トイレのユウレイさん
月曜の放課後。
時刻は17時に差し掛かり、辺りをオレンジ色が優しく包み込んだ頃、機甲科校舎の3号館3階をサエズリ・スズメとヒラサカ・イザナ――そしてウィリアムバトラー2年モード・ヘレネの3人が歩いていた。
「スズメちゃん――捕まえた」
「ヘ、ヘレネ先輩何してるんですか……」
「何もしてない」
「そ、そうですか……」
授業が終わった後スズメとイザナが購買でおやつでも買おうかと相談していた時、ヘレネとたまたまエンカウントしてしまい捕まってしまっていた。
ちなみに、普段よく一緒にいるサリナとイヴァは用事があるらしく先に分かれた。
スズメに抱き付くヘレネを、横目でイザナが睨みつけるが、ヘレネは特に気にする様子も無い。
「スズメちゃん、知ってる?」
「何を、ですか――――?」
「トイレの――――ユウレイさん」
「トイレのユウレイさん――――?」
「この機甲科校舎に伝わる怪談の1つよ。確か3号館3階の2号館寄りのトイレにユウレイさんってオバケが出るって言う話ね」
「イザナちゃん詳しいね!」
「私のチームのヤツらがそういうの好きだから……」
照れたようにスズメから目を逸らすイザナ。
「行こう。これから」
「――――へ?」
「ユウレイ、出る。マジで。そういう噂」
「そう言えば、ヒミコ達もそんなこと言ってたわね。なんか声が聞こえたから怖くなって逃げた――とか」
「ええ!?」
「怖い? スズメちゃん怖い??」
「べ、別に怖く何てないですよ!」
「そんじゃ、行っとく?」
「上等です!」
と、言うことで足を運んだのはその噂のトイレ。
個室が3個並んでおり、その内、中央のトイレの扉がピシリと閉められている。
その2個目の個室にトイレのユウレイさんが出ると言う。
「あれ、でも鍵が閉まってますよ? 誰か入ってるんですかね??」
コンコン
ノックをしてみるが、返事が無い。
「この個室は中に誰もいないのに必ず鍵が閉まってるって噂だけど――――本当みたいね」
「誰かが面白がって鍵を閉めてるんじゃないですか? 入ろうと思えば上から入れますし」
スズメの言う通り、その個室は上に乗り越えられそうなスペースが空いており、中から鍵を閉めた後、便器などを利用して外に出る事で、中に誰もいないのに鍵が閉まっていると言う状態にすることは容易だ。
「それで、そのユウレイさんって言うのはどうやったら出てくるんですか……?」
「叩く、トイレのドアを。そして呼ぶ。『ユウレイさん、遊びましょ』と。スズメちゃん、やる?」
「私がですか――――!!?? え、いや、えーっと」
「怖い? やっぱり」
「私がやってみる? スズメが無理する必要ない」
「いいです! 私がやります! やってみせます!!」
そう意気込んだスズメが、トイレのドアの前に仁王立ちする。
「スズメちゃん、ヴァンガ」
「どうしてもダメなら私が代わりにやるわよ」
「大丈夫です!」
ゴクリ――――スズメの喉に唾液が音を立てて飲み込まれた。
コン――――コン――
「ユウレイさん、遊びましょ――――」
しばらくの沈黙。
まるで世界が静止したかのよう。
だが、その沈黙が1つの声に破られた。
「はい、やりなおしー!!」
「「「誰!!??」」」
どこからか響いたその声に、スズメは当然、イザナとヘレネも周囲を慌てて見回した。
だが、そこには人が居る気配はない。
そして、その声は間違いなくその個室の中から聞こえてきていた。
「この中、やっぱり誰かいるんじゃないですか!!??」
「でも、見えない。足とかは」
ヘレネが足元の隙間から中を覗きながらそう呟く。
「便器の上に乗ってるとかかしら? ちょっと見てみるわ」
「ええっ!? ちょ、イザナちゃん無理しないで!」
「平気よ」
イザナはそう言うと、跳躍。
トイレの上のスペースに手を突っ込むと、身を乗り上げてその中を覗き込んだ。
「誰も、居ない……」
「え、ええ!? でも、確かに今声が――――!!」
「ちょっとスズメ、もう1度ノックしてみて――――」
個室の中を覗き込んだまま、イザナがそう言った。
「ええ!? い、良いんですか……?」
「構わないわ」
「そ、それじゃ――――」
コンコン
「ユウレイさん、遊びましょ」
しかし、今度は何の声も聞こえない。
「気のせい、だったのかな……?」
イザナが飛び降り、スズメの傍に着地する。
「もう、覗き込むなんて失礼なことしないでよぉ!!」
その瞬間、またもや個室の中から、そんな軽い声が響いた。
「「「!?」」」
「あと、ノック2回はトレイノック! 人の部屋に入る時は最低3回はノックしないと失礼だよ!!」
「ここトイレじゃないですかー!!!」
「いいから、はい、やりなおし!!」
今、確かにスズメ達3人は超常現象に直面しているように感じる。
そうでありながらも、逃げ出すような空気にもなれず、スズメは渋々と扉の前に立つ。
コンコンコン
言われた通り、ノックを3回。
「ユウレイさん、遊びましょ……」
「元気が無い! もっと元気に!!」
「何なんですかコレェ!!!!!」
「そう、それくらい元気に!」
「知りませんよ!!!!!」
誰かにおちょくられているのかもしれないが、もう後には引けない。
イザナとヘレネに見守られながら、スズメは扉をノックする。
コンコンコン
「ユウレイさん、遊びましょ!!」
「どうぞ」
「どうぞって何ですか!!??」
「どうぞって言われたら、扉を開いて中に入った後、1礼に決まってるでしょ!!」
「これ面接ですね!? そうなんですね!!!???」
「ハイ、開いて開いてー」
スズメが言われた通りにトイレの扉に手をかける。
不思議なことに今まで鍵がかかっていたはずのその扉は容易に開かれ――――その中には――――――一人の少女の姿があった。
黒い長髪で、その目元はよく見えないが、何処か明るそうな雰囲気の少女。
「誰――――?」
「人に名前を尋ねる時は――――!」
「私から名乗れって事ですか……私は機甲科1年のサエズリ・スズメです」
「同じく機甲科1年、ヒラサカ・イザナよ」
「機甲科2年。モード・ヘレネ」
「ふむふむ! スズメちゃんとイザナちゃん、そしてヘレネ先輩ですね!」
「――――先輩?」
「はい! わたしは機甲科1年のユウヤミ・レイミです! ユウレイって呼んでください!」
ユウレイと名乗った彼女は、屈託のない笑みを浮かべて見せた。
「1年、生――――? えっと、レイミちゃんの所属チームって――――」
「わたしの所属はチーム・ミステリオーソです!」
ユウレイの言葉に、ミステリオーソ所属の1年であるイザナが眉をひそめた。
「は? ミステリオーソって私のチームなんだけど」
「そうなんですか!!?? それじゃあ、私の同期ですけど後輩ですね!」
正直、このユウレイと名乗る少女が何を言っているのか3人には理解できなかった。
「えっと、その――――ユウレイちゃんは1年生なんですよね?」
「はい! 入学したのはもう14年くらい前ですけどね!」
ステラソフィアには原則として留年と言う制度は無い。
仮にあったとしても流石に14年も留年するなんてことは不可能だ。
そして、ユウレイの見た目はスズメ達とそう変わりない年齢に見え、彼女の言ってることを真にとるとすれば29歳くらいと言う事になるがそう見えるはずが無い。
「このユウレイって人が言ってることは本当なんですかね……?」
「怪しい――」
「SIDパッドで調べれば彼女が本当のことを言ってるかどうか分かるはず、よ」
イザナがSIDパッドを取り出し、ネットに接続をする。
ステラソフィアのデータベースに『ユウヤミ・レイミ』の名を入力――――暫くすると、1つの生徒情報が表示された。
「あったわ、ユウヤミ・レイミ――――ステラソフィア11期生、当時のチーム・ミステリオーソに在籍…………病弱で持病が祟って1年の時に死亡してるわ」
「マジ――――?」
「信じがたいけど――顔写真も彼女と瓜二つだし――」
「あの、それじゃ――――えっと……ユウレイちゃんって――――」
「はい。わたし、幽霊ですよ?」
ユウレイはあっけらかんとそう言った。
「仮に幽霊って言うのが本当だとして――――」
イザナが真剣な表情で口を開く。
「ヘレネ先輩の事を、アナタが先輩って呼ぶのは変じゃないの!?」
「そこなんですか!?」
「えー、だってヘレネ先輩は何年生でしたっけー?」
「1年」
「それでわたしは1年! やっぱり先輩じゃないですかー」
「アナタの方が年上でしょ! ユウレイって何年生まれよ?」
「んー、聖歴――――138年くらいかな」
「ヘレネ先輩は?」
「151」
「13年もアナタの方が年上じゃない!!」
「でもわたしは1年ですよ?」
「じゃかあしいわ!」
イザナがはぁとため息を吐き額に手を当てる。
「どうしたんですイザナちゃーん。気分でも悪いんですかぁー?」
「誰の所為よ!」
イザナが流石にブチ切れ、ユウレイの襟首を掴み睨みつける。
「はうぁ!? う、あ、ご、ごめんなさぁぁああああい!!!!!」
イザナの迫力に圧倒され、ユウレイが泣き出した。
「ちょ、ユウレイちゃん泣いちゃったじゃないですか!」
「な、違っ、そんなつもりじゃ――――」
「やーい」
「ヘレネ先輩――――!!」
スズメが泣きじゃくるユウレイの傍に行き、その肩に手を置く。
「ごめんねユウレイちゃん――――イザナちゃんもついカッとなっただけで」
「う、ううん、大丈夫です。わたしも、ちょっとやりすぎちゃったって――わかってます」
今までは元気そうな様子だったのに、急にしゅんとした様子になるユウレイ。
「わたし、人と話すの久々で、その、つい、調子に、乗っちゃって……」
「――――ユウレイちゃん…………」
淋しそうな様子のユウレイに、スズメもつられて瞳が潤んだ。
「やっぱり、人と話すのって――――良い、ですね……」
「ユウレイちゃん! 私達で良かったら話し相手になってあげるよ!」
「本当、ですか……!?」
「うん! 毎日は難しいかもしれないけど、できるだけ! ね、イザナちゃん! ヘレネ先輩!」
「ま、まぁ、本当、たまには、ね。あんまり調子に乗らないんだったら……」
「幽霊とお話。素敵体験」
「イザナちゃん……ヘレネ先輩……! わたし、感激! ありがとうです!!」
「まだ、もうちょっと時間あるし、何かお話していきます?」
「お話って何話すのよ」
「虫を佃煮にする、それは――――」
「何の話をしようとしてるんですかヘレネ先輩!?」
「こんなに賑やかなのは生前以来ですよー。あ、コレ幽霊ジョークです」
「何ソレ!?」
幽霊を交えた、若干奇妙な女子会(?)は、その後1時間ほど行われたのだった。
「流石に個室の中に4人は狭いですね……」
「あ、わたし浮きますね!」
「ていうか、個室の中で喋る意味あるの!?」
「上がる、親密度」
勿論、個室の中で。
オマケ
ステラソフィア・キャラクター名鑑
元ステラソフィア生:チーム・ミステリオーソ出身
トイレのユウレイさん
名前:夕闇 麗深
読み:ユウヤミ・レイミ
生年月日:聖歴138年4月23日
年齢:享年15歳
出身地:マルクト国神都カナン
身長:150cm
体重:44kg
使用装騎:PS-Me1:Seven Wonders(ベース騎PS-Me1:Metatron)
好みの武器:14mmライトガトリング・テアトル
ポジション:ガンナー
ステラソフィア高等部機甲科の第十一期生で、元々病弱な所があったのだが、持病が祟り病死。
死んだ場所が今住んでいるトイレだったため、地縛霊となってその場所に住み着いている。
何となくできると思った事が出来るアバウトな幽霊。
趣味はミステリーやホラーの話を妄想する事。
個人的な声のイメージは悠木碧さん。




