第5話:Byl Všechno ve Všem
Byl Všechno ve Všem
-すべてにおいてすべてとなられるため-
「遠足かぁー。かったりィぜ」
4月28日金曜日。
機甲装騎に乗って集まった機甲科3年生32名の中、ノヴァーコヴァー・チヨミがそう声を上げた。
「遠足かぁ……サヤカ先生だからまたランニングかなぁ……」
「ランニング?」
スズメの言葉にチヨミが首をかしげる。
「私が1年生の時もサヤカ先生が担任だったんだけど、その時の遠足はエンゲル・ガルテンまで装騎で走っていったんだ」
「エンゲル・ガルテンだァ!? あそこ結構遠いだろっ!」
「片道1時間半ですからね。今年は、どうなるのかなぁ……」
結論から言うと、スズメの不安は現実のものとなる。
「はーい、サヤカ先生よー!」
「き・た」
バルディエル型装騎V-MAXを駆り現れたサヤカ先生は、不安になるほどテンションが高い。
「みんなお待ちかねの遠足の日! さーてアンタら、今日の遠足の目的地って知ってる?」
サヤカ先生の言葉に、誰も答えない。
それもそのはず、
「うわ、そういえば目的地って聞いてませんね」
「げっ、確かに」
スズメの言葉にチヨミも嫌な表情を浮かべる。
先ほどスズメから聞いた話も併せると、今回の遠足に対して嫌な予感しかしない。
「なんか不安そうな空気を感じるけどだいじょーぶダイジョーブ。行先を聞いて驚きなさい!」
サヤカ先生は勿体付けるように、一呼吸溜めると言った。
「今回の遠足はなんと……あのパンツァー・パークに行くことになったのよ!」
サヤカ先生の言葉に、歓声が沸き立つ。
パンツァー・パーク――それはテレシコワ財閥のアクア・ガルテン、イェストジャーブ財閥のチャペクランドに対抗して開かれた、セイジョー財閥の誇る機甲装騎をメインにした大型テーマパークだ。
本来は、故セイジョー財閥CEOセイジョー・アマタカ氏がコレクションしていた機甲装騎を展示するための一種の装騎博物館だったのだが、それを改築。
今年の3月に娯楽施設パンツァー・パークとして開園した。
「でも、装騎で走っていくんですよね?」
「当たり前じゃない!」
スズメの言葉にサヤカ先生はあっけらかんとそう言う。
かくして、ステラソフィア機甲科3年生交流遠足の前哨戦、片道推定2時間の装騎マラソン大会が幕を開けたのだった。
「走り切ったぁー!」
装騎のコックピットから身を乗り出し、うんと背伸びをするスズメ。
「スズメずっと走ってたのか!?」
スズメの言葉にチヨミが少し驚いたような声を上げるが、同時に納得もしていた。
スズメは意外とこういう鍛錬的なものが好きなのだ。
「アタシはメンドーだったし途中でオートにしちまったぜ」
「それも良いんじゃないかな。私は走りたくて走っただけだから」
「そういう所は尊敬してるぜ……」
呆れ半分のチヨミに、スズメは笑みを向けながら、
「自由行動時間だって! 一緒に見て回ろっか!」
そう言った。
パンツァー・パークはその名の通り、機甲装騎を用いたアトラクションが数多く存在する。
遊園施設にはお約束の子ども向け、家族向けの施設から、装騎マニアにとっては堪らない激レア装騎の操縦体験など様々だ。
本来の博物館としての性質を引き継いだ、装騎不思議ミュージアムなどもあり、家族連れから装騎マニアまで幅広く楽しめる。
「色々あんなぁ……ハハッ、装騎型ジェットコースターってなんじゃコリャ」
「装騎体験のラインナップすごいですよ! マルクト1号装騎まで稼働状態になってます!」
「ったく、スズメは相変わらず装騎装騎装騎だな~」
「当たり前じゃないですか! 装騎は私の人生ですっ!!」
2人は施設やアトラクションを色々と見て回り、気付けば時間はお昼時。
「そろそろメシにしようぜ」
「そうですね……お弁当作って来たので、一緒に食べましょう!」
「おっ、弁当! ……え、スズメの弁当?」
「なんですかその顔は……」
スズメの言葉にチヨミは露骨に顔を顰めた。
「スズメの作った弁当って言ったらアレだろ……ウインナーとスクランブルエッグしか入ってなかったりするんだろ……?」
「いつの話ですか!! 今はちゃんと料理もできますよ! 普段食べてるお弁当も自分で作ってるんですからね!!」
「マジで!? あの弁当スズメが自分で作ってんの!!??」
チヨミが小声でつぶやいた「しんじられねーわぁ」という言葉も、スズメにはしっかり聞こえている。
「要らないならそこら辺で買ってくればいいじゃないですかー」
「いらないとは言ってねーだろ!」
怒って頬を膨らませるスズメに、両手を合わせて頭を下げながらもチヨミが言ったその時、視線が下がったチヨミの目に、ある奇妙な光景が目に入った。
「意外とイケる……もう一本……」
「ふむ、ふむふむ、確かに美味である!」
地面に四つん這いになりながら、植えられた観葉植物をむしゃむしゃと頬張るステラソフィア機甲科制服に身を包んだ女子2人。
「なんだコイツら!?」
思わず叫んだチヨミの言葉に、2人の女子はビクンと身体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。
「えっと……何も食べてないよ?」
片や色白で小柄な栗色の髪をしたか細い声の女子。
「美味である!!」
片や軽く結わえた黒髪で腰に刀を帯びた、どこかキリッと快活な女子。
そう言いながら、観葉植物を貪り続ける2人に、
「食ってんじゃあねーかッ!!」
チヨミの怒鳴り声が再び浴びせられた。
チヨミの手によって観葉植物から引き剥がされた2人の女子生徒は、ベンチに座らされていた。
「えっと……タマラさんとナキリさんでしたっけ……なんで葉っぱを食べてたんですか……?」
「その、お昼に……しようと思って」
両人差し指をつんつんと突き合わせるのはチーム・マイナーコード3年ローレイ・タマラ。
「わたくしはそこな女子が美味そうに食ってるのを見たら興味がわいてな! 存外美味いぞ?」
そう言いながら、手に持った葉っぱを1枚スズメに差し出すのはチーム・ミコマジック3年チャタン・ナキリ。
何ともデタラメな2人にスズメもチヨミも言葉を失う。
チヨミに至っては深いため息をつきながら、頭に手を当てていた。
「えーっと、それじゃあタマラさんはどうしてそこの植物を食べてたんですか……?」
とりあえずの原因はタマラの行動だということで、スズメはタマラへと尋ねる。
「だから、お昼に……しようと思って」
「メシにしよーってのは分かるが、なんで草を食いはじめんだよ!」
イマイチ要領得ないタマラの言い分にチヨミはイラついていた。
「もしかして、お弁当とか持ってないんですか……?」
「うん、そうだよ」
「もしかして、お金とかも持ってないんですか……?」
「うん、そうだよ」
「なんでお金も持ってきてないんですかー!」
「うち、貧乏だから……」
タマラの真っ直ぐな目を見ると嘘を吐いているとは思えない。
「そこな女子の話を聞いてみると良いぞ。聞くも涙、語るも涙の極貧生活……うぅ……わたくし、泣けてきた!」
どうやら2人で観葉植物を食べながら、ナキリはタマラの身の上話を聞いていたらしい。
「わたしの家、貧乏で……借金もすごいから。奨学金も、貰ったんだけど借金の返済に充ててるから……」
ステラソフィア女学園は国内でもトップクラスの学園と言われるが、お嬢様学校ではなければ、その選考基準も他校の基準とは大きくずれている。
となれば、彼女のように異様に貧乏だという少女が入学してくる可能性はゼロではない。
奨学金や給付金などの制度が他校よりも充実しているステラソフィアは、寧ろそういう少女達こそ入学を目的とすることも多々ある。
例えば、実家へテレビを買うために奨学金を受け取ったスズメなどもその一例だ。
「だから現地調達したんですね……植木を」
「うん」
スズメの言葉にタマラは静かだが屈託のない笑みを浮かべる。
どうやら素でこんなんらしいということを察したチヨミは、呆れて何も言えなかった。
「だったら、タマラさん達も一緒にお弁当食べますか?」
「え……いいの?」
「わたくしもー!? いえーい!!」
「おいおい、いーのか?」
「良いんですよ! それに、たくさん作ってきましたしね!」
スズメはそういうと、鞄の中から3段積みになった弁当箱――というか、重箱を取り出す。
それぞれ、おにぎり、おかず、そしてパンと言うイマイチよく分らないラインナップ。
「わぁ……運動会みたい」
「おお、スズメ殿が作ったのか!? おお……」
それでもタマラとナキリは瞳を輝かせ、その弁当の中身を見つめていた。
「たくさん食べてください!」
スズメの言葉に遠慮なし。
タマラとナキリは一目散に手を伸ばし、口へを頬張る。
「なっ、テメェら!」
それに負けじとチヨミも手を伸ばし始めた。
「ほらっ、スズメも早く食わねーと無くなるぞ!」
「そうですね!」
スズメも自らが作った弁当に手を伸ばす。
ただ弁当を食べているだけ。
しかし、スズメは心地の良さを感じていた。
「食べ終わったら、4人で見て回りませんか?」
「わたくし達もですか! いいですねぇ、1人より2人、2人より4人ですねぇ!」
「わぁい……友だちみたい」
「友だちになりましょう!」
「また変なヤツばっかり集まったな……」
呆れたような、一歩引いたようなチヨミの姿にナキリが首をかしげる。
「チヨミ殿は友だちではないのか?」
「チョミちんも友だちだよねー!」
「おい、だからその呼び方……っ」
「……チョミちん!」
「おいそこ、目を輝かせるな!」
「良い愛称だとおもいますよぉ! チヨミ殿、どこか近寄りがたい雰囲気ですしぃ親しみがあってよいであるよ!」
「ふっざけんな!」
「そうですよね! かわいいですよねー!」
「おいコラスズメェ!!!!!」
顔を真っ赤にしながら殴りかかってくるチヨミの一撃をひらりひらりとスズメはかわした。
「ほらほらチョミちん。私を捕まえてみてください!」
「アホかっ!」
走り去るスズメを追いかけてチヨミが、そしてタマラとナキリも走り出す。
そのまま、4人でアトラクションを集合時間になるまで遊びまわったのだった。