ステラソフィア購買戦争-はじめての共同作業(?)-
4月25日土曜日。
サエズリ・スズメは機甲科校舎の2号館3階で授業を受けていた。
その授業は選択科目だったため、ヒラサカ・イザナとは遭遇せずに、奇妙なプレッシャーに悩まされることもなく淡々とした授業が続いていた。
スズメはふと上階からの慌ただしい物音に気が付く。
怪訝に思い、首をかしげるスズメをよそに、校舎にチャイムが鳴り響き、12時30分――――昼休みの始まりを告げた。
「ん? 時間ね――――それじゃ、今日の授業はこれまでよ」
ウィンターリア・サヤカ先生がそう告げたその瞬間だ――――バダン!!!!
激しい音が鳴り響き数人の女子生徒が教室の中に雪崩れ込んできた。
「あー、今日は土曜日だったわね……全く…………」
はぁ、と呆れたような表情を浮かべるサヤカ先生。
「先生ごめんね!」
そう言いながら、何人もの生徒――――おそらくは全員上級生だろう――――が教室を抜けて行った。
「あ、ツバサ先輩!?」
そんな上級生の中に、見知った4年生の姿を見つけ、スズメは素早く荷物を片付けると机から身を乗り出しそのあとを追いかける。
「スズメちゃん!?」
「ゴメンねサリナちゃん! 私、先輩を追いかけてみる!!」
駆ける人々の群れを、スズメはその小柄な体を生かし抜けるとワシミヤ・ツバサのそばにつく。
「何やってるんですか!? ツバサ先輩!」
「おっ、スズメちゃんか! もしかして、さっきの教室で授業受けてた?」
「そうですよ! そしたら、先輩たちが急に駆け込んでくるから――――」
「そうか――スズメちゃん達はまだ知らないのか――――今日は、ステラソフィア生の戦争の日だってことを――――!」
「戦争? 実地戦とかそういう意味では、なく?」
「毎週土曜日はさ、ちょっと有名な弁当屋が弁当を売りに来るんだよね。大抵すぐに売り切れるんだけど、ソレがすっごい美味くてさ」
「それじゃ――もしかしてコレって」
「そ、その絶品弁当を狙って我先にと走る餓狼の群れだ! ちょっと出遅れ組だから残ってるかどうかは怪しいんだが…………」
ステラソフィア機甲科の赤を基調とした学生服のせいもあり、弁当を目指しかける女子生徒の餓狼の群れはまるで、紅蓮の矢。
しかし、ツバサの言葉によれば、その先で弁当をつかめるかどうかはわからない――――だが、それでも駆ける彼女たち――その先に弁当はあるのだろうか?
「なるほど――――面白そうですね」
「そうか――?」
「はい!」
スズメはそう晴れ晴れとした笑みを浮かべると、一段とそのスピードを上げた。
「うおっ、スズメちゃん!?」
「それじゃ先輩! お先ですっ!!」
「なん、だと――――」
人々の群れを突っ切り、その最前列に立ったスズメ。
「そういえば弁当ってどこで売ってるのか聞くの忘れてた……」
「このまま真っ直ぐ――――1号館の1階で売ってるわ」
独り言ちたスズメにそう囁く人物がいた。
「イザナ、さん!?」
それは、いつの間にかスズメと並走していたイザナの姿だった。
この機甲科校舎は1号館、2号館、3号館と3つの校舎が横並びになって建っている。
それぞれの校舎が4階建てで、1号館は基本的に職員室などの特殊な部屋が集まっている校舎だ。
ツバサ達はおそらく3号館で授業を受けており、そこから隣にある2号館の校舎を突っ切り直接1号館に行こうとしている一派らしかった。
もちろん、それ以外にもあらゆるルートで何人かの生徒が競っているのだろう。
先に1号館まで行くか、先に1階まで降りるか、どこなら競争率が低いか、あらゆる情報や、校舎の教室配置、授業配置、ギミック――――それらを駆使するのがこの土曜日弁当争奪戦争だった。
「イザナさんも弁当を――――?」
「ヒミコに――――頼まれたから。腹立たしい」
なるほど、確かにイザナの所属するチーム・ミステリオーソのリーダー、ヒンメルリヒト・ヒミコはこういうのが好きそうだ。
それ以上にイザナがこう文句を言いながらも参加してるのはまた不思議な感じはするが。
不意に、スズメとイザナの背後でガコッと激しい金属音が鳴り響いた。
「きゃ!?」
「うげっ!!」
「はうっ!?」
それと同時に、背後から数人の悲鳴が上がる。
その悲鳴に連れられて人の群れが瓦解し、倒れる生徒や、倒れた生徒に躓いて転ぶ者、それらを乗り越えてくる者などが現れる。
そして、その事態は偶発的に起きたものではなかった。
「ひゃっはぁぁあああああああああ、ぶっ飛ばすんですよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお」
「にゃっはぁぁあああああああああ、駆け抜けるのですよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお」
「マッハ先輩にミズナ先輩!!??」
競うようにして背後から人の波を崩しながら駆け抜けてくる2年カスアリウス・マッハとツミカワ・ミズナの2人。
手に持っていたゴミ箱を群れの前に投げ込み態勢を崩す――――そこをまさかの壁走りで駆け抜けてきたのだ。
その群れよりは、前にいたスズメとイザナにはゴミ箱の被害はなかったが、見た感じ被害は甚大だ。
「ゴミ箱――! そんなのアリなんですか!?」
「勝負は勝てばいいんですよ!」
「その通りなのです!」
いつもはいがみ合いながらも、変なところで抜群のコンビネーションとシンクロ率を誇るマッハとミズナ。
正直厄介だ。
態勢を立て直した数人が、スズメとイザナ、マッハとミズナのその背後からさらに追いかけてくる。
「次はスズメ後輩! イザナ後輩! お前らの番なんですよぉ!!」
「ふっふっふーん、ミズナ様の必殺技! 見たい? 見たいかーい??」
「いきやがるんですよミズナァ! 必殺のォ」
「やってやるんですよマッハェ! 必殺のォ」
マッハとミズナが思いっきり壁を蹴り飛ばす。
壁を蹴った勢いで、スズメとイザナを狙い、マッハとミズナが風になる。
「フールズ・ソニック!」
「ライトニング・ボルテックス!」
「ちょ、名前違うでやがりますよ!!」
「それはこっちのセリフなのです!!」
「へ?」
「にゃ?」
瞬間、マッハとミズナがスズメとイザナの手前でぶつかり、弾き飛ばされ、壁際に転がり倒れた。
「ひふゅ~」
「ふにゅ~」
壁にぶつかった衝撃でマッハとミズナは気を失った。
「自滅――――しましたね」
「馬鹿馬鹿しい……」
マッハとミズナの攻撃がなんとか不発に終わったことに安堵するスズメ。
だが、その背後からはまだ追いかけてくる人の群れ。
「でも、そろそろ階段です――――階段まで行けば――――引き離せる!」
そう思った矢先、不意に背後から何かが投げ込まれてきた。
ガコンッ!
と硬い金属音を響かせながら、壁にバウンドしてスズメとイザナ目がけて転がってくるのは先ほどマッハとミズナが投げはなったゴミ箱。
「ゴミ箱!? ――――くっ、誰が!」
「誰でもいいわ――――こんなの、回避するのは造作もない――――けど、ライバルは今のうちに減らしたわね」
「ライバルを――――」
「サエズリ・スズメ――――出来る?」
「――――いいでしょう、やります!」
転がってくるゴミ箱をあえてすぐには回避せずに、ひきつける2人。
あと少し――あと、少し――――――あと、少しだけ――――――――
「サエズリ・スズメ!」
「イザナさん――!!」
十分にひきつけたところで、2人は一斉に動き出した。
「「カマイタチ!!!」」
イザナは右に体を捻らせると、ゴミ箱の左側に――スズメは体を左に体を捻らせると、ゴミ箱の右側に、分かれるようにして回避行動をとった。
風になるような回転を加えた回避行動――――その勢いでイザナの左足とスズメの右足がゴミ箱を――――捉えた。
「「トップウ・イ号!!」」
刹那――――強烈な風をまとったゴミ箱が、激しいきりもみをしながらスズメとイザナを追いかける人の群れに向かって突っ込んだ!!
――――ような気がした。
嵐のようなゴミ箱は人の群れの中心を捉え、ボウリングのピンが弾かれるように女子生徒達を一掃。
「ゴミ箱なんて投げなければ、ケガしなかったのに!」
「そろそろ階段よ――――」
「はい!」
気づけば場所は1号館3階の階段前。
スズメは、その階段に足を踏み入れると――――――飛び出した!
「なっ、サエズリ・スズメ――――!!??」
思わぬ行動に驚愕するイザナ。
スズメは、それを気にする様子もなく、階段の壁や手すりを蹴り、衝撃を抑えながら1階へ落ちるように階段を飛び下りる。
その行動に一瞬驚愕しながらも、間髪入れずにイザナもそのあとに続き、飛ぶ。
そのまま、1階に降り立ったスズメとイザナ。
そして、売店目指して駆ける。
もう既に背後から追いかけてくる人影は無く、人の姿はまばらだ。
「見つけた――――」
イザナがふとそんなことを口にする。
その先には、弁当を売っていると思しき女性の姿。
スズメとイザナは全くの同速でカウンター前に駆け込むと
「「弁当、1つください!」」
と、SIDパッドを出しながら二人同時にそう言った。
「400ペニーゼになります」
「「400ペニーゼ――――!!」」
「な、しまったわね――――そういえば、お金をチャージするの忘れてたわ……」
「うっ――――私も……200ペニーゼしか、無い!」
「200――あるの?」
「え、あ、はい――――イ、イザナさん――――――は?」
「私も200ペニーゼ、よ――」
「――――!!!」
一瞬の沈黙――――だが、ふと何かを決意したように言った。
「「弁当1つください! お金は2人の合わせて!!」」
「お箸は2膳入れときますか?」
「「是非!」」
中庭に備え付けられたベンチに腰を掛けながら、2人で1つの弁当を食べるサエズリ・スズメとヒラサカ・イザナ。
「そういえば、ヒミコ先輩は良いんですか?」
「いいのよ――アイツ鬱陶しいし」
「ハ、ハハハハ…………」
「この生姜焼き美味しい――――」
「え、本当? 私も食べたい!」
そんな会話をしながら弁当を食べるが、どこかイザナの態度がオカシイ。
若干挙動不審と言うか、なんというか――――スズメの様子をチラチラと伺っている。
「どうしたんですかイザナさん――――?」
「えっ、いや――――その――――――なんでもない、わよ」
「その――――なんか、授業中もずっとコッチを見てる、みたいだし……」
「っ!! その――――えっと――――――――」
普段は淡々と、ズバっとした物言いのイメージを持つヒラサカ・イザナだが、珍しく慌てたような様子が見えた。
小さな声で繰り返し、自分に言い聞かせるように何かを呟いている。
「イ、イザナ、さん――――?」
「そ、その――――サ、サエズリ・スズメ――――」
「――――?」
「わ、私――――あ、貴女のことが――――好き――なの」
「!!??」
「!? ――――――!! ち、違っ! そういう意味じゃなくて――! その、わ、私と、と、友達、に――――」
「――――えっ?」
「私と――――私と友達にならせてあげても――良いって言ってんのよ!」
「――――もしかして、授業中にずっと睨みつけてたのって――――」
「こ、声をかけようと思ってたけどなんて声をかければいいのか分からなかったのよ!」
「――――ふふっ」
「な、何よ」
「うん、友達になろ! よろしくね。イザナさん!」
「え、あ――――――よ、よろしく。その――――スズメって呼んでも良い、わよね?」
「うん、良いよイザナさん!」
「あとそのイザナ“さん”ってのやめなさい!」
「うん、イザナちゃん!」
「ちゃん――――――まぁ、今はそれで良いわ――」
「弁当食べよ! イザナちゃん」
「ええ――――」
それから2人で弁当を全てたいらげた。
「美味しかったね――――弁当!」
「そうね――――すごく、すっごく美味しかった――――でも」
「「もうあの競争に参加するのはいいかな――――」」
そう呟いた2人の声は、誰に聞かれるともなく消えて行った。




