第51話:Kdo se Mnou Zůstali
Kdo se Mnou Zůstali
-一緒に踏みとどまってくれた-
"隊長、相談したいことがある。明日1300時わたしの店まで来てくれないかい?"
そのメールは突然やってきた。
ピピから送られてきた内容はシンプル。
しかし、そこはかとなく感じられる一大事の予感。
「これは……ŠÁRKA、DO BOJE!!」
「それでこんなに集まったのかい?」
首都カナン河川敷。
移動式店舗であるパスタのロレンツォに、入りきらないくらい大勢のメンバーが集結した。
「思ったより集まってしまいましたね……」
「ガキンチョのお見舞いの時と同じくらいジャン?」
「ガキンチョってニユのことかしら!? まっ、アノ時来てくれたお礼はしないとネ!」
ビェトカの言葉に表情を歪めながらも、数少ない椅子の一つにちゃっかり座ったニユがスープパスタをすする。
「全員は座れそうにもないけれど、大丈夫なのかな?」
「大丈夫でありますよ! アウトドアチェアにレジャーシートも持って来たのであります!」
「ちゃっかりしてるわね」
アオノの持ってきたアウトドアチェアに座りながらツバメが言った。
「まるでキャンプだね。楽しいよ」
「それでピピさん。本題なんですけど」
「そうだね」
ピピは頷くと、どこか改まる。
つられてスズメとビェトカの表情も硬くなった。
「実は、ある男の人にアプローチを受けているんだよ」
「アプローチ!?」
あらゆる意味で予想を裏切られたビェトカが思わず叫ぶ。
「その男の人って?」
「お店の常連さんなんだよ」
「常連さんッ! んで、困ってるってことはもしかしてプロポーズされた!?」
「いや、そこまではいってないよ。ただ、今度の日曜日に2人で遊びに行くことになってね」
「それってデートじゃん! マジで?」
「そうなるかもね。ただ……」
ピピの表情はどこか浮かない。
それはデートが嫌だというのとも、だからといって心配しているという表情にも見えない。
どこか複雑な表情だ。
「ピピさん?」
「どーしたのよ。ナニ、ソイツ嫌なヤツなの?」
ビェトカの言葉にピピは首を横に振った。
「悪い人では、ないよ。嫌いなタイプではない」
「んならイージャン! 付き合っちゃえばイージャン!」
ピピが目を伏せる。
何か後ろめたさを感じているような表情。
そして言った。
「わたしは強化人間だからね」
「アルバだからってナンか関係あんの? どーせアレっしょ? もうロメニアから追われる事もないんしょ? 他にも心配ごととか――痛ッ!」
不意にビェトカの頭に何か硬いものが叩きつけられる。
「アルバは急成長させたクローンに、前のアルバの記憶を移植したものだもの。普通の人間と違って短いの。寿命がね」
「ローラさん」
「アレ、アンタ仕事はー?」
「休み。てか休まされたのよ。なんでメールをMaTySの方に送るわけ? 」
「アンタのプライベートメール知らないし。通話繋がりにくいジャン」
「ていうか送らないで!? 上に見つかって休まされたんだけど!」
「パパに?」
「何で貴女はコンラッドをパパって呼ぶの!?」
ビェトカはどういう訳か、マルクト共和国大統領コンラッド・モウドールを「パパ」と呼んでるのだった。
「イージャンイージャン。てかナニ、アンタ仕事中毒?」
「ローラさん、しっかり休まないと身体壊しますよ」
さすがにスズメも心配そうだ。
「休んでるわよ」
「んで昼間っからビール?」
「そ」
ローラは飲みかけの缶ビールをユラユラ揺らすと、グイッと一気に飲み干す。
「えっと……いいかな?」
大幅にそれる話を横で見ていたピピが口を開いた。
「すみません、ピピさん。えっと、話としてはアルバは寿命が短い――って話でしたっけ?」
「どんくらいなの?」
ビェトカの疑問にローラがPADを操作し、資料を呼び出す。
「アルバの寿命は通常20年程ね。ピピさんは……」
「"造られて"から3年ほどになるよ」
「つまりピピって3歳なの!? そうは見えないけどなァー」
「肉体年齢は製造時で成人ほど。精神年齢も記憶の引き継ぎがあるもの。当たり前よ」
「へぇー」
感心するビェトカをよそに、スズメが神妙な顔を浮かべながらピピへと言った。
「やっぱり、そういうことが引っかかってるんですか? 寿命のこととか、造られた人間ってこととか……」
「そう、だね」
ピピはそう言いながら笑顔を浮かべる。
とても暗い笑顔に彼女の中にある葛藤、その片鱗が見えた気がした。
「よーし、んじゃデートプラン考えよう!」
「トカぽよ?」
こともなげに放たれたビェトカの言葉にピピは思わず困惑する。
「どこ行くかとか決まってんの?」
「ケルンの遊園地だが……」
「オッケー。ローラ、パンフ出して」
「はいはい」
「いやいやいやいや、待つんだトカぽよ。わたしは行くとはまだ決めてないんだ。プランを練られても困るよ」
「ナニ言ってんのよ。いい、人生には色々あるの。そうっしょ?」
「そう、だね。わたしも色々あったよ。この短い期間に」
「ピピもそうだし、その相手の男もそう。んで、その色々ってのはいいコトばっかじゃないし、悪いコトだってあるジャン?」
「そうだね」
「なら結局、楽しんだモン勝ちってワケ! わかる?」
「わからない」
ビェトカは鼻を鳴らして肩をすくめる。
「なんかそれムカつきますね」
スズメの率直な感想もどこ吹く風でビェトカは続けた。
「アンタがデートに躊躇してるのは、どっちかってーと相手を傷付けたくないって無駄に思ってるからな気がするワケよ。もっとワガママでいーの」
「ワガママで、か?」
「ま、ソレに誘われたのに行かないってのも失礼ジャン。もう承諾はしちゃったワケっしょ?」
「そうだよ。約束、してしまったね」
「ならデートを楽しむしかないワケ。精一杯楽しむのがアンタのケジメ。んで、全部終わった後にそれでも……ってなるならきっぱり相手の誘いを断るのもケジメ。オーケー?」
「わかった。デートはする。その上で断る。問題ないよ」
「だからデートプランを練ろう!」
「わかった」
無駄に強いビェトカの熱意に圧倒された部分もあるのだろう。
ピピは頷いた。
「んで、デートプランだけど――この中に男性経験あるのいる?」
ビェトカの陽気な声に反して、周囲一帯が静まり返る。
「…………ローラー?」
「あら、ビールが切れたわね。買ってきますね」
「逃げるな最年長!!!」
「仕事人間っポイあのオバサンにカレシなんていそーもないジャナイ」
ニユの吐いた毒に、しかし事実なのでローラは何も言い返せない。
「もしかして、いない系?」
「どうやら……いない系ですね」
「ビール買ってきたけどローラ飲むー? てかなんでこんな静かなの?」
空気を読まずに表れたのはサヤカ。
いつのまに仲良くなったのか、ローラに缶ビールを手渡している。
「あ、そーだ」
「イナイ」
「まだナニも言ってないンだけど」
「今まで散々されてきたから雰囲気でわかるの! 悪いの!? そろそろ三十路で彼氏1人いないとか悪いの!?」
「…………これは相当きてるね」
「色々トラウマもあるみたいですからね。合コン喫茶とか」
「てか最年長って言ったらフランでしょフラン! アタシ達より5つは上だし!」
「先約があるらしくて来てませんね」
「もしかして逃げた!?」
「サヤカ先生じゃないんですから」
仕方がないのでスズメたちはサヤカとローラをそっとして置くことに決め、次の手段を考える。
「よしなら、男側の意見を聞こう! 来てるっしょ? 男子ー!!」
「俺を呼んだな!!」
「あ、ハズレですね」
「呼んでない呼んでない」
いの一番に表れたのは案の定と言うべきかカレルだった。
「男子ー! とか言ってただろう!」
「気のせい気のせい。つかアンタじゃどー考えても戦力外だし」
「俺は金持ちだぞ……?」
「戦力外というか問題外ですね……」
「マズ、話が通じてないし」
「そうだ、レオシュさんいますよね。レオシュさーん!」
追い出されたカレルの代わりにレオシュが中に連れられる。
「なるほどね。男の視点としてどんなデートなら楽しいか、ね」
「はい。レオシュさんならきっと参考にできると思うので」
「ボクも彼女とかいないよ……?」
「いーのいーの。男の理想ってヤツを聞きたいだけだから。んで、ワタシらの理想と合わせれば最強のデートプランが完成するって寸法よ!」
「なんかソー聞いたらダメそうネ。モグモグ」
ニユのキツいつっこみは無視して話は進む。
「ここがデート場所だね。わぁ、色々あるね」
PADに表示された遊園地のパンフレットを見てレオシュは感嘆した。
「男として、なんかここいいなーってトコとかない?」
「うーん、男として……まぁ、ボクはジェットコースター好きだよ」
「なるなる! 絶叫マシンは定番ね! 心拍数上がれば恋も近づく! 割り箸効果だっけ?」
「吊り橋効果よ」
「お箸割ってどうするんですか」
「それからそれから?」
「うーん後は……あっ」
ふとレオシュの視線が何かに惹かれる。
「どしたの?」
「限定フルーツパフェだって! 美味しそうだなぁ。あ、見てよこのお土産やさん、ファンシーでかわいいよね。マスコットキャラクターの巨大ぬいぐるみが売ってるんだって」
「レオシュさん……?」
「イージャン、パフェにぬいぐるみ! 小物もイロイロあるみたいだし彼ピッピとかいたら、”どう似合う?” ”ああ、似合ってるよ” とかアマーイ雰囲気にね!」
「えーっと、ビェトカ……?」
「あなた達、話が逸れそうよ」
ローラの冷静な言葉に、だが、ビェトカはまだよく分かっていない。
「いやでもちゃんとデートプラン考えてるジャン!」
「その内、女子会のプラン組み始めそうだもの」
「女子会……? あ」
ビェトカは冷静になるように深呼吸を数回。
そして、言った。
「パフェとかぬいぐるみとかアンタそれでも男なの!?」
「男でもパフェとかぬいぐるみは好きだよ?」
「そうだ! 俺様だって世界の珍味盛りパフェやドリューの為に巨大ぬいぐるみをいくつも買っ――」
「アンタは呼んでない」
「たしかに男性でもそういうの好きな人はたくさん居ますけど、レオシュさんの場合は女子側に寄りすぎというか……」
「そうかなぁ」
「なんかもっとテンプレみたいな男いないの!?」
「今日来てるのはカレルさんとレオシュさんだけですね」
「あと何人かいなかったっけ? サボり??」
「不良ですから」
カレルやレオシュ以外に、チーム・イレギュラーズのリーガル、シュヴェイク、ヒバナが居たはずだが案の定出席しているはずもない。
「チャンプだっけ? アイツならスズメが呼べば飛んでくるっしょ。引きつった顔しながら」
「何で引きつってるんですか」
「いやだって、ねぇ」
ピピが静かに指を口元に当てている。
その仕草はビェトカに「これ以上はいけない」と教えているようだった。
「仕方ないかぁ。今回はこの戦力で妥協するしかナイってコトね」
「仕方ありません。少々乙女サイドからの攻めになりそうですけど」
「お前らのどこに乙女要素が痛い痛い痛い!!!」
「乙女といえば、ボク達の中に乙女な子がいたよね」
「おっ、誰誰? レイレイ?」
「へぇ? デート!? ピピさんデートするの!!??」
「カナぁールぅー?」
露骨に不安そうな表情を浮かべるビェトカにカナールは少し苛立ちを感じるがなんとか抑える。
「安心してくださいビェトカ。こう見えてもカナールは正真正銘の恋する乙女です!」
「は、はぁ!? 恋とかしてないし。何言ってんのよスズメ!! はぁっ!?」
「自分の気持ちに素直になれないオトシゴロってヤツねェ」
「茶化すのはそれくらいにして――カナールはやっぱり理想のデートプランとかありますよね?」
「ま、まぁ、そりゃあるに決まってるじゃない」
スズメに促され、どこか照れたように目をそらしながらもカナールはゆっくりと語り始めた。
「やっぱり、大好きなカレと腕を組んで楽しく相談しながらアトラクションを楽しみたいでしょう?」
「いきなり付き合ってる設定で始まったんだケド……」
「しっ、黙って」
「定番はやっぱりお化け屋敷とかかしら? 怖くなくても怖い振りしてカレにくっつけば二人の距離もきっと縮まる!」
「前に遊園地行ったとき、カナールもカレルさんもお化け屋敷で放心状態になっちゃったんですよ」
「似た者どーしジャン」
「それからそれから、親しい二人は夜景のよく見えるレストランでディナーを頂くの……」
「遊園地出てっちゃったジャン!」
「デザートはシンプルなアイスクリーム――カレがそっと差し出してくれるの。そしてよく見たら美しいダイヤの結婚指輪が――」
「プロポーズ始まっちゃったジャン!!」
「カナール、ストップストーップ!」
さすがに暴走が止まらなくなりそうだったのでスズメが慌ててカナールを制する。
「え、もういいの?」
「もういいというか、もうお腹いっぱいというか……」
「てかもう遊園地デートって敷居じゃなくなってるし! そういう割高そうなヤツはあのおぼっちゃんにやってもらいなさい」
「は、はぁッ!? なんでわたしがアイツなんかと――」
「カナールありがとうございましたー」
「でも、ちょっとヒント貰ったわ」
ビェトカが自信満々の表情でそう言い切る。
そして、SIDパッドを取り出すと何やら勢いよくプランを練り始めた。
「見てなさい、超高校級のJKトカぽよ――力の見せ所ジャン!」
「何ですかそのダメダメな肩書」
かくして、ビェトカのデートプランを元にピピとその男性とのデートが始まったのだ――が。
「お化け屋敷お化け屋敷!」
「さすがにこっそり後をつけるというのはどうかと思うんですけど……」
「不慣れなピピピッピの為ジャン! 仕方ない仕方ない」
「興味本位にしか見えないんですけど」
デート当日、ピピ達のあとをつけるスズメとビェトカ。
例によってバレないようにコスプレ――もとい変装をして二人の様子を観察する。
「相手の男性はなんかフツーねぇ。フツーって感じのフツー。個性がないのが個性みたいな」
「ラファエル型装騎ですね」
「よしキタお化け屋敷ィ!!」
暗闇に包まれた施設の中に、チープなお化けが飾られるお化け屋敷。
クオリティの高いチャペクランドなどと違いどちらかというと笑ってしまいそうになるその中を、だがピピと男性は淡々と進んでいく。
「すっげぇ盛り上がらないジャン! あ、お化け! お化けキタ! ここでキャー! って叫んで腕をつか――――微動だにもしないジャン!!」
「なんかここまで盛り上がってるように見えないとか逆に凄いですね……」
「観覧車! 観覧車!」
「やっぱり動きがないですね……」
「レストランレストラン!」
「会話はある……みたいですけど」
「ジェラートジェラート!」
「はいはい、行きますよ」
「スズメー、お土産買ってくぅ? あ、見て見てこのヘアアクセ! おそろで買おうジャン?」
「趣旨ズレ過ぎてません!?」
「ロマンチックなイルミネーション! いいわぁ、ワタシだっていつかはさー」
「ちょっとくっつかないでくれます?」
「そこ! そこでチュゥ〜っと!」
「離れろッ!!!!」
迫るビェトカを押し退けている内に、2人の状況が一変した。
神妙な表情を浮かべたピピが男性に首を横に振る。
話の内容は聞こえないが、2人にはすぐ察することができた。
最後に男性が何か言った後、2人は別れ帰路につくことになった。
「うん。断ったよ……ちゃんとね」
「アー、わかってはいたケド……やっぱダメなの?」
「わたしはアルバだからね」
こうしてピピの初デートは幕を下ろしたのだった。
後日。
"色々あって先日の男性とお付き合いさせていただくことになりました。 ピピ"
「なんで!?」
人生は色々あるのだと思ったスズメだった。




