深きもの
「見つけた――――ん……あの敵は――――」
後方に控えた謎の2騎。
その2騎の装騎と交戦に入ったナイツ・ノートレス率いる部隊から驚きの声が漏れる
「隊長――――! そうです……噂の――――」
「深き、もの――――!」
メカと言うよりは、水棲生物を思わせるその滑らかな見た目。
まるで鱗のような装甲が、怪しい光沢を放ち、禍々しい気配を醸し出している。
内1騎は、地面に膝をつき、魔力を練り込み、次々とゴーレムを生み出していた。
もう1騎のディープワンはその護衛のようだ。
「噂には聞いていたが――――これが、ディープワンか……」
ナイツ・ノートレスもその姿を見たのはどうやら初めてらしく、そんなことを呟く。
「以前、北部で『雷刃』ディアス・キャスバル騎使団長率いる4騎編成隊が1騎のディープワンに返り討ちにされたという報告があります。隊長、ここは引いた方が――――」
「退却だとぉ? オレはあの『雷刃』とか二つ名貰って浮かれてるような“情けないヤツ”とは違うさ」
「しかし隊長――――!」
「それに、コッチが逃げるからって相手さんが逃がしてくれる、とは限らない――だろ?」
「それは――――そうですが」
「どうやら、こんな問答してる場合でも――――無いみたいだぜ!」
不意に、ノートレスの一騎が掴みかかるように右手を掲げ、ノートレスに向かって駆けだしてきた。
それを、装騎ノートレスが超振動型両刃剣カリバーンを手に迎え撃つ。
ガギィンと金属音が響き渡り、ノートレスのカリバーンと、ディープワンのその腕が交差。
ディープワンのその腕にも超振動武器と同じような能力があるのか、カリバーンの1撃をものともしない。
「お前らは周囲のギガスの相手だ! ディープワンは――――オレがやるぜ!」
「りょ、諒解!」
ノートレスの命令に、ノートレス隊の2騎は周囲のゴーレムへと攻撃を加える。
「さぁーって、行くぜ!!」
強烈な打撃を加えるように、両腕を振り回すディープワン。
その動きは大仰ながらも、素早く、激しく、ノートレスの姿を追う。
「なんだっ、コイツ――――!?」
その動きに、ノートレスの口からそんな言葉が漏れる。
ディープワンの動きは、まるで獲物を捕らえようとする野生生物を思わせた。
通常の装騎ではあり得ないパワーと柔軟さ。
「まるで龍族か何かを相手にしてるみたいだぜ――――!!」
並の装騎では耐えられない激しい動き――――その衝撃を柔軟に受け流し、行動に――――生かす。
ゴウゥウン!!!
ディープワンの放った拳の1撃が、地面にクレーターを穿つ。
その衝撃を使い、ノートレス目がけ跳ね上がり、今度は逆の腕で一撃。
「やらせっかよ!!」
ディープワンが地面に拳を打ち付けたその瞬間。
ノートレスがカリバーンを手に斬りかかった。
だが――――、今度は地面を穿ったその腕を軸に、体を捻らせ、ノートレスへと蹴りを放つ。
「うぐぁ!?」
激しい衝撃がノートレスを襲い、装騎が弾き飛ばされる。
体勢を崩したノートレス目がけ襲い掛かったディープワン。
その右腕が不意に輝きを放つ。
「しまった、霊子武器かッ!?」
強烈なエネルギーが渦巻き、その右手を包み込む。
フッ――――
一瞬、ディープワンが勝利を確信し笑った――――ような気がした。
そして、ディープワンの1撃が装騎ノートレスを――――
「フッ――――今だぜッ! ぶち抜けェ!!!」
「スパロー・レイ・エッジ!!!!」
いや――――装騎スパローの1撃が、ディープワンをぶち抜いた。
「ナイスタイミングだぜ、学生ちゃん!!」
「あと1騎居ますよ――――そう言うのは後回しでお願いします!」
「ごもっとも。行くぜ!」
装騎ノートレスと装騎スパローがその身を転じ、もう1体のディープワンへとその目を向ける。
片膝をつき、ゴーレムを生み出していたディープワンは、仲間の死をどうとっているのか?
ただ静かに立ち上がり、ノートレスとスパローを睨むように佇んでいた。
少なくとも、退く気は無いと言う事は伝わってくる。
「そんじゃ、頼むぜ学生ちゃん!」
「諒解です!」
ノートレスはそう言うと、カリバーンを手に、ディープワンへと切り掛かる。
スパローもそれに合わせて駆け出すと、回り込むように駆けた。
正面からのノートレスの1撃が、ディープワンへと振り下ろされる。
――――――ッ!
グゥゥウウウウウウンと奇妙な疼きが体を襲う。
まるで、物凄い重低音で唸り声を上げたような、奇妙な感覚。
そして、その瞬間、ディープワンの目の前に魔力の揺らぎの壁が現れた。
ギィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
激しい音を唸らせながらぶつかる、エクスカリバーと揺らぎの壁。
だがすぐに、その揺らぎの壁に変化が現れる。
「魔力衝撃か? ――――いや、コレは違っ」
それは、魔力衝撃のような激しい感じとは違う――――もっと鋭く、精密な力。
ドゥグジュァァアアアア!!!!
刹那――――装騎ノートレスの全身を魔力の棘が貫いていた。
装騎ノートレス――――シグナルロスト。
「ナイツさん!? ――――!!」
ノートレスの装騎が撃破されたことに一瞬の戸惑いを見せたスズメだが、すぐに自身の役目を思い出す。
「手筈通りに――――諒解!」
跳躍をしたスパローがディープワンの頭上を飛び越える。
そして、ディープワンの背後に着地――――その反動で身を捻り、ディープワンの背中をその瞳に捉えるとその背に向かって切り掛かった。
だが、ディープワンは振り返らない。
そのままその左手をスパローの前に突き出した。
その左手に、奇妙な光が集まってくる。
瞬間、その手の平から蒼黒い光が放たれた。
「そんな攻撃っ!」
――――ッ!?
驚いたように此方へと正面を向けたディープワン。
スパローはそのまま、正面からディープワンにぶつかる。
ギィィイイイイイイイイイイ
スパローの両腕のウェーブナイフが、ディープワンの両腕とぶつかり、激しい音を響かせる。
先ほどの攻撃をスパローが回避した事に、やや驚きを見せたようだが、ディープワンはまた落ち着きを取り戻しているようだった。
ディープワンは、その両手でスパローのナイフを握り掴むと、その周囲に魔力を集め始める。
ディープワンの体から魔力がジワジワと漏れ出してくる。
「――――っ!!!!」
スズメは感じた。
ディープワンから放たれる殺気を。
「くっ、不味い――――」
その強烈な殺気に咄嗟に身を退こうとするスズメ。
だが――――
「なっ――――腕が、動か、ない――――――!?」
ガッチリとディープワンに掴まれたナイフ。
そして、そのナイフを握っている両手が、接着剤で固められたかのように動かなくなっていた。
見ると、その両腕には、ドス黒い魔力が纏わりついているのが見える。
「まさか――――この魔力で、両手が――――!!」
そして、その魔力はスパローを侵蝕するように、ジリジリとスパローの腕を上ってくる。
グォン――――ディープワンの瞳に、輝きが宿った。
だが、スズメは焦らない。
こちらが動けない、と言う事は相手も動けない――――そういうことだろう。
ならば――――
「ピンチはチャンス――――今です!」
「霊刀――――一閃ッ!!!!」
刹那――――装騎セイクリッドが飛び出して来、その手に持ったオリエンタルブレードの――魔電霊子が乗った鋭い刃の1撃でディープワンを真っ二つに切断する。
「敵ディープワン、撃破完了!」
ディアマン・ソレイユがそう叫んだその瞬間、フラン先生から通信が入った。
「お前ら、ディープワンを――――倒した、のか?」
フラン先生の言葉にスズメが頷きながら報告する。
「あ、はい! ナイツさんの装騎が落とされましたけど、ナイツさんは無事です」
「え、あの人無事だったの?」
その横から、ソレイユがそんなことを口にした。
「無事ですよ? 落とされた後に『手筈通りに』って私にメッセ飛ばして来ましたし……」
見ると、ノートレス隊の他の装騎に保護され、スズメたちに向かって手を振るナイツ・ノートレスの姿があった。
「それで――――フラン先生たちの方は……?」
「あ、ああ。お前らが術騎を撃破してくれたお陰で、ゴーレムは制御を失って自壊した――――それは、良いんだが……」
「――――?」
「とりあえず、すぐに帰還してくれ」
「チューリップ・フランデレン! 君らしくないなぁ、少し動揺が見えるぞ~。もしかして、オレが撃破されたからそ」
不意に、ナイツ・ノートレスが通信に割って入ってくる。
その手に持った国軍用情報端末IDパットを使用しているのだろう。
「違う。ナイツ・ノートレス、お前らもだ。すぐに戻ってこい。それから話がある」
「学生ちゃん達と一緒に報告会かぁ?」
「今回は特別なケースだしな」
「ディープワン、か……」
「それも含めて、な」
「諒解。そんじゃ、さっさと帰還しますか」
ぼやく様にそう言うノートレスにその部下が言った。
「我々も、ですか――――?」
「そう、お前らも。ていうか、お前らが運んでくれないとオレ帰れないし」
「りょ、諒解――――」
輸送車へと足を向ける、ノートレス隊の2騎と、装騎スパローに装騎セイクリッド。
彼らが去った後には、装騎ノートレスの残骸だけがポツリと取り残されていた。




