第34話:Rozhodně Neodejdete s Prázdnou
Rozhodně Neodejdete s Prázdnou
-何も持たずに出ることはない-
「マルクト憲兵は国家反逆容疑としてピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ、また重要参考人としてサエズリ・スズメの両名を指名手配する模様で――」
その日から、街の様子は一変した。
指名手配者を探しているのだろう、怪しい視線を周囲に配る人々。
テレビでは悪魔装騎の出現に、世界の終末を重ねるような胡散臭い人物が大きな顔をしている。
そして、それ以上に胡散臭い、天使を名乗る集団。
「全く、くだらないのだわ」
怪しく傾き始めた世界を、カヲリは一蹴した。
ふと、奇妙な視線を感じカヲリは目を細める。
目の端に映るのは、一見何も変なところはないOL風の女性。
「チッ、またですの」
その女性が誰かは知らない。
しかし、カヲリは確信していた。
「憲兵の監視員……スズメの関係者を見張ってるようね」
敵か味方かは分からないが、カヲリにとってはただただ鬱陶しい存在だ。
「よう、おはようカヲリくん!」
「あらおぼっちゃん。貴方から話しかけてくるなんて珍しいのだわ」
クラスに入ると1人の男子生徒が挨拶をしてくる。
育ちの良さそうな丁寧な身なりをした、どこか尊大そうな男子生徒。
イェストジャーブ・カレルだ。
「何、今日は朝からモテモテでな。気分が良いからコチラから話しかけてやったのさ」
カレルの言葉が額面通りの意味ではないことをカヲリはすぐに察する。
と同時に、カレルの鋭さに奇妙な感心を覚えた。
「モテモテなら嬉しいことじゃあないのかしら?」
「だが俺様は自由人でな……あまり注目は受けたくない質でな」
「嘘ばっかり。ですけど、まぁ分かるのだわ。ワタクシもカリスマがあり過ぎて人から嫉妬をよく受けるの。気持ちよくもあり、不快でもあるわ。そういうのは」
「不快な時はどうする? お前なら」
「まぁ、元を絶つ――かしら。力で叩きのめし、ワタクシを妬むなんて無駄だと思わせる。そうしないと分からないのよ。負け犬は」
「と、いうことでだ。今度、カナンのゲーセンで負け犬脱出! ゲームトレーニング祭があるから是非来て欲しい」
「今までなんの話だったのだわ!?」
「いや、人としては好かんがカヲリくんの実力は認めているからな。トップクラスの騎使だと言うことを見込んでの誘いだ」
カレルの言葉にカヲリは思わずため息を吐いてしまう。
「本当はスズメくんを呼ぶつもりだったのだが、ああいう状況だろう?」
「スズメの代わりってワケ?」
「代わりと言うか……そうだな。大勢を纏めるならお前の方が上だろう」
「――――分かったのだわ」
後日、ゲームセンター・カナン。
「おっ、やっと来たか先生よォ!」
格闘ゲームの基盤に肘を置き、カヲリを出迎えたのはカレルやカヲリと同じリラフィリア機甲学校の生徒、
「あら、ムラタじゃない」
「ムルタ! もうリーガルでいいよリーガルで!」
ムルタ・リーガルだった。
「じゃあチャンプ」
「ナンでじゃ!」
「この集まりは何なの? まさか、本気でゲームトレーニング大会をするわけではないでしょう?」
「まっ、まずは奥までどうぞってね。お嬢様」
ゲームセンターの奥、そこには事務所とはまた違った奇妙な一室が備え付けられており、そこにはカヲリも見知った大勢の姿があった。
カナールやレイ、レオシュと言ったチーム・ウレテットのメンバーは当然、
「へぇ、カヲリも来たのね。良いじゃない、精鋭集結って感じでね」
「チーム・ハルバート。貴女達も呼ばれて?」
「そう」
ラヴィニアやジェッシィと言ったチーム・ハルバートのメンバー。
「カヲリ様~!」
「カヲリーダーおっすー!」
「――一礼」
ナオやミカコ、スミレと言ったチーム・カヲリのメンバー。
それ以外にも同じリラフィリア生が数多くいた。
「結構な数が集まったわね」
不意に、部屋の奥からスーツ姿の女性が姿を見せる。
「まぁな、スズメくんは俺達の仲間だ。そんなスズメくんが厄介ごとに巻き込まれてるっていうなら――協力したいヤツだってたくさんいるさ」
「ふっ、良いわね。若者らしい」
女性はカレルの言葉に満足げな笑みを浮かべた。
「私はカラスバ・リン。今回は指名手配されている2人の事情について簡単に説明しようと思ってこの場を作らせてもらったわ」
「カラスバ・リン、と言ったらマルクトの中央憲兵長でなくって?」
「元、な。彼女は俺達の味方だ」
「味方――つまり、敵がいるということなのだわ?」
「ええ。アナタ達も聞いたことがあるでしょう。悪魔装騎の噂を――」
悪魔装騎――それはスズメ達が指名手配されるちょっと前――突如として各地に現れるようになった謎の機甲装騎だ。
自ら「悪魔」と名乗り、破壊の限りを尽くす邪悪な存在。
それは、何も知らない人々からすると、奇妙なモンスターのように映るだろう。
だが、カヲリ達のようにここ数年"実地戦"に出たことのある人々の印象は違う。
「悪魔装騎って突然現れたバケモノだとか邪神の御使い――みたいなことを言われてるけども、雰囲気としてはD1――ディープワンに近く感じるのだわ」
「そうだ。ディープワン――偽神装騎と呼ばれる装騎達は悪魔装騎を造り出すために生まれた欠陥品だもの」
「あ、あの……質問です」
おずおずと手を伸ばしたのはナオ。
「悪魔装騎、以外にも――天使装騎という装騎もいるみたいなんですけど。その、悪魔装騎を倒してるっていう」
「私達は天使装騎も悪魔装騎と本質的には同じ装騎だと考えてるわ。天使を名乗り人々を救っているのも、悪魔を名乗り平和を脅かしているのも、両者ともに背後にある組織は同じではないか――とね」
「証拠はあんのー?」
「ちょっ、ミカコさん!」
あまりに軽く、だがあまりに率直なミカコの問いに、リンはその表情を歪ませた。
「それは調査中。だが、サエズリ・スズメ達はその背後の組織を追って戦っている」
「なら、ワタクシ達は何をするために集められたのだわ? 説明で終わり? まさか、そんなワケはないですわよね?」
「まぁそうだな。カヲリくんの言う通りだ。集まって事情を聴いただけでは何も動かない。だが、だからと言って動くこともできない。証拠も何も無いからな」
大仰に両手を広げ、演説をするようにカレルは言う。
「今回の集まり――その最大の趣旨は、スズメくんたちの足を引っ張らないようにしようということだ」
「はぁ?」
ギロリと睨みつけてくるカヲリの視線に、思わずカレルは背筋が震えるがだからと言って負けてはいられない。
「今、俺達は直接スズメくん達に協力することは難しい。しかし、日々をのんのんと生きているとスズメくん達の足を引っ張る可能性もあるからな」
「ああ、そう言うことね」
カレルの言葉に、カヲリは少し納得した。
スズメ達は天使装騎と悪魔装騎を裏で操る何やら巨大な組織と戦っている。
今、スズメ達が指名手配されているのはおそらくその組織からの圧力があったからだろう。
国の機関を動かせるほどの強大な組織となれば――
「ワタクシ達の監視は当然――場合によっては人質にでもなんにでもできるってワケね」
「実際、憲兵団の監視ならとっくについてるからな。こうして集まれる分、まだ緩いものだが」
カヲリも感じていた視線、そして周囲にチラつく怪しい人影。
カヲリの疑念は真実だとカレルの言葉は告げていた。
「確かにスズメから接触があるかも――と思うのは道理だけども、付きっ切りで監視までするとはね」
「それは――多分だけど、偽神教の時にわたし達がスズメに加勢したからっていうのもあるかも」
カナールの言うように、スズメ達が偽神教と戦ったその決戦――カナール、レオシュ、レイと言ったチーム・ウレテットの3人はスズメ達に直接加勢していた。
その前例があることから、スヴェト教団はカヲリを始めとするスズメの関係者に目を光らせているのだろうということだった。
「だが、俺はまだあきらめていない。俺は俺のできるルートでスズメくん達を支援している。あとはスヴェト教団の腹積もりを探り当て、一大作戦を決行する為の足掛かりを作りたい」
「だから、アナタ達にはその協力をお願いしたいわ。クソッタレ共をぶっ潰す為の準備をね」
それからカヲリ達の裏の戦いが幕を上げる。
主な仕事は3つ。
1つ、サエズリ・スズメに関係する人物を探し出しリストに追加――連絡先を把握すること。
2つ、天使装騎や悪魔装騎、スズメ達――ŠÁRKAの活動を把握し、共有すること。
3つ、ŠÁRKAに協力する各組織の拠点、設備をある程度把握すること。
全ては、来るべき反抗作戦に向けて。
「ねえカレル。スズメの妹――ツバメちゃんだっけ? 彼女に声はかけられたの?」
カナールの問いにカレルは首を横に振る。
「全然だ。アイツ中々に気が強くてな。俺様を不審者だと信じて疑わないのだ」
「すっごい気が立ってる感じしたもんね。もう1人の後輩は?」
「丁重に断られた。やっぱ俺様は怪しいのか?」
「あはは、怪しいっていうのは確かにそうだよね」
にこやかに笑うレオシュの言葉に、カレルは苦い表情を浮かべた。
「――――とか言う会話してたのはいつの話なのだわ!?」
「先々月くらい……でしょうか」
「やってくれちゃったわねぇ……」
カヲリ、レイ、カナールの3人がモニター画面を見ながらつぶやく。
そこに移ったのは、ŠÁRKAに合流した1つの勢力。
「ヒラサカ・イザナ――生きてたなんて」
「わたし達が、スカウト失敗した2人もちゃっかり――入ってます」
「全く――何のためのワタクシ達なのだわ!? もっとしっかりしなさいよ!」
「アンタが出しゃばっても何も変わらないんだから仕方ないじゃない」
カナールの言葉は身も蓋もないが正論だった。
たとえ、カヲリがツバメ達のスカウトに出ていたとしてもカケラも耳を貸しはしなかっただろう。
「アンタってスズメともあんな仲なのに、あの妹とは絶対無理そうだわ」
「チッ、正論言ってくれちゃうじゃない」
「確かに突然ではあったけど――ここは利用させてもらうべきね」
「カラスバさん」
「今、世間もスヴェト教団もヒラサカ・イザナ一派に注目がいっているはず。アナタ達の監視がさらに厳しくなる前に、最後の準備をしておくわよ」
それからも戦いは続く。
イザナ達や悪魔2人組を仲間に加え、ŠÁRKAもかなりの大人数となっていった。
そして、スヴェト教団本拠地への襲撃――そこで手に入れた天使・悪魔装騎のリストはローラ達MaTySを通して、カヲリ達の元へも届けられた。
「ほらな、やっぱりスズメくん達は正しかっただろ」
「ワタクシだってスズメのことを疑っては無いわよ!」
「証拠っていうにはまだ弱くないかな? いや、十分に証拠っちゃあ証拠だと思うんだけど」
レオシュの言葉も尤もだった。
確かにそのリストは天使と悪魔をスヴェト教団側が用意し、演じさせているという決定的な証拠ではあった。
しかし、スヴェト教団を味方であると信じている大衆を説得するという意味では決定打ではない。
世間的にはŠÁRKAの方が決定的に悪者であり、両者の立場を決定的に逆転させるような絶対的な証拠――もしくは、絶対的な状況を見せなければ人々の目を覚まさせるのは難しいからだ。
それこそ、ŠÁRKAが天使装騎を倒したと思わせるために情報操作をしたスヴェト教団のように。
「だが、これで俺達のやることは決まっただろう?」
「そうよ。それに――何、スヴェト教団にグレーな部分があるのなら終わった後にいくらでも黒にしてやるわよ」
「あの、リンおばさん……それはちょっとどうかと……」
「レイ、私のことはお姉ちゃんと呼びなさいってずっと言ってるわよね」
「は、はぁ、お姉ちゃん」
「まっ、そこの腹黒ババアも言ってるようにだ、あとはなるようになるんじゃないか?」
「アンタ後で石抱」
「そこらへんは、カラスバさんやマルクト諜報団になんとかしてもらうしかない、ってことかぁ」
カナールの言う通り、それ以上の事はこのメンバーではどうしようもない。
「人も揃ってきた。作戦も整ってきた。あとは決行だけだな。俺の予定では、カラスバ・リンとローラ、あとはカヲリくんで3つ程実働部隊を組んでもらいたいと思っているのだが」
「は?」
「ん?」
「あら、その実働部隊とやらにはワタクシも含まれていて?」
「当たり前だろう。人は好かんが実力はスズメくんクラス――我々の主力だぞ」
「残念だけど、ワタクシはスズメの為に戦うつもりはないのだわ」
「ちょっとアンタ! 今まで協力してくれてたじゃないの!?」
唐突なカヲリの言葉に、思わず声を上げたのはカナールだった。
顔を真っ赤にするカナールに対し、しかしカヲリは澄まし顔。
「ワタクシはスズメの足を引っ張るのだけは嫌だから手助けしてただけ。直接スズメを助けになんてイヤなのだわ」
「こんな状況で……!」
「そうね。もっと状況が悪くなるか――面白いことになったら呼びなさい。その時は遊びに行って上げてもいいわよ」
カヲリは不敵な笑みを浮かべると、その集まりを後にした。
それから暫く、あの戦いが始まった。
海上施設に於けるŠÁRKAとスヴェト教団の戦い。
ŠÁRKAの逃走とスズメの拿捕。
そして――
「ふん、無様なのだわ」
「だが、アナタの望んだ通り、最悪で最高におもしろい状況じゃないかしら?」
「その通りだわ。良いわ、本気で協力してアゲル。このヴォドニーモスト・カヲリがね!」
使徒の列にスズメが加わったことで、カヲリが本格的に動き始めたのだった。
そして、装騎殿ゼブルに対するŠÁRKA、天使装騎部隊の共闘。
その後のŠÁRKAと天使装騎部隊の戦い。
カラスバ・リン率いる反抗部隊の一部がŠÁRKAに合流したのだった。
「カヲリ様は、カラスバさん達と一緒には行かないんですか?」
「いい、ナオ。切り札っていうのはね、ここ一番の時に切るものなのだわ。それに――」
「それに?」
「まだ、このチームは十分じゃないもの。あと一手――ワタクシにはやることがあるのだわ」