第1話:Trocha Kvasu Všechno Těsto Prokvasí
Trocha Kvasu Všechno Těsto Prokvasí
-わずかなパン種が練り粉全体を膨らませる-
聖暦170年4月7日。
ここ1年ほど閑散とした空気が漂っていたステラソフィア女学園機甲科は大勢の人々でにぎわっていた。
何故なら今日は、ステラソフィア機甲科の始業式兼入学式の日だったからだ。
「わぁ……機甲科に、こんなに人が沢山!」
そんな人込みの中に機甲科3年生となるスズメの姿もあった。
ステラソフィア機甲科の制服に身を包む少女達の姿に、自分自身も入学式の日を思い出す。
今年のステラソフィア機甲科の始業式は入学式も兼ねるという少々異例のことだった。
それも仕方のないことだろう。
スズメ以外の127人が死亡扱いされているステラソフィア機甲科生は、新たな生徒を集めるために他校から優秀な人材をスカウトして集めてきたからだ。
「みんなこれから、一緒に過ごすことになるんだ……」
機甲科の始業式兼入学式はグラウンドで行われることになっている。
そこには32の立て札が掲げられ、それぞれにチームの名前が記されていた。
「チームごとに並べばいいんですね」
正面に設えられたお立ち台から見て、右から3番目に設置されている「チーム・ブローウィング」の立て札を目指してスズメは歩く。
チーム・シーサイドランデブーやウィリアムバトラーと言った良く見知った名前の立て札に、見知らぬ生徒達が集まってくる。
その様子を見たスズメは、ふと目じりが熱くなっていることに気付いた。
スズメは袖で顔を拭い、チーム・ブローウィングの列へと並ぶ。
「まだ、誰も来ていないみたいですね……」
スズメは期待と不安が入り混じった緊張感の中、他のチームメイトを待った。
一体どんな人なんだろうか、仲良くできるだろうか、先輩としてどう接すればいいんだろうか。
そんな思いがスズメの胸を駆ける。
時折視線を感じては、ふと振り返るが誰もいない。
きっと、緊張しすぎているのだろうと深呼吸を始めたその時だった。
「ス――ズ――姉――ェ――――!!!!」
「ごふっ!?」
どこかで聞いたことのあるような威勢のいい声と共に、スズメの身体は背後からの激しい衝撃で倒れこんだ。
「スズ姉ェ! スズ姉ェ! スズ姉ェ!!」
「うぅ……重ッ!!」
スズメは力を入れると人の上で「スズ姉ェスズ姉ェ」うるさく後頭部に頬を擦り付けてくる物体を突き飛ばす。
「うげっ!?」
と変な声を出してスズメから離れた少女にスズメは目を向けた。
ステラソフィア機甲科の制服を着こみ、「いたたぁー」と身体をさするその少女は――
「ツバメちゃん!」
スズメの妹、サエズリ・ツバメだった。
「スズ姉ェ、久しぶりィ!!!!」
気を取り直してツバメは正面からスズメに抱き着いてくる。
「もしかしてツバメちゃん、ステラソフィアに入ったの!?」
スズメもツバメの身体を受け止めながら、驚きの声を上げた。
「ノヨ、しかもスズ姉と同じブローウィングよ!」
そういえばツバメは今年の3月でプラヴダ中を卒業――4月からは高校に入学するはずだったとスズメは思い出す。
「スズ姉の驚いた顔を見られたし、黙っていて正解だったわ!」
嬉しそうにそういうツバメは、やはり意図的にステラソフィア入学のことを黙っていたようだ。
「アレ、他のメンバーはまだなのかしら? スズ姉を待たせるなんて、ブローウィングの後輩としてなってない。なってないわ」
「ま、まぁまぁツバメちゃん……」
腕組みをしながらそう言うツバメに、少々これからが不安になってくる。
ツバメに悪気は無いのだが……だからこそ問題でもあった。
スズメは苦笑しながらも、やはりどうしても背後からの視線を感じる。
緊張してる所為で過敏になっていたのかとも思ったが、ツバメと話し、リラックスし始めた今、逆にその視線を感じる気がした。
「スズ姉?」
ツバメもスズメの違和感に気付く。
スズメはその視線を辿ると、ふと1人の少女と目が合った。
青い髪をした少女は、スズメと目が合ったことに気付くと目に見えて狼狽え始める。
「アイツ……!」
スズメの様子が変だったのは、その少女の所為だと察したツバメは、その少女の下へと一気に詰め寄った。
「ツバメちゃん!」
スズメは慌てて止めようとするがツバメはそれより先に少女の目の前へとくると、自分よりも頭一つ分くらい大きい相手の胸倉をグッと掴む。
「ちょっとアンタ、何見てんのよ? アンタ何? スズ姉の何!?」
「あわ、あわわわわわわ、ごめんなさいごめんなさい!!」
ツバメに胸倉を掴まれる少女はツバメの剣幕に押されて必死で謝罪の言葉を口走る。
「ヘンな気をおこそーって言うならタダじゃおかないわよ! タク・ヴィダ? ……うぐッ!?」
ツバメが調子づいて来た時、不意に脳天へと鋭い一撃が下された。
「ツバメちゃん、おしまい」
「うぅ……」
頭を押さえうずくまるツバメをよそに、スズメはその少女へと笑いかける。
「ごめんなさい、私の妹が……」
「妹、なのですか?」
「うん、そうなの。私の妹のツバメちゃん。そして私が……」
「スズメ、サエズリ・スズメさんですよね!」
その少女は目を輝かせてそう言った。
「わたし、スズメさんのファンなのであります!」
「そうなの!?」
「はい!! 実はその――以前に、サインを貰ったことがあるのですが……」
「サイン……」
スズメは少女の言葉に思い出した。
それはスズメがまだ1年生だった頃の夏休み(夏休み:大装騎大会・第142部:オールステラVSステラソフィア)の時だ。
その時に1人の少女がスズメにサインをねだって来た。
「えっと確か、オオルリ……?」
「はい、オオルリ・アオノであります! 本日、チーム・ブローウィングに配属されました!!」
「同じブローウィングなんだ!! ……だったらどうしてあんな後ろの方に?」
「えっと、その……憧れのスズメさん、いえ、スズメ先輩と同じチームになれるかと思うと、その緊張で……うっ、吐きそ――」
「わわわわわ! 吐かないで! 吐かないで!!」
スズメは思わずアオノの背中をさする。
「こんなのがブローウィングのメンバーァ? 全く、役に立つのかしら」
そんな様子を見て、ツバメが腕組みしながら呆れた声を上げた。
それから刻々と式が始まる時間が近づいてくるが、いまだにブローウィングの4人目が姿を見せない。
「遅いですね……」
「そうでありますね」
今この場にいるのは、新3年生のスズメ、新2年生のアオノ、そして新1年生のツバメの3人。
と、いうとは後は新4年生となる1人だけなのだが……。
「遅い、遅い遅い遅い遅い! 全く、ナニよ! スズ姉を待たせるなんてまったくマナーのなってない4年生ね! そんなんでチームリーダーなんて務まるの!? いいえ、務まらない! っていうか、リーダーはスズ姉だもんね! 決まりね決まり!!」
「まぁまぁツバメちゃん」
やがて、お立ち台の上に1人の女性が姿を見せる。
赤い髪に丸眼鏡。
鋭い目つきで軍服に身を包んだ女性――
「フラン先生だ」
それはチューリップ・フランデレン。
彼女はおもむろに設置されたマイクを掴み取った。
「あーあー、定刻だ。これからステラソフィア女学園高等部機甲科の始業式兼入学式を始めようと思う」
フランがそう口にしたその時だ。
どこからか、ズズンズズンと装騎の足音が会場へと近づいてきた。
生徒も先生も、突然のその音に周囲を見回し始める。
「何ですか!?」
スズメも耳を澄まし、その足音が近づいてくる方法へと目を向けた。
『ヤッバーイ! 遅刻遅刻! セーフ? セーフ??』
「アウトだバカモノ!」
突如として飛び出してきた機甲装騎は全体的に黒を基調としているが、胸部が橙色に染まったサリエル型装騎。
スズメはその装騎に見覚えがあった。
「まさか、あの装騎って……!」
「チーム・ブローウィング4年! ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタだな? お前は20点減点だ!!」
「あの……まさか、あの人が……」
呆気に取られた表情で、アオノはその装騎を見上げる。
「……ハァ? アレ? アレが先輩? アタシと、スズ姉の先輩ィ??」
ツバメも怒りを通り越して完全に呆れた表情を見せた。
装騎背部のハッチが開き、そこから女性が出てくる。
「本当に――ビェトカ!!??」
髪型こそ今までのストレートロングからサイドテールに変わっているが、その女性は間違いなくピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ――ビェトカだった。
式も終わり、スズメ達新生チーム・ブローウィングの4人は寮室へときていた。
「髪型違うですけどビェトカなんですか!? ビェトカがブローウィングの4年生! 本当に!?」
「そっ、たまたまスカウトされちゃってね。どうせ偽神教も潰してやることないし承諾したってわけ。あと、髪型は気分」
親し気に話すスズメとビェトカに、ツバメは目に見えて不満そうな表情。
スズメのビェトカに対する信頼がありありと見えるのもツバメが不機嫌な理由だろう。
「それじゃあ、ビェトカ先輩って呼ばないといけないですね!」
「うわ……いいっていいって! 今まで通りビェトカでいいって!」
「お二人は知り合いなのですか?」
「うん! ビェトカはすごいよー。とても強いし、頼りがいもあるし」
「もっと褒めて!」
「こういう所が玉に瑕だけどね」
「ひどーい!!」
「スズメ先輩がそう言うのですから、本当にすごい人なのでしょうね!」
わいわいと盛り上がる3人。
ツバメはその様子を睨みつけるように無言で眺めていた。
「んでまぁ、それはいーけど……これからどうする?」
「そうですね。ブローウィングの伝統としては早速チーム内対抗戦をしたいところですけど」
「へぇ、チーム内対抗戦ねぇ。面白そうジャン!」
「そうでありますね! それで、チーム分けはどのようにするのでありますか?」
アオノの言葉にスズメは頷く。
「1年生と4年生、2年生と3年生で二人組を組みましょう」
「なるほど!! つまり、わたしとスズメ先輩。そして……」
「ハァ!? ちょっと待ちなさいよッ!」
抗議の声を上げたのはツバメだった。
「このわたしが、よりにもよってこの訳わからないアマと組まないといけないの!?」
「あ゛あ゛ッ!? 言ってくれんジャン。1年のおこちゃまのクセしてさぁ!」
こめかみをヒクつかせながらツバメを見下ろすビェトカ。
2人の間で飛び散る火花が目に見えるようだった。
「あ、あの……先輩、この二人で大丈夫なのでしょうか……?」
「とりあえず、やってみるしかないですよね」
ツバメとビェトカの醸し出す険悪な空気に苦笑しながらも、4人はグラウンドへと入る。
「ここでバトルをするのですね!」
「うん。まずは装騎を呼び出して……」
装騎を運び出すための説明を受けながら、憧れのスズメと一緒に居られることに有頂天になっているアオノ。
反面、ギスギスした空気は相変わらずで、何やら互いに文句を言いながらグラウンドの向こう側へと向かっていくビェトカとツバメ。
「あの二人、大丈夫かなぁ……」
流石に、戦いが始まってまで足を引っ張り合ったりはしないと思いながらも、やはり多少の不安はある。
「これで少しでも仲良くなれれば良いんだけど……」
「そうですねぇ」
そんな話をしている間に、スズメとアオノの装騎が運ばれてきた。
2人の装騎の姿が露わになる。
「これがアオノちゃんの装騎?」
「はい! アズルの効率的な運用能力に特化したセノイ型装騎をベースにした装騎ブルースイングであります!」
全体的に美しい青色で彩られたアオノの装騎ブルースイングは、まさにアオノの持つ"オオルリ"の姓にふさわしい装騎だった。
その左手には流線形をした盾がマウントされている。
「セノイ型って去年の終わりに発売された新型装騎だよね!」
「はい! 合格した後の適性検査でこの装騎が最適だと言われたときは驚きました」
ステラソフィア女学園機甲科では、入学祝として学校側から機甲装騎が1騎贈呈される。
その装騎は本人の希望と適正検査の結果を考慮して、最適な装騎が送られるのだ。
「懐かしいなぁ。私はアブディエル型で申請してたんだけど……」
その結果、ハラリエル型というスズメが入学する1か月前に正式採用された新型奇形装騎が贈呈されたことは言わずともご存じだろう。
「そういえば、スズメ先輩の装騎はハラリエル型……ではないでありますね?」
アオノはスズメの装騎を見て言った。
そう、アオノの装騎ブルースイングと一緒に運ばれてきたスズメの装騎。
それは、今まで使っていたハラリエル型装騎とは違う装騎だった。
「そうなんです!」
アオノの言葉にどこか嬉しそうなスズメは叫ぶ。
「この装騎はチェスク区の装騎企業チェスキー・オブル社が新たに作り上げた獣脚型装騎! その名も……正式名称は未定」
「未定なのですか!?」
「カレルさんに頼まれてモニターしてるだけですからね……ですけど! マルクトの技術にハラリエル型装騎のデザイナーも採用した本格仕様! これぞ私の新しい機甲装騎――スパロー4ceです!」
その腰部には両使短剣サモロストと2本のウェーブナイフがマウントされている。
「あとで、写真を撮らせてもらってもいいですか!?」
「うん、いいよ! アオノちゃんって装騎が好きなんですね」
「はい! 装騎はわたしの人生であります!」
キラキラと瞳を輝かせるアオノの姿に、スズメもどこか楽しくなってきた。
「それじゃあアオノちゃん、装騎に乗って準備をしましょうか」
「はいっ!」
スズメは装騎スパロー4ceに乗り込み、騎使認証を済ませ装騎を起動する。
アオノの装騎ブルースイングも起動したようで、その身体をグッと持ち上げた。
「ビェトカ、ツバメちゃん?」
スズメは通信で2人に呼び掛ける。
「こちらピトフーイ、準備完了」
「さっさと終わらせたいんだけど」
「そろそろケンカもやめにしない?」
「別に、ワタシはどうともおもってないケド」
「スズ姉の頼みでも嫌ったら嫌よ」
2人の様子にスズメは「ハァ」とため息をついた。
「えっと、それじゃあ始めるよ?」
「りょーかーい」
「ばんざ~い」
「え、えっと……それじゃあ、装騎バトル――――スタートです!」
バトルが始まってすぐ、
「アオノちゃん?」
「なんでありますか?」
スズメはアオノに満面の笑みで言った。
「全力でぶっ潰そうね」
「!? ……はい!」
今ここに、チーム・ブローウィングのチーム内対抗戦が幕を開けた。