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機甲女学園ステラソフィア  作者: 波邇夜須
ステラソフィアEX
322/322

反逆五重奏

刃と刃がぶつかり合う。

霊子アズルの輝きが舞い踊る。

マリアの目的を阻む、その装騎の名はスパロー。

一刻も早く装騎スパローを――サエズリ・スズメを退しりぞかせ、目の前に聳える巨大な"神"へロンギヌスの一撃を与えなければならない。

だと言うのに――サクレ・マリアは思った。

(ずっと、戦っていたい)

装騎戦ヴァールチュカを楽しいと思ったことが今までの人生であっただろうか?

1人の騎使として、チーム・クインテットの一員として、様々な大会に参加し、様々な騎使と戦った。

それでもこれほどまでの胸の高鳴りを感じたことがあっただろうか。

今この戦いは試合ではないというのに。

勝つか負けるか、生きるか死ぬか、壊すか守るかの2つに1つ。

だと言うのに、この戦いを私は楽しんでしまっている。

ああ、もし彼女と違ったところで出会えたのなら。

ああ、もし私が違った道を歩んでいたのなら。

高揚感で我を忘れそうになるところをマリアは強く踏ん張った。

マリアにとって装騎戦とはあくまで1つの手段だった。

仲間たちに報いるための手段。

モウドールの目的を果たすための手段。

そしてこの戦いで、マリアの存在意義が果たされる。

マリアは静かに息を吐き、静かに"目標"を見据えた。

終わらせよう。

この戦いを。


物心付いた時から実の両親は居なかった。

身寄りのない私を拾ったのは夜のお店を営むある女性--通称「女将さん」。

そのお店で私は様々な雑用を任され、気づけばそれが当たり前のようになっていた。

ある日、お店で使う雑貨を購入し帰ってきた時だ。

業務用の機甲装騎から降りる私に1人の男性が鋭い視線を向けてきた。

「若いな。買い出しはいつもあの子が?」

「ええ。不愛想でほかに取り柄もありませんしね」

「ふむ……少し借りれるか?」

「まぁ、よいですけど……もちろんタダとは言いませんよね?」

「当たり前だ」

「マリア!」

女将さんが声を張り上げる。

「ご指名だよ!!」

その言葉に私はただ頷いた。

「俺の名はコンラッド・モウドール。突然だが君に聞きたい。君はこの国のことをどう思う?」

本当に突然の問いかけだった。

この国を――マルクト神国のことをどう思うか。

そんなこと考えたこともない。

良いとも、悪いとも、そんなこと、ちっとも。

「だろうな。君はまだ若い。それにそんな余裕も無いだろう」

「モウドールは……どう思っているの」

「効率的だ。"神"が全てを決め、民は全てに従う。そこに疑問も反意も覚えないようにできている」

その言葉に神への疑問と反意が見えるのは気のせいだろうか。

「何、たまには欠陥品が出てくるってわけさ」

不意に背後から多数の人が私たちを追い抜いていった。

「中央憲兵か」

この神都カナンの警備をしているマルクト中央憲兵団。

急ぎ足で周囲を見回し、何かを探している。

それほど頻度は高くないが、こういう光景はよく目にする。

俗にいう"狩り"だ。

憲兵の1人が小さな建物を指さす。

建物の佇まいや玄関口に置かれた看板から恐らくはバーだろう。

手慣れた様子で他の憲兵と示し合わせた後、

「マルクト中央憲兵団だ!!」

声を響かせその建物の入り口を蹴破り、中へと消えていった。

その店の人は反逆罪か、はたまた技術制約違反か――それは分からないけれど何らかの疑いをかけられ連行されるのだろう。

神の意思に反してはならない。

民は与えられた技術の解明をしてはならない。

「あそこのマスターは女手1つで2児の面倒を見ていた。金に困って副業に手を出しあのざまだ」

モウドールはその店の店主のことをよく知っているようだった。

「子どもはきっと路頭に迷うだろうな。まだ幼いのに、物心つく前に親が消えてしまうのだから」

物心つく前に親が消える。

どこかで聞いた話だった。

子ども達はそのまま息絶えるのか、誰かに拾われるのか……。

「放っておくの?」

「手を出しても意味がない。心苦しいが」

「子ども達も……?」

「信頼できる人がいる。身寄りのない子ども達を保護している女性だ。彼女に連絡する」

抑揚の無い声に全く動かない表情。

私はそんなモウドールの瞳の中に炎を見た。

気付けば私は地下に来ていた。

「さっきのバーのマスターは……稼業で使う機械の修理を自分の手で行っていた。その技術を使い、常連の持ち込んだ機器の修理もな」

「だから捕まった」

「ああ。一般国民の彼女が機械類を分解、修理、解明することは技術制約に引っかかる。それに彼女は元々悪魔派のシンパだったらしいしな」

神の目は広く、鋭い。

そうでなくても、熱心に信望する人々も少なくない。

神は絶対なるモノだから。

「それでも神の目が届かない場所だってある。結局のところ神は神ではない。ただの演算装置だからだ」

「あなたは……」

「もしこの国を変える方法があると言ったら、君は協力してくれるか?」

今日が初対面だというのにモウドールはそんなことを言ってくる。

恐らくモウドールは私の境遇を知っている。

だからきっとその気持ちが分かるはずだと。

あの店の店主や、その子ども達のような人々を救いたいはずだと。

そう思っている。

けれど私にはそんな情熱は微塵もない。

だけど――私はモウドールなら信じられるような気がした。

「ここは……」

悪魔派組織サタネスグローリア。その基地だ」

彼に連れてこられた薄暗い地下の一室。

周囲に置かれた様々な機械は機甲装騎の部品、だろうか。

部屋の中には人影が2つ。

「コンラッド、また変な子を拾ってきたの?」

その内の1人、どこか大人びた雰囲気の女性が声をかけてきた。

「またって言うけど拾われたのはローラだけだよね」

ローラと呼ばれた女性は、その声がする方へと視線を向ける。

ディスプレイから放たれた光に照らされた少年。

「ロイ。あんただって拾われたようなものでしょ」

「違うよ。ボクはモウドールに賛同して自ら接触したんだ。キミとは違う」

「2人ともケンカするな」

はぁとため息を吐くとモウドールは私の背を優しく押し、一歩前に出るように促した。

「今日からグローリアの一員になる。サクレ・マリアだ。よろしくしてやってくれ」

「あたしはミラ・ローラ。よろしくね」

「テレミス・ロイ……」

「そういえばレイは?」

「さっき買い出しに――あ、帰ってきた」

「ウィーッス! ヴェニム・レイボルトが帰ってきましたよ~」

この場のノリに合わない軽い声が響く。

買い物袋を両手にぶら下げ、どこか軽薄そうな男性が姿を現した。

「っておお! 美少女!! もしかして新メンバー!?」

「うっさい」

レイボルトの大きな声にローラが顔をしかめる。

「ああ、サクレ・マリア。今日からグローリアの一員になる」

「よろしくな!!」

満面の笑みを浮かべながら私の両手を掴み、上下に振るレイボルト。

これが私の戦いの始まり。

仲間との出会いの始まり。

「マリア! 装騎バトルの基本を教えてあげる」

「アブディエル型装騎の調達完了……マリア、名前を付けてあげて」

「お菓子の調達なら任せろ! 何が食べたい!?」

「何事も実戦からだ。装騎大会にエントリーしてきた。マリア、君の初陣だ」

そこから月日が経つのは早かった。

仲間たちの教えで私の装騎戦の腕はみるみる伸びていった。

モウドール、ローラ、ロイ、レイボルトと組んだ装騎戦のチーム、クインテットもその実力を轟かせ一部では最強とも言われるチームとなった。

けれど私たちの目的は装騎大会で頂点を取ることではない。

装騎戦はあくまで手段。

実戦の中で実力を高め、きたる反逆の時に備えるための。

そして私たちの戦いは試合だけでは終わらない。

「今日は勾留された悪魔派シンパの救出作戦を決行する」

「輸送用の陸上艇は神都カナンの北東を走っているね……」

「あたしが空から仕掛ける。それと同時にマリアは背後を取って」

「仲間の救出はオレ様に任せろー!!」

戦いはどんどん激化していき、危険はどんどん大きくなっていく。

けれどそこに不安はなかった。

むしろ、私の人生の中で一番楽しかった時期だと間違いなく言える。

「マリア、猫とか拾ってきたの!?」

「はっはっは。かわいーじゃねーか! 猫はブサイクだけ――うぎゃぁ!! コイツひっかいてきやがった!!」

「名前はあるのかい……?」

「フニャト」

「にゃあ」

「なかなか気難しそうな猫だな。ちゃんと世話できるのか、マリア?」

「がんばる」

「にゃあ」

いつしかみんなのことを家族だと思えるようになっていた。

モウドールというお父さんにロイとレイボルトという2人の兄。

ローラのことは――お母さんのようだと言ったらやっぱり怒るだろうか。

「そういえばマリアは知ってる? 天使岩の中に装騎が埋まってるって話」

「天使岩……エンゲル・ガルテンの?」

「そっ。なんかあるでしょ。羽が生えてるように見えるっていう岩が」

「聞いた事は――ある」

その岩は伝説に語られる女神ザクレートとも重ねられ、神に支配されたこの国では珍しく容認された"もう1つの神"だった。

「今度見に行ってみようよ」

「うん」

他愛ない会話。

だけど私はこういう日々が来るなんて考えてもなかった。

「装騎……埋まってるかも」

「は?」

そう言ったのはロイだ。

「都市伝説についていろいろ調べてた。あの岩も実地調査をしてみた」

「もしかしていつもパソコンカタカタしてるのってそういうのやってんの?」

「趣味の時間は」

「面白そうだな!!!」

レイボルトのやかましい声が響く。

「聞いてた――っていうか帰ってたの?」

「天使岩掘ってみようぜ!!」

「常識ってモンが無いの!?」

「何か戦力になるかもしれねーじゃん!」

「実際に装騎が埋まってたとしてもそんなのが動くわけないでしょ」

「直せばいいじゃん!」

「それでエンゲル・ガルテンに遠足か?」

いっぱいの星空、誰もいないエンゲル・ガルテンを歩きながら呆れたようにモウドールが言う。

「まるで引率の先生になった気分だ」

とは言えそんなモウドールの姿はどこか楽し気にも見えた。

「ていうかレイ、本当に天使岩掘るつもりなの?」

「さすがに本気で掘るつもりはねーよ! けど、たまにはこういうのさ、楽しいじゃん! な、マリアちゃん!」

「はぁ……」

なんて会話をしながら天使岩の前に来た時、私は不思議な感覚を覚える。

目が天使岩に釘付けになる。

「これが……天使岩」

「マリアは見るのはじめてだよね」

「うん」

噂以上にその岩は天使のようだと私は感じた。

かしずいたその背から翼が天を仰いでいる。

その翼は朽ちてボロボロだけど、まだ天を往くことは諦めていない。

そんな妄想が私の脳裏に浮かんだ。

確かに実体としてはそんなに美しいものではないのかもしれない。

見る人によってはただの岩のように見えるかもしれない。

それなのにこんなに心が惹かれるのは、彼女に呼ばれているように感じるのは何なのだろう。

「マリア……?」

「アズル反応……やっぱり埋まってるよ。機甲装騎」

「天使岩にか!?」

私の手が天使岩に触れる。

ゾクリと体に悪寒が走った。

それは悪いものではない。

機甲装騎が起動したときの――アズルリアクターと接続した時の感覚。

「天使岩が……」

ひび割れていく。

そして、その中から姿を見せる。

まるで天使のような機甲装騎。

「これが――天使岩の、装騎?」

ローラの呆気にとられたような声が聞こえた。

「そもそも本当に装騎、なの?」

でも確かにそれは装騎というよりも人形パネンカのようだった。

とても巨大な着せ替え人形。

けれどそれは確かに機甲装騎だった。

ハッチが開きコックピットが現れる。

コックピットの中はほのかな黄金の輝きで包まれ、温かい。

そしてなぜか、とても馴染み深いもののような気がした。

その装騎に乗り込むと同時に意識が装騎と重なる。

我國の機甲装騎――機甲装武には精神接続システムがあると言うが、こんな感じなんだろうか。

私は機甲装騎と一体化していた。

「まさか本当に装騎が埋まってるとはな」

「ニュースになってるわよ。天使岩が何者かに破壊されたって」

「仕方あるまい。足が付かなかっただけ良しとしよう」

それからも戦いは続いていく。

私の新しい装騎、もう1人の私も戦いに加わりそして――その時は来た。

内通者ヴラーナからの連絡があった。彼女と合流し次第、作戦は最終段階に入る」

「信用できるんですか? マルクトの中央憲兵なんですよね」

「彼女とは付き合いも長い。確かに手段を選ばない非情な面はあるが、だからこそ信用できる」

「合流方法は?」

「戦闘中行方不明だ」

その戦場は、ある意味、今まで見た戦場の中で一番凄惨だった。

装騎の残骸の中に1騎、漆黒の装騎が佇んでいた。

「遅かったわね。もう自分で終わらせてしまったわ」

残骸は恐らく、彼女と共に作戦へ参加したであろうマルクト神国の装騎。

「自分の手で片付けたのか」

「ええ。カラスバ・リン率いる装騎隊はロメニア皇国領内で予想外の反抗にあい壊滅。生存者はいなかった。そういうお膳立てでしょ?」

「それはそうだが――」

「これは証明よ」

「証明、か」

「そう。私の決意のね」

そして運命の日。

より凄惨な戦い。

最後の作戦が幕を開けた。


「勝った……」

マリアの視線が捉えるのは大きく聳える神の象徴。

シャダイコンピュータのサーバータワー。

最後の一撃は敢えて大振りに、敢えて隙を見せて、そうでいながらスズメに目的を悟られないように。

装騎サクレの手から決戦ロンギヌス仕様の突撃槍ロンが投げ放たれる。

それと同時に装騎スパローの手にしたチェーンブレードが装騎サクレの胸を貫いた。

「----負けた」

スズメは茫然と呟く。

神に突き刺さった突撃槍ロンは周囲の霊力セジを巻き込みながら強烈な魔電霊子アズルを瞬間的に発生させる。

それと同時に突撃槍ロンに仕込まれた爆薬が起動。

火薬と魔電霊子の瞬間的暴発は強力な爆発を起こし――神を炎で包み込んだ。

激しい振動と衝撃。

崩れていくサーバータワー。

天から降り注ぐ瓦礫の中で、マリアは朦朧とした意識で動けなくなっている装騎スパローを見た。

腹部が熱い。

チェーンブレードの一撃はマリアの身体も切り裂いていた。

どう考えても助かることのできない重症。

どう考えても動かすことのできない身体。

それでもマリアの目の前には救える1つの命があった。

「サエズリ・スズメーー生きて、私の分まで……そして、幸せに……」

マリアが最期に思ったのはささやかな願い。

「それと……ごめんね、みんな、フニャト」

それに少しの後悔。

「だけど……楽しかった」

そして満足。

ただ無為に死んでいくはずだった自分が、多数の仲間に出会え、多数の強敵に出会え、最期に尊敬できる騎使に出会えた。

マリアの魂は黄金の輝きに包まれ、永い眠りにつくのだった。


挿絵(By みてみん)

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