アールミン隊
「本日より配属になりました。フェヘール・ゲルトルード准尉であります!」
少女の声が威勢よく響き渡る。
「おう、ようこそ我がアールミン隊に!!」
豪快な声でゲルトルードを迎え入れた男性はフォン・バログ・アールミン。
その名の通り、このアールミン隊の隊長だ。
アールミンの姿を見たゲルトルードの瞳に宿った輝きがより一層強くなる。
「英雄部隊と名高きアールミン隊への配属、身に余る光栄です!!」
「よせよ。周りが勝手に言ってるだけだ。そんな大それたもんじゃないさ」
「フフーーまたまた謙遜を……」
その横で2人の会話を聞いていた1人の男性--フェケーテ・リハールドが思わず笑みをこぼした。
紅茶の入ったマグカップを片手に背を丸めてダンボールに腰かけた優男。
ズレた眼鏡を指でクイと直すとどこか大仰な仕草で立ち上がる。
「英雄部隊の名は名実共に確かなもの。それは我々の誇りであり、使命である。それをわかっていないのは隊長だけですよ」
「恥ずかしげもなくよく言えるものだなリハールド」
「いえ! アールミン隊の活躍は私もよく聞き及んでおります。マルクト侵攻を幾度も防いだ護国の英雄だと!」
その言葉にアールミンはわずかに眉を顰めるが、舞い上がっているゲルトルードはそれに気づいていない。
確かにアールミン隊によるマジャリナ王国防衛の実績は真実だ。
とは言え、国民に囃されるような"英雄"とは程遠いものだと――隊長であるアールミンは考えていた。
事実、このマジャリナ王国と敵対するマルクト神国の間には圧倒的な戦力差が存在している。
マジャリナ王国自体は対マルクト神国を掲げるエヴロパ諸国との連合に加盟しているが、そうであってなお覆せない戦力差。
そんな中で連合軍からのバックアップを受けつつの度重なるゲリラ戦の結果、なんとかマルクト神国が守護していた"楔"を破壊できただけだからだ。
「まぁいい。ゲルトルード准尉、年齢は?」
「年齢、ですか? 18です」
「若いな……」
「マルクト神国では15から戦場に出ると聞いてます。それと比べれは私など――」
「俺はあの国のやり方は嫌いだ。それに、その年齢なら家族や友人との時間を大切にすべきなんだ。本当ならな」
「私に家族はいません。友人も、マルクトのブダペスト侵攻で死にました」
「ブダペストにいたのか」
「はい。ですからブダペスト奪還の要となった英雄部隊であるアールミン隊への配属を運命だと感じております」
「そうか……」
確かにマルクトに侵攻されたブダペストを奪還したのはアールミン隊だ。
しかし同時に、その侵攻を防ぎきれなかったのも当時アールミンが所属していた部隊だった。
ブダペスト防衛部隊--その隊長がマルクトの侵攻で死亡し、その後釜として隊長になったのがアールミンその人。
現存する部隊員の多くもブダペスト防衛部隊時代から隊を同じくしている。
「リベンジ部隊。懐かしいですね」
感傷に浸るかのようにリハールドがつぶやいた。
「ふん、当時は弾薬を必死で運んでた若造が今では参謀面か」
「貴方が引き立てたんでしょうが」
「思い出話はおしまいだ。リハールド、ゲルトルードにこの部隊を案内してやれ」
「諒解。それでは行きましょうか准尉」
恭しく礼をするリハールドにゲルトルードは若干ペースを乱されそうになる。
それが表情に出てしまったのか、ゲルトルードの困惑に気づいたアールミンが笑いながら言った。
「この部隊でこんなんなのはコイツだけだ。安心していい」
「はっ!」
ゲルトルードが配属されたその日、3騎の機甲装騎がアールミン隊に配備された。
「これが新型か」
アールミンは潰れたような頭部が特徴的な白色の機甲装騎を見上げる。
P-3500ベロボーグ。
マジャリナ王国を後援する超大国ルシリアーナ帝国が開発した最新型の機甲装騎だ。
「ゲルトルード准尉、コイツの運用は完璧だな?」
「はっ、私が配属されたのはこのためですから」
ゲルトルードは敬礼しながら自信満々に言う。
彼女はマジャリナ王国の新兵たちの中では類まれな機甲装騎の操縦センスを見せ、その結果、新型装騎ベロボーグの試験騎使に選ばれた。
ゲルトルードはこの英雄部隊に最新鋭の技術を届けるという最重要任務を担っているのだ。
「それじゃあ准尉、コイツのレクチャーを頼むとするか」
「は!」
「ああ、それとだ――堅苦しいのは性に合わん。タメでいいぞ」
「は? そ、そう言われましても……」
「いや、そうだな。フェヘール・ゲルトルード准尉は以後敬語を禁止する! これは命令だ!」
「はっ!! あっ、いえ」
「了承したな? 俺もこれからお前のことはゲルトルードと呼ぶからな」
「えっと、その……は――わか、った?」
「やれやれ、出ましたねいつものやつ……」
こういうことはよくあるのだろう。
リハールドはゲルトルードを慰めるようにその肩に手を置いた。
「隊長、私はベロボーグのレクチャーをすればいい――のよね?」
「そうだ!」
「えっと……なら、この状況……って?」
ゲルトルードは自らのベロボーグと相対するアールミンの乗るベロボーグ、そして自身と並び立つリハールドの乗るベロボーグを交互に見やる。
「習うより慣れろってやつだ。とりあえず実践をしてみるに越したことはない!」
「これでも最新鋭騎。その……普通まずはシミュレーションとか」
「シミュレーションなど当てにならん。実際に動かしてみんことには何もわからん!」
「申し訳ないですが隊長はこういう人です。お付き合い願いますよ」
「それはいいけど……どうして、2対1?」
「いくら新型とは言え動かし方は普通の機甲装騎だろう。ならば俺に分がある。何も問題はないだろう」
「そうかも……しれないけど」
「大丈夫です。動かし方だけわかればいいわけですからね」
「リハールド、やるからには徹底的にやるぞ。演習と言えどな」
「はいはいはい、分かってますよ。ということです。行きますよゲルトルード」
「わかったわ。それでもあまり無理はさせたくないんだけれど」
「さぁ、演習開始だ!!」
アールミンの号令の下、ゲルトルード・リハールドの2人組とアールミンとの演習が始まった。
「P-3500ベロボーグの大きな特徴はそのアズル容量にあるわ」
「3500Azでしたっけ? ラドカーンの2倍はありますね」
「つまりそれだけ無茶ができるってことだな!」
「やれやれ、隊長は相変わらずだ」
その言葉を体現するかのように、全速力で正面から突っ込んでくるアールミン騎。
それを迎撃するように、演習用連弩砲をゲルトルード、リハールド騎は斉射する。
タイミングを見計らい、アールミン騎はすぐさま横跳び。
素早く積まれた障害物の陰に隠れた。
かと思うと、コンテナの内の1つがリハールド騎目掛けて飛び出す。
「全く、荒々しいですね」
リハールド騎がコンテナを手で遮った瞬間、姿勢を低くしアールミン騎が駆けた。
「リハールド、正面!」
「わかってますよ!」
リハールド騎は素早くアールミン騎を迎撃しようとするが、アールミン騎のいる位置は絶妙に死角。
それはゲルトルードも承知のこと。
素早く演習用連弩砲をアールミン騎に向ける。
「ふっ」
ゲルトルードの判断の速さにアールミンの口元は思わずほころんだ。
対するゲルトルードに浮かんだ表情は――驚愕。
アールミン騎が放り投げたコンテナ――それがリハールド騎の手に触れたその瞬間にはじけ飛んだからだ。
散らばったコンテナの破片はゲルトルードの視界と射線を遮る。
「これが狙いっ!?」
などと驚愕する間もなく、リハールド騎は真正面から演習式連弩砲の連続射撃を受け真っ赤に染まった。
「こういう時こそ……冷静にっ」
ゲルトルードは意識を研ぎ澄ませる。
晴れた視界。
その一寸先にはアールミン騎の姿。
普通ならば敗北を覚悟するかもしれない。
だが、ゲルトルードは諦めなかった。
引き金を引く。
その瞬間、ゲルトルードの心は澄み渡っていた。
「いい腕だ」
アールミンの声が聞こえる。
「隊長こそ、ね……」
「コイツの装甲が丸くなければさっきの一撃は機能停止扱いだったな」
「傾斜装甲も踏まえて予め防御姿勢を取ってた癖に」
ゲルトルード騎の胸元に当てられた演習用直剣はアールミンの勝利を意味していた。
「これからよろしくお願いしますっ!」
噂に聞く英雄の力にゲルトルードは歓喜に震えながらそう口にしていた。
新型装騎であるP-3500ベロボーグはいくつかの欠陥を抱えながらもマジャリナ王国とアールミン隊には強力な戦力だった。
「マルクト神国の大規模侵攻か……」
「次の作戦?」
「マルクトの3方面進撃ですね。我々も防衛部隊に加わるのですか?」
「ああ。国からの要請が来ている」
現在、マジャリナ王国内でP-3500ベロボーグを保有している部隊の数は多くない。
まだルシリアーナ本国でも主要な部隊にしか配備されていない最新型だから当たり前なのだが。
「私たちの部隊配置は?」
「ジリナの国境警備部隊と合流する。そこでマルクト神国の侵攻部隊と交戦に入る」
「ふむ……ベロボーグ受領後ではマルクト神国との本格的な戦闘は初めてになりますね」
「小競り合いは何度かあったがな……」
「それも何とかやり過ごして来たわ。なら今度こそ――」
「そうだな……。リハールド、作戦は任せた」
「ええ。お任せを」
そして彼らは戦いに出る。
アールミン隊最後の戦いとなるジリナ山岳戦へと……。




