第8話:Neboj se ani Jejich Slov
Neboj se ani Jejich Slov
-その言葉を恐れてはならない-
「ツバメちゃんってさ」
「何よスズ姉」
それはある日の放課後。
チーム・ブローウィングの寮室での他愛のない姉妹同士の会話。
「友達とかいるの?」
「何よ、藪から棒に!」
スズメの言葉に、ツバメはあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
「ツバメちゃんって友達とかできにくいし、ちょっと心配なんだよね」
ツバメはその性格から友だち付きあいが苦手だ。
中学時代も、ツバメにそれぞれの理由でくっついて来た3人――通称「ツバメちゃん軍団」を除いてはほぼ交流がない。
そういう部分をスズメは常々心配に思っていた。
「ビェトカやアオノちゃんとは割と仲良くできてるみたいだけど、やっぱり同じ学年にもいた方がいいよ。友だち」
「お母さんじゃないんだからスズ姉はそういう事は気にしなくていいの! アタシはサエズリ・ツバメなの! アタシに並べるような人間はそうそういないの。タク・ヴィダ?」
その言葉にスズメは眉をひそめる。
確かにスズメも人付き合いはそこまで得意な方ではなかったし、ツバメと同じように自分の実力を鼻にかけていたこともあった。
だが、ステラソフィアに入って色んな事があった中で、仲間も増え、支えられることもたくさんある。
その両方を経験しているスズメだからこそ、ツバメのその態度には色々と思う部分があった。
「あまり詮索はしてほしくないわ、プロスィーム」
「はぁ」
こういうツバメに何を言っても無駄なのはスズメも心得ている。
心配をため息に乗せて、一先ずこの話は切り上げることにした。
「ちょっと、アタシに近寄らないでッ!」
「わぁ、ツバメさん今日もロックっすね! ロック? ロックンロール? So,ロックンロール!!」
「あぁぁああああ、もううるさいうるさいうるさい!」
「そう言われても、次の授業はペアだよ? ツバメさん、わたしと組まないとぼっちよぼっち! ん……ぼっち? うん、So,ぼっち!」
「その最後に繰り返すのが一番うっざい!!」
廊下をつかつかと歩くツバメの背後から、しつこく声をかけてくる1人の女子生徒。
薄紫の髪をさらさらとなびかせ、右から左からとツバメの周りをうろちょろしている。
彼女の名前はアストリフィア・メイ。
チーム・シーサイドランデブー所属の1年生だ。
「ツバメさん次の授業が何かわかってるっすか~?」
「プロッチュ? 何でそんなこと聞くのよッ!」
「次の授業はグラウンドでやるって言ってたっすよー!」
「うっ……」
メイの言葉に、ツバメは足を止める。
ツバメは教室変更をすっかり忘れており、いつも通りの部屋へ向かっていたからだ。
「そ、そんなことわかってるわよ! さっさとグラウンドに行くわよ!」
「あ~、ツバメさん可愛いっす! 可愛い? んー、可愛い? うん、So,可愛い!」
「うっさい!!!!」
授業も終わり、昼休み時間になっても相変わらずツバメはメイの存在に悩まされていた。
「なんでアンタ、アタシにしつこく付きまとうのよ!」
「なんでってツバメさんと仲良くなりたいからじゃないっすかー!」
「アタシと仲良くなって何があるのよ? アンタアレ? スズ姉のファン?」
「スズ姉? サエズリ・スズメっすか? いやー、人並みには好きですけどファンってほどじゃないっすねー。なんていうか、単純にロックなツバメさんに惹かれるものがあるっていうか?」
「スズ姉とか関係なく、アタシと仲良くしたいって?」
「そうっすよ! ねぇー、そろそろわたしに心開いてもいい頃じゃないですか~? いつもドヴォイツェ組んでるじゃないすかー! ねぇ?」
「嫌よッ! スズ姉を敬わないような相手と付き合えるわけないじゃない!」
「ヒュー! いいっすねぇ、そういうところが大好きっすよ! んー、大好き? ……うん、So,大好き!」
「なんでよっ!?」
「おお、その弁当いいっすねぇ! もしかして、これも尊敬するスズ姉が作ってくれたんすか!? いやぁ、いい腕してるっすねぇ!!」
「よ、よく分かってるじゃない。そうよ! スズ姉は最高なのよ!」
ツバメは自分が褒められる以上に嬉しそうな表情を浮かべる。
「ツバメさんは本当、スズ姉が好きなんすねー」
「そうよ。悪い?」
「全然悪くないっす! というか、わかる! その気持ちはよぉーくわかるっす!」
メイはうんうんと何度も首を縦に振った。
「わたしにもお姉ちゃんがいたっすよ。それはもう、すごく尊敬できるお姉ちゃんで、あ、見て見てこの頭のリボン、キュートっすよね? 超キュートっすよね?」
「あー、そうね、キュートねキュート」
最早、声を上げる気にもなれないツバメはとりあえず相槌を打つ。
「このリボン、お姉ちゃんとお揃いなんすよ! お姉ちゃんがステラソフィアに入ったとき、先輩から貰ったみたいで、わたしも欲しかったからお姉ちゃんにねだってねだって貰ったんすよ!」
「アンタのお姉ちゃん、ステラソフィア生だったの?」
「そうっす! わたしが所属してるチーム・シーサイドランデブー出身で、色んな爆弾を巧みに使う騎使だったっすよ。もちろん、近接戦闘もうぅっ……ひぐっ、うわぁぁあああああん」
「なんで急に泣き出すのよ!?」
突如泣き出したメイにツバメはどうすればいいのか分らず、慌てふためいた。
とりあえず、なんとかなだめようとツバメはメイの傍に近づく。
すると今度はメイに両腕を思いっきり掴まれ、胸に顔を埋められた。
「ちょ、涙! 鼻水! 制服につくでしょ!? ねえちょっと、いい子だからほら!」
ツバメの胸で一しきり泣いたメイはやがて落ち着いてくる。
「う゛っ……う゛ぅ……すみませぇん……急に……」
「ん……ま、まぁ、別にいーわよ。別にねッ」
ツバメは、メイが急に泣き出した理由が分かった。
だから、というのもあるのか、何だか許してしまっていた。
「アンタ、本当にお姉ちゃんが好きなのね……まったく、呆れたわ」
「それを言うならツバメさんだって、呆れるほどスズ姉が好きじゃないっすかぁー!」
「それは妹として当然でしょ! それも、スズ姉みたいな偉大な姉がいればなおさらでしょ!」
「当然ではないと思うっすけど……でもまぁ、わたしはツバメさんのそういう所に親近感がわくっす!」
メイは続ける。
「それだけじゃないっすよ、ツバメさんはあれだけスズ姉を尊敬してるのにバトルスタイルが全然違うっていうところもなんか惹かれるものがあるっすよ!」
確かに、ツバメはスズメを尊敬しているという割に、そのバトルスタイルはスズメと大きく異なる。
ナイフを操ってのパフォーマンス性の高い戦闘や、状況に合わせた奇襲などトリッキーな戦法も多く取るスズメのバトルスタイルに対して、ツバメは身の丈を越える巨大ハンマーを使っての正面粉砕が得意なツバメ。
「わたしはお姉ちゃんに憧れていたから、お姉ちゃんのスタイルを真似したっす。いつか、お姉ちゃんを越えられるような騎使になりたい、そんな思いも込めて…………まぁ、それはもう無理になっちゃったっすけど。だから、憧れて、だけどそれを別のスタイルで乗り越えようとしているツバメさんは本当尊敬するっす」
「アタシは、そんな偉いこと考えてるわけじゃ……ないわよ」
本当に真っ直ぐなメイの言葉に、ツバメは何故か気まずさを感じた。
「アタシは、本当は、スズ姉に勝てるはず無いって……きっとそんな気持ちがあって、だから……だからアタシはスズ姉を目指すのを、諦めちゃった――んだと思うわ」
そう言えば、自分が巨大ハンマーを使い始めたきっかけは何だったのだろう。
何故、自分はあの武器を使っているのだろう。
でも、やっぱりそれは――
「きっとツバメさんは、スズ姉を追いかける関係じゃなくて、スズ姉の横で一緒に戦う関係を選んだんじゃないっすか?」
「スズ姉と、一緒に?」
「スズ姉ってチーム戦だと奇襲戦法が得意じゃないすか! ツバメさんが正面切って引き付けて陽動! そこをスズ姉がザクーンでいいコンビになれそうっすよ!」
「あぁ……そうね」
「それに! わたしともいいコンビ組めそうじゃないっすか!?」
「はぁ?」
メイの言葉に心を動かされた瞬間のそんな言動に、ツバメは思わず真顔になる。
「いや、わたしだって割とコソコソする方が性に合ってるっすから敵を引き付けるツバメさんと組めたらいい感じで動き回れそうだな~って!」
「はんっ、アンタのコソコソとスズ姉のコソコソを一緒にされても困るわよ! 大体アンタはトラップ専門じゃない! いい、アタシは退かないの。アンタがトラップ仕掛けたってそこまで誘導なんてするようなお人よしじゃないわよ」
「別にトラップ専じゃあないっすよー。近接戦闘から中距離支援までできるっすよ~。それにツバメさんが望む相手とのタイマン環境づくりだってエスコート! エスコート? コーディネート?」
「どうでもいいわよ!」
「えー、ツバメさーん、わたしと生涯のドヴォイツェ組んでくださいよー」
「しれっとプロポーズみたいな発言しないの! まぁ、分かったわ」
「結婚っすか!?」
「アホか! そうじゃなくて、誓いを守れるなら在学中くらいはアンタをアタシのお付きにしてやってもいいいわよ」
「永遠の愛を誓うっすよ!」
「死ね! そうじゃなくて、ツバメちゃん軍団の誓いよ!」
「ツバメちゃん軍団?」
「アタシに永遠の忠誠を誓ったアタシの部下たちよ!」
「へぇー、何人いるっすか?」
「アタシを含めて4人よ」
「わたし5人目っすかー」
「んなことはいいから、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!」
「その言い回し久々に聞いたっす!」
「うっさい!」
ツバメの言動にいちいち突っ込んでくるメイと、律儀に突っ込み返すツバメ。
傍から見ると、割といいコンビのようだ。
それはそうとして、ツバメは人差し指をビッと立て言った。
「ツバメちゃん軍団の誓いその1、サエズリ・スズメは至高の存在! 復唱!」
「えーっと、サエズリ・スズメは至高の存在……」
「誓いその2、サエズリ・ツバメに絶対服従!」
「サエズリ・ツバメに絶対服従!」
「誓いその3、主役は常にツバメちゃん!」
「バトルの主役は常にツバメちゃん!」
「誓いその4、個性は活かすためのもの!」
「個性は活かすためのもの!」
「誓いその5、サエズリ・スズメは絶対の存在!」
「えー、サエズリ・スズメは絶対の存在……」
「アンタなんでスズ姉の時だけあからさまにやる気ないの!? アタシに逆らう気!?」
「いえ、ツバメちゃん軍団の誓いその2、サエズリ・ツバメさんに絶対服従っす!」
「これを守ればアンタも晴れてツバメちゃん軍団の仲間入りよ!」
「ほうほう、なかなかにこじらせてるっすね」
「なんか言った?」
「なにも言ってないっす!」
メイは直立不動で右手を右肩に当てるように曲げる。
「何にやけてるのよ」
「にやけてないっす!」
「まぁ、いいわ。精々アタシの役に立つことね」
「これでわたしとツバメさんは仲間ってことっすねぇ~」
「仲間、とか…………っ、言ったでしょ、アンタは下僕なの」
「ちょっと顔赤くないすかー?」
「うっさいわね!!!」
「スズ姉ってさ」
「なに?」
それはある日の放課後。
チーム・ブローウィングの寮室での他愛のない姉妹同士の会話。
「お菓子作り、できるわよね?」
「うん。どうしたのツバメちゃん?」
ツバメの言葉に、スズメは不思議そうな表情を浮かべる。
「アタシだって女の子だし? ちょっとお菓子とか作ってみようと思ってるのよ!」
スズメはツバメの言葉にちょっと驚いた。
それと同時に、ツバメが今までにないようなお願いを自分にしてくるときは、ツバメ自身に何か変化があった時だとスズメは知っていた。
「不思議そうな顔しないでよ! たまにはアタシだってそういうスキルを身に着けたい時だってあるのよ! タク・ヴィダ?」
「はいはい。誰に上げるの?」
「ッ!!! べ、別に誰かにあげるわけじゃないわよ! 詮索してほしくないわ、プロスィーム!」
「うん」
こういうツバメに何を言っても無駄なのはスズメも心得ている。
安堵を微笑みに乗せて、一先ずレシピ本を持ってくることにした。