第3話:Domem Modlitby pro Všechny Národy
Domem Modlitby pro Všechny Národy
-すべての国の人の祈りの家-
4月10日月曜日。
スズメ達ステラソフィア機甲科3年生は、ある教室に集められていた。
「わぁ……この人達が私と同じ、3年生……」
ステラソフィア機甲科の制服に身を包むスズメも含めた32人の女子生徒の姿に、スズメは最初のオリエンテーションの日を思い出す。
スズメが思い出に浸っていると、ガラッと激しい音を立てて教室前の扉が開かれた。
スズメも含め、3年生一同の視線が教室の前へと集まる。
「新キャラだと思った? 残念、サヤカ先生でしたー!」
謎のテンションで入って来たのは、スズメが1年生の時に学年担任をしていた教師――ウィンターリア・サヤカだった。
「サヤカ先生、大丈夫ですか……?」
「何その心配されてるのかバカにされてるのか微妙な反応」
思わず出てしまったスズメの言葉に、サヤカ先生はそう顔をしかめる。
「それはいいとして、これから機甲科3年のオリエンテーションを始めるわよ」
だが、すぐに気を取り直しそう声を上げた。
サヤカ先生がステラソフィア女学園のシステムや時間割の組み方の話を始めた間、スズメは不思議な違和感に襲われていた。
「……これは?」
なにか背中がむず痒くなるような感覚。
誰かが鋭い視線を自分へと向けているような感覚。
「イザナちゃん……な訳ないよね」
1年生の時のオリエンテーションではイザナの放つプレッシャーが気になって集中できなかった記憶がよみがえる。
だが、イザナは今、マルクトよりもずっと東にある華國でお姫様をしている筈だ。
とは言え彼女以外にこんな視線を向けてくる相手は……。
「サエズリ・スズメ! ステラソフィアは2年目だからって油断してるとビシバシ行くわよ?」
「うわっ、すみません!」
気付かないうちにソワソワしていたのか、サヤカ先生の一喝にスズメは謝る。
その瞬間、ガタッ! と激しい音がして、スズメの背後で誰かが勢いよく立ち上がった。
「スズメ! やっぱりスズメじゃん! スズメスズメ! 久しぶりだなぁスズメ!!!!」
そんな声と同時に、スズメの首に背後から腕が回る。
「まっ、苦し――まってまってまって!!!!」
すごい力で締め上げるその腕に、スズメは思わず悲鳴を上げた。
「おおっと、メンゴメンゴ! いやぁ、しっかし久しぶりだぜ――中学以来? いっやぁ、おひさ!」
首が楽になり、一息ついたスズメは背後を振り返る。
そこには、鋭い目つきにやや浅黒い肌、バサバサした髪の女子生徒が居た。
「もしかしてチョミちん!?」
「チヨミ! ノヴァーコヴァー・チヨミ!! チョミちんはやめろって言ってんだろ!!」
「チョミちん! 本物だ! 本物のチョミちんだ!!」
「だーかーら、やめろってェ! そのあだ名、気ィ抜けんだよ!!」
彼女、ノヴァーコヴァー・チヨミはスズメの中学時代の同級生だった。
スズメやリラフィリアのヴォドニーモスト・カヲリと同じ選択装騎クラスの1人だったが、その性格からカヲリ達の一派とは相容れず、スズメや現役モデルのヤシダ・エリシュカとよくつるんでいた。
その為、スズメの数少ない中学時代の友人の1人だった。
「エリンカとはこの前会ったんだけど……リーダは元気かなぁ」
「リドミラなら今でも連絡取ってるぜ。良いなぁ、また4人で集まりてぇーぜ!」
「思い出話はソレくらいでいいかしら?」
なつかしさのあまり、話し込んでしまったスズメとチヨミに影が近づいてくる。
言うまでもないだろう、それはサヤカ先生だ。
「えっと、すみ、ません……サヤカ先生」
「おっと、つい話し込んじまったぜ」
サヤカ先生はにこやかに笑みを浮かべているが、それが笑っているわけではないのは一目瞭然。
それに、スズメは身震いしながら必死で声を絞り出すが、空気の読めないチヨミは軽くそう謝るだけ。
「えーっと確か、チョミちんだっけ?」
「チヨミ! ノヴァーコヴァー・チヨミだ!!」
「そう、チョミちん――――後で職員室まで来なさい。わかったわね?」
「ヤだぜ、メンドくさい」
「そう。なら――――そこでバルディエルの外装でも持って立ってなさいッ!!!!」
教室中にサヤカ先生の怒号が鳴り響いた。
「ちっくせう! あのセンコー、装騎の装甲持たせて立たせるとか正気かよ」
疲労困憊の両腕と両足に顔をしかめながらチヨミは無造作に傾けた身体を両腕で支える。
昼休み。
スズメとチヨミはまだ微妙な肌寒さのある屋上へと来ていた。
「チョミちんって本当、高い所好きだよね」
「高い所ってか、高くて空が見える所が好きなの」
スズメは手作りした弁当を、チヨミは購買部で買ったパンを開けながら他愛のない会話をする。
「空はいいぜ。なんかさ、色んなモンから解放された気分になる。そこに近ければ近いほどサイコーってね」
「でも、立ち入り禁止の屋上に勝手に行くのはダメだと思うけどなぁ」
「中学ん時の話か? いーじゃねーか、幸いステラソフィアは屋上に入れて良かったぜ」
パンを咥えたチヨミはごろんとその場に寝っ転がった。
その目は真っ直ぐと空へと向けられている。
蒼く、蒼く澄んだ空へと。
「でも本当、驚きました。まさかチョミちんがステラソフィアに入るなんて……。チームはアイアンガールズだっけ?」
「そ、アイアンガールズ。しっかし、たまたま募集を知って、装騎の腕には自信があるから申し込んでみたんだけどよ……ダメ元でやってみるもんさね」
「確かにチョミちんは装騎バトル、すっごい強いもんね」
「スズメや……悔しいけど、カヲリのヤツには負けるぜ」
「カヲリかぁ……そう言えば、カヲリを推薦したけど応えなかったんだ」
カヲリの装騎の腕は確かにスズメにも肉薄し、ステラソフィアでも十分通用する。
今回、スズメの推薦もありステラソフィア側からカヲリへと声をかけていたのだが、その誘いを断っていた。
「はぁ? カヲリを推薦!? スズメがァ?」
そんなスズメの言葉にチヨミは驚愕する。
それもそうだった。
チヨミの中にあるスズメとカヲリのイメージは互いに譲らず、水と油、犬猿の仲の最悪の組み合わせだったからだ。
「あれから色々あって、和解したんですよ。ちょっとだけ」
「いやぁ……信じられねーわ。スズメとカヲリが和解なんて…………」
「今度、カヲリと一緒に遊びに行ってみましょうよ」
「あー、アタシはパス。さすがにカヲリは苦手過ぎてさ」
「そうなんだ……」
チヨミの言葉に少ししょんぼりするスズメだが、チヨミの言い分もよく分かる。
一番の当事者はスズメだからだ。
微妙に沈んだ空気……
「それよりスズメ、久々に装騎戦しよーぜ!」
不意にそれを吹き飛ばすように、チヨミはそう言った。
バトルフィールドが張られたグラウンドでスズメの装騎スパロー4ceと、チヨミの装騎が相対する。
「あの装騎は……シェムハザ型装騎ですか」
「アタシの愛騎、ヂヴォシュカだ!」
四肢に取り付けられた加速ブースターが特徴的なシェムハザ型装騎ヂヴォシュカ。
更に、両手足に加速格闘装甲ダレヴァチュカを纏い、更なる行動加速を可能としていた。
「よっしゃー、行くぜスズメ!」
「はい、バトルスタートです!」
戦いが始まった瞬間――
「カチコミだぁぁあああああ!!」
威勢よく叫び声を上げながら、チヨミの装騎ヂヴォシュカが全身のブースターを全開。
一気に装騎スパロー4ceへと突っ込んできた。
「相変わらず、凄いッ!」
装騎スパロー4ceは装騎ヂヴォシュカを迎え撃たんと、両使短剣サモロストを両手で構える。
刹那、装騎ヂヴォシュカは一瞬両拳からアズルの光を噴き出した。
「アタシの一撃は、常に全開!」
スズメの視界がアズルで遮られた瞬間に、装騎ヂヴォシュカは全身のブースターをフル稼働。
一気に装騎スパロー4ceの脇へと滑り込むと、その拳にアズルを灯し――突きだす。
「くっ、させないッ」
だが、スズメも易々と一撃を貰いはしない。
スズメは目くらまし前に一瞬だけ見えた装騎ヂヴォシュカの動きから、攻撃の方向を予測。
両手で握った両使短剣サモロストの柄を思いっ切り振り下ろした。
「うがっ!?」
振り下ろされた装騎スパロー4ceの腕は、装騎ヂヴォシュカの突き出された腕を地面へと抉りこませる。
「っ! なんて威力ですか!?」
装騎ヂヴォシュカの一撃は地面へと流した――筈だったのだが、地面を抉った装騎ヂヴォシュカの拳はそのまま、激しい衝撃と共に大地にクレーターを作り出した。
その衝撃で、装騎スパロー4ceは弾き飛ばされ、装騎ヂヴォシュカも反動を利用して再び立ち上がる。
「言ったろ、アタシの一撃は常に全開ッ!」
「そういえば、チョミちんに乗せて壊れなかった装騎ってありませんでしたよね……」
チヨミの中学時代のあだ名は「スクラップ製造機」――それだけ彼女の装騎の扱いは粗く、そして、激しかった。
「うおらららァ!!!」
素早く態勢を立て直した装騎ヂヴォシュカは、装騎スパロー4ceに向かい、再度突進。
「さすがはおてんば娘ッ!」
スズメは感嘆の声を上げながらも、装騎スパロー4ceの両足で地面を思いっ切り蹴り飛ばす。
凄まじい跳躍力を誇るその両足――その一跳びで装騎スパロー4ceは宙返りをしながら装騎ヂヴォシュカとかなりの距離を取った。
「何だァ、あの跳躍力!? ホントーに装騎か!!??」
「チョミちんは装騎についての勉強をしといた方がいいですよ!」
「そーいうのはニガテなんだよ! スズメとかリドミラとかが最初に助言してくれりゃあソレでジューブンだったしな!」
装騎スパロー4ceは両使短剣サモロストを右手に持つと、特に意味もなく横に一振り。
そして正面に構え直すと、前方に向かって弾丸のように弾け飛んだ。
「ムニェシーツ・アルテミス!」
「必殺の、右蹴りィ!」
装騎スパロー4ceの両使短剣サモロストと、装騎ヂヴォシュカの右脚が交差し、激しいアズルの光を散らす。
互いに一歩も譲らず、アズルを迸らせていた装騎スパロー4ceと装騎ヂヴォシュカ。
しかし、不意に装騎ヂヴォシュカの右脚が大きく空回った。
「うあぉッ!?」
競り勝ったのとは違う、軽すぎる感覚にチヨミは思わずそんな声を出す。
その瞬間、装騎ヂヴォシュカは背後に一撃――――装騎スパロー4ceにウェーブナイフを突き立てられ、その機能を停止した。
「クッソー、マジか!!!! どうやったんだよ!?」
「チョミちんは自分はフェイント使うのに、人のには結構無警戒ですよね」
装騎ヂヴォシュカの右脚と、装騎スパロー4ceの両使短剣サモロストがぶつかり合い、拮抗し合っていた時だ。
タイミングを見計らい、装騎スパロー4ceは軽く跳躍――装騎ヂヴォシュカの右脚を飛び越え装騎ヂヴォシュカの傍へと降り立つ。
全力の一撃を放っていた装騎ヂヴォシュカは、突然、装騎スパロー4ceからの抵抗がなくなりその一撃が空回り。
「そこを傍から美味しく頂きましたよ」
「マジかよぉぉぉお! クッソ!!」
スズメの言葉に地団駄を踏み悔しがるチヨミだが、その表情は晴れ晴れとしていた。
こういう、スッキリしているところがスズメの好きなチヨミの一面だった。
「でも、ちょっと安心したぜ」
チヨミはうんと伸びをしながらそういう。
「何が、ですか……?」
「いや、確かに、今のスズメならカヲリと和解できてもおかしくねーかもなってことだよ」
チヨミの言葉にスズメは首を傾げた。
「前のスズメだったら、最後に余計な一言とか付けて相手を苛立たせたりしてたところだぜ?」
「スキを作ってくれてありがとうございました、とか?」
「そう、そういう嫌味ったらしいところあんだろスズメ」
正直、スズメに心当たりはあまりない。
しかし、チヨミがそう言うのなら、きっとそうだったのだろう。
そして今の自分は、その頃と比べて、少しだけかもしれないけど変わることができた。
きっとそれは――――
「ま、多少嫌味はあっても、陰湿なことはしないからアタシはスズメが好きなんだけどな」
「私も――酷いことを平気で言ってくるけど、裏表がないからチョミちんが好きですよ」
「お互い様ってか」
「そうですね」
スズメとチヨミは、誰からともなく拳と拳を軽くぶつけ合う。
「何か、こういうの久々ですね」
「よっしゃ、じゃあ次はリアルファイトでもすっか?」
「ええー、嫌ですよ!! チョミちんとケンカするのは中学の時のでたくさんですから!!」
それからスズメとチヨミは思い出話に花を咲かせた。
「ああ……平和な日常ですね……」
思わずつぶやいてしまったそんな言葉で、スズメはチヨミに変な顔で見られた。