第19話:Chvalte Hospodina, Všechny Národy
-Chvalte Hospodina, Všechny Národy-
すべての異邦人よ、主をたたえよ
「一つ、任務をお願いしたいです」
ピピはそう言うと、手提げの箱を一つ取り出した。
透き通った白色にピンク色の蔦のような模様が描かれ、金色の文字で"Somua"と書かれている。
「あ、ソミュアのケーキ!」
「うん。4種セットが安かったから買ったのは良いんだけどさすがに1人では食べきれそうもない」
「ってアンタもしかして、ケーキを買った帰りに襲われたの!?」
「そうなんだよ……」
「それで……任務とは?」
真面目な表情をして尋ねるゲルダにピピは言った。
「もちろん、ケーキ4種の殲滅任務だ」
「ただのおやつタイムじゃん!」
「ですけど、ここのケーキ美味しいんですよー」
スズメはそう言いながら箱を開ける。
中に入っていたのはイチゴショート、チョコショート、ベリータルト、ティラミスの4種類。
「とりあえず、分けよう。どれが食べたい?」
「待った」
ゲルダの顔の前にビェトカが手を突き出した。
「いちいち話し合いだなんだで決めるのもまどろっこしいしここは……最初からジャンケンで決めましょう」
「ジャンケン……」
「つまり、買った人から好きなケーキを選んでいくってことですね!」
「そーいうこと!」
「わたしはケーキに拘りはないから、残り物でいいよ」
そう言ったのはピピだ。
「でもこれ、ピピさんが買ってきたんですよ」
「わたしはコーヒーがあればいいよ」
「よーっし、ならお言葉に甘えてジャンケンすっかー!」
「おー」
今ここに、ケーキを賭けたジャンケンの幕が上がった。
(まず最初の一手……これが肝心ですね)
(一手目から敗退だけはあり得ない……さぁ、何を出すワタシ!)
(まずは自然に身を任せる。そこで流れがわかるはずだ)
『最初はグー! ジャンケン……』
「グー!」
「チョキ……ッ」
「パーだ」
スズメがグー、ビェトカがチョキ、ゲルダがパー。
一手目は見事にあいことなった。
(互角……一対一ならまだしも三すくみじゃ、手を予想し辛いですね!)
(とりあえずここは……誰かに勝ち続けられる手を出せれば……負けることはないはず)
(欲を見せるな……さすれば勝ち取れるはず)
『あいこでしょっ!』
「攻めのグー!」
「よしっ、パー!」
「チョキだ」
(思い切っての2回連続グーでしたが……少し危なかったですね)
(ふぅ、なんとかスズメには勝てた。考えろワタシ……次にスズメに勝てる手を)
(パー、チョキと来たら次はグーを出すべきなのか?)
『あいこで……』
(押してダメなら……!)
(あの動き……グーじゃないっ)
(ほどよい甘さの中に広がる仄かな苦味……ソミュアのティラミスを食べずしてここで何を食べろと……ハッしまっ……)
「チョキです!」
「チョキよ」
「ッ……パーだ!」
結果は……ゲルダの敗退。
(くっ……素直にグーを出しておけば! 私はティラミスの誘惑に負けてしまったか……ッ)
ゲルダは余程悔しかったのだろうか、固めた拳をジッと見つめている。
そんなゲルダに構う余裕はスズメとビェトカにはない。
(よし……少し流れが変わって来ました!)
(状況はゲルダの負けでワタシ達は一見互角……だけど、スズメの手を読み間違えたのは、痛い!)
「やっぱり、最後にワタシの前に立ちはだかるのはスズメみたいね」
「はい……ここからは一対一……負けませんよ」
スズメとビェトカの間に緊迫した空気が流れる。
(ソミュアの定番と言えば、やっぱりカカオが香るチョコショート! 生チョコの柔らかい舌触りも最高なケーキ……ビェトカが、いえ、全世界の女子が見逃がす筈ありません!)
『ジャンケン……』
結果はパーとパー。
(イマドキ女子の流行りはなんていったってベリーヴェリーベリータルト! 可愛く写真を撮ってフォトステに流せばいいね間違いなしよ)
『あいこでしょっ!』
結果はグーとグー。
「スズメ、ずっとケーキのこと考えてるっしょ? さっきから涎でてるわよー?」
「それで揺さぶってるつもりですか? 涎とか出てませんしー」
(そういえばピピさんがコーヒーとか言ってましたね。ミルクを入れてチョコショートと一緒に頂いたらきっと美味しいはず……ッ!)
「ほい、あいこで」
「あっ! しょっ!!」
今度は互いにパーとパー。
スズメが咄嗟にグーを出すことを狙った手だったが、結果は引き分け。
「ズルいですよ」
「スズメがボーッとし過ぎなんだって。勝負に集中しなきゃね!」
(ちょっと潰れてるのは、転んじゃったー>_<とかドジっ娘属性付けて、ハッシュタグはソミュア、ケーキ、ベリーヴェリーベリータルト、あとは……)
「そう言うビェトカだって、恥ずかしいSNSに写真を上げることばっかり考えてるんじゃないんですか?」
「恥ずかしいってゆーな! てか、 なんでソレ知ってんの!? 教えてないのに!」
「友達がフォトステ始めましたーって通知来てましたよ」
「うぐぐ……通知機能め!」
「ちなみに私はチョキを出します! はい、あいこでしょ!」
「えちょっ……!」
結果は――パーとグー。
この戦いは――スズメの勝利に終わった。
「うわ、不意打ちだしチョキも出してないし卑怯じゃないの!?」
「勝てば官軍ですよ」
意気揚々とスズメはケーキ箱へと手を伸ばす。
ビェトカとゲルダが表情を強張らせて見守る中スズメは――チョコショートを手に取った。
「はぁ!? ちょっと待って! 何でチョコショート? ナンデ!」
「何でってチョコショートが好きだからじゃないですか」
「いやいやいや、普通に考えてイマドキJK☆の定番はベリーヴェリーベリータルトでしょーが!」
「何言ってるんですか! ソミュアのチョコショートは至高の逸品ですよ!? 色もスパローっぽいじゃないですかー!!」
「アルジュビェタもチョコショートが良かったのか……?」
口論する2人の間に、ゲルダが恐る恐る入ってくる。
「いんや、ワタシはベリーヴェリーベリータルトをご所望よ!」
「ティラミスではないのか!? あの仄かな大人の味わい――――あれこそ至高の一品だろう」
「チョコショートこそが最高です!」
「女子はベリーヴェリーベリータルト!」
「ティラミスこそ至高だろう」
何故かゲルダも巻き込み白熱する口論。
コーヒーを淹れ終わったピピがその様子を見て言った。
「自分が食べたいものが食べられるんだよね? よかったよ」
『たしかに……』
声をそろえる3人。
たしかに、それぞれが食べたいケーキを食べることができる。
それは、結果としては良かったのかもしれない。
しかし……
「争いは何も生みませんね……」
「虚しい戦いだった……」
「戦争に真の勝者はいないのかもしれないな……」
どことなく全身を苛む倦怠感と脱力感、無力感。
ピピの入れたロメニアコーヒーの苦みと、若干生ぬるくなったケーキの味わいが胸に染みた。
外も薄暗くなって来た頃、スズメは気分転換に街を歩いていた。
「本当は、あまり出歩かない方がいいのかもしれないけど……」
そう思いながらも、何故かじっとしていられなかった。
ひんやりとした風が肌を撫でる。
気付けば、ステラソフィア学園都市の一角にスズメはいた。
丁度ステラソフィア機甲科校舎が見える場所。
「あ、すみません」
人とぶつかった感触に、スズメは慌てて謝る。
「だいじょうぶです」
「気をつけられらよ」
ぶつかった方の少女は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
その側には何処か堅物そうな長身の女性。
まるで主人と従者のような佇まいだ。
「あれ……?」
ふと、少女の方が何かに気づいたようにスズメの顔を覗き込む。
スズメも少女の顔に見覚えがあった。
どこか気の弱そうな、髪を二つ結びにした黒髪の少女。
「サエズリ……スズメさんですよね」
少女の名はマティ・マチア。
以前、首都カナンの路地裏でレアカード狩りにあっていたのをスズメ達が助けたことがある。
だが、少女の雰囲気はその時とはどこか、なにかが違っていた。
「サエズリ・スズメだと……!?」
「使徒シモーヌ」
咄嗟に構える側の女性をマチアは毅然とした態度で制する。
「マチア……ちゃん?」
「スズメさん。率直に言います。わたし達と共にスヴェトの許へ来てください」
「何を……言ってるんですか?」
「わたしはスヴェト教団の使徒マチア――スヴェトの命を受け、スヴェトの意志を実行する者です」
「マチアちゃんは……スヴェト教だったの」
「はい。天使装騎グレモリー、それがわたしです」
天使装騎グレモリー。
それはフランクフルトで出会った天使装騎の名前だ。
アズルを歪曲させる能力を持ち、駆逐装騎ドンナーとの連携でスズメ達を苦しめた。
「それで……こちらの方はわたしの世話役をしてくれています。使徒ゼーロータ・シモーヌ。マルコシアスの使徒です」
使徒シモーヌがどこか不服そうにだが僅かに一礼する。
「それでスズメさん。どうですか? わたし達と共に来てくれませんか?」
「断ります」
スズメはキッパリとそう言った。
「なぜですか? わたし達と共に来れば、貴女の安全も生活も保障できます。幸せな日常に戻れるんです! それにわたしは……スズメさんと、争いたくない」
マチアの言葉は真実だと、スズメにはそう感じることができた。
マチアはスズメのことを思って言ってくれてるのだと。
「マチアちゃん達は新世界っていうのを、目指してるんだよね」
「はい。誰も傷つかず、誰も苦しまない世界……それが新世界です。私たちはその為に、天使装騎としての力を頂き、戦っているんです」
「天使装騎としての……力……」
「信じられないと思いますけど、主の祝福を受けた選ばれしものは天使装騎に……なんていうんでしょ、そう、変身……変身することができるんです」
「じゃあやっぱり、天使装騎は……ううん、悪魔装騎も人間が、姿を変えたものなんだね」
その事実は特に驚くべきことではない。
寧ろ、ディープワン工場での出来事や、偽神装騎の実験台とされたビェトカの両親ことを考えると、それは当然だった。
偽神装騎は、天使装騎や悪魔装騎を作るための土壌だと。
「スズメさんは、人を殺して良いような人じゃない!」
「ごめんねマチアちゃん。でもこれは……決めたことだから」
「どうしてですか。」
「私はスヴェトが信じられない。人々を実験道具にして、アナヒトちゃんをさらって、偽神を呼び出そうとして……今だってたくさんの人を傷つけてる」
「それでも……わたし達は新世界を目指さなくてはならないのです。そこでは、全ての人が救われるから」
「私の言うことを、否定しないんですか?」
「わたしはフェアが信条です。確かに偽神教も悪魔装騎もわたし達の許にあるものですから」
「辛くは……ないんですか?」
「辛くないわけ……ないじゃないですか」
「使徒マチア。これ以上無駄だ」
そこに割り込んで来たシモーヌの言葉にマチアは頷く。
「ごめんなさい、スズメさん。話は後でゆっくりしましょう」
スズメを取り囲む人々の視線。
それはおそらく、スヴェト教団の信者達だ。
「サエズリ・スズメを逃がすな!」
踵を返し、駆け出したスズメの背にシモーヌの声が響く。
スヴェト教団の信者は何か訓練でもしているのか、あるいは選りすぐりの者達を集めたのか、素人とは思えない動きでスズメを追いかける。
対するスズメも、ステラソフィア学園都市の地の利を活かしてなんとか逃げるが捕まらないだけで人数的にも状況はまずい。
(ここは私に任せなさい)
「分かった……スパロー」
不意にスズメの雰囲気が変わる。
「さぁ、ここからは"私"の時間よ」
スズメは――――いや、スパローは口の端をニィと歪めると、壁を蹴って急反転した。
勢い付けたスパローの肘打ちが、1人の信者を昏倒させる。
「ふふん、今は数を減らす!」
そう言うと、横に積まれてあった酒箱を蹴り倒し妨害。
その隙に再び駆け出した。
威勢良く戦うスパローだったが、殴り倒した信者の数が二桁に達した頃、さすがに冷や汗を流す。
(スパロー、数が全然減りませんよ!)
「信者の数が想定以上なんですよ! 割と本気なのね」
「然り……」
外套をなびかせて、低い姿勢でスパローを待ち構えていたのはシモーヌ。
どうやら誘き出されてしまったようだった。
「チッ……しょうがない、やるしかないわね」
スパローは腰からナイフを抜き取る。
非殺傷用のオモチャではなく本物のナイフだ。
(そのナイフは作業用!)
「人体解体作業?」
(違います!)
「いい、私。殺す気でかからないと……コッチが死ぬわよ」
「来るなら……来い」
シモーヌの言葉、態度、迫力には物凄い"重さ"が感じられる。
その実力は嘘ではない。
それに加えて、追いついた信者達がジリジリとスズメ=スパローへとその輪を縮める。
(さすがに殺しはNGですよ!)
「悠長ですね」
追い詰められた状況で、スパローは何をしでかすかわからない。
かと言って、スズメにも良いアイデアが浮かばない。
「殺すか……捕まるか……二つに一つね」
正直、スパローの言う通りだと……スズメが納得しそうになった瞬間、
「うわっ、なんですか!?」
吹き出した煙がスズメ=スパローの視界を遮った。
「スズメちゃん、こっちよ!」
煙る視界の中、急にスズメは手を引かれる。
「誰ですか!?」と聞く間もなく、引っ張られるがままに信者達の輪から抜け出した。
スズメを連れ出したのは女性。
顔を黒いバイザーで覆い、まるでコミックヒロインのようなコスチュームを身に纏っている。
「逃げた……追えっ!」
シモーヌの指示で早々に気が付いた信者がスズメ達を追いかけるが、
「させないわ!」
スズメの手を引いた女性が、手に持ったスリングショットから玉を1射。
「Sweet Dream♪」
その玉には何かしらの刺激物が入っていたようだ。
一撃を受けた信者は顔を覆い地面に倒れこんだ。
それから暫く、なんとかスズメ達はマチアとシモーヌ達を撒くことができた。
「えぇぇぇ!? え? ええ? ええええー!!!」
基地に帰って早々、叫び声を上げたのはビェトカだった。
「うるさいですよ」
「いやだって、その人アレでしょ? 今、巷で噂のスーパーヒロイン!」
「そう! 私は月夜の使者、正義のヒロイン! ミス・ムーンライト!!」
バーンと決めポーズを取るミス・ムーンライトに若干その場が変な空気に包まれる。
「コスプレ狂か?」
身も蓋もないことを言うゲルダに、
「カッコいいじゃん!」
ビェトカは何故かテンションが高い。
「もしかして、ファンなんですか……?」
「まぁね、その界隈では有名人だし」
「恥ずかしいやつですか」
「フォトステ!」
「それはそうと、何故彼女がスズメと一緒に? それも基地にまで連れてきたりして」
「えーっと、それがですね……」
スズメはこれまでの経緯を話した。
街でたまたま使徒に出会ってしまい、そして追われたこと。
それを助けてくれたのが彼女、ミス・ムーンライトだったことを。
「なんで連れてきたかって言われたら困るんですけど……着いてきたというか、なんか大丈夫な気がしたというか」
「危険だな」
「私は危険じゃないですー! 正義のヒロイン☆ですよ?」
「と言っても、敵じゃない証拠がある訳でもあるまい」
「そもそも何で私がスズメちゃんを助けたと思ってるの? 実は私! MaTySの特別諜報員なのです!」
再びバーンと勢い付けたその一言に、
「は?」
「ひ?」
「ふ?」
スズメ、ビェトカ、ゲルダは三者同様に疑いの目を向けた。
「へぇ、コーヒー飲むかな?」
「本当? ありがとー! Sweet Dream!」
「ロメニア系だからクソ苦いわよソレ……じゃなくて! ミス・ムーンライトがMaTySの諜報員だって!?」
「なんなら確認しても良いよ?」
ミス・ムーンライトの言葉に早速ゲルダがローラと通信をとりはじめる。
結果は――――
『ええ、確かにミス・ムーンライト嬢はMaTySの協力者よ』
とのことだった。
「えー、嘘ですよー! たしかに良い人っぽいけど……」
『確かに、性癖に難はあるけど実力は確か。彼女自身もサエズリ・スズメに協力したいと言ってるし――戦力にしてあげたら?』
「性癖に難って失礼な!」
そう怒るミス・ムーンライトだが、胸元を覆う布面積の少なさ。
更に、ヘソどころかギリギリ鼠径部が見える服装――確かに性癖に難が見られた。
「まぁつまり、身元も実力も保証できるってことね?」
『そうなるわね』
「ふむ……ミラがそう言うなら仲間に入れてもいいんじゃないか? リーダーの判断次第だが」
「そう、ですね……見た目以外は特に不足無いですし、それに……」
それに、スズメはどこかで会ったことがあるような気がしていた。
このミス・ムーンライトか――もしくはとても良く似た誰かに。
「わかりました、よろしくお願いします。ミス・ムーンライトさん」
「本当!? やったー!」
嬉しさのあまりか、ミス・ムーンライトがスズメへと抱き着いてくる。
「うわ、急になんですか!?」
そう驚きながらも、やっぱりスズメはどこか彼女のことを知っているような気がした。