第9話:Nepřestáváme v Modlitbách Prosit
Nepřestáváme v Modlitbách Prosit
-絶えずあなたがたのために祈り、願っています-
「んぅ……」
朝。
静けさの中で彼女は目を覚ました。
チーム・ブローウィング所属の2年生オオルリ・アオノだ。
「6時25分……」
枕元に置かれたSIDパッドにはそう表示されている。
「アラーム5分前……今日は調子がいいであります」
アオノは飛び起きると、パジャマを脱ぎ捨てジャージを着こんだ。
そろそろ先輩が起こしに来る時間だ。
コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「アオノちゃん、起きてる?」
「はい、ばっちりであります!」
アオノは扉を開く。
そこには笑顔を浮かべるスズメが立っていた。
「それじゃあ行こっか!」
「はい!」
ステラソフィアに入学して2か月が過ぎようとする中、朝のジョギングがアオノの日課になっていた。
憧れのスズメと、肩を並べて走る時間。
それは至福のひと時と言っても過言じゃない。
「見て見て、あっちの葉っぱにテントウムシがいるよ」
「テントウムシでありますか?」
スズメが指さした植物――よく見ると、確かにテントウムシがとまっている。
「よく見つけたでありますね!」
「虫がいるところってなんか違和感があるからね。その感覚が掴めれば意外と見つかるものだよ」
「もしかして、そういう感覚が鋭いから、スズメ先輩は装騎バトルも強いのでありますか!?」
「えー、どうだろ」
小休止もほどほどに、再びジョギングを始めるアオノとスズメ。
ステラソフィア機甲科寮の周辺を走り回り、7時を過ぎたころにブローウィングの寮室へと戻った。
「おっはよー」
寮室に入ると、ビェトカが柔軟体操をしていた。
「おはよ、ビェトカ」
「おはようございます!」
「ツバメちゃんは?」
「まだ寝てるわよ」
「だよね」
スズメはそう言いながら、自分の部屋へと着替えを取りに戻る。
アオノも部屋に入り、用意してあった着替えをとった。
「アオノちゃん、シャワー先に使うね」
「はい!」
スズメはシャワー室へと姿を消し、リビングにいるのはアオノとビェトカの2人になる。
「よーっし、んじゃあ次は柔軟の時間かな?」
「よ、よろしくお願いするであります!」
ビェトカはアオノたちがジョギングから帰ってくると大抵、筋トレ後の柔軟をしている。
スズメがシャワーを浴びている間の短い時間、アオノはビェトカのストレッチに付き合うのだ。
と、言っても――
「痛い痛い痛いっ!」
「本当、体かたいわよね。これでも優しくやってる方なんだけどなぁ」
専ら、身体がかたいアオノが、ビェトカに背中を押されるだけの時間になっている気もするけど。
「スズメはもっとガッてやるっしょ?」
「す、スズメ先輩は結構Sでありますからね……」
「違いないわ」
実際、以前スズメに柔軟運動を手伝ってもらった時は痛がるアオノにスズメは嬉々とした表情を浮かべていた。
そして最終的にはプロレス技をかけられているような状態になっていたりと、趣旨がズレはじめる。
対してビェトカは、大胆な行動を多くとるわりにこういう対応は丁寧。
アオノもテレビなどで噂に聞いたマルクト殺しの傭兵「死毒鳥」がこのビェトカだとはにわかに信じられなかった。
「まぁ、アオノはまだいい方かもよ? ワタシがスズメに柔軟頼んだら、初っ端からコブラツイストとかされかねないもん」
「色々間違ってるでありますね……」
「たまにズレてるからなぁ、スズメは」
アオノとビェトカがそんな会話をしていると、シャワー室の扉が開く音が響いた。
「アオノちゃん、空いたよー」
「分かったであります!」
アオノはビェトカに礼を言うと、シャワー室へと足を運ぶ。
それから暫く、アオノがシャワーを浴びて出てくると、香ばしい匂いがアオノの鼻をくすぐった。
「スズメ先輩! 配膳、お手伝いするでありますよ!」
「うん、ありがとうアオノちゃん」
スズメと一緒に出来上がった朝食をダイニングテーブルまでもっていく。
「今日は、トーストとスクランブルエッグぅ? 割とオーソドックス」
「文句ですか?」
「ちがいまーす!」
テーブルではビェトカが体をゆすりながら朝食を待ち望んでいた。
ビェトカは食べるのが割と好きなようで、食事前後は本当に幸せそうだ。
「ツバメちゃん起こしてくるから、先に食べててー」
「ほーい、いただきまーす!」
それからしばらく後、ツバメの部屋から激しい物音が聞こえてくるのが日課になっている。
さすがに慣れたアオノとビェトカはそれをよそにスズメが作った朝食を口にした。
「うー、おはよぉ……」
「おはようございますです!」
「おっはよー、アンタ本当朝弱すぎ」
「うっさいわね!」
ツバメは瞼をこすりながら席に着く。
隣にスズメも腰かけ、挨拶をすると朝食を口にした。
「なんか面白いテレビとかないのー?」
その頃にはすでに朝食を食べ終えたビェトカが、テレビのチャンネルをあっちこっちに変えている。
「日曜朝はニャオニャンニャーですよ!」
「あー、今日は日曜だっけ……」
この事に関してはここにいる誰もが反抗できない。
ビェトカは大人しくスズメの指示するチャンネルへと変えた。
それから暫く、勇ましいナレーションと共にニャオニャンニャーが始まる。
「そういえば、ニャオニャンニャーって今どーなってんの」
「今は、ダークニャンニャーっていう敵が出てきてるんですよ!」
「ニセモノ?」
「未来世界から来たニャオニャンニャーを自称してる謎の敵でありますよ! まだまだ正体は不明でありますから、これからでありますね!」
「ふぅーん」
「こんな子ども向けアニメの何が楽しいのかしら」
アオノやスズメがこういうアニメが好きなのは当然として、ビェトカもコミック収集してたりとこういう趣味には理解がある方だ。
そんな中、ツバメはスズメを異常に慕っている以外、趣味嗜好としては割とノーマル。
だからこそ、このメンバーの中だと孤立することも多く感じる。
アオノはツバメのこういう所を心配していた。
「そういえばツバメさんはスズメ先輩以外に好きなものってあるんですか?」
「何言ってるのよ、無いわよ!」
訂正、きっとこのメンバーじゃなくても大方孤立するかもしれない。
しかし、最近はツバメにも友だちができたという話も聞くので、同じチームの先輩としてはどこか安心もしている。
こんな態度のツバメだが、本質的にはいい後輩なんだとアオノは本気でそう思っている。
「なんでありましょう?」
不意にアオノのSIDパッドがメールの着信を知らせた。
「ちょっと出てくるのでありますよ!」
アオノは食べ終わった食器を片付けると、寮室を飛び出す。
「いってらー」
「いってらっしゃーい」
「はいはい」
2人の先輩と1人の後輩に見送られ、アオノはメールを送った友だちの元へと向かった。
アオノは機甲科寮の裏――そこに設置された人工ビオトープへと向かう。
そこでは1人の女子生徒がアオノを待っていた。
チーム・アマリリス所属の2年生アラーニャ・イ・ルイス・アナマリア。
この人工ビオトープを設置した張本人だったりする。
「どうしたのですか、急に呼び出したりして」
「お、アオちゃん! 実は珍しいカメが手に入ったのさ」
「今度はカメでありますか……?」
このアナマリアはよく珍しい生物や変な生物を捕まえてはアオノに見せてくる。
アオノもアナマリアがどんな生き物を見せてくれるか楽しみではあるのだが、心配事もあった。
「そう! ドジャーンこれでーす!」
アナマリアが取り出した檻の中には、黄金に輝くカメが入っている。
「おお、なんか縁起よさそうでありますね!」
大きさは一抱えほどで、ぱっと見美しいカメだが、そのカメを間近に見てみてアオノは考えを改めた。
鋭い目つき、凶悪そうな顎、頭部が逆立った髪のようにトゲトゲしている。
「あの……このカメ、見るからにヤバそうなのでありますが……」
アオノがそうつぶやいた瞬間、その金ピカのカメが勢いよく檻に噛みついた。
「爬虫綱カメ目ギルガメ科ギルガメ属のキンピカオウギルガメさ! バビロニアン・キング・タートルとも呼ばれる激レアなカメなのさ!」
「キ、キンピカオウギルガメ……」
「性格は極めて凶暴。その顎の破壊力は同族の殻をも喰い破るのさ」
「超危険生物じゃないですか!」
「このギルガメを今からビオトープに放すさ」
「放さないで!」
「確かに凶暴だけど、池の生き物を食い散らかしたりはしないさ!」
「そうなのでありますか?」
「ギルガメはプライドが高いからある程度大物じゃないと餌として食べない習性があるのさ。ここにいる生き物は雑魚だらけだから、食い尽くされる心配はないのさ!」
「へぇー、面白いカメでありますねぇ」
「そうさ! 言うまでもないと思うけども、多頭飼いは共食いしちゃうからダメなのさ」
「うげ……」
そんな会話をしながらも、アナマリアは檻の鍵を外し始める。
「ただ、一つ問題があるのさ」
「なんでありますか?」
「ギルガメは大物を狙う……つまり、腹を空かせていたら人間でも襲うのさ!」
「超危険生物じゃないですか!?」
「そして、今からビオトープに放すさ」
「放さないで!」
「確かに凶暴だけど、池の生き物を――」
「会話がループするでありますよ!! じゃあなくて!」
アオノはアナマリアを諭すためにその両肩を掴んだ。
「いいでありますか? ここのビオトープの周り、囲いとかあるでありますか?」
「ない」
「ギルガメはこの拓けた場所に放すのでありますよね?」
「そう」
「ここからギルガメが、例えば寮の方に行ってしまうって可能性は」
「高い」
「そこで人と鉢合わせしたらどうなるでありますか?」
「襲う」
「このカメは返してくるのであります」
「えええええええ! いやに決まってるさ! キンピカオウギルガメさ!? 王の財宝とまで言われるあのキンピカオウギルガメを手放したくないさ!」
「それなら責任をもって自分で飼うのでありますよ」
「うちの部屋はもういっぱいいっぱいさ!」
「ならせめて、檻に入れるとかするでありますよ」
「かわいそうさ! 自然のものをそんな囲いに閉じ込めるなんてかわいそうさ!」
「なら、元いた場所に返してくるでありますよ」
「いやに決まってるさ! キンピカオウギルガメさ!? 王の財――」
「だから会話がループするでありますよ!!!」
「あー、うちのギルガメっちぃ~」
アオノの手を振り払うと、アナマリアは檻の前に屈みこむ。
「……あれ?」
「どうしたでありますか?」
「キンピカオウギルガメが――いないさ」
見ると、何かが地面を通ったようなあとが機甲科寮表に向かって続いていた。
「や、ヤバいでありますよ!」
「これは大変なのさ!!」
アオノとアナマリアは2人揃って一気に駆け出す。
その後キンピカオウギルガメを探し、機甲科寮中を走り回ったのだった。
「はぁ……疲れたのでありますよぉ」
チーム・ブローウィングの寮室に戻ってきたアオノは疲労困憊。
冷蔵庫に入っていた牛乳をコップに注ぎ、飲み干すとリビングにあるソファへと倒れこむ。
ふと、誰かが近づいてくる気配を感じ、アオノは顔を上げた。
「ツバメさん?」
「えっと、その……ちょっと、アンタに話があるんだけど」
何かアオノに言いたいことがあるらしいが、言い出しにくいようでツバメはモジモジとしている。
「そういえば、わたしもツバメさんに用があったのでありますよ!」
「へ?」
「ニャオニャンニャーのビデオをツバメさんに見せたいと思っていたのであります」
「ニャ、ニャオニャンニャー……」
「どうでありますか? 一緒に見ましょうよ! スズメ先輩たちにはナイショで」
唐突なアオノの申し出にツバメは口を堅く結ぶと、顔をプイとそむけた。
一瞬の沈黙。
その後、ツバメは言った。
「ふ、ふん、しょうがないわね……今回は、特別に、一緒に見てあげても、その、いいわよ」
「はい!」