第16話:Cherubové Boží Slávy
-Cherubové Boží Slávy-
栄光の姿のケルビム
「と言うわけで、"歪んだ権威を叩き潰す為の盾"シャールカの初作戦ねー」
6月21日水曜日。
ローラ達MaTySから一つの情報が寄せられた。
「あの、その歪んだうんぬんっていうのは何なんですか?」
「Štít Aby Rozdrtil Křivá Autorita! 略してŠÁRKA、カッコイイ!」
「カッコイイかどうかは置いといて、概要を。リーダー」
「はい。えっと、ベルギー市に悪魔装騎が出現しています。憲兵、国軍が対応しましたが全滅……死傷者は不明です」
「ベルギーって言ったら……いやいやいや、遠い! 遠いって!」
スズメ達が潜伏する秘密基地はマルクト共和国チェスク区カルロヴィ・ヴァリ近郊にある。
そこからベルギー市へは750km以上あり、到着まではさすがに時間がかかる。
「確かにこの距離は無茶がありますね。着く頃には終わってます」
ゲルダも冷静にそう言った。
「そうねぇ、マスドライヴァーでも使えれば……」
そんなタラレバを口にするビェトカだが、もちろんそんな施設は使えない。
「仕方ありません。とりあえず、できるだけ急いで向かいましょう!」
人々の喧騒の中にソレはいた。
『わたくしは悪魔! 悪魔装騎アンドレアルフス!!』
煌びやかに飾った扇子のような尾を持った悪魔装騎は自らの存在を誇示するように声を上げる。
言葉と共に、歪んだエネルギーが悪魔装騎アンドレアルフスの尾より放たれた。
「キャァァァァァァアアアア!!」
「た、助け……助けてェッ!!」
人々から漏れる恐怖の叫び。
それは悪魔装騎という存在に恐怖し、混乱しての叫び――とはどこか、何かが違っている。
異常な絶望、異常な狂乱、それは悪魔装騎アンドレアルフスの放ったエネルギーの所為だった。
悪魔装騎アンドレアルフスの力は人々の精神を過敏にさせ、恐怖を増幅するエネルギー波なのだ。
『やっと見つけのだわっ!』
『おぐっ!?』
突如、悪魔装騎アンドレアルフスの身体が錐揉みし、地面に倒れる。
何故か?
それは緋い装騎の放った飛び膝蹴りによるものだった。
蹴りとともに、悪魔装騎アンドレアルフスのエネルギー波の放出が止まり、人々の様子が少しずつ安定していく。
『さぁ、早くお逃げくださいまし! ここはアタクシ、天使装騎ゼパールが食い止めるのだわ!』
天使装騎ゼパール。
緋色の装甲に騎士風の装飾、両手には先が二股に分かれた剣が収まっている。
彼女の指示を受け、恐らくは部下であろうフロー型装騎が救助活動を始めた。
『天使装騎……よろしいでしょう。本気で行かせていただきましてよ!』
悪魔装騎アンドレアルフスがその煌びやかな尾を震わせると、色とりどりの羽毛のようなモノが舞い散る。
そこに魔力の灯火が映えた瞬間、羽毛は天使装騎ゼパール目掛けて宙を駆け出した。
『お行きなさいまし、わたくしの子分達!』
『甘いのだわ!』
ポーンと呼ばれた鋭い羽毛達を天使装騎ゼパールは両手に持った双尖剣ズルフィカールで打ち払う。
その剣さばきは華麗にして流麗。
流れる様な一撃一撃を組み合わせ、終わりの見えない舞を踊った。
しかし、悪魔装騎アンドレアルフスも負けてはいない。
『いつまで持つでしょうか?』
楽しむ様にそう言いながら、更に自らの尾を震わす。
気づけば、ポーンの数は農作物を喰い尽くさんとするイナゴの群れのように膨大になっていた。
やがて、天使装騎ゼパールの剣を避けたポーン達が少しずつ、だが確実に天使装騎ゼパールを削っていく。
それに反して天使装騎ゼパールはただポーンを防ぐことしかできない。
『数で押す……なんて下の下なのだわ』
そんな状況にあって、天使装騎ゼパールは口元に笑みを浮かべた。
『いい? 恋愛の極意を教えてアゲル! それはッ』
気合を入れるような叫びとともに、天使装騎ゼパールが一気に片足を踏み込む。
『押してッ!』
弾けるように駆け出した天使装騎ゼパールは、
『押してッッ!!』
滝のように向かって来る怒涛のポーン達を押しのけ、
『押しまくるッッッ!!!』
一気に悪魔装騎アンドレアルフスの目の前へと迫り、
『これがアタクシの、恋の正道なのだわ!』
二振りの双尖剣ズルフィカールを交差させるようにして悪魔装騎アンドレアルフスを切り裂いた。
天使装騎ゼパールは一息吐くように天を仰ぐと、ふと口を開く。
『あら、いささか到着が遅れたようですわね』
その言葉は誰に投げかけられたものか。
「ほら間に合わなかった!」
「うるさいです」
「悪魔装騎を――倒したんですか」
そこに佇むのは3騎の機甲装騎。
スズメの装騎スパローTA、ビェトカの装騎ピトフーイD、ゲルダの装騎ヴァルキューレだ。
『ええ、ソレがアタクシ達の使命』
「悪魔装騎はアンタたちの仲間っしょ? とんだ茶番だわ」
『茶番ですの……フフッ、天使が悪魔を討つ――それは当然のことなのだわ』
「貴女達はおとぎ話の再現をしたいのですか?」
『いいえ、"預言"の成就だわ。その為には――邪魔なアナタ方にも退場していただくのだわ!』
言うや否や、天使装騎ゼパールは両手のズルフィカールを大きく広げるような構えを取り、はじけ飛ぶように駆け出した。
「威勢がいージャン!」
天使装騎ゼパールのズルフィカールを装騎ピトフーイDの霊子鎖剣ドラクが受け止める。
アズルの輝きが弾け飛ぶ中、装騎スパローTAは高く跳躍。
「ムニェシーツ……」
そのまま天使装騎ゼパールの頭上を飛び越え、そして背後に降り立ち、
「ジェザチュカ!」
両使短剣サモロストを薙ぎ払った。
だがその一撃は、天使装騎ゼパールの左手の閃きによって阻まれる。
「ゲルダさん!」
「諒解……っ!」
スズメの呼び掛けに、ゲルダの装騎ヴァルキューレがネジの先のような武器刃を待つ小槍――貫槍ズムルズリナを走らせた。
「硬い……ッ」
その一撃は確かに天使装騎ゼパールの腹部に命中した。
しかし、
「シックスパックで防いだってーの!?」
『乙女にシックスパックなんてないのだわ!』
装騎ヴァルキューレの刃が通らない。
「ゲルダさん、アズルを!」
「なんとか……やってみる!」
アズルの容量も出力も、軍仕様の装騎である装騎スパローTAと装騎ピトフーイDには劣る。
加えて、アズルを"技能"として使う技術を持たなかったマジャリナ王国出身であるゲルダには感覚が掴めない。
『そんな余裕……与えてあげないのだわ!』
「しまった……フローが!」
人々の避難が完了したのだろう。
天使装騎ゼパールの率いていた装騎フロー隊が戻ってきた。
「……ッ! ビェトカ、ゲルダさん、撤退しましょう」
「全面同意ッ! ったく……覚えてなさいよ!」
「捨て台詞はどうかと思うが……同意だリーダー。退くぞ!
『ナッ、にーげーるーなー!!』
追撃してくる天使装騎ゼパールと装騎フローを振り切り、スズメ達ŠÁRKAは秘密基地まで逃げ切ったのだった。
「えっと、スタチュー・カサンドラ、ドレスデンでアパレルショップを経営……ですか」
「ホークアイ・ビショップ。大手IT企業勤務経歴あり、と」
「何々……レイトン・ダイア、フリーター……フリーターぁ!? もっとモデルー☆とかアイドルー☆とかマシなヤツあったっしょ! 何でよりによってフリーターなのよフリーター!」
首都カナンのやや郊外。
ファーストフード店マクロに変装した3人――スズメ、ビェトカ、ゲルダの姿があった。
それぞれが手にした情報端末の画面にはローラ達MaTySから送られたスズメ達3人の偽造ID情報が記されている。
「そうは言っても、仮のものなんですし経歴なんてどうでも良いじゃないですか……? 知らない人生を歩んだ新しい自分! ですよ」
「まぁ確かに、好きなスイーツやブランド、アーティストまで新しく選べると思えば、この"新しいワタシ"ってのがちょっと楽しみになるけどさ」
「こんな状況でよく楽しめるな……」
スズメの言葉にどこかワクワクする表情を浮かべ始めるビェトカにゲルダは呆れたようにため息を吐いた。
「それはそれとして、前回の戦いでは天使装騎が悪魔装騎と戦っていましたね」
気を取り直したゲルダの言葉にスズメとビェトカが頷く。
「そういえば確か――アモン、だっけ。アイツも悪魔装騎を倒すのに手を貸してくれたわね」
「はい。天使装騎ゼパールも"天使が悪魔を討つのは当然"みたいなこと言ってましたし……」
「そう言えば言ってたわね。あとは、"預言"がなんたらって」
「預言……彼女たちはその預言とやらに従って活動しているのだろうか?」
「そこらへん、スパローなら知ってんじゃないの? ねえスパロー」
ビェトカの呼びかけに、スズメの雰囲気がどこか変わる。
どこか冷たい刃のような雰囲気に彼女が現れたことを知らせた。
「知ってますよ」
開口一番スパローはさらっとそう一言。
「知ってるなら先に教えなさいよ!」
「だって聞かれなかったんですもの。まぁ、言ったところで意味はない、ですし」
悪びれた素振りも無く飄々とした態度のスパローにビェトカは既にいらだっている。
「私が話したスヴェト教団の目的を覚えてますか?」
「えっと確か、意識を統一して新世界を創るーみたいなこと言ってたっけ」
「そう。その方法を言ってなかったわよね?」
「どのように人々の意識を統一するのか――そういうことか?」
確かにスパローはスヴェト教団の最終目的を口にした。
だが、その方法までは言及していなかった。
スパローは「ええ」とゲルダの言葉を肯定する。
「待って」
スパローがその方法を告げようとした時、ビェトカがその言葉を遮った。
「てかさ、意識を統一とか言うけど、具体的にどういうことなのよ。意識を統一するって。みんな同じことしか考えられないようにするってこと?」
「大体は近いかもしれませんね」
「近いっていうと」
「スヴェト教の言う"意識の統一"とは、全ての人々を"一個の意思"へと昇華させること……預言とはその為の道筋みたいなものです」
「一個の、意思……」
「スヴェト教団は"神"と呼ばれる概念に対する"信仰"――それを多くの人々に楔として打ち込み、そこを起点に人々をある種の情報生命体へと変換しようとしている。その人々の意識が混ざり合った霊的コミューンこそがスヴェト教で言う"新世界"なのよ」
「よく分からないけど……まぁ、みんなで一つになりましょってことか」
「そして、人々に"神への信仰"を抱かせるために……」
「そうか、悪魔装騎と呼ばれる者たちが人々を襲い、恐怖へ陥れる」
「なるほどね。危険な事態、邪悪な存在に対面すれば神様助けて! ってなるって寸法ね」
悪魔を名乗る存在が現れ圧倒的な力で人々を恐怖に陥れる。
そして、天使を名乗る存在が現れ人々を救済する。
感謝と安堵は信仰へと繋がり、信仰は新世界への糧となる。
スヴェト教団が行おうとしていることは、それだった。
「あー、そっか。だからヤツらは偽神クトゥルフなんて呼び出そうとしてたのか」
ビェトカは何か合点がいったようだ。
「あら、意外と鋭いじゃないですか。そう、悪魔装騎と呼ばれる人たちはスヴェト教団の司祭で本来は"悪"を討つ天使装騎側の人々だった。なら、本来"悪"の役割を持つものはなんだったか」
「それが偽神クトゥルフって訳ね! そのために偽神教なんて作って、ディープワンとか研究して――――そして……ッ!!!!」
一瞬、ビェトカの表情に復讐者の影が過る。
ビェトカは元々偽神教に殺された両親の仇を取るために、偽神教を追っていたからだ。
「しかし、世界中の人々が"神"を信仰したとして、そこから人間の意識を1つにするなんてできるのか?」
そんな中、ゲルダが思った疑問を口にする。
「できるできないや、その手段は関係ないんじゃないですか。スヴェト教団はできると思っている。だからそんなことをしている。もうすでに事態は動いているのだから」
「そーね。スヴェト教のヤツらがどんな高尚な目的で動いてようと、ワタシ達が戦いをやめる理由にはならないしね」
「それはそうだな。実際、多くの人々が苦しんでいる訳ですしね」
「話はこれくらいですか?」
「まぁ、そうね。一応礼は言っとくわ。あんがとスパロー」
小さな会釈と共に、スズメから尖った雰囲気がスーッと引いていった。
「疑問は少し解消されましたけど――問題はやっぱり」
「戦力だな」
ゲルダの言葉にスズメは首を縦に振る。
「難しいわねー。ディープワンと戦えるくらいは実力があって、尚且つ国相手でも嬉々として戦ってくれそうな騎使となると……」
「ビェトカはそういうコネがありそうですけど、ないんですか?」
頭を抱えるビェトカにスズメは尋ねた。
「いや、使えそうな知り合いも何人か知ってるけどさー。大抵は傭兵だから金払わないと動いてくれないし、ヘタしたら敵に買収されかねないし」
ビェトカ自身、偽神教が絡みさえしなければ金さえ貰えれば働くタイプの傭兵だった。
それはビェトカの知り合いもそうなのだろう。
「損得抜きで動いてくれそうな人って言ったら師匠だけど……師匠は直接会いに行かないと連絡取れないし……あと扱いチョロそうな盗賊団がいたけど……ああ、アイツらついこの前ワタシが牢にぶち込んだばっかだダメだわ」
ブツブツと呟きながら必死で思考を巡らせるビェトカだが、なかなかいい宛はなさそうだ。
「ゲルダさんは」
「私もマルクトに来てからはレミュールさんくらいしか知り合いは居ない。それにマジャリナ軍の知り合いも――動いてくれるとは思えないな」
「そうですよねぇ……」
スズメもPADの画面を上下させながら、連絡帳を眺めるがさすがに助けを求められそうもない。
「実力だけで言えば私にも心当たりはありますけど、さすがに普通の学生を巻き込むわけにも行きませんよねぇ」
「ローラからの情報だけど、スズメの関係者は結構マークされちゃってるみたいだしね。憲兵からも監視が出てるとか」
「当然か。敵としても戦力を増やされたくもないだろうしね」
「監視があることで守ってもらえるなら好都合だと思った方がいいんですかね……」
「見方によっちゃ人質とも言えるけど――バカが自分から飛び出して来ないようにしてくれてるのはありがいかもね」
偽神事件の頃から、両足をこの騒動に突っ込んでしまっているスズメはともかく、それ以外の、何の関係もない友だちを巻き込むわけにはいかない。
しかし、スズメの友人の多くがスズメ達の状況を知ったら何を言わなくても首を突っ込んでくるのは明白だ。
「仲間集めは置いといても、監視が厳しいなら変装しててもツバメちゃん達に会いに行くのはマズいですよね……」
「やっぱ心配――よねぇ。かわいい妹に後輩だし」
「それにチョミちん達だって心配してると思いますし……授業の課題製作をやる約束もあったのに、残念ですよ……っていうか、先週って私の誕生日でしたね!? あー、アナヒトちゃんがケーキ作るって張り切ってたのに……」
ふといろんなことを思い出し、段々と身体から力が抜けていくスズメ。
「リーダー、こう言うのは憚られますが腑抜けてる場合ではないですよ。姿勢を正して」
「つってもさ、抜けるところは抜いて、楽しめるところは楽しまなくちゃ」
「楽しんでいる場合ではないでしょう」
「わー、ストップストップ! 私が悪かったですからケンカしないでくださいよ!」
どこか険悪なムードになりかけたビェトカとゲルダをスズメは慌てて制する。
「今日は買い物だけして"家"に帰りましょう」
「そーね。わざわざ目立つ場所に居続ける必要もないしねー」
席を立ち、ファーストフード店を後にするスズメ達。
生活必需品を買いに最寄りのスーパーへ行こうとした時、スズメは足元のなにか柔らかい感触に気づいた。
スズメが視線を落としてみると、その足元には一匹の猫がスズメの足へと頰を擦り付けている。
やや大きめな三毛猫……
「フニャちん!」
「にゃあ」
「お、フニャ猫ジャン。もしかして、飼い主を心配して探しに来たのかー?」
フニャトは頭を撫でようとするビェトカの手を払いのけ、手を伸ばすスズメの胸へ嬉々として飛び込んだ。
「リーダーの飼い猫ですか」
「うん! 猫のフニャト。だからフニャちん!!」
「フ、フニャちん……?」
変な表情を浮かべるゲルダをよそにビェトカがポンと手を打つ。
「あ、そうだ! 偽神教ん時のアレ、使えないかな?」
「アレって……アレですか」
「アレとは何ですか?」
「大丈夫? フニャちん」
「にゃあ」
スズメの問い掛けにフニャトは両前足を高く上げた。
「だからアレとは……」
話の見えないゲルダがそう訪ねた時、不意にPADから呼び出し音が鳴り響く。
「敵ねっ!」
「行きましょう!」
3人は頷きあうと路地裏へと駆け込んだ。
「緊急連絡で路地裏に飛び込み、装騎に乗り込む……ワクワクしてきたよ。認めたくないですが」
「次の出現場所はロシュトック、ですか。また微妙な位置ですね……」
「着いた時には決着が――など困るぞ」
「全くだわ! あー、マスドライヴァーでも使えたらなー。つーかーえーたーらー」
『使えるぞ』
不意に、スズメ達の元に1つの通信が入った。
モニターに映し出されたのは、堂々とした佇まいで豪華な椅子に踏ん反り返る少年。
「カレルさん!?」
リラフィリア機甲学校チーム・ウレテットのリーダーにしてイェストジャーブ財閥の御曹司イェストジャーブ・カレルだった。
「うわ出た!」
『出たとは失礼な』
「カレルさん、マスドライヴァーを使えるって……」
『ああ、"前回"と同様、我々イェストジャーブ財閥の輸送用マスドライヴァーを貸与しよう』
そう言うカレルだが、スズメ達には懸念もある。
「貸してもらえる……のは良いですけど、もしもバレたら」
『ただじゃあ済まないだろうな。だが大丈夫だ。何故オレが憲兵の監視も掻い潜り、こうして通信ができていると思う?』
「あ! アンタ偽神教ん時、MaTySとパイプ作ったでしょ!?」
『はっはっはっ』
「ちゃっかりしてますね……」
『本当は直接現地まで送ってやりたいが、オレ達が送れるのはイェストジャーブ財閥の施設までだ。あとは、そこから地下ルートを使って最寄りのグローリア基地へ行くことになる』
これはマスドライヴァーの弾道から発射施設が敵にバレるのを防ぐためでもあった。
「十分です。ありがとうございます」
「アンタもたまには役に立つわねー」
『何を言ってる。オレ様はいつでも役に立ってるじゃないか』
「ま、本当のこと言えば前の出撃の時に貸してほしかったんですけどぉ!」
『仕方あるまい。オレ達にもリスクが伴うことだしな』
「話はそれくらにして、次こそ挽回しましょう!」
スズメの言葉にビェトカとゲルダは頷くと出撃の準備へと取り掛かった。
その脚は俊足。
その身は柔軟。
その牙は獰猛。
吠えるように駆ける一騎の悪魔装騎がそこにはいた。
『ワレが名はハウレス! 悪魔装騎ッハウレスッ!!!!』
怒号のように名を叫び、縦横無尽に街を疾る。
喰い散らかされたような憲兵装騎の残骸が、音速の衝撃に吹き飛ばされて宙を舞った。
悪魔装騎ハウレスは本能に従うまま、野性の勘に従うままに跳躍する。
その瞬間、悪魔装騎ハウレスが今まで居たまさにその場所に穴が穿たれた。
『キたか……ッ』
「今度の敵はタイガーマスクってワケ?」
「あれはトラじゃない。ヒョウよ」
「同じようなモンじゃん?」
「模様が全然違う」
「それよりもあの悪魔装騎、凄い身体能力ですよ!」
スズメの言う通り、悪魔装騎ハウレスの身のこなしは凄まじいの一言に尽きる。
あらゆる能力が高水準で纏まっており、攻撃を加えようとしても野性の勘としか言えない素早さで避けられる。
人間業ではない急激な動きなど、まさに野生生物と言った特性を強く持って居た。
「なるほどね、野生パワーってヤツね!」
「実際の生物でも仕掛けを見破る賢さ、そして獲物を鮮やかに狩る獰猛さを持つ特に強力な個体がいることがある……まるでその脅威を装騎に宿したかのようだな」
動きは大胆……しかし、スズメ達ŠÁRKAが攻撃に転じようものなら繊細に動きを探り、隙を与えない。
「なかなか強い。ですけど……今回ばかりはタイミングが悪かったですね」
「そうね。目には目を、歯には歯を、野生には野生を……先生、お願いします!」
『Goaaaaaaaaaaaaa!!!!!』
街中に響き渡った咆哮。
跳び出してきたのは1騎の機甲の獣。
『ケモノ型の機甲装騎だトッ!?』
「いっけぇ、装牙リグル!」
それは偽神クトゥルフの戦いで用いられたフニャト専用機甲装牙ティグル――その改良型装牙だった。
動作試験用の装牙ティグル、武装試験用の装牙レフを経て作られた装牙リグルには、新たな能力が備わっている。
それが――
『Guaaa!!』
装牙リグルの叫びと共に"鬣"のように刃が広がった。
全身を包み込む超振動ブレードの鎧――その名はスタイルエッジ。
それが、装牙リグルに追加された新武装だ。
「言うなれば、装牙版ブレードエッジって感じですね」
スタイルエッジを展開した装牙リグルの背中に風の唸りが吸い込まれ、アズルへと変換され装牙リグルを後押しする。
『やるカ……っ!』
それに対し、悪魔装騎ハウレスも前傾姿勢で装牙リグルを迎え撃つつもりだ。
そして、装牙リグルと悪魔装騎ハウレスの一撃が交差する。
『Gooooaaaaaa!!!!』
『ウガァァァアアアア!!!』
互いに激しく跳躍し、本能と敵意の赴くままに牙と牙をぶつけ合う。
「こりゃあ、人間同士の戦いじゃあないわね」
野生生物同士の容赦のない戦いを装騎サイズで再現したような強烈な戦い。
時折、装牙リグルがアズルの輝きを、悪魔装騎ハウレスが炎の揺らめきを放つことから、装騎同士の戦いだと辛うじて知ることはできた。
もっとも、第三者がこの戦いを見ても装騎同士の戦いだとは思えないだろうが。
「援護しますか?」
「ううん。フニャちんが負けるわけない。大丈夫です」
スズメのその自信はどこから来るのかわからないが、主の期待に応えるかのように装牙リグルのアズルの輝きがより一層強まる。
「まさかアレって……」
「限界駆動!!」
『Ggggggggurrrrrrrrrrrrrrr』
装牙リグルのスタイルエッジも蒼く輝きを帯び、そして悪魔装騎ハウレスへと飛び掛かった。
「いけぇー、ニャオニック・ブレードアターック!!」
「そんな技名?」
瞬間、スタイルエッジから伸びたアズルの刃が悪魔装騎ハウレスを貫き、絡めとる
動けなくなった悪魔装騎ハウレスへ刃となった装牙リグルの強烈な一撃が命中し、その身体を切断した。
SSSSS~第五回~
カレル「なぁ、スプレッドみたいに空を飛ぶ装騎って作れないのか?」
ローラ「難しいわね。私の装騎スプレッドは空を飛べるけど結構無茶してるのよアレ」
カレル「そうなのか?」
ローラ「そうなの。私が膨大な魔力と風と火と無の三重適正で無理くり飛ばしてるものなんだから」
ロコ「データ上だと朱いスパロー型も空を飛んでましたよね?」
ローラ「あれはアズルで無理やり飛ばしてるんだろうけど、それにしては出力高過ぎ。今の技術力じゃあんなの造れないわ」
ロコ「っていうか、急にどうしたの? 空を飛ぶ装騎だなんて」
カレル「わが社では装騎の飛行技術に着手していてな。つい先日、滑空用ユニットが開発できたのだが――やはり問題は出力か」
ロコ「出力もそうだけど、それに騎使自体、装騎自体が耐えられるかって問題もあるよね」
ローラ「そうね……姿勢の制御は置いといて、飛ばす出力を出すだけならサエズリ・スズメがやったような無限駆動と水宝駆動の重ね掛けでもなんとかなるかもしれないけど」
カレル「数日持たないな」
ロコ「やっぱり現実的なのは、鳥型装騎、かなぁ……」
ローラ「装騎自体が鳥型で、よしんば飛ばせるように造れても、騎使が鳥じゃなかったら無理じゃないの」
ロコ「騎使が鳥……やっぱ無理、かなぁ」
カレル「動物が装騎を動かすなんてバカげてるぞ」
ロコ「そうだよねぇ」
注)機甲装牙ティグル、リゲルの開発者です。
ローラ「とりあえず、今日は解散しましょう」