最終話:Nebeská Brána
Nebeská Brána
-天の門-
これはとある何気ない1日の話。
「はぁ、疲れたぁ……」
赤く染まるステラソフィア機甲科寮。
スズメはチーム・ブローウィングの寮室へと帰ってきた。
鍵を開け、扉を開けたスズメを出迎えたのは黄昏に沈み閑散とした一室。
「そう言えば今日はみんな遅いんだっけ……」
SIDパッドでチーム・ブローウィングの共有チャットを開く。
“今日はエルザと買い物いくねー☆ 帰り遅くなるケド、ディナーはイタダクのでヨロヨロ〜”
“ビオトープの整備の為の買い出しに行ってくるのであります! 夕飯までには帰ります。アオノ”
“メイのバカが一日付き合えってうるさいので付き合う。早めに帰りたい”
そんなメッセージがズラリと並ぶ。
全員が全員、ちゃっかり夕飯は頂こうと思っているのがまた厄介だった。
「あー、とりあえず夕飯の準備しなくちゃ……」
そう言いながらも、スズメの体はリビングのソファーに吸い寄せられる。
スズメはふかふかのソファーの上に仰向けで寝転び、大きく一回伸びをした。
「とりあえず……片付けたいことは終わったし……あとはローラさん達に任せて…………」
誰に言うでもなくスズメは独り言つ。
今日、スズメはローラ達MaTySの本部に足を運んでいた。
理由は言うまでもなく一連のスヴェト教団事件の報告やまとめ、おさらいをする為だ。
スヴェト教団事件の国上層部への基本的な報告はもうとっくに済んでいる。
しかし、個人的な観点でまとめたレポートの提出、姿を消したスヴェト教団司祭の調査状況などスズメが個人的に気になってることの確認があった。
ローラから送られた事件の概要をSIDパッドで眺めてる内、スズメは眠りに落ちた。
何か物音がする。
人の気配と温もり、それに調理器具や食器が擦り合うような音。
水の流れる音に、テレビがあるはずの所から電子音が鳴り響く。
日常の象徴とも言える音々にスズメは慌てて飛び起きた。
「おっ、おはようスズメちゃん」
優しく、どこか懐かしい声が聞こえてくる。
とても耳に馴染んだ、しかし、久しく聞いていない人の声。
「あれ……ツバサ、先輩?」
「よっ、久しぶり!」
ソファーの端に背をもたれさせくつろいでいたツバサがスズメへ笑みを投げかけた。
「随分お疲れだったようですわね」
台所で食事の用意をしているのはチャイカ。
美味しそうなカレーの匂いがスズメの鼻をくすぐる。
その匂いを嗅いでいると、スズメのお腹が空腹を訴え始めた。
「だぁー! 腹減ったんですよー!!!」
GAME OVERと表示されたテレビ画面の前で、ゲームのコントローラー片手に仰向けに寝転ぼうとするのはマッハ。
「いって!? おい、マッハちゃん!」
その頭とコントローラーが丁度真後ろにいたツバサにぶつかる。
「あらあら、危ないですわよ」
痛みでに頭をさするツバサとマッハに、チャイカは微笑む。
何気ない日常。
いつものブローウィングの光景にスズメもつられて笑ってしまう。
「それでは、お夕飯を入れますわね」
「チャイカ先輩、私も手伝います」
カレーにサラダ、それにハンバーグとチャイカの定番料理にツバサとマッハは耐えきれず手を伸ばそうとするが……
「いてっ」
「うげっ」
チャイカの投げたスプーンが見事2人の右手に命中。
「あと少しの我慢ですわ」
「さすがスナイパー……!」
痛む手をさするツバサとマッハをよそ目に、チャイカとスズメは食事の準備をすませた。
「もうお腹すいたお腹すいたお腹すいたんですよォ!」
「アタシもー」
「はいはい。それではみなさん」
「「いただきまーす」」
スズメはカレーをスプーンに一匙すくい、口に入れる。
誰が作ったのでもない、懐かしいチャイカ得意のカレーの味。
自分が作ったカレーとはまた違った味わいに思わずスズメは泣きそうになってしまう。
「スズメちゃん、大丈夫か?」
様子のおかしいスズメに、ツバサが何気なく尋ねた。
その優しい声が、余計にスズメの涙を誘う。
「食べないならマハが食べるんですよ!」
「食べますよ! その、とても……美味しくて」
「あらあら、泣くほど美味しいだなんて嬉しいですわ」
チャイカはそう言いながら、手にしたハンカチでスズメの目元を拭った。
「スズメ後輩! マハとゲームをしやがるんですよ!!」
夕飯も食べ終わり、突然マッハがそんなことを提案する。
「ゲームですか?」
マッハが示したのはフヴェズダ・アレーナという対戦格闘ゲーム。
夕飯前まで一人でずっとやっていたゲームだった。
「ふっふっふー、マハに勝てるでやがりますかァ?」
「さぁ、どうでしょう」
不敵な笑みを浮かべながら、スズメはコントローラーを手に取る。
マッハが選んだのは動きが素早く攻撃力が高い代わりに耐久力の低いキャラクター。
対するスズメは手数が多く小回りが利く代わりに攻撃力の低いキャラクター。
「そんなチンケなキャラで勝てるでやがりますかぁ!?」
「サエズリ・スズメ、行きます!」
勝負は3ラウンドで2マッチ先取で勝利という形式。
ラウンド1――まず真っ先に仕掛けたのはマッハだ。
「マッハに食らうんですよォ!!!!」
「そんな攻撃、当たりません!」
「ところがまだまだあるのですよォ!」
一見大仰で、隙だらけに見えた攻撃だがそれはフェイント。
キャンセルからの変則攻撃でスズメを追い詰め、マッハが1ラウンド先取した。
「さすがマッハ先輩……ゲームは強い!」
「ゲーム"は"ってナンでやがりますか!!」
「ですけど、私だって負けません! これでも、アオノちゃん達といっぱい特訓してるんです!」
スズメは気合を入れなおしコントローラーを強く握りしめる。
相手の動きをよく見て、そして思い出しながら隙をつく。
スズメの使うキャラは攻撃力は低い。
しかし、このゲームにはフヴェズダシステムという独自の機能があった。
攻撃モーションそれぞれに設定された"表現値"それが高い動作をすることでフヴェズダポイントがたまる。
その溜まったポイントによって、キャラ強化や特殊な技が発動するのだ。
「私のキャラはクリティカルタイプ――フヴェズダポイントがたまればたまるほど――攻撃力がアップする!」
「コッチだってスキルはあるんですよォ! さぁ……あれ?」
基本として、攻撃力が高い攻撃は表現値が小さく設定されている。
マッハは攻撃力偏重の技ばかり使っており、フヴェズダポイントがたまってなかった。
2ラウンド目はスズメが勝利し、最終ラウンドへ突入する。
「サエズリ・スズメ、行きます!」
「うおっしゃぁ、やぁってやるんですよ!」
激しい激闘の末、勝利を掴んだのは――
「フッ……お前がクイーンなのですよ……」
「大げさですよ」
笑みを浮かべソファーにもたれ込むマッハにスズメは思わず苦笑した。
「でも本当に上手くなったなぁ。マッハちゃんに勝つなんて」
「今まで散々負けましたからね。絶対リベンジしようとこっそり特訓してたんですよ。後輩にもゲームが好きな子いますしね」
「さっき言ってたアオノちゃんって子か?」
「はい! アオノちゃんもゲーム強いんですよ! まぁ、負けたことは無いですけどね!」
「ははは、スズメちゃんは負けず嫌いだもんなぁ」
「今のブローウィングも面白いメンバーが揃ってるのでしょうね」
チャイカの言葉にスズメは頷く。
「ビェトカにアオノちゃん、それに私の妹のツバメちゃん。ツバサ先輩達の時と全然違いますけどとってもいいチームです」
「そのビェトカとか言うやつが今のチームリーダーでやがりますね! はん、マハほど有能で才覚に溢れたリーダーをできやがってるんですかね?」
「マッハちゃんと比べたら大抵は有能で才覚に溢れてるだろ」
「ナニ言いやがるんですかァ!」
襲い掛かるマッハをツバサは軽くかわす。
そんな2人を見てると、いろんな思いがスズメの胸に湧き出した。
そう、もしも"あの戦い"がなければ今頃、チーム・ブローウィングのリーダーはマッハだったのだろう。
ふと始原装騎ヴィーラに取り込まれたときに見た「夢」の内容を思い出す。
マッハがチームリーダーで、アオノが居て、ツバメが居て。
喧嘩を始めるマッハとツバメをアオノが必死に制する。
卒業したツバサもチャイカもみんな集まり、一緒にパーティーをするのだ。
そんな現在もあったのかもしれない。
だけど、その現在だとこの部屋にビェトカはいない。
もしかしたらあの「夢」のように出会えることもあったのかもしれないが、一生会うこともなかったかもしれない。
「スズメちゃんは過去をやり直したいと思ったことはありますの?」
スズメの心を見透かしたようなチャイカからの直球な質問。
それにスズメは頷く。
「大きな事でも、小さな事でも、あの時をやり直せたらと思うことはたくさんあります。そうすれば今はもっと良くなってたはずだって、そう思うのは当たり前です」
だけど、人生はやり直せない。
それにやり直せたからと行って、うまくいくとは限らない。
やり直した結果が一番いい結果とは限らない。
「結局、私は全力で今を生きるしかないんですよね。私は絶対に後戻りしません。ただ進んでいくだけです」
ふとツバサとマッハの視線を感じてスズメは思わず恥ずかしくなる。
「えっと、あの……な、なんで見てるんですかー!」
「いやぁ、スズメちゃんがすっごいカッコイイこと言ってるなと思って」
「全くなんですよ! しばらく見ないうちにすごく成長したんですよ!」
「いや、その、まぁ、いろいろ、ありましたし……」
「これならブローウィングを任せても大丈夫そうですわね」
チャイカの言葉にツバサもマッハも頷いた。
「次のチームリーダーはキミで決まりでやがるんですよ!」
「実際そうですしね。ふふふ、スズメちゃんも4年生になるのですわね」
「そういえばそうですね……私が、チームリーダーに」
「なぁーに、そんな構えることはないよ。リーダーだからって何かしないといけないって訳じゃないしな!」
「ツバサ先輩は部屋にいるときはただのオヤジですものね」
「おい」
談笑する声を耳にしているスズメを不意に眠気が襲う。
急に疲れを思い出したかのように体が重くなる。
「スズメちゃん?」
「あらあら、おねむですわね」
「はい……今日は色々、やることがあって……疲れが……」
倒れかかるスズメの体をチャイカがそっと受け止めた。
「…………夢?」
騒がしい物音でスズメは目を覚ます。
ソファーの上、スズメの体にはブランケットがかけられている。
「お、スズメ先輩が起きたでありますよー!」
「アオノ、ちゃん……?」
「おっはよスズメー! なんかお疲れジャン?」
「スズ姉、何か飲む? 美味しいジュース買って来たわよ!」
「夕飯は……?」
「カレー頂きました! 美味しかったのであります!」
見ると、テーブルの上には空になった皿が3つ。
カレーにハンバーグ、そしてサラダ……。
「スズメー、ちょっと味付け変えた?」
ビェトカの言葉にスズメの胸がわずかに跳ね上がる。
「まぁ、そうです」
「美味しかったわ! さっすがスズ姉!」
「あはは、ありがと」
ふとビェトカが棚に置かれていた写真立てを覗き込んでいるのが目に入った。
「そういえばこの写真、前のブローウィングっしょ?」
スズメを中心にツバサ、チャイカ、マッハが映った写真。
これはツバサが卒業する前に撮っていた集合写真だった。
「ワイヤーを使った疑似空中戦が得意なワシミヤ・ツバサさん、狙撃と魔術の腕がピカイチのテレシコワ・チャイカさん! 一部界隈では恐れられる鬼蹴りカスアリウス・マッハさんでありますね!」
「そーいえば、前のメンバーの事全然聞いてなかったなァ。コレって聞いてもいいヤツ?」
スズメは首を縦に振ると、そっとソファーの前に座る。
「ちょっと長くなりますよ」
スズメは話した。
自分が入学した時のこと、ブローウィングがした数々の戦いの事、ステラソフィアで起きたいろいろな出来事のこと。
話しながら思った。
(次は――私の番だ。私が、ブローウィングを後輩に受け継いでいかないといけないんだ)
それから季節は巡る。
ビェトカも卒業し、そして春が来、スズメも4年生になる。
スズメは静かに深呼吸をすると、新入生の群れの中に足を踏み込み探した。
黒髪で赤縁眼鏡の少女が、不安げに周囲を見回している。
「コスズメ・セッカちゃん?」
名前を呼ばれ、少女は肩を震わせながらも頷いた。
「ようこそ、チーム・ブローウィングへ!」
機甲女学園ステラソフィア 完
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「ふぉっふぉっふぉ、お困りのようじゃな」
「あなたは……?」
「わしはズメチー仙人じゃ」
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