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機甲女学園ステラソフィア  作者: 波邇夜須
帰ってきた日常
317/322

第53話:Který Soudí Spravedlivě

Který Soudí Spravedlivě

 -正しくお裁きになる方-

その日は記念の日だった。

ステラソフィア女学園機甲科の多目的ホール。

正面のステージには「第23回ステラソフィア機甲科卒業式」と書かれた垂れ幕が下がり、大勢の卒業生とその両親が集まっている。

そして、卒業する先輩の晴れ姿を一目見ようと集まった在学生たち。

人々が見守る中、壇上に1人の女性がマイク片手に現れた。

色の落ちたような白色のツインテールに眼帯をしメイド風のコスチュームに身を包んだその女性は宣言する。

「この卒業式は、我々バタフライ盗賊団が乗っ取った!!!」

「ナンなのよあの変なコスプレ女! 盗賊ゥ? バッカじゃないの!」

スズメに連れられ、多目的ホールの二階から卒業式の様子を伺っていたツバメが突如現れた怪しげなメイドに悪態を吐く。

「まぁまぁツバメさん、落ち着いて……」

「確かに格好は変だけど、本物の盗賊みたいですからね。今は声を小さく。危険ですから」

「スズメ先輩、何か知ってるのでありますか?」

「うん、今日の朝のことなんだけど……」

その日の朝、卒業式を控えたビェトカがウキウキでメイクをしていた。

「……なんかケバくないですか?」

「えー、そう? このめちゃ盛りメイクを参考にしてみたんだけどなー」

ビェトカが示したのは1冊の女性誌。

ビェトカは意外とこういう雑誌を愛読していた。

「そもそもこの本に載ってるメイクってケバいヤツばっかじゃないですか。頭もそんなに盛って……いつの時代のギャルですか?」

「えー、ナウくない?」

「まずその言い方がナウくない」

スズメの忠告――というよりは批判を、だがビェトカは気にも溜めず卒業式の支度をする。

ふと、スズメが目が向けたのはテレビ画面。

「へぇ、盗賊団が刑務所から脱獄だって……しかも、この近くですよ」

「脱獄ぅ? ヘボい警備してんのね。ま、ワタシだって並のムショなら余裕で――バタフライ盗賊団……!!」

ニュースで報道されているその名前にビェトカの声のトーンが下がる。

「知り合いですか?」

「まぁ、傭兵時代の馴染みってーか、この前再会祝いにムショにぶち込んだってーか」

「あぁ……」

「ちょっとばかし厄介なコトがあるかもね……」

「って事はビェトカの所為! ほんっとふざけてるわね」

「ビェトカは悪いことはしてないよ。逆恨みです」

「フン、スズ姉をこんなことに巻き込んだ時点で十分に悪いわよ!」

割と平然としているスズメたちに対し荒事には慣れていない、特に卒業生の保護者たちの間には動揺が走っていた。

それも仕方ない。

周囲はアンジェラの部下たちが思い思いの武器を手に取り囲み、更に外から聞こえるのは機甲装騎の足跡。

逃げ場はない。

恐怖を押し殺したようなざわめきの中、アンジェラが高笑いをした。

「さて、完全に包囲されたこの状況……我々の要求を聞かない場合どうなるか……わかるな?」

アンジェラの言葉に一同は押し黙る。

その沈黙はアンジェラの言葉を理解しているという返答になった。

「よかろう。では最初の要求だ。傭兵アルジュだ! 我々を牢獄にぶち込んだピシュテツ・チェルノブラヴァー・アルジュビェタを出せ!」

当然と言えば当然の要求にビェトカは頭を抱える。

「なんか貴女のことを呼んでるみたいだけど? 何、知り合い?」

どこか苛立ちの混じった声でビェトカにそう言ったのはエルザだ。

「えーっとまぁ、傭兵時代の知り合いてか、腐れ縁てか、この前電車をハイジャックしてたから捕まえた所為で逆恨みってか――うっわ、面倒くさ!!」

「ならさっさと自分を引き渡して殺されて来なさい。正直迷惑」

「ねーそれヒドくない!?」

「おいそこ、煩いぞ!! 命が惜しくないのか!!」

外からズダンと銃撃音が聞こえる。

恐らくは、外にいる機甲装騎がアンジェラの指示で威嚇射撃を行なったのだろう。

「ほらほらほら、行きなさいって! 貴女ならあんなヤツら余裕でしょ!?」

「うーん、人質がいなければなぁ」

だが、ここで手をこまねいていても仕方ない。

せめて時間稼ぎをとビェトカが重い腰を上げようとしたその時、1人の女性がステージへ立った。

「なんだお前は!」

「ワタシはチューリップ・フランデレン。このステラソフィアの学園長だ」

「学園長ってことはオエライサンだな。なんだ? アルジュだってうちの生徒、渡しはしない! とかイイハナシダーをしにきたのか?」

「そうだな。アルジュビェタを出せというなら、こちらとしても1つ、頼みを聞いて欲しい」

フランの言葉にアンジェラは鼻を鳴らす。

「ふざけるな、と言いたいところだがこのアンジェラ様は優しいからな。言ってみろ」

「見ての通り今は卒業式の真っ最中。せっかくだ、貴女に祝辞をお願いしたい」

「はんっ! しゅく――え? 祝辞??」

途端に周囲が騒がしくなる。

しかしそれは卒業生や保護者たちの声ではない。

「祝辞! 祝辞だってよ!!」

「マジで!? やったじゃん姉貴!!」

「うぅ……まさかリーダーが祝辞だなんて、泣けるっす」

「晴れ舞台! 晴れ舞台です! 写真撮らなきゃ写真!!」

にわかに騒ぎ始めたのはアンジェラの部下たち。

リーダーの華々しい姿を一目見ようとその視線をステージ上へ注ぐ。

その真っ直ぐな視線を受けてはアンジェラも嫌だとは言えない。

マイクを握りなおし小さく咳払いをし、言った。

「い、いいだろう。せめてもの情けだ」

アンジェラの言葉にフランは満足気に頷くと卒業生や保護者に向かう。

「ではここで、バタフライ盗賊団代表アンジェラ氏より卒業生に向けての祝辞を述べてもらう。どうぞ」

「あー、えーっと……コホン」

アンジェラは改まると祝辞を述べ始めた。

「本日はお日柄もよく絶好の卒業日和、そして盗賊日和となりました」

「盗賊するならお日柄は悪い方が都合よくなくなくない?」

「確蟹〜」

「そこぉ! うるさいぞぉ!」

「サーセンっすリーダー!」

拙くも必死で祝辞を述べるアンジェラと応援してるのか茶々を入れてるのかよくわからない部下達という状況に恐怖に支配されていた空間がどこか呆気に取られるような空気に変わっていた。

「あの人たち、馬鹿でしょ?」

「そーなんだよねェ……」

先程とは違った意味でビェトカは頭を抱える。

「ということで、諸君らの門出を祝いたいと思う! おめでとう!!」

「うぉー! 即興で祝辞を言い切るなんてさすがっす!」

「姉御もおめでとう! 祝辞なんて大任よくやり遂げました!!」

「以上、バタフライ盗賊団代表アンジェラ氏でした。では卒業生代表ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ、前に」

「うわぁ……呼ばれちゃったよ」

「仕方ないじゃない。行ってきなさい」

フランに呼ばれ、エルザに背中を押されてビェトカは渋々と壇上に立った。

「久し振りだな。傭兵アル……え、誰?」

現れたビェトカの姿に思わずアンジェラはそう尋ねてしまう。

それもそうだろう、やたらめったら盛られた髪型にケバいつけまつげに雑なメイクを施されたビェトカの姿はアンジェラのよく知るビェトカとはかけ離れていたからだ。

「ワタシだって。アルジュビェタ」

「いやいやいやいや、なんだ、いや、なんだ、いや……嘘だ!!!」

「ナニよその反応!」

「頭にうんこ乗せた挙句、顔にフナムシくっ付けてる怪人ギャル女がアルジュなわけないだろ!! 証拠だ! 証拠を出せ! お前が傭兵アルジュだという証拠だ!!」

「テメェぶっとばすぞ……ったく、証拠を出せばいいのね。証拠ね!!」

暫く考えた後、ビェトカはポンと手を打つ。

「ワタシがロメニアの施設に侵入する任務を受けた時だけど、勝手について来た挙句トイレを我慢できなくなって漏らしたコトあったよね」

「は、はぁ!?」

「あの後から作戦の時にはオムツ履くって言ってたけど今も履いてんのアンタ?」

「ちょ、ちょ、まっ、そんな事実はない! 事実はない!! じ、事実はないが、どうやら本物らしいな。いや、話の内容がわたしとアルジュしか知らないことだったからって訳じゃないぞ! その物言いとか態度とかがアルジュだなーって思っただけで決してお漏らしなんてしてないぞ、してないからな! いいな!!!???」

「大きい方だったらもっと大変だったケド、小さい方だったからよかったわ」

「うるさぁぁああい!!! わかったから。もうわかったから!!!!」

アンジェラはハァハァと肩で息をし呼吸を整える。

「今のはカットしろ。カッコイイところから行くぞ」

にぃと口元を釣り上げ、仕切りなおすアンジェラをカメラのフラッシュが襲った。

「久しぶりだな、傭兵アルジュ……」

「あー、んで、目的はナニ?」

パシャパシャ、パシャパシャと焚かれるフラッシュがアンジェラとビェトカの2人を照らした。

「我々を牢にぶち込んでくれたお礼だ! さて、どうしてやろうか……」

「フィルム! フィルム持ってきて!!」

「動画班撮れてるかー?」

「バッチグーよ〜」

「えぇいうるさい!! お前らなんださっきから!? フラッシュ焚きまくったりやたら大声でお喋りしたり!! 今、何をしてる最中だ!?」

「卒業式っす」

「そうだ!! 卒業式だぞ、少しは静かにできんのか!!」

「すんまそん、ウチら卒業式とか出たことねーんで」

「それでもこの静粛な空気くらいわかるだろう! 卒業式の邪魔になるから騒がしくするな!」

「ほーい」

「…………えぇ、どの口がソレ言う?」

言いしれない倦怠感をビェトカが襲う。

どこから突っ込んだらいいのか、結局何がしたいのか全く理解できない謎の空気に混乱するばかりだ。

そんな中、フランがさりげなく胸元をかいた。

「フラン先生から合図です。ŠÁRKAシャールカDO BOJE(ド ボイェ)

「いつのまにフラン先生と連携をしたのでありますか?」

「ああいえ、何となくいいタイミングだなと思ったので」

「つまりそんな合図は決めてないのでありますね」

「そうなんですけどね! ですけど……別の合図は決めてますよ」

スズメはニッと笑うとポケットの中から1枚の紙を地面に落とす。

瞬間、黒い影がサッと出てきてスズメの落とした紙をどこかに持ち去った。

「では、我々の要望を聞いてもらおうか! 傭兵アルジュ――わたしの元で働け!!」

「はぁ?」

「学校も卒業するのだろ? お前のことだから就活もせずに"どーせなんとかなるっしょー"とか言いながらダラダラ日々を過ごしてるに違いない! ならば我々バタフライ盗賊団で働け! 何、報酬はたっぷり出そう!」

「アンタねぇ、ワタシがアナタの元で働きます! とか言うと思ってんの?」

「その為の交渉材料ならここにある。分かるだろ?」

アンジェラが見回したのはその場にいるステラソフィア生とその保護者達。

「アンタ、ワタシを仲間に引き入れる為だけにこんなコトを?」

「まぁな。断れば殺す。お前だけじゃない、この場にいるヤツら全員な!!!!」

「リーダーはマヌケっすが強盗や殺人には躊躇ないですよ~。こわいですよ~」

「そうっすそうっす。必要があれば殺っちゃう人っすからねぇ」

「まぁ、必要なかったら殺さないんだけどね。看守は殺さなくてよかったの?」

「えーいうるさい!」

ふざけた雰囲気だがビェトカはアンジェラの言う通り、殺すと言えば殺すタイプだと知っていた。

敵を殺さなければコチラが殺される――そんな世界で2人は生きてきたからだ。

ふと、アンジェラの足元に影がさっと走る。

「なんだ?」

そこに居たのは一匹のネズミだった。

アンジェラの顔を見上げ、鼻をヒクヒクとさせている。

「なんだネズミか……邪魔だ、あっちいけ!」

「ネズミ……」

アンジェラがネズミを追い払おうとしたその時――そのネズミが急にアンジェラに飛び掛かった。

「うわ、なんだ、やめろ!!! おい!!!!」

「ナイス、アッティラ!!」

ビェトカは咄嗟に近くにいたアンジェラの部下に蹴りを放つ。

「行って! フニャちん! ニャトカ! ゲルニャさん!!」

「にゃあ!」

更にスズメの号令で窓の外から3匹のネコが現れ、アンジェラの部下に飛び掛かった。

「助けに来ましたよ、サエズリ・スズメ!」

「卒業式を乗っ取る悪い人は――許しません!」

窓を蹴破り現れたのはズィズィとクラリカ。

元軍人らしい素早い動きで盗賊団を制圧していく。

「さっすがァ! んで、外の装騎は!?」

「外はローラが抑えてるよ」

「ピピピッピ!」

パスタサーバーを武器のように扱うのはピピ。

「商売道具をそんな風に使っていいの!?」

「アルバだからね」

「意味わかんない!」

「よし、今の内に避難しろ。教員は生徒と保護者の誘導を!」

「フラン先生、アタシはアイツらぶん殴ってくるけどいいわよね?」

「ったくサヤカは……好きにしろ」

サヤカは拳を手のひらに打ち付けると、アンジェラの部下の1人に襲い掛かる。

よっぽど苛立っていたのだろう容赦の無い拳撃にフランは思わずサヤカを止めたくなるが避難誘導が先だ。

「キサマらァ…………!!」

アッティラの襲撃を振り払ったアンジェラは一気に避難中の人ごみに近づくと、その中から1人の女子生徒を捕まえ、その首元にナイフを当てる。

「止まれ!!! この女がどうなってもいいのか!!??」

ナイフを突きつけられ、恐怖の表情を浮かべるのは――

「エルザ!!!!」

「あーもう、最悪……」

「フン、なんだアルジュの友達か!? 都合がいい!! キサマら逃げるんじゃないぞ! この女の血が見たくなければ――がふっ!?」

瞬間、アンジェラの額に小石が叩きつけられ怯んだ。

「チャンス!!」

その隙にビェトカがワイヤーをぶん投げアンジェラを転ばせる。

「Sweet Dream♪」

ビェトカに称賛の言葉を投げかけながら素早くエルザを確保したのはミス・ムーンライト。

さっきの小石もミス・ムーンライトのスリングショットから放たれたものだった。

「ぐぅぅううううう……!!!!!!」

なんとか取った人質もあっさり奪い返されアンジェラは唇をかむ。

「ハン、キサマら、後悔させてやる!! 大人しく我々に従わなかったことを後悔させてやる!!!! ディザスタ!!」

「ったくうっさいわね! いい加減おねんねしなさいって!!」

鞭のようにビェトカが放ったワイヤーの一撃。

それがアンジェラに叩きつけられるより先に、1つの影が受け止めた。

黒装束に身を包み、怪しい雰囲気を放つ女性。

バタフライ盗賊団のメンバーの顔は全員把握しているビェトカだが、その女性は見たことがない。

それに、ノリの軽いバタフライ盗賊団に似つかわしくない邪悪な気配。

「カンジが悪い。新入り?」

「…………」

その女性は何も答えない。

しかし、その身体から奇妙な波動が発せられた。

その波動、その気配、その力をビェトカやスズメは知っていた。

「マズい、みんな早く避難を!!!」

「ツバメちゃん、アオノちゃん、外に出るよ! それと――」

「装騎の準備ね! 悪魔装騎なんてぶっ飛ばしてやるんだから!!!」

瞬間、ステラソフィアの多目的ホールを内側から破壊し、1体の悪魔装騎が降臨した。



挿絵(By みてみん)

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