偽神編第16話:御神の下へ/Volání Cthulhu
『偽神降臨計画……偽神教のデータベースにはこうありました。強大なる偽神クトゥルフの力を以って、この世全てを手中に収める計画――それが、偽神降臨計画だと』
「つまり、世界征服ですか?」
『わかりやすく言うとそう捉えられますね』
「世・界・征・服ぅ~? 今時、世界征服ぅ!?」
そうバカにしたような声を上げるのはビェトカだ。
「今時、世界征服なんて、子ども向けアニメだってやらないってーの!」
「ねぇ?」と周りに同意を求めるビェトカだったが、その言葉にきっぱりと反論した者がいた。
それは――
「ありえないとは言えないわね」
ローラだった。
「はぁ? 世界征服なんてわかりやすい悪の目的! アンタなら鼻で笑い飛ばしそうだと思ったんだけど」
「何を言ってるんですか? その"わかりやすい悪の目的"を果たそうと動いていた"国"が最近まであったのを知らないのかしら?」
「え……?」
ローラの言葉にビェトカは心当たりがないようだ。
『マルクト神国、ですか?』
『そうよ』
正解を口にしたのはズィズィ――そう、その国とはズィズィやクラリカが敵として戦い、ローラ達が反旗を翻したことで滅びたマルクト神国のことだった。
『スズメ達みたいな下級兵士はどうだか知らないけど、マルクト神国上層部の――特にシャダイ信望者達は"マルクト神国が世界を統治することでの平和"を目指し、周囲の国々に侵略戦争を仕掛けたの』
「武力による平和、ですか」
『そう。そしてその野望は"世界征服"と呼んで差し支えないんじゃないかしら?』
「……確かに、そうね」
些か不服そうだが、ビェトカはローラの言葉に頷く。
「でも、神の力を利用して世界征服なんてソレこそテレビアニメじゃん! 大体、その偽神とやらの力を制御できるもんなの?」
『分かりませんが……ヤツらは可能だと、そう踏んでいるからこそこの計画に至ったのでしょう』
ビェトカの疑問に答えたのはズィズィ。
ズィズィは続ける。
『偽神――ヤツらがクトゥルフと呼んでいる存在を降臨させるためには、大きく2つの条件があります』
「条件、ですか……」
『はい。1つは莫大な霊力。もう1つは適した場所……その2つが揃うことで偽神を降臨させることが可能となると』
「莫大な霊力と、適した場所、ねぇ。待って、それなら何でスズメのダチは浚われたのよ?」
ビェトカの言葉で、スズメの表情が険しくなる。
スズメは、そのダチ――アナヒトを助けるためだけに今回の件に首を突っ込んでいたから当然だ。
『それについても報告記録がありました。莫大で――そして純粋な"聖霊に近い"霊力を持った少女を見つけた、と。恐らく、アナヒトちゃんの持つ霊力はかなり特異なものだったのでしょう』
「それで……狙われた」
スズメの言葉にズィズィは頷いた。
『それと――これはスズメの前では言いにくいのですが……アナヒトちゃんのことをヤツらは"贄"とも表現していましたから』
その言葉を聞いてスズメの表情はさらに険しくなる。
贄――生贄……アナヒトが生贄にされようとしているかもしれない。
その事実にスズメの胸が逸る。
いや、そんなことは浚われたときから薄々感じていた――だからこそ、1日の休みもなく敵を探し、そして攻撃を仕掛けてきたのだから。
しかし、改めてそう言われると…………
「ズィズィさん! 降臨に適した場所とは――場所とはどこなんですか!?」
『はい。その場所の条件には2つ。1つは外界――これは異世界のようなものらしいですが、そことの境界が曖昧な"特異点"と呼ばれる場所』
「特異点?」
『この辺りで特異点と言えば、マルクト南部の山脈……アルペン東山脈とアルペン西山脈の間に空いた大穴……アルペン・グローセス・ロッホ』
アルペンの大穴――そこはかつて"邪悪なる軍勢"が異世界より現れ、女神と争った結果出来た大穴だと言われる。
女神と邪神の戦いで元々一つだった山脈は分断され――そしてその場所には人も、動物も、植物も寄り付かない不毛の地となったと。
そこは、そんな御伽噺で有名な場所だった。
「でも、確かに偽神を降臨するには良さそうな、いわくつきの場所ですね」
『ところがそうでもないんです』
「へっ? ってーと?」
『もう1つの条件――それが、土地自体が豊富な霊力を持っているということなんですけど、アルペンの大穴は不毛の地……その土地は霊力が完全に死んでいて、偽神を呼び出し、維持するだけの霊力が保持できないんです』
「じゃあダメじゃん!!」
『しかし、アルペンの大穴に近い、アルペン以北の一定範囲内は"境界"が揺らぎやすく――分かりやすく言うのであれば、マルクト共和国の領土内であればどこであっても異界への干渉が容易いようですね』
「なんで!?」
『偽神教団の推察によれば、今のマルクト共和国周辺で過去に2度、女神と邪神の戦いが行われたからではないか――そう言われていますが』
「1つはさっきのアルペンに穴がーってヤツでしょ? もう1つ?」
「黄昏の女神の伝説ですね」
異界から現れた邪神を封印したと言われる陽光の女神の伝説。
そして、その封印から目覚めた邪神を倒したと言う黄昏の女神の伝説。
その2つの物語は――今のマルクト共和国周辺での出来事――その影響で、マルクト共和国の土地は異界に干渉しやすい土地になっているという。
『となると、特異点はマルクト共和国全体と言う解釈もできるでしょう。そして次が霊力の充実した土地――ですが』
今の話をしながら、ズィズィはマップに書き込みをしていたのだろう。
印がつけられた地図情報がスズメ達の元へと送られてきた。
その印の場所は――偽神教の本拠地だと言われていたドレスデン、ディープワン工場のあったプルゼニ、そして……首都カナン。
『この3つが、特に彼らの目に止まっていたようですね』
「首都カナン? カナンで儀式なんて、どう考えたって人目につくっしょ! 人気の少ない場所だってないでしょ?」
「そうですね。中央公園でも使えれば、広さ的には十分な気もしますけど……」
スズメの言葉に、ローラの表情が変わる。
その表情の変化をビェトカは目ざとく察知していた。
「中央公園は無理でしょ。なんたって中央の公園じゃん」
「それに、あそこは最終防衛戦の後からシャダイコンピュータの調査と復興で国が管理しているんですよね? 巨大なバリケードが張られてるの見ましたよ」
スズメのいう通り、"最終防衛戦"の決戦の地となったシャダイコンピュータのサーバータワーがそびえていたカナン中央公園。
マルクト神国に所属していたスズメと反神国派の一員であったサクレ・マリアの戦いにより崩落したシャダイタワー。
今、その周辺はマルクト共和国の調査機関がシャダイコンピュータの調査の為に封鎖していた。
『はい。あそこはマルクトが――――つまり、"貴女達"が管理しているようなものですよね』
『確かにあそこは私達が管理している――のだけど……でも、まさか…………』
ローラは様々な可能性を脳内に走らせる。
考え、考えて、考え抜いた結果、ローラは一つの結論を口にした。
『ありえないとは……言えなさそうね。あそこを管理しているのは確かにマルクト共和国……だけど、私達とは違う派閥なの。もしもその一派に偽神教の――或いはその背後組織の息がかかっていたとすれば……』
「適度な広さ、特異点や霊力といった条件もバッチリ、バリケードもあって外から中の様子は見えない……なるほど……これは匂ってきましたね」
「分かった――どうせ手がかりは他にないんでしょ? だったら行ってやろうじゃん。カナン中央公園!」
『ですけど、あそこは元々シャダイコンピュータを守るための城塞。そこが当たりだろうと外れだろうと、攻め入れば熾烈な反撃は避けられない――わたし達MaTySでも面倒見切れないわよ』
「元々、面倒見なくても済む戦力が欲しくてワタシ達に同盟を持ちかけたんでしょ?」
『それは――そうですが…………』
「心配してくれてありがとうございます、ローラさん」
『別に、心配なんかッ』
「ですけど、行かせてください。いえ、止めても行きます。それは――分かっていると思いますが」
しばしの沈黙。
それは、スズメ達を止めようとしている訳でも、スズメ達を行かせる決意をする為でもない。
ローラは正直に言おうと思っていた。
今まで、思っていたことを。
『サエズリ・スズメ』
「なんですか?」
『良い? 一つ言わせてもらうわよ。わたしは貴女が嫌い。大っ嫌いよ! なんで親友が死んで、アンタが生きてるのか――不思議でならないくらいにね。アンタが死んで――マリアが生きていればよかったのに!!』
「はい」
『いい? アンタの命はマリアがアンタに上げたものよ!? マリアがアンタを庇ったから、だから……だからアンタは生きてるのッ! 分かってるでしょ!?』
「……はい」
『だから、だからだから、死んだら絶対に赦さない。わたしがアンタを殺す! 死んでても殺すから! 絶対、絶対にね!! 絶対生きて、戻ってきなさいッ!!!!』
スズメに思いをぶつけると同時に、ローラの中にあった色んな感情が流れ出す。
今までの戦いを、そして仲間達のことを思い出したのだろう。
ローラは崩れるように画面から消えると、後はただただ嗚咽だけが聞こえてきた。
「……行きましょう、ビェトカ」
「分かってる。さぁ、やってやろうじゃないの」
「ようこそ、神の御許へ!」
「何バカ言ってるのですか」
カナン中央公園――その入り口に来た時、スズメとビェトカを2人組が迎えた。
「ケイシー&エリヤさん……!」
「コンビ名みたいに呼ばないでください!」
「え~、いーじゃんすげーじゃんじゃないですかぁ」
「意味がわかりませんよ」
そう、待っていたのはケイシーこと天使ハラリエルとエリヤこと天使サンダルフォンの二人。
相変わらずのノリに苦笑してしまうが、この二人が居る、ということは……。
「そぉです。大正解。ここで――偽神降臨の儀式が行われようとしていますぅよ」
「答え合わせは良いけど、それなら先に教えて欲しいんだけど」
「私達は万能ではありませんし、ヘタに干渉できないよう力も抑えられていますから……ここで儀式が始まるということも霊脈の異常でさっき解ったところなんです」
尤もなビェトカの言葉に、申し訳なさそうにサンダルフォンが答えた。
「全く、肝心な処で役に立たないじゃん」
なかなか厳しいことを言うビェトカに、サンダルフォンは返す言葉もない。
「ですがぁ、そんなことを言ってる場合ではありませんよぉ」
「そうです。霊脈に異常があった――ということはもうすでに儀式が始まっているということ……サエズリ・スズメさん、ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタさんお願い、できますか」
「仕方ないでしょ。やってやるわよ」
「はい……行きましょう。すぐに」
そんな話をしている間に、装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDが運ばれてきた。
『ズメちん! スパローとピトフーイ、2騎とも万全の状態に調整してあるよ!』
スズメとビェトカが自らの機甲装騎に乗りこむと、ロコヴィシュカから通信が入る。
スズメは装騎スパロー3Aを軽く動かし、手ごたえを感じる。
『スパロー3Aは今までの戦闘データもフィードバックして、出力も向上。それにローラさんから頼まれた"選別"も持たせてあるからね』
「ありがとうロコちん」
『ピトフーイDはスパロー3Aと同じバスタード改装を施したのと、あまりに煩いから霊子鎖剣ドラクを作っておきましたからね!』
「やったぜ!」
ロコヴィシュカの言う通り、装騎ピトフーイDには見覚えのない短剣のような武器が腰部にストックされていた。
最終決戦に向けて、急ピッチとはいえ万全の状態に仕立てられた装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDは決戦に赴く。
この戦いに計画は無いが、装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDが盛大な"狼煙"を上げることを合図にMaTySが周囲を包囲し、他の邪魔を入れない手筈になっている。
ズィズィもクラリカもまだ怪我が治っていない状態で、戦力的にも苦しいものがある中――2騎の機甲装騎は偽神教との決戦の地へと駆けだした。
「しっかし、その"選別"であのバリケードを突破できるものかね?」
ビェトカの言葉に、スズメは装騎スパロー3Aが握った"ソレ"に目を向ける。
霊子砲ロンゴミニアド内蔵型突撃槍ロン――その"最終決戦仕様"。
「いけますよ。この槍は――"神"を殺した槍ですから」
それは、騎使サクレ・マリアが"あの最終決戦"で使っていた、強力な魔力爆弾を内蔵した対シャダイタワー破壊用と同型のものだった。
この槍の爆発により、巨大なバリケードに穴を空け――そして、狼煙とする。
それが、戦いの始まりを告げるのだ。
やがて、スズメとビェトカの目の前に巨大なバリケードの麓が見えてくる。
「スズメ、やっちゃえ!」
「はい! ……お願いします」
装騎スパロー3Aはその手に持った突撃槍ロンを逆手で持つと、思いっきり振りかぶった。
「ロン……ギヌス!!」
スズメの声と同時に、突撃槍ロンが放たれる。
空を引き裂き、バリケードに突き刺さった突撃槍ロンは――――その一瞬後、眩い閃光と耳をつんざく爆音と共に―――――バリケードに穴を穿った。
巻き上がる爆発の煙を纏い、装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDはバリケードの中へと侵入する。
そこで目にしたのは――――シャダイタワーの瓦礫の上にあつらえられた重厚な座席に座らせられるアナヒトと――その周囲を取り囲む偽神教信者、数多のディープワンズの姿だった。
「アナヒトちゃん!!」
「スズメ……!」
スズメの下へとアナヒトが手を伸ばす傍で、人々の視線が装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDへと向けられるが、その表情に驚きはない。
寧ろ――待っていたと言わんばかりにディープワンズが構えを取る。
「ムニェシーツ・スヴェトロシープ!」
だが、その構えより先に装騎スパロー3Aは限界駆動へと達し、全身のヤークトイェーガーに光を灯した。
そして、全身のブレードから放たれた魔電霊子砲がディープワンを数体、焼き穿つ。
「ふっ、先手必勝ね――そう来なくっちゃ」
ビェトカはスズメの攻撃に便乗すると、装騎ピトフーイDの透過機能を起動し、その姿を消して潜り込んだ。
スズメとビェトカの有無を言わさない攻撃に、さすがの信者達にも焦りの表情が浮かぶ。
だが、目深にフードを被ったリーダーと思しき人物が、信者達を制する。
偽神降臨の儀式を続けよ、と。
「ぐぅ……ッ」
アナヒトの表情が苦悶に翳る。
その理由を、スズメとビェトカも感じていた。
この場にいる者であれば誰でも分かる。
周囲の空気の変化、一気に何かがこの地へと雪崩れ込んでくる感覚――空が薄くなるような錯覚――そしてその力は、アナヒトの身体を中心にして働いていた。
その表情からもわかるように、アナヒトの身体にかかっている負荷は非常に強いものだろう。
「アナヒトちゃん!」
アナヒトの表情にスズメの気持ちは逸る。
その気持ちに後押しされ、装騎スパロー3Aはアナヒトに向かって加速した。
装騎スパロー3Aの前をディープワン完全体が阻もうとするが、ディープワン完全体は呆気なく切り払われる。
「……っ!?」
その光景を目の当たりにしたフードの人物が目に見えて動揺を露わにした。
ディープワンを打ちのめし、偽神装騎ダゴンにハイドラも討ち取った復讐者達……その話は聞いているだろうし、データとしては知っていたかもしれない。
だが、その圧倒的な力を初めて間近で目にしては、さすがに動揺も隠せないと言ったところか。
装騎スパロー3Aはアナヒトへと一気に距離を詰めるが、突如、フードの人物がそのフードをバサリと翻す。
その瞬間――――
「なっ、どこから!?」
突如自分の目の前に、謎の機甲装騎が現れた。
咄嗟に薙ぎ払った両使短剣サモロストを受け止める謎の装騎――スズメは、その装騎の姿にどこか見覚えがあった。
「……ロウ、トカ?」
無機質な見た目で、糸の無い操り人形のようにも見える、片翼の装騎。
「スズメ! あの装騎は」
ビェトカの声が通信から聞こえてくる。
「はい、装騎――ロウトカです」
そう言いながら、スズメはどこか違和感を覚えた。
「いえ、違う……逆です!」
「逆? ……あっ」
スズメの言葉にビェトカは理解する。
あの装騎は"逆"なのだ。
ポロツクで見た装騎ロウトカは黒い左半身に白い右半身――しかし、この装騎は黒い"右半身"に白い"左半身"で逆だった。
「ナニモノですか? 偽神装騎……!?」
『あのような未完成品と同じにしないで欲しい。我が名はハルファス。天使装騎ハルファス!』
天使装騎ハルファスは吠えるようにアズルを放出し、装騎スパロー3Aを弾き飛ばさんとする。
だが、装騎スパロー3Aも負けじと踏ん張り、ヤークトイェーガーのブースターを全開にした。
天使装騎ハルファスの勢いに、装騎スパロー3Aも負けていない。
拮抗する力に、天使装騎ハルファスに少し焦りが見える。
「天使装騎、なんて大層な名前の割にはまだまだみたいですね」
『……舐めるなッ』
天使装騎ハルファスから、ある種の"覇気"のようなものが放たれた。
それを受けて、俄かにディープワン完全体が活気づく。
「スズメ、危ない!」
ディープワン完全体の砲撃を、装騎ピトフーイDがアズルの翼で防ぐが、その威力に押されそうになる。
「威力が……上がってる!?」
それだけではない。
同時に、どこからかディープワン完全体がその姿を現し、その数を増していた。
「これは……まさか、このハルファスが!?」
『我は軍略の天使――兵を集め、武で満たす。偽神の降臨まで遊んでいろ』
「チッ、厄介な敵ね!」
これ以上ステルスも無意味だと判断したビェトカは、装騎ピトフーイDの姿を現し、強化されたディープワン完全体と戦いを繰り広げる。
その間にも大気中のアズルが濃くなっていき、そしてその場にいる人々の胸騒ぎが激しくなっていった。
黒いエネルギーがアナヒトを中心に、カタチを持っていく。
「ぅう……きゃぁぁあああああああああ!!!!」
耳をつんざくアナヒトの悲鳴と共に――割れた空から、闇の柱が降りてきた。