サポートチーム第3班
授業が終わり、サエズリ・スズメはチーム・ブローウィングの寮室へと戻ってきていた。
その手には、購買で買ったお菓子の入った袋を提げ、どことなく上機嫌だ。
それは、最近購買で人気のお菓子『ひのきの林』をたまたま5箱購入できたからだった。
同じような商品に、『ひいらぎの村』と言う商品もあるのだが、スズメはひのき派なのだ。
「ただいまー」
「おかえり、スズメちゃん。今日はやけに上機嫌だな?」
「ふっふーん、実はですね! あの話題のお菓子ひのきの林が沢山買えたんで、上機嫌なんですよー!」
「あー、ひのきの林か! いいよねアレ。アタシも好きだよ」
「ですよね! やっぱりひのきですよねぇ!!!」
「あっ――――そ、そうだね」
スズメのテンションに若干圧されたワシミヤ・ツバサが若干額に脂汗を滲ませながらそう答えた。
「ふっふふーん」
スズメは機嫌の良いまま、扉へと手を伸ばし、自室へと足を踏み入れた。
「……サエズリ・ツバメ」
そこには、見知らぬ女性の姿があった。
ボサボサの髪に、目の下にはクマがあり、冷凍イカのような瞳が覗く。
スズメの頭の中は一瞬真っ白になった後――――
「先輩! 先輩! 私の部屋に変な人がぁぁあああああああああああああああ!!!!」
部屋から叫びながら飛び出した。
「ああ、彼女は技術科4年シュービル・レクスだよ。彼女にはスズメちゃんのこと教えてあるよ」
「でも名前間違われましたよ! ツバメって言われましたよ! ツバメって何ですか! 確かにスパローとスワローは間違われることもありますけど、スズメとツバメも間違うもんなんですかー!!!!」
「スズメちゃん落ち着いて! まぁ、レクスは人の名前を覚えるのが苦手なんだよ。1年から一緒なのにアタシも名前をちゃんと覚えて貰ったのは去年の終わりごろだったし……」
「そ、そうなんですか――――ていうか、技術科?」
スズメの部屋の扉が開き、その中からレクスが姿を現す。
「レクス、居ないと思ったらスズメちゃんの部屋に居たのか……」
「何かあそこ、落ち着く」
「そ、そうか――――えっとレクス、スズメちゃんにちゃんと自己紹介しとけよ」
「ステラソフィア技術科4年シュービル・レクス。シュービルはハシビロコウのこと――――よろしく」
「えっと、機甲科1年サエズリ・スズメです。よろしくお願いします」
「よろしくスバメ」
「スズメです……」
「ワシ、カモメ、ヒクイドリ、スズメ――――ハシビロコウ。ぷぷっ」
何が面白いのかよく分からないが、そんなことを口ずさみながら1人で静かな笑みを浮かべるレクス。
「か、変わった人ですね……」
「悪いヤツじゃあないよ」
「でも、なんで技術科の方がブローウィングの寮室に――――?」
「ああ、そろそろ実地訓練が始まる頃だしさ、同じ隊を組む技術科のヤツとも挨拶しといた方が良いだろ? だから、とりあえずリーダーのレクスからってね」
ステラソフィアでは、実地訓練の際に機甲科4人からなる装騎による戦闘を行うチームと、技術科4人からなる戦闘のサポートをするチーム、その二つを組み合わせた『隊』で行動する。
それぞれの機甲科チームには、担当となる技術科チームが割り振られており、シュービル・レクスはチーム・ブローウィングのサポートチーム――そのリーダーなのだ。
「なるほど――――それじゃあ実地訓練が始まったら同じ隊で戦うんですね……!」
「うむ、ワタシがサポートする。ウズメちゃんの担当は別の子だけど」
「スズメです」
「ははは――基本的には、同じ学年の子が担当になるからな。1年だと、未熟な部分もあるから他の学年がサポートしたりするらしいが」
「心配する事無い。ワタシ達のサポートは完璧。ワタシ達のチームのサポートは完璧。ヴィマナに乗ったつもりで快適クルージング」
「お、大きく出ましたね……でも、頼もしいです!」
「でまぁ、今日はサポートチームの4人も一緒に、夕飯でも食べようと思ってるんだ」
「親睦会ですね!」
「ああ、そうだ。今までどこにするか話し合ってたんだが、決まったからスズメちゃん達が戻ってくるのを待ってたわけだ」
「それなら、あとはチャイカ先輩とマッハ先輩が帰ってくれば良いんですね」
「うん。そろそろ帰ってくると思うんだけど――――」
その時不意に、ガチャンと音が鳴り、扉が開いた。
「ただいまなんですよ~!!!」
「ただいまですわ」
「よし、帰ってきたみたいだし――準備すっか」
ツバサに引き連れられてやってきた場所は、ステラソフィア学園都市中央街に存在する、1軒のファミリーレストラン・カエサルだった。
種類豊富なメニューと、かなり格安なその価格設定から人気のあるファミレスだ。
そのファミレスの前で、既に3人の女子生徒がスズメ達5人の到着を待っていた。
何処か間延びした雰囲気の女子生徒が口を開く。
「はんちょ~、まちくたびれたよぅ」
「よく、待っていた」
「この人達が――――ブローウィングのサポートチーム、なんですか?」
「ああそうだ。サポートチームの3班――――それがアタシ等ブローウィングのサポートチームだよ」
「3班、ですか……」
「技術科のチームには、機甲科みたいなチーム名は無い。アナタたちブローウィングをサポートするのはワタシ達3班。ただそれだけ、覚えてればいい」
「はい――」
レクスの言葉にスズメは頷いた。
「自己紹介は店入ってからやろうか――――行くぞ」
「はーい」
ぞろぞろとレストランへと入っていく8人。
そして席につき、食べ物を注文した後、それぞれが自己紹介を始めた。
「技術科3年。フローレシア・マラード。よろしくぅ」
どこかボーっとしたような雰囲気の2年フローレシア・マラード。
「技術科2ネン! ケツァール・カトレダゼ。よろしくなのサ」
ニィと笑みを浮かべる、不敵な雰囲気のある2年ケツァール・カトレ。
「ぎぎぎ技術科1年コクテンシ・ヒバリですよろしくおねがいしますねェッ!」
そう早口で捲し立てたのは1年コクテンシ・ヒバリ。
「ヒバリちゃんか――その子がそっちの1年なのか」
「そう。まだ未熟。でも、ワタシはカノジョのこと見込んでる」
「レクスがそう言うんだったら、将来立派な技術者になれるかもなぁ!」
「ああああのっ! サエズリ・スズメちゃんですよね1年の!」
ヒバリがその瞳を輝かせながら、スズメにそう声をかけてきた。
「コクテンシ・ヒバリちゃん、だよね!」
「そうですコクテンシ・ヒバリです! スズメちゃんって呼んで良いですかァッ!」
「うん、いいよ! 私もヒバリちゃんって呼んでも良い?」
「OKOKオーケーです!」
「ヒバリちゃんってすっごい早口だね……」
「ちょ、ちょっと緊張しているだけでそのヒバリちょっとあがり症で人と接する時どうしても早口になっちゃうんです。だからその会話とかし辛いかもしれないですけど――――その」
「うん! 仲良くしようね!」
スズメが笑みを浮かべながらその右手を出す。
ヒバリはそれを見て、表情を輝かせながら、その手を握った。
「どうやら、スズメちゃんとヒバリちゃんは仲良く出来そうだな――――」
「ビバリ、カノメ、2人ともこれから4年間付き合うパートナー――仲良く、仲良く」
「ヒバリ、スズメ、だレクス――――」
技術科は、装騎の技術的なものに関する知識を学ぶことのできる学科だ。
その一環として実際に装機の整備を手伝ったりするのだが、その際には所属するサポートチームがサポートするチームの装騎の整備を手伝うことになっている。
戦場に出た場合も、補給や、応急処置等もサポートチームが行うことになっており、一種のオペレーターのような役割をこなす場合もある。
基本として、同じ学年の相手がパートナーとなり、主な整備などもパートナーが行う為、4年間をパートナーとして過ごした2人がその後の進路を同じくする事も少なくない。
チーム・ブローウィングと第3班の場合、ワシミヤ・ツバサとシュービル・レクス、テレシコワ・チャイカとフローレシア・マラード、カスアリウス・マッハとケツァール・カトレ、サエズリ・スズメとコクテンシ・ヒバリがパートナーと言う扱いになる。
「と、言うことはヒバリちゃんが、私のスパローの整備もしているって事ですよね?」
「うう、うん。装騎ハラリエルがベースのスパローは最新型だしスズメちゃん固有の装備や調整がされててかなり特殊だから大変だけどすごい勉強になる! もし、スズメちゃんから何か要望があればヒバリに直接言ってもOKOKオーケーです!」
「わかった! あ、それでちょっと相談したい事があるんだけど――――」
それから、運ばれて来た料理を食べながら、他愛ない会話をする8人。
「さて――――今まで通りだったらもう実地戦が開始するな――――」
ツバサがそんなことを口にし、それに2年以上の6人が頷いた。
「実地戦――――緊張してきます、ね」
「ヒバリもちゃんとサポートできるか心配ですです!!」
「まぁ、まだまだマルクトの技術の方が他国より上だし、よっぽど危ない状態になる事は無いだろうけど
――――ま、だからと言って舐めてかかるのはダメだぞ」
「わかってます!」
「そう言えば、ステラソフィアの担当区で最近何かあったっけ」
神都カナン周辺にはステラソフィアと似たような実地訓練を行っている学校がいくつも存在する。
それらの学校は、それぞれ担当区域が決められており、基本的にはそこで何かしらの作戦行為が発生した、発生した場合にそこへと向かう事になっている。
時には他校との合同作戦と言うこともあり、担当区外の作戦に召集されることもあるが。
「ステラソフィアの担当区域は南東区。少なくとも、他国からの攻撃は受けてないわ」
「デモ、シュービル先輩。最近、そのアタリにヘンなソーキが出没シテルって噂もあるゼ」
「変な、装騎――――ですか?」
カトレの言葉にスズメが首をかしげる。
「アタシも噂は聞いた事あるけど――――確か、ディープワン、だっけ?」
「ソウダ、魔導国家のゴーレムのヨウでもあり、キコウソーキのヨウでもアル――ドクトクなマガマガシサをモつソーキだそうダ」
「いいですねぇ、すっごく、すっごく、きになりますねぇ」
「そうですね! やっぱり技術科としては是非ともバッラバラに分解とか分解とか分解とかしてみたいです!」
「イイネ! 分解!」
「ツバサ、もしもディープワンに遭遇したら――――ふふふ」
「お、おう――――」
サポートチーム3班が謎の一体感に包まれ、その迫力に額に汗が滲むツバサとスズメ。
その様子を微笑みながら眺めるチャイカの傍で、マッハはサーロインステーキにがっついていた。
「ディープワンは置いといてさ、逆にマルクトが何処かに攻め入るとかそういう話は無いのか?」
「ていうかツバサ。ソレくらい自分で調べなさい」
「いやー、いっつもそうしようと思ってるんだけどさー。ついつい忘れちゃうんだよね」
「まぁ、気持ちは、分かるけど」
「そういえば、そろそろ南側の領土を広げようとしているとは聞いた事がありますわ」
「南側――――? ミラノ辺りでも狙うのか……?」
「詳しい場所まではちょっと分かりませんわ。あくまで噂ですし……」
「結局、シャダイ神の決定が全て。命令があれば動く。それが全てよ」
「マア、仮にホントウだとしても、初っ端からソンナ場所にイクのかネ?」
「ですがぁ、今回はぁ、ブローウィングはぁ、優勝チーム、ですぅ。案外、そういうのもぉ、あるかもしれませんよぉ」
「タシカニ――――」
「ですがぁ、まだまだ辺境ではぁ、地下の輸送ルートの整備もぉ、機関車の整備もぉ、終わってないんじゃないですかぁ?」
「シャダイコンピュータとの中継ポイントを作らないとネットに接続できなくて装騎の性能も弱体化しちゃいますしね」
マルクト国の軍用装機は、ソレ単体でも最低限の稼働は可能なのだが、シャダイコンピュータと接続する事で、その演算機能や情報記録を自由に引き出せるようにしたり、適宜、適切なデータをインストールする事でその状況に対応できるようになっている。
そういうことを行い小型高性能化を極め、それでいてシャダイコンピュータからの膨大な情報支援を受けることが可能となり他国を圧倒する技術も相俟って、圧倒的な戦力差と情報差を両立させている。
何よりも恐ろしいのは、そのシャダイコンピュータが持つ通信機能の強固さ。
あらゆる魔術的、科学的ジャミングをも無効にする、一種のテレパシー的な方法で通信している為、妨害は困難。
しかし、それでも正常に、そしてリアルタイムで伝達する為には、中継地点の設置が不可欠となってくるのが欠点か。
「それだと、次は、辺境への資材運びの護衛とかかなぁー」
「護衛任務だとしても、とても大切なことなのですわ。――――最近、テロリストが動き出しているなんて噂も聞きますし」
「テロリスト――――か……そういえば、テレビでも言ってたような気はするな…………」
マルクト国が領土を広げ、他国へと侵攻を行うと言う噂、最近動き出したと言うテロリストの噂、ディープワンと呼ばれる奇妙な装騎の噂。
全て、あくまでも噂――――しかし、それぞれの胸に何処か不安な気持ちが沸き上がっていた。
「ま、まぁ、深いこと考えたって仕方ないか! 結局アタシ等は命令が無いと動けないし、今は楽しく飯食おうぜ飯!」
「マハはデザートが欲しいんですよォ!!」
楽しげに会話をしながら次はデザートに手を伸ばす8人。
そんな彼女たちにその時は着実に近づいてきていた。




