」
「何で」と言いかけたイザナだったが、何かを察して口をつぐむ。
「肝試しってこと?」
「まさか~、そんな幼稚な――――あっ、はいそうですッ!」
イザナの言葉を笑いながら否定しようとするユウレイだったが、険しい表情で何やらユウレイを睨みつけるイザナ。
そのイザナの様子にユウレイも察し、慌てて話を合わせた。
そう、ユウレイは何処で聞いたのか、幽霊倉庫の話を聞き、自分と同じような存在が居るのではないかと思い始めた。
そして、その存在を確認しようとするに当たって、誰かの助力を借りようとしていたのだ。
「はぁ、しょうがないわね……分かったわ。行ってあげる」
「本当ですか!?」
「ええ――トーコとリコはどうする?」
「私もイザナさんとお供――――あ、でも今日は私が夕飯当番でしたね」
「わたしはのーんびりしたいから遠慮しとく」
「そう――そんじゃ、行きますか」
「うん! れっごーイザナちゃん!!」
イザナとユウレイが去ったその後。
「ふふふん、良いこと聞いちゃった~♪」
自室で、リビングへと続く扉に聞き耳を立てた四年ヒンメルリヒト・ヒミコがニヤリと笑みを浮かべた。
「仲間探しは分かるけど、なんで私達と一緒に行こうと思ったのよ? もしかして、1人だと怖い、とか?」
「そんなことありませんよ~。一応、わたしだって幽霊の端くれ! ほかの幽霊が怖いなんてことはないです!」
「じゃあ、なんでよ?」
「だってわたしって地縛霊じゃないですか~。機甲科校舎のあのトイレから離れられないんですよ。だから、確認するのはスズメちゃん達にって思って」
「ん?」
「なんですー?」
「アンタ今、寮まで来てんじゃん」
「………………アレ!? 本当です! わたし、地縛霊のはずなのに寮まで来ちゃってます!!!」
自分自身の状況を確認して、驚きの声を上げるユウレイ。
「ていうか、アンタってマジであのトイレの地縛霊なの? 今まであそこ出ようと思ったこととか」
「ありますよ! 昔はトイレから出よう出ようと思っていろいろ試したんですけどダメだったんですよ! だから、わたしも自分で、あーコレ地縛っちゃったなーこのまま地縛神になるまで待たないとダメかなーとか思ってたんですけど」
「何よアンタ、クシルにでもなろうとしてたの?」
「わたしとしてはコカパクアプですね!」
「そっちかー。でも、地縛霊から浮遊霊になったのね……そんなケースってありえんの?」
「何言ってるんですかー。わたしが良い実例ですよ!」
「まぁ、確かに――――」
「でもこれで、イザナちゃん達が会いに来るのを待つだけじゃなくて、自分からもイザナちゃん達に会いに行けるんですね!! 会いに行ける幽霊として新生ですよ!」
「ウザいからあんまり来ないでくれる?」
「ええ……イザナちゃん、ひどいです」
「――――――冗談よ」
「えっ!?」
「倉庫ってこの先だっけ?」
「イザナちゃんあっさり話を戻さないでぇ~」
「この先みたいね」
イザナとユウレイが倉庫の近くまで来るそのちょっと前。
「ふっふっふ……とりあえず、コンニャクと釣り具、おにびちゃんとパラシュートは用意したぁ」
パラシュートを背負い、大型ディスカウントストア・ラージワンの袋に雑多なものを詰め込むヒミコ。
準備ができたのを確認すると、ヒミコは自室の窓から身を乗り出す。
そして――――1階に向かって降り立った。
バッと飛び出すヒミコ――そして、開かれるパラシュート。
しかし、さすがに高さが足りなかったのか、パラシュートの質が悪かったのか――――
「いっだぁぁああああああ!!!!????」
ヒミコは凄まじい勢いで降下――いや、落下した。
「う、うう――――で、でもこれでイザナ達より先行出来たよね! うひひひひー」
痛む体をさすりながらも、これから起こるであろうワクワクに楽しみが隠せず、奇妙な笑い声を上げるヒミコ。
ヒミコはそのまま、裏口から1階へと入ると、イザナ達の目的地である幽霊倉庫へと先回りをした。
噂の倉庫に身を潜めると、ラージワンの袋から道具を取り出す。
「とりあえず、おにびちゃんは置いといて――この釣り竿に、コンニャク付ーけてっ……つ~り~ざ~お~コ~ン~ニャ~ク~ゥ」
ヒミコは誰か見ている人が居るとは思えないが、コンニャクが釣られた竿を高々と掲げた。
「さてと、後は芋芋コンニャク芋ー」
そしてヒミコは釣り竿を高く掲げ、スタンバイするとイザナ達が来るのを待つことにした。
待つこと暫く――――ガラガラと音が開き、倉庫の中に明かりが差し込む。
「お、誰か来た!」
1人の女子生徒が倉庫の中に入ってくると、その扉を閉めた。
「此処まで来れば――――って此処はもしかして噂の、幽霊倉庫……?」
切らした息を整えるその女子生徒。
それは、鬼ごっこ中だったチーム・リリィワーズ4年ナガトキヤ・ライユの姿だった。
無我夢中で走り、この倉庫に飛び込んだので最初は気付いていなかったが、ここが噂の幽霊倉庫だと気付きその表情に若干の恐怖が浮かんでくるのがわかる。
「いや、まぁ、あんなのただの噂、だし……」
「ふっふーん、人影は1人みたいだけど、こんなところに来るのはやっぱりイザナくらいだよね……さて、作戦決行!」
ライユがそう怖がっている一方、ヒミコはその人影が誰なのか理解していなかった。
していなかったが、きっとイザナだろうと決めつけ、そっと釣り竿を操る。
「そーれ、いってこ~い」
ヒミコの手の動きに合わせて、釣り竿の先に取り付けられたコンニャクがスーッと動く。
ヒタッ
「――――ッ!!!!????」
そのコンニャクがライユの頬を舐めるように撫でた。
「きっ――――きゃぁぁああああああああああああああ!!!!???」
瞬間、ライユはそう叫ぶと倉庫から走って逃げだした。
「うおっ!!?? ビックリさせるなぁ……あんなに叫ばなくても良いのに」
相手の思わぬリアクションに、ヒミコは逆にビビりながらも、作戦が成功したらしいことに満足感が隠せない。
「しっかし、あれだけで逃げ出すなんて意外とビビりだなぁ~。せっかくおにびちゃんも用意したのに……」
そう言いながら、ヒミコは袋からおにびちゃんと呼ばれるそれを取り出した。
そして袋から取り出すと、両手に握りスイッチを入れる。
すると、そのおにびちゃんが火の玉のように発光しだした。
「もーえるもえるヒトダマがー、カヤクいらずでエコロジー、おーにびおにび、おにびちゃん~♪」
火の玉に囲まれながら、変な歌を歌いだすヒミコ。
ヒミコは上機嫌だった――――のだが……
「何やってんのよ――?」
「それはモチロン、ヒミコちゃん大勝利~! で、これから祝宴でも、と――――――んぅ?」
聞き覚えがあるその声。
それは、さっき撃退した(とヒミコは思ってる)はずの声。
「み、みぎゃぁあああああああ!?」
火の玉越しにぼおっと暗闇に浮かび上がるイザナの顔。
モチロン、その表情は物凄い剣幕。
「オバケが出たとか聞いて来てみたら――やっぱりヒミコだったのね」
「うぅー、ちょっと残念です」
「さぁーって、ヒミコ、覚悟はできてる?」
「う……あの、どうか、ここはひとつ、お許しを…………」
「ヒラサカ裁判長~、被告人がそういっておられますが!」
「うっせー。判決、死刑」
「うわぁああああああん、イザナぁごめんなさぁぁあああああああい!!!」
それから、イザナのヒミコに対する死刑――というか私刑が始まるのだが、どうなったのかは――――言わない方が良いだろう。




