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機甲女学園ステラソフィア  作者: 波邇夜須
偽神の呼び声編
263/322

偽神編第18話:旧世界より/Kde Domov Můj?

「アナヒトちゃん――大丈夫!?」

「スズメ……」

装騎スパロー3Aの手の中にいるアナヒトの姿は、衰弱こそしているが無事。

寧ろ、アナヒトよりもスズメの容態の方が悪そうだった。

しかし、もっと悪そうなのは……。

『Ďáběeeeeeeeeeeaa!!』

核となっていたアナヒトが奪われたからなのか、段々と不安定さを増していく偽神クトゥルフ。

それで消滅――するのなら良かった。

だが、そうはいかない。

「うっ……」

不意にスズメを強烈な眩暈が襲う。

「ナニっ!? このイヤーなカンジっ!」

そしてそれは、その場に居た誰もが感じていた。

スズメ、ビェトカを始め、その場に居た誰もが目に見えて動きが鈍くなっていく。

「これはぁ、まずいですねぇ」

「どう、なってるんですか……?」

身体の重さを必死で押して、スズメはサンダルフォンに尋ねた。

「はい……核となっていたアナヒトさんが奪われた結果、偽神クトゥルフは自身を維持するための霊力を周囲からかき集めているようです。これは、その作用ですね」

「なんとかしなさいって!」

「はい、なんとか、してみせますよ」

「えぇ~」

サンダルフォンの言葉に、明らかに嫌そうな表情を浮かべるハラリエル。

だが、渋々といった様子で頷くと、サンダルフォンとハラリエルの2人は意識を集中――仄かな輝きを一気にその場へ広げた。

「私たちが偽神の及ぼす貴女達への影響を抑えます……ですから、何とか偽神を!」

「なんとかって、どうすれば……」

暴れ狂う偽神クトゥルフに感化されるように、ディープワン・シンカも凶暴性を増していく。

スズメ達から間接的に霊力を奪えないと知った偽神クトゥルフは、その身体から触手を広げた。

その触手は、スズメ達に向かって襲い掛かる。

風神城壁クラス・アネモス

その触手の内の一つを、ローラの装騎スプレッドが風の魔力障壁によって防いだ時だ。

「ッ! 不味い……魔力が!」

その触手の一撃は、ローラの風神城壁経由でローラから魔力を吸い上げていた。

『なるほどな。その触手は"直接"霊力を吸収するためのものか』

「ったく、相性が悪いッ」

思わず舌打ちをするローラだが、魔力を吸収すると言ってもその衝撃までは殺せないらしい。

「なら、最低限の魔力で、最大限の効率で、あの触手をぶった切れば」

それぞれが抗戦を始めるが、一向に触手の数は減らない。

もしかしたら、時間稼ぎさえすればやがて偽神クトゥルフの霊力は尽き、消滅するかもしれない。

「しかしこのままでは……スズメさん達が持ちませんね」

実際、特にスズメの体力は限界を迎えていた。

ただでさえ、アズル中毒の影響を受けた体で、全力のインフィニットアクアマリンドライブを発動したことで意識が墜ちかけている。

装牙ティグルの防戦によって、装騎スパロー3Aこそ無事だが、戦う力はスズメに残っていなかった。

「かと言って、ここで退くってワケには――?」

「いきませんね……そうすれば、おそらく霊力を求めて街へと出て……」

「大暴れってか……」

そんな中、アナヒトは暴れ狂う偽神クトゥルフを見上げる。

その瞳は真っ直ぐ――そして、強い意志を秘めていた。

「スズメ……わたしなら、偽神クトゥルフを止められる――かもしれない」

スズメは答えない。

その理由をアナヒトは知っていた。

今までなんとか気を張っていたスズメだったが、ついにその頭をディスプレイへと押し付け、動かなくなっていた。

激しい呼吸と上下する肩から生きているということは判断できるが、意識は朦朧としており、アナヒトの言葉も聞こえているかどうか……。

そんなスズメの身体を、ぬくもりが包み込む。

アナヒトの癒しの力が、装騎スパロー3Aを伝い、スズメの身体に流れ込んでいった。

「スズメ……ありがとう」

スズメの呼吸は穏やかになり、その身体から筋も引き始める。

対して、アナヒトの身体には黄金の輝きが溢れ出し、それは巨大なヒト型を形作ろうとしていた。

ふとアナヒトの表情に疲れの色が過る。

実際、アナヒトの身体も限界が近かった。

偽神クトゥルフ降臨の為に霊力を多く使われ、その存在は揺らぎ始めていたのだ。

それでも、アナヒトは行こうと思った。

スズメ達を守るために。

「待って……」

だが、不意に装騎スパロー3Aの手が力を込めると、アナヒトの身体を引き留めた。

「スズメ……」

アナヒトの能力でスズメの中毒症状は引いていたが、それでもまだ完全ではない。

額に汗を滲ませ、細めた瞳でディスプレイ越しのアナヒトを見つめながら言った。

「アナヒトちゃん……行かない、で」

スズメは感じ取っていた。

アナヒトは、自身の命を燃やし切ってでも偽神クトゥルフを倒し、スズメ達の助けになろうとしてると。

「スズメ……ごめんね。でも、スズメにとってわたしが大切なように、わたしにとっても、スズメは大切だから」

アナヒトは言った。

「スズメは全く覚えていないかもしれない。スズメはそんな気はないかもしれない。……でも、わたしが生きているのは、スズメのおかげ、だから」

「……え?」

スズメとアナヒトの目と目が合う。

装騎の装甲越しの筈なのに、互いがすぐ目の前にいるような感覚。

「だから、わたしは……行くの」

「それを言ったら!」

スズメはだが引き留める。

「私だって、私だってアナヒトちゃんが居たから生きてこれたようなものなんだよ! あの戦いから、ツバサ先輩もチャイカ先輩もマッハ先輩も死んじゃって、でも、それでも! だから――」

「だから、行かないで?」

アナヒトの言葉にスズメは首を横に振った。

「私も、一緒に行かせて!!!!」

「!!!!」

アナヒトの瞳が一気に開かれる。

「アナヒトちゃんを犠牲になんてさせない! 私達が死のうとも思わない! だから、一緒に、一緒に行こう!」

スズメの瞳には強い光――アナヒトはなぜかそれを感じることができた。

2人一緒なら、なんとかなるかもしれない。

そんな思いがアナヒトの胸に湧いてくる。

「アナヒトちゃん、祈りを」

「祈りを……」

瞬間、アナヒトの放つ黄金の輝きが装騎スパロー3Aに飛び火した。

スズメとアナヒトの魂が響き合う。

「スズメ……本来、人と聖霊の融合はとても難しいものなの」

「……?」

「100%シンクロするなんて不可能だし、よっぽど特別な縁でもない限り、特に人の身体には過剰な負担がかかるもの……今のスズメなら、すぐに死んでしまってもおかしくないの」

「わからないけど……うん、わかってる」

更に、今のアナヒトの状況では最悪共倒れ。

良くても片方はその負担で確実に死に瀕するだろう。

「でも、なんでかな……大丈夫、そんな気がするよ」

スズメは思わずアナヒトにそう微笑みかける。

アナヒトもスズメに微笑みかけた。

「うん。大丈夫だね……わたしは、スズメの聖霊だから」

瞬間、装騎スパロー3Aは完全に黄金に染まった。

アナヒトの身体が溶けだし、装騎スパロー3Aと完全に重なる。

スズメは身体中にアナヒトの存在を感じ、アナヒトはその身体の内にスズメを感じた。

装騎スパロー3Aがアナヒトの霊力とスズメの意志力、そしてハイドレンジアリアクターと反応し合い、変化を起こす。

黄金のアズルが外套マントのように背になびき、体中に霊力をつなぎ留める為の金色の装飾が現れた。

「これが、アナヒトちゃんの力……」

『ううん、スズメとわたしの力――そう、わたし達の力』

「私達の、力!」

そこにディープワン・シンカが砲撃を行う。

『スズメ、"わたし達"の名前を呼んで。そうすることで、"わたし達"は真の力を発揮するから』

「私達の、名前……」

ディープワン・シンカの霊子砲撃が神化した装騎スパロー3Aへ――いや、

「私達は――聖霊装騎スパロー・アナーヒター!!」

聖霊装騎スパロー・アナーヒターへと直撃した。

かと思われた瞬間、閃光が走りディープワン・シンカは一気に薙ぎ払われる。

光の中からは無傷の聖霊装騎スパロー・アナーヒターが両使短剣サモロストを右手に構え立っていた。

「すごい、身体が――とても軽い」

『うん……これなら、なんとかなりそう』

聖霊装騎スパロー・アナーヒターが睨むのは、偽神クトゥルフ。

「フニャちん、お願い!」

『Gurr!!』

スズメの意図を理解するように、装牙ティグルがその頭を下げる。

聖霊装騎スパロー・アナーヒターは跳躍すると、その頭の上へと着地――その瞬間、装牙ティグルが一気に飛び上がった。

装牙ティグルの跳躍をバネに、聖霊装騎スパロー・アナーヒターは偽神クトゥルフに向かって一気に跳びだす。

そして、偽神クトゥルフの身体に取りついた聖霊装騎スパロー・アナーヒターは、行く手を阻む触手をその手に持った両使短剣サモロストで切り裂き、偽神クトゥルフの放つ霊子砲をマントで防いだ。

「サエズリ・スズメ」

『アナヒト……』

「『聖霊装騎スパロー・アナーヒター』」

「征きます!」

『征く!』

聖霊装騎スパロー・アナーヒターは、2人の意思を受けてさらに黄金の輝きを強くする。

そして、思いっきり跳躍。

「『わたし達は、負けない!! 潤白の浄花の輝跡ヴルフカー・モツナー・アナーヒター!!!!』」

黄金の輝きをより一層強くした両使短剣サモロストの刃は――一直線に偽神クトゥルフを切り裂いた。

『Ďuaaaaaaaaaaa!!!!』

その一撃は、確実に偽神クトゥルフを引き裂き――――やがて……その身体は消失した。

「やった……やった、倒した!」

スズメの胸に喜びが広がる。

聖霊装騎スパロー・アナーヒターも、力が解かれ装騎スパロー3Aへと戻り、アナヒトもその手で笑顔を浮かべている。

「やったわね……ついに、アナヒトを助けて、そして――――偽神も」

装騎スパロー3Aの傍に近づいてきていた装騎ピトフーイD――ビェトカがスズメにそう言った。

その瞬間だ――――

『まて、装騎の反応――――不明騎からの攻撃だ!』

カレルの叫びが聞こえた一瞬あと、空から強烈な魔電霊子砲が多数降り注いできた。

「何ですか!?」

「さっきの天使装騎ってヤツ!?」

「違います! あれ、は……?」

上空を見上げる一同の瞳に、見たことのない装騎が目に入る。

白銀の輝きを吐き出しながら、空を舞う奇妙な鳥のようにも見える機甲装騎。

その謎の鳥装騎は、その翼を両足へと変化させ――――地面に降り立った。

自身が排出する白銀の輝きに照らされ、暗闇の中でもよくわかる。

その謎の装騎の姿が。

「朱い、スパロー型」

ビェトカがそう呟いた。

獣のような両足、全体的に鋭いデザイン、どこか装騎スパローを連想させるが、その色合いは大きく異なり、全身を真朱に染めていた。

『おめでとう復讐者。アナタは私の目的を無事に果たしてくれました』

そう語り掛けてくる真朱のスパロー型装騎スパロー・ヴァーミリオンの声は、どこか聞いたことのある声。

どこで? スズメはそう自問するが、答えが出ない。

「アナタは、誰ですか!?」

『アナタが私――――サエズリ・スズメ』

「アナタが私……?」

不意に、スズメの脳内にイメージが過る。

装騎スパロー・ヴァーミリオンのその向こう――――コックピットよりも更に深いところ。

コンピューターを経由し、シャダイコンピューターのサーバーの中に"彼女"は居た。

果てしなく広く限りなく狭い、光に溢れた暗闇の世界。

そこに設えられた座席に、スズメとよく似た少女が腰を下ろしていた。

「ようこそ、私の領域ドメインへ」

スズメとは確かによく似ている――色の抜けたように白く染まったその髪と、死と絶望を混ぜ込んだように濁った金色の瞳以外は。

「もう一人の、私……」

「正確には"アナタが"もう一人の"私"なのよ」

絶対的な自信。

瞳に深い絶望を宿しながらも、絶望した過去すらひっくり返して見せると言わんばかりの強気。

「私は私です」

「……そう思うのは勝手よ。私にとってアナタはどうでもいい存在」

「どういう、ことですか?」

「アナタの身体を――――寄越しなさいッ!」

突如、"スズメ"が一気にスズメの下に飛び掛かってきた。

"スズメ"の右手にはナイフ――スズメはそれを右手に持ったサモロストで受け止める。

一瞬、スズメの脳裏に両使短剣サモロストとウェーブナイフを交差させる装騎スパロー3Aと装騎スパロー・ヴァーミリオンの姿が浮かんだ。

「身体を寄越すって――どういうことですか!?」

「私はこの時を待っていた。何度も、何度も何度も何度も何度も繰り返しながら待っていた!!」

"スズメ"は腰からもう一本、新たなナイフを取り出すと両手で構える。

スズメも、予備に持っていた普通のナイフを左手に構えると"スズメ"の攻撃に対応する。

2人のスズメの攻撃が閃き、弾き合い、交差する度にスズメの脳内に不思議なイメージが浮かんできた。

傭兵学園。

地下に繋がれた奴隷たち。

アナヒトとの出会い。

スズメ達の世界マルクトとはどこか違う世界マルクトの映像。

スズメの魂がもう1人のスズメに引かれ、一瞬、意識が混ざり合いそうになる。

「解る? 感じる? 私達が1つになろうとする感覚。これはただの"装騎戦"じゃない――魂と魂のぶつかり合い――――先に、相手の魂に引っ張られた方が負ける、心の殺し合いッ!!!!」

"スズメ"の口元が歪む。

その表情は自分は絶対に負けない、飲み込まれないという自信の表れだった。

(わたしは……アナヒト)

(アナヒトちゃん……一緒に、この国を出よう)

(裏切り者、スパロー! アタシは、お前を殺す!!)

(ええ、それがチームメイトしての役割ですわ……)

(ぶち殺してやんですよァァアアアアア!!!!)

色んな声が頭の中を反芻する。

色んな映像が頭の中で明滅する。

私が殺した。

ブローウィングもウィリアムバトラーもシーサイドランデブーもリリィワーズもミステリオーソもバーチャルスターも全部全部全部、私がこの手でぶっ殺した。

ヤツらはアナヒトを苦しめるマルクトなんて国の手先だから。

所詮、利用し合うだけ、監視し合うだけの敵だから。

「あは、あはははははは!! やっと来た、この時が来た、やっと、やっとやっとやっと!!!!」

嬉々として責め立てる"スズメ"の攻撃に、スズメは若干押され気味だった。

頭の中を色んな声が、映像が反響し、意識が持っていかれそうになる。

もう1人のスズメの記憶が、自分の記憶を圧し潰そうと責めてくる。

(偽神降臨計画……これは新世界へと至る為の聖なる行いである!)

(アナヒトちゃん!? アナヒトちゃぁぁあああああん!!!!)

(ありがとうスパロー……ううん、サエズリ・スズメ。わたしは、あなたに愛されて幸せだった)

(これが……偽神を浄化するわたしの、最期の力……装騎神サラスヴァティー!)

スズメは自分が涙を流していることに気付いた。

そして、彼女スズメのやろうとしていることにも。

(君には新世界を築いて貰いたい。愛する人と永遠に共に在れる世界を)

(はい、我らが預言者様の仰せの通りに)

(我々を裏切ったというのか、スパロー!?)

(いいえ、預言者よ――裏切り者はアナタです)

彼女スズメはある目的の為だけに生きてきた。

その目的が生まれたのは、"彼女の経験した今日"。

偽神クトゥルフが降臨し、アナヒトが犠牲となったこの日。

「アナタは……アナタはアナヒトちゃんを、救うために!」

「そうッ! 私は取り戻したい! この手に、この腕に、この胸に! アナヒトを取り戻すために戦ってきた! 心が壊れそうになっても、身体がカタチを保てなくなっても、この力で、何度も何度も何度も何度も繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し!!!!」

彼女は手を加える。

自身の歴史に、世界の歴史に。

偽神クトゥルフを滅ぼし、そしてアナヒトが生きている世界を作り出すために。

その身体が消滅し、直接手を下せなくなっても、シャダイの内に潜みながら世界を操る。

装騎の技術を高め、マルクトの力を高め、戦争を起こし、競争を掻き立て、さらに高位の技術を求めた。

それでも偽神クトゥルフは倒せない。

アナヒトの犠牲失くして倒せない。

繰り返しながら彼女は待った。

「奇跡の、瞬間! それを!!!!」

"スズメ"の一撃で、スズメは思いっ切り弾き飛ばされる。

ナイフで割かれた胸が痛む。

血は――出ていない。

だが痛みは本物。

装騎スパロー3Aの胸が浅く抉られたイメージが頭に浮かぶ。

いや、違う。

そっちが現実。

この戦いは想像。

だけどこんなに――

「痛ぅ……!」

「ブラッドムーン……バインド」

「ああッ……!!」

突如、"スズメ"の放つアズルが紅く染まり、スズメの身体を縛り上げ、空中に固定した。

必死に身をよじるが、アズルの鎖が身体のあちらこちらに食い込み、痛みを発するばかり。

動けないスズメの腹を蹴りつけ彼女は言う。

「どう? 動けないでしょ? あは、あはははは、アナタには足りないからです。深い絶望も、強い執念も、足りない!」

"スズメ"は手にしたナイフの刃先を、スズメに見せつけるように掲げた。

「ひぁッ! うぐぁッ!! がぁあッ!!!!」

そして、スズメの身体を引き裂く。

薙ぎ払い、切り上げ、そして突き立て、ぐりぐりとナイフ捻じ込む。

あまりの激痛にスズメは悲鳴を上げた。

もしもこれが"現実"であったなら、とっくに意識を失っていたかもしれない、とっくに死んでいたかもしれない。

「アナタは、私には……勝てない!!」

囁くような"スズメ"の言葉通り、彼女の執拗な攻撃は激しい執念の塊だった。

勝利を確信している――というよりも、自らが絶対上位であるという自信。

そして、その過去から来る後先引けない考えられない攻撃。

その攻撃は――

「とても、悲しいです」

一瞬、"スズメ"の手が止まる。

「何? 何ですかその顔はッ! 同情? ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!!」

"スズメ"の感情に呼応するように、スズメの身体を縛り上げる鎖に一層力が入った。

激しい痛みと共に彼女の記憶がスズメの中にただ只管流れてくる。

だが、スズメには彼女の記憶に圧し潰されてしまう――そんな感覚はもう無かった。

(そんな簡単にリセットできるもんじゃないよ。人生ってヤツはさ……だから必ずどこかで決着を付けないといけないんだ)

ふと、スズメの頭にそんな優しい声が響いてくる。

「そうだ……ここで彼女に――私に決着を付けてあげないと」

スズメの心が穏やかになっていく。

スズメはそっと、その瞳を閉じた。

"スズメ"のナイフの風切り音が、スズメへと近づいてくる。

そして、ナイフの一撃がスズメを引き裂かんとした瞬間――――その一撃はスズメの目の前で止まっていた。

スズメはそっと瞳を開ける。

スズメの前の前には、彼女の持つナイフと――そして、それを止めるスズメの見知った少女の手だった。

「アナ、ヒト……」

"スズメ"が驚きの表情を浮かべる。

その空間に介入してきたのは――アナヒト、彼女自身だったから。

アナヒトの姿に"スズメ"は動揺を隠せない。

「ぐぅッ、離しなさい! ……離してッ!!」

自身の手を強くつかむアナヒトに、"スズメ"は思わずそう叫ぶ。

「わかった。離す」

アナヒトはそういうと、"スズメ"の手を放した。

それと同時に、スズメの身体を縛っていた鎖が崩壊する。

「スズメ、大丈夫?」

「うん。ありがとう、アナヒトちゃん」

アナヒトがスズメに微笑みかける。

スズメも、アナヒトへと微笑みかけた。

「何、何何何何何何!? 見せつけてるんですか!? 私に、私に、私に見せつけているんですか!!??」

その様子を見て"スズメ"は激昂する。

「アナヒト、こっちに来なさい。こっちに、こっちに来てアナヒト! 私に向けて、アイツじゃなくて私に、私に笑いかけてよぉ!!!!」

「もう、終わりにしよう……?」

項垂れる"スズメ"にアナヒトが静かに近づく。

「どうして貴女スズメがこうなったのか、わたしも、見た……わたしは、貴女を赦したい。だから、もう、終わりにして」

「アナヒト、ちゃん……」

"スズメ"の瞳に溢れ出す涙。

「私も、アナタを赦したいです。ううん、赦します……だから」

スズメとアナヒト――二人の言葉に"スズメ"はそっと瞳を閉じた。

そして、穏やかな口調でいう。

「私は、アナヒトちゃんを救うために、救うためだけに戦ってきたのに……アナヒトちゃんに否定されたら、どうしろって言うんですか」

「アナヒトちゃんはアナタを否定してなんかいませんよ。アナタを信じているから――だからもう、終わりにしよう、と」

「解ってる……判ってる…………こんなことをしても無意味だって、内心、分かっていた。アナヒトちゃんはこんな私は望まないって。私の帰れる場所は、もう、どこにもないって……」

"スズメ"はずっと求めていた。

故郷を失い、家族を失い、そして、やっと出会った"帰りたい場所"も失い……。

それでも探していた。

「Kde domov můj?」

――――私の、帰る場所はどこ?

「帰る場所ならありますよ――アナヒトちゃんお傍に、私と一緒に帰ればいいじゃないですか」

「アナヒトの、傍に……」

だが、"スズメ"は首を横振ると言った。

「この世界のサエズリ・スズメ……私に、止めの、一撃を」

「! ……ですけど!!」

"スズメ"の言葉にスズメは思わず叫ぶ。

何かを言おうとするスズメの言葉を遮り、彼女は言った。

「いいの! お願い、スズメ。私を殺して……それが、私の、"最後の願い"だから」

そう訴える彼女の瞳は切実で、そしてとても真っ直ぐ。

「本当に……良いんですか?」

「はい――――私はもう、ここにいるべき存在では、ありませんから」

そういう彼女の決心はとても強い――スズメはそう感じた。

だから、スズメは静かに頷くと、その手にサモロストを拾い上げる。

「ごめんなさい……もう1人の、私」

「いいのよ、この世界の私……」

スズメの右手が"スズメ"に振り下ろされた瞬間、"スズメ"の口元が不気味に歪んだ。


挿絵(By みてみん)

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