リリィワーズの休日
「あうー、ヒマだよぉー」
チーム・リリィワーズの寮室。
敷かれたカーペットの上で1年アルク・アン・トワイがそう呻いた。
「今日は、やることないもんね……」
同じく横で何やら書き物をしている2年オルフェシア・リュディケ。
彼女の趣味は詩を書くことなのだが、その内容について深く立ち入ってはいけない。
そのことをトワイはよく知っていたので、敢えてリュディケには触れなかった。
「それなら――――鬼ごっこしましょう!」
不意にそう声を上げたのは誰だろう。
リリィワーズのチームリーダー。
4年ナガトキヤ・ライユだ。
「鬼ごっこ――ですか――?」
「鬼ごっこ。子どもの遊戯の1つ。鬼になった者が他の者を追いまわし、つかまった者が次の鬼となる。広辞苑第六版より」
「クレス先輩、それくらいは知ってますよ……」
3年ハクツキ・クレスの解説にリュディケは苦笑いを浮かべた。
「いえーい、やろー!! 鬼ごっこ!」
そんな二人の傍で、ライユの言葉にノリノリでそう返事をしたのはトワイ。
「そ、そんなに食いついてくるとは思わなかったわね……」
「本当にやる、の――?」
「えー!? やらないのー? 凄く楽しそうなのに!」
「私はやるつもりよ――」
「それじゃあ、オルフェシアちゃん先輩は!??」
「そ、それじゃあ――やろう、かな……」
「クレスももちろんやりますでしょう?」
「肯定」
「やったーぁ! それじゃあ、やろー!」
と、言うことでリリィワーズの4人はステラソフィア機甲科寮をフィールドとした鬼ごっこを始めることになったのだった。
最初の鬼はトワイ。
トワイは10まで数字を数え始める。
その間にライユ、クレス、リュディケが部屋を飛び出していった。
「さて、どこに逃げようかしら――――」
「囮」
「なるほど――では、クレスは右へ。私達は左に行きましょう」
「は、はいっ!」
2手に分かれて走り出して暫くあと――
「じゅっ! よっしゃー、やったるぞー!」
トワイが寮室を飛び出して行った。
寮室を飛び出して、最初に目についたのは、廊下の角にチラリと見えた人影。
「アレは――――」
トワイはその人影に向かって駆け出すと、その人影は逃げるように姿を消す。
「やっぱりそうだね! 待てぇー!!!」
トワイはその人影に追いかけて走り出した。
「任務失敗――」
トワイが去った後、その反対側からそう呟きながらクレスが出てきた。
「待てェー!!!!」
不意に背後から響いたトワイの声に、リュディケがギクリとする。
「まさか、ハクツキ先輩がミスを――!?」
「あの子の誘導が効かなかっただなんて、予想外ね……仕方ない」
「――――?」
突然、ライユは足を止める。
「リーダー先輩!?」
背後からダンダンと近づいてくる激しい足音。
それがトワイのものであると言うのは分かりきっている。
「オルフェシア・リュディケ」
「は、はい――」
「あとは任せたわ!」
「!?」
そういうと、ライユは突然、すぐ傍にあった扉に手をかけ思いっきり開いた。
そして、その部屋の中へと逃げ込んでいった。
「リーダー先輩っ!!」
扉が閉められたあと、そこに掛けられた「シーサイドランデブー」と書かれたネームプレートが揺れた。
「オルフェシアちゃん先輩見っつけたー!!」
「わわっ、マズい!!」
トワイの声に慌てて逃げようとするリュディケだったが、その肩をトワイに触られてしまった。
「オルフェシアちゃん先輩さーわった! にっげろーぉ!!」
「うぅ…………」
鬼になってしまったリュディケは、1から10まで数えると、他のメンバーを探して走り出した。
機甲科寮はかなり広大で、この敷地内で鬼ごっこと言うのは中々に大変なものがある。
そうは言っても、逃げられる場所には多少の制約は発生するので、そういう部分からなんとか隠れ場所を割り出そうと模索する。
「そうだ――!」
リュディケは不意にSIDパッドを取出し、何やら操作を始めた。
通話モードでグループに対しての一斉送信。
不意に、近くでジャジャッジャーン!! と謎の曲と共に、
「ふぇあぅ!!?? ちょっと、何でいきなり鳴り出してるのォ!!??」
と驚いたようなトワイの声が響いた。
その声がした方向へ向かって走ると、そこには慌てたようにSIDパッドを必死に操作をしているトワイの姿。
「はい、タッチです」
そんなトワイを背後から触った。
「うわー、またトワイが鬼ぃ!?」
「それじゃあ、ね」
リュディケはにこりと笑うとトワイのもとを走り去った。
再び鬼となったトワイが寮内を走り回っていると、ふと見つけたのはクレスの姿。
「ハクツキちゃん先輩!」
「――!!」
トワイの姿に気づいたクレスが、トワイへと顔を向けた。
「オルフェシアちゃん先輩が今鬼なんだけどさ、こっちに向かってきてるから逃げたほうがいーよ!」
白々しく嘘を吐くトワイ。
クレスはそれが嘘だと気づいていないのか、頷くと「アッチへ逃げよう」というように寮の裏手に回る通路を指差した。
「うん!」
内心、占めたと思いながらクレスについていって裏手に回る。
「ありがと、ハクツキちゃん先輩!」
そう言いながら、そっと近づこうとするトワイ。
距離は十分。
勝負は一瞬。
トワイが素早く、超至近距離にまで近づいたクレスの体を触ろうとした――その瞬間。
クレスの体がふわりと揺れ、トワイの手をかわしていた。
「うえっ!?」
心なし、クレスの口元がふっと笑みを浮かべたような気がした。
「な、なんだとぉー!!!!」
トワイは負けじといろんな方向から手を出し、なんとかクレスを触ろうとするが、それをすべて易々と回避するクレス。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃぁぁあああああ」
次第にヒートアップし、加速していくトワイのその手――しかし、クレスもその手をすべて回避し、いなす。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃあぁぁあぁぁあああああああああああああ――うげっ!?」
不意に、トワイの体が勢い余ってつんのめる。
地面に倒れこんだトワイに対し、クレスはただ1言。
「精進」
そう言い残すと、その場を去って行った。
「うぅー、くっそーぉ!!!」
それからも何度か、トワイがリュディケに触ったり、リュディケが触ったり、クレスを襲撃して返り討ちにあったりとそんなことが繰り返されるのだが、時間も程よく過ぎ去った頃、トワイがふと気づいた。
「そういえば、ナガトキヤちゃん先輩全然見ないんだけど」
「――た、たしかに……どこかの寮室に隠れてるのかな……??」
「ハクツキちゃん先輩はナガトキヤちゃん先輩見たぁ?」
「否定」
まったく姿が見えないライユ――そう、まるで透明人間にでもなったかのように。
それは、偶然にもこれまでの間3人ともライユと接触しなかっただけなのか、それとも――――
3人には1つの心当たりがあった。
「もしかしてぇ――――」
「ためしてみる価値は、ある、よね――」
「肯定」
3人が想像したのは、ナガトキヤ・ライユが駆る機甲装騎キラ。
その特殊機能だった。
「鬼はオルフェシアちゃん先輩だし、オルフェシアちゃん先輩がやってみる?」
「うん、そうする――」
「わたしはいちおー周りの警戒するね! バレたらいみないしー」
「肯定」
リュディケはSIDパッドに手を伸ばすと、そこから機甲装騎の輸送申請を出した。
しばらくすると、近くにあるリフトからリュディケの装騎リラライラが輸送されてくる。
「騎使認証クリア、霊子伝達接続――正常、バッテリー残量――問題なし、霊子抽出開始――アズル・リアクター稼働――魔電霊子の生成開始――――アズル出力安定。各項目、チェック――――オールグリーン……」
リュディケはリラライラに乗り込むと、素早く各部をチェック。
「周囲の地形をスキャン――装騎の反応を検出――――あっ、これは――――」
その反応は寮の裏手――レーダーに記された一つの黒点。
装騎キラがステルス機能を使用している際に表示される異常性反応そのものだった。
「やっぱりステルス使ってたんだ!!??」
「わ、私、リーダー先輩捕まえてきます!」
異常性反応を示すポイントに向かって装騎を走らせるリュディケ。
装騎リラライラの出現を感知し、ステルスを解いたのかレーダー上の異常正反応が、装騎キラの識別コードへと変化する。
「逃がしません……!」
装騎リラライラが装騎キラのもとへたどり着いた時には、もうすでに装騎キラのコクピットにライユの姿はなかった。
ふと見ると、裏口から寮内へと逃げ込もうとしているライユの姿を見つける。
「リーダー先輩見つけました――!」
リュディケも装騎から降りると、ライユの後を追いかける。
足を踏み入れた先は、普段暮らしている機甲科寮と同じ建物内のはずなのに、どこか薄暗い一角。
「そういえばここって――――噂の幽霊倉庫だ……」
それは機甲科寮に伝わる怪談の一つ。
機甲科寮1階のある一角――そこは普段倉庫として使われているところなのだが、その倉庫の中に幽霊が出るという話だ。
気味悪く思いながらも、ライユを探すためにその奥へと足を踏み入れる。
気づけば、リュディケは廊下の突き当たりに来ていた。
そのそばには1つの扉。
リュディケがその扉を開けようと、その扉に近づこうとした瞬間。
「きゃぁぁああああああああああああああ!!!!???」
そんな悲鳴と共にライユが飛び出してきた。
それと同時に、リュディケへとしがみついてくる。
「リーダー先輩、どうしたんですか!?」
「オバケ! オバケがぁ!!!」
「オバケェ!?」
涙目のライユの姿からしても、本人としては嘘を吐いているわけではなさそうだった。
「オバケですってイザナさん!」
「オバケ、ねえ……いやもうどうせ分かり切ってるし……」
不意にやけに高テンションな声の少女と、やけに冷淡なテンションの少女の声が聞こえる。
「何がですかー?」
「ま、蓋を空けてみてからのお楽しみってね」
「あ、あれ、えっと――1年生のイザナさん、と――――?」
チーム・ミステリオーソ1年ヒラサカ・イザナとそして一緒にいるステラソフィアの生徒らしい服装の少女。
だが、リュディケはその少女に見覚えがなく首をかしげる。
「オルフェシア先輩チーっす」
「ちーっす!!」
だが、そんな様子も気にしないようにそう軽く挨拶をすると、
「オバケが出たんですって――?」
と尋ねた。
「あ、うん、リーダー先輩がいうには……」
「なっさけない4年生ねー」
「ダメだよイザナちゃん! 先輩にそんなこと言ったら!」
「とりあえず、オバケは私達がなんとかするわ」
「大丈夫なの――?」
「どうせイタズラだろうしね」
「えー、わたしとしては本当にオバケの方が楽しいです!」
「うっさい。まぁ、そういう訳だし、後で諸悪の根源が確定したら先輩達の部屋まで連行しますわ」
「う、うん――それじゃあよろしくね」
リュディケはライユを連れて、トワイやクレスと合流しようと踵を返した。
暫く進んだその背後で、「うわぁああああああん、イザナぁごめんなさぁぁあああああああい!!!」という悲鳴が聞こえた気がしたが気のせいだったのだろうか。




