第10話:Vyvýšený nad Všemi Národy
Vyvýšený nad Všemi Národy
-すべての民の上に高くいます-
「うーん、今日もいい天気だわー」
朝日が差し込むベランダで、心地よい風を受けながら、ワタシは大きく伸びをする。
ワタシはピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ。
このステラソフィア女学園機甲科チーム・ブローウィングの4年生だ。
元々は傭兵をしていたのだが、戦争も復讐も終わった今どういうワケか学園生活なんかに興じている。
「やることないし……散歩でも行っか」
学園生活が始まってからワタシはこのステラソフィア学園都市や、マルクト共和国の主要な都市を探索するのが趣味になりつつあった。
元々探索は得意だと思っていたけど、それが好きになり始めるとは傭兵をしてた頃には思いもしなかった。
「諜報の為じゃなくて、楽しみの為に街を歩く、かぁ……まだちょっとヘンなカンジ」
ワタシがまだルシリアーナ帝国に所属する傭兵だったころ、諜報活動の一環としてこのステラソフィア学園都市や、当時は「神都」と呼ばれていた首都カナンを訪れたこともある。
その時は、変な女子に男だと間違われた挙句、気が付けば彼氏にされたりと散々な目にあったのを思い出した。
確か、彼女もステラソフィア生だったはずだ。
「マーキュリアス、クイーンね……」
ワタシは機甲化前の広場に建てられた慰霊碑に刻まれた名前を読み上げる。
この慰霊碑はステラソフィア機甲科再開に合わせて、スズメと偽神教との戦いでも協力してくれた友人たちによって寄贈されたものらしい。
ふと、慰霊碑に一匹の蝶が止まった。
鮮やかな色合いの蝶が羽を2、3ゆっくりと上下すると、再び空に向かって飛び上がる。
「さぁーって、行くかッ」
それを見送ったワタシは首都カナンの方に出ることにした。
機関車に揺られる中、段々と眠気が強まっていく。
「声をあげるんじゃあないよ!!」
激しい喧噪にワタシは目を覚ました。
張り詰めた空気に、眠気が一気に吹っ飛ぶ。
まるで、死が隣り合っているような緊張感。
「わたしたちはシャダイ派組織シュメッターリング。申し訳ないがキサマらには人質になってもらう」
「これは……ハイジャック……?」
怯えた乗客の表情、手に武器を携え顔を隠した女性たち。
まず間違いなく――この機関車はハイジャックされていた。
そう言えば、テレビで聞いたことがある。
マルクト神国から共和国へと移り変わる中、神国時代を神聖視しマルクト共和国に対する反抗活動をするシャダイ派と呼ばれる一派が存在することを。
また、シャダイ派を名乗り、集団、あるいは個人の利益のために略奪行為などを行う組織のことを。
「全く……とんだ災難だわ」
そう呟きながらワタシは気を落ち着かせて状況の把握に専念することにする。
ワタシが座っている座席は先頭車両の両側面に沿って設置された長く続く座席の最後方。
先頭車両である1号車と2号車を繋ぐ扉が、ワタシのすぐ右前に閉じている。
今、この車両にいるのは斧を手にした女性が2人だが、後続車両にも手下がいるかもしれない。
確かこの機関車は4両編成だったか……。
「せっかくの休日をこんなことで潰されるのは――癪だわ」
「おい、キサマ」
不意に、ワタシの鼻頭に斧の刃が突き付けられる。
「喋るな。次喋ったら――殺す」
口元を隠すだけではなく、左目に眼帯をした女性。
先ほど、リーダー格のように振るまっていた女性だ。
彼女の言葉に、ワタシは両腕を掲げる。
この状況をワタシ一人が突破するのは容易いけど、それ以前にその女性にどこか見覚えがあった。
「ん? アンタもしかして、アンジー?」
「なんだキサマ、わたしの名を気安くとは――誰だ」
「ワタシワタシ! アルジュ!」
「死毒鳥!? 本人か!!??」
思い出した。
彼女の名前はアンジェラ。
界隈では有名な盗賊団バタフライの団長であり、傭兵をしていた頃何度か手を組んでマルクト神国を初めとして様々な国の組織への略奪行為を働いたものだ。
彼女自身も傭兵のようなことをしており、ある意味では腐れ縁とも言える相手なんだけど……。
「まさかこんな処で会うなんてね……」
「フン、キサマこそ可愛くおめかしなどして――死毒鳥の名が泣くぞ」
「アンタは相変わらず盗賊? っていうか強盗? いや、こんな列車襲っても旨味ないっしょ」
「仲間が投獄された。わたしたちは仲間を諦めぐふっ!?」
「そういや、アンタの眼帯って階層どうなって――ってもう気絶してるジャン」
ワタシの一撃でアンジーは昏倒。
あともう1人のアンジーの部下――ああ、思い出してきた思い出してきた。
名前はヘレンだったかセレンだったかが呆気にとられた表情でこっちを見ている。
「いや、エレンだっけ?」
とりあえず、ワタシは素早くスカートの裏からワイヤーを抜き取ると、それを鞭のようにしてエレンだったかセレンだったかヘレンだったか――
「あ、イサドラだわ」
訂正、イサドラに叩きつけた。
アンジーとイサドラを縛り上げ、ワタシは後続車両をそっと覗き込む。
「この感じだと、あと3人かなぁ……まっ、なんとかなるっしょ。顔馴染みだし」
いや、冷静に考えるとこれは根拠にはなってないな。
まぁ、ここはさっさと片付けてさっさと休日を謳歌するに限る。
「アホーイ、クリス~!」
「わたしはクララ! ってアルジュビェタさ――ぐほっ!?」
「えっと、ルーシーだっけ?」
「レイラです! ピトフーイさんお久しぶげぼっ!?」
「アンタは覚えてる。クリスティ~ナァ!」
「フローレンスなんごふっ!?」
いやぁ、ヤバい。
年のせいか誰1人として名前を当てることができなかったヤバい。
「ワイヤーは百発百中だったけど」
と、言うことで全員縛り上げて先頭車両に集めておく。
これで憲兵が来たら簡単に連れて行けるだろう。
ん、そうか。
憲兵が来るのか。
別に今のワタシは傭兵でもスパイでも何でもない。
だから、憲兵が来たところで何も――いや、何もなくはない!
「いらない事情聴取とかやっぱされんのかなぁ……うーわ、それは嫌だわ」
このイレギュラーな状態。
大事な休日が潰されそうなのは明白。
とりあえず、この盗賊たちも一網打尽にしたことだしとるべき手段は……
「逃げよう」
ワタシは列車の窓を一つ、大きく開く。
何事かと周囲の人々が目を開いているが気にしない。
ワタシはそのまま――機関車から飛び降りた。
見よ、傭兵生活で身に着けた超実践的受け身を!
いや、小説だから見えないのか。
「さて、ここはどこだぁ?」
とりあえず、どこかの住宅街の裏手のようだが見覚えのある場所ではない。
こういうハプニングと見知らぬ場所を歩いてみる――というのも楽しみではあるけどね。
とりあえずワタシはSIDパッドを取り出して現在地を検索する。
いやぁ、便利な世の中になったものね。
「カナンの外れかぁ。思ったよりは近場ジャン」
現在地も分かったことだし、ここら辺を探索してみることにした。
さすがに、住宅街で人んちの周りをウロウロしてたら怪しまれるかもしれない。
住宅街の探索はほどほどに、都市部を目指して歩いてみる。
「お、路地裏」
気になる路地裏があると、そこに入ってみながら。
何かあったときの為に、こういう路地裏は色々探索しておいて損はないからね。
「いや、何もないのが一番だけど……」
割と諜報活動だったり作戦行動で都市を散策していた頃のクセなのかもしれない。
楽しい発見があったりするのはもちろんそうだけど。
「おい、テメェ。さっさとここから出ていきな」
ワタシの推測が正しければ、ここからカナンの都心部に出られるはずだ。
「おい、聞いとるんかワレ!?」
「アレ、違った。……あ、曲がり角があるのか」
「おい、いい加減に――ぅぐっ」
背後で何かが倒れたような音が響く。
「リーダー……!」
タタタタターと数人が駆け寄ってくるような足音が聞こえる。
「テメェ、よくもリーダーを――うげっ!?」
なんか女の声でなんか言われた気がしたけど、すぐに聞こえなくなった。
それからも背後で何人かが倒れる音と呻き声が聞こえるが、まぁ特に何もないだろう。
「お、予想通り!」
「って、オイ、マジでそこから先は危な――」
「うわ、何ココ――不良のたまり場?」
「アアン? なんだテメぐげぇ!?」
「なんかうるさいコバエが多いわ……」
ワタシはコバエを払いながら、周囲の様子を観察する。
なんかやけに手ごたえの重いコバエだ――とかふざけてみながら。
「うーん、意外と面白かったわ。うげ、なんか踏んだ」
下を見てみると、それは人だった。
柄の悪そうな見るからに不良~ヤンキ~って感じの人間。
「まぁいっか」
「お、おい、何もんだオマエ!」
最初にすっ転ばせたグラサンが叫ぶ。
その背後にはグラサンの部下と思しき人影が3人。
雰囲気的には今、足元に転がってるヤツらと似た雰囲気だが仲間だろうか?
「アイツ……ステラソフィア生だ。サエズリ・スズメと同じ」
「うわ、マジかよォ。なんかオレらってステラソフィア生に縁ありすぎだろぉ」
「"オレら"っていうか、リーダーがな気もするんだけど……」
「まぁ、アタシらがぶっ飛ばす手間は省けたしいいんじゃねーの?」
「ん? アンタらスズメの知り合い?」
「げっ、サエズリ・スズメの知り合いかオマエ……どおりで……」
この不良たち、スズメの知り合いなのか……割と変な人脈があるわねスズメは。
それに、ワタシがのしたヤツらとは敵対関係だったみたいね。
どーでもいいけどさ。
「ワタシ急いでるからじゃあねー」
急いでるというのは嘘だが、友だちの友だちと楽しくお喋りする趣味はない。
ワタシはそのまま都市部に向かって再び歩き始める。
のんびりした休日――というには動き回り過ぎたけど――
「ま、それなりに楽しい休日だわ」
ふと、土産物屋が目に入る。
「そうだ」
後輩たちにお菓子でも買っていこうか。
「あ、ねえねえ、この豚骨ラーメン風味チョコレートって面白そうだけど、アンタはどう思う?」