偽神編第15話:本能がまま/Přání Matky
偽神装騎ハイドラの風が放たれ、それを装騎ピトフーイDはかわす。
『Šrrrrr』
「衝撃疾走波!」
装騎ピトフーイDが手に持った懲罰の鞭を振るうと、強烈なウィップクラッキング音と共に、鞭の先からアズルの衝撃が放たれた。
装騎ピトフーイDのアズル衝撃と、偽神装騎ハイドラの風がぶつかり合う。
弾けるアズルと風が周囲の座席を揺らし、その振動が礼拝堂内に伝わった。
その間もビェトカは"罠"の用意を入念に行う。
ビェトカは中央礼拝堂中に張り巡らされたワイヤーの位置を確認。
「3、2……1ッ」
そして、タイミングを見計らいワイヤーの両端を思いっ切り巻き取った。
ワイヤーは一気にその輪を狭め――偽神装騎ハイドラを縛り付ける。
「オマケのアズルもくらいな!」
更にアズルを流し、ワイヤーを強固なものとする。
「このまま切り裂く――――には、イマイチ足りないかッ」
『Šššuuuurrr』
自身を縛るワイヤーから逃げ出そうと、必死でもがく偽神装騎ハイドラ。
ワイヤーによって切断こそされないが、逃げることもできない様子。
この状態なら――――
「風も嵐も――起こせまいっ!」
装騎ピトフーイDは、懲罰の鞭にアズルの炎を灯す。
「切り開く!!」
その一撃は、偽神装騎ハイドラの身体を引き裂いた。
だが――決定打にはなり得なかった。
「これは!?」
偽神装騎ハイドラの首筋から、突如"小さな何か"が飛び出す。
それは高さ2m半程のどこかディープワンにも似た装騎だった。
『Šrrr……』
それは偽神装騎ハイドラのコア。
今のビェトカには知る由がないが偽神装騎ハイドラには緊急時に"外装を脱ぎ捨て、コアのみで動く"という機能が備わっていたのだ。
ハイドラ・コアは緊急時の脱出用とはいえ、並の偽神装騎以上の戦闘力を保持している。
その証拠に、ハイドラ・コアの両腕が震うと――ハイドラの瞬風に負けず劣らずの風を吹き荒らした。
「チッ、厄介ね!」
風の有効範囲は完全な偽神装騎ハイドラの時と比べると大幅に狭くなっている。
だが、その小型さと身軽さ――それに見合わぬ強力な力を持つハイドラ・コアは下手をすると偽神装騎ハイドラ以上の脅威だった。
「ちょこまかちょこまかと……」
装騎ピトフーイDな何度となく、懲罰の鞭を叩きつけるが、それをハイドラ・コアはかわす。
回避行動をしながらも、不思議なことに最初の一撃以来ハイドラ・コアは攻撃をしてこない。
ただ、装騎ピトフーイDの攻撃に反応して身をかわすだけ。
一方、ビェトカもただ闇雲に攻撃していた訳ではなかった。
ビェトカは周囲にワイヤーを再び張り直し、ハイドラ・コアの行動を制限しようと考える。
ワイヤーも周到に張り巡らせ――それはハイドラ・コアを取り囲んだ。
『Šš』
ハイドラ・コアが罠に気付いたような声を上げるが遅い。
「これなら――どう!?」
『Šššrrrrrrrra!!!!』
まるでビェトカの攻撃に"怯えるように"身をすくめていたハイドラ・コアが一転、"例の癇癪"を起こしたときのように声を上げると、闇雲に両腕を振り回し、風を盲撃ちしはじめる。
「切り替わった……!?」
そう、それはスイッチが入ったかのように、"別人になる"ように、"子どものように"暴れ始めた。
その風の暴撃でワイヤーが撃ち抜かれ、ビェトカの罠はおじゃん。
ハイドラ・コアは装騎ピトフーイDから逃げ出す。
――――かと思えば、突如として反転。
風を剣のように両手で握りしめ――装騎ピトフーイDへ"騎士のように"切りかかって来た。
「まさか……コイツっ」
ビェトカは気づいた。
「コイツ……沢山の人間を材料にしている……?」
偽神装騎ハイドラには以前から不安定な部分が多々見られていた。
基本としては、ある種、条件反射的に敵性反応への対処を行う機械として動く。
だが、何らかの要因によりそのプログラムが弱くなる――或いは抑制力を上回る衝動が起こった時に、偽神装騎ハイドラは"不安定"になるのだ。
例えば恐怖――その恐怖が大きくなった時、偽神装騎ハイドラの材料にされた人々の生存本能が偽神装騎ハイドラに伝わり、一種の火事場の馬鹿力だったり、子どものような癇癪を起す。
子どものような――と言うが、実際に偽神装騎ハイドラの材料の中に子どもも居たのだろう。
そう、ビェトカの母親と同じように。
「でも、風で剣撃っていうのは……新しいパターンじゃないの!」
偽神装騎ハイドラの"外装"はその不安定さを抑制するための制御装置でもあった。
それが取り除かれた今、偽神装騎ハイドラはただ本能と自分の中に渦巻く多数の人々の衝動で動いている。
時に怯え、時に泣き、時に暴れ、時に勇敢に、時には射手となり、時には剣士、時には大人に、時には子どもに――――目まぐるしく自分を変える。
「厄介な……」
不規則な行動、不安定な様相、ただ不安定であれば容易くパターンを読み取り、止めを刺すのも難しくないかもしれない。
しかし、ハイドラ・コアは不安定でありながらも、こと敵からの攻撃に対しては的確に察知し回避をしてくるので必殺の一撃が打てない。
"生きる"という最大の衝動が、ハイドラ・コアには強くあったからだ。
ビェトカがハイドラ・コアに手をこまねき、スズメがディープワン完全体の軍勢にかかりっ切りのその時――"新たな脅威"が近づいていることを二人は知る由もなかった。
突如、強烈な爆発が礼拝堂全体を激しく揺らす。
「何!?」
「何ですか!?」
ハイドラ・コアと戦っていたビェトカも、ディープワン完全体と戦っていたスズメも、思わず声を上げた。
天井が破壊され、瓦礫が礼拝堂へと降り注ぐ中――日暮れの紅さを身に纏って1騎の機甲装騎が天から降って来た。
異様に細身のデッサン人形を思わせるその装騎は、黒く染まった左半身に、白く、天使を思わせる翼が生えた右半身というアンバランスな見た目をしている。
「スズメ、見えてる?」
「はい……なんか糸の無い操り人形みたいな装騎、ですよね」
「ロウトカ……良いじゃん」
突如現れた乱入装騎ロウトカ――敵か味方か分からない、が――――その雰囲気からスズメもビェトカも敵だと確信していた。
その確信はすぐに現実に変わる。
ロウトカはその左腕を掲げると、その手のひらから眩い白光を解き放った。
「やっぱり、敵ね!」
それはビェトカの装騎ピトフーイDを狙ったもの。
その一撃を装騎ピトフーイDは回避する。
「ビェトカ!」
装騎スパロー3Aが上階から飛び降り、装騎ピトフーイDの傍に着地した。
それを追いかけるように、2階にいた数体のディープワン完全体も1階へと飛び降りる。
「スズメ、アイツ……なかなかの強敵。そんな感じするわ」
「ですね……このプレッシャー――偽神装騎と似ている、でも、違う感じ……」
隣り合う2騎を狙って、装騎ロウトカは両手から光の帯を放った。
それを散開し、回避する装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイD。
装騎ロウトカの攻撃を口火に、ディープワン完全体も砲撃を始める。
対して、ハイドラ・コアはその砲撃にさえ怯えるように、周囲を駆けまわるだけ。
「……ハイドラは今の所脅威にはならなそうね」
「ハイドラ……アレが?」
スズメはハイドラ・コアを目にして思わずそう口にする。
「詳しい話は後――とりあえず、"癇癪"だけには気を付ければ良いわ」
「はい。当面はあの完全体と――ロウトカですね」
「そゆこと」
スズメとビェトカにとってディープワン完全体は最早脅威とはなり得ない。
実際、スズメは装騎スパロー3Aの跳躍戦闘の足場としてディープワン完全体を利用していた。
となると、目標はただ一つ――――乱入装騎ロウトカだ。
まるで幻影のように捉えどころのない――フラフラとした動きをする装騎ロウトカ。
その動きは、どちらかというとスズメとビェトカの力を測っているようだった。
「ムニェシーツ・ロンゴミニアド!」
「衝撃疾走波!」
装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDの射撃アズル技が装騎ロウトカを狙う。
両使短剣サモロストの先から放たれた魔電霊子砲と、懲罰の鞭の打鞭音と共に放たれた魔電霊子衝撃が走るが、突如、虚空から宝石のようなものを現すと、その霊子攻撃を弾き飛ばした。
「あの防御――かたそーね!」
「そうですね……ッ!」
スズメはビェトカの言葉に同意しながら、装騎ロウトカの直上を跳んでいた。
先ほどのムニェシーツ・ロンゴミニアドの光に紛れ、跳躍していたのだ。
装騎ロウトカはそれに気づき、上空へと顔を向ける。
「よそ見厳禁!」
だが、その隙を狙い、ビェトカの装騎ピトフーイDが装騎ロウトカへと一気に接近。
「懲罰の鞭!」
両腕を思い切り突き出すと、懲罰の鞭を装騎ロウトカに向かって射出した。
装騎ピトフーイD――その左腕から放たれた懲罰の鞭は装騎ロウトカの右手を絡めとる。
だが、もう片方の懲罰の鞭の先はそのまま装騎ロウトカの背後へと通り過ぎて行く――その様子を見てビェトカは叫んだ。
「大当たり!」
虚空を突いた装騎ピトフーイD右腕の懲罰の鞭は――装騎ロウトカの背後へ落下する装騎スパロー3Aの身体を絡めとっていた。
「これで決めなさいっ!」
「はい!」
ビェトカの言葉に装騎スパロー3A全身のヤークトイェーガーにアズルの輝きが走る。
「ムニェシーツ……ドーパット!」
全身をアズルで固め、装騎ピトフーイDの懲罰の鞭に引かれながら、落ちる隕石のように装騎ロウトカを狙う装騎スパロー3A。
その時――ビェトカは装騎ロウトカが嗤った――――ような気がした。
不意に、装騎ロウトカの身体から存在感が消えていく。
ビェトカは手応えが消えていくのを、何故か感じた。
そしてそれは――――事実だった。
「ッ!! スズメッ、待っ!!!!」
身体が消え、装騎ロウトカを捉えていた懲罰の鞭が地面に落ちるのと同時にビェトカは思わずそう叫ぶが、もう遅い。
装騎スパロー3Aは装騎ピトフーイDに引かれ――――そして、ヤークトイェーガーに装備された動作補助用のブースターによる加速もあって、その勢いをもう止めることはできない。
「な…………ビェトカ、避けてッ!!」
「クッ、避けて……避けてやろぉーじゃないのッ!!!」
内心「もう間に合わない」――そう、思いながらも必死に装騎スパロー3Aの攻撃軸から身をかわそうとする。
「ビェトカァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」
『Zijjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjjj!!!!!!!!!!!!!』
突如、スズメの叫びを掻き消すような、激しい轟音が響き渡った。
それと同時に、ビェトカの身体を揺らす激しい衝撃。
一気に弾き飛ばされる装騎ピトフーイD。
そのまま、装騎スパロー3Aのムニェシーツ・ドーパットは――ハイドラ・コアを焼き払い、礼拝堂の地面を抉り、衝撃で多数の礼拝席を吹き飛ばす。
「お母さん……」
装騎ピトフーイDを――いや、ビェトカを庇ったハイドラ・コアは消滅。
気付けば装騎ロウトカのように、幻のようにディープワン完全体も消え去り、この戦いが終わりだということ告げていた。
「やぁ、無事だったみたいだね」
「当然でしょ」
施設から出た2人をテレミス・ロイが真顔で迎える。
「ローラ達に何か報告する? さっき、向こうから安否確認が来てたんだけど」
「スズメ、どうするぅ?」
「……そう、ですね。早めに報告しましょうか」
スズメの言葉にロイは頷くと、PADを操作し、ローラ達と通信を繋げた。
『貴女達、無事?』
空中に投影されたローラの姿がスズメとビェトカにそう尋ねる。
「見ての通りですよ」
「そっ、ハイドラもぶっ倒してやったわ」
いつも通りのスズメとビェトカの様子に、ローラは安堵とどこか苦い感情がない交ぜになったような表情を浮かべた。
「何よアンタ、不服なの?」
『そうではないですけど……いつも通り過ぎて、拍子抜けです』
はぁ、といつも通りため息を吐くローラ。
『それはそうと――何か収穫はありましたか?』
「収穫ねェ。ハイドラを倒したっていうのと……あとは、変な装騎と遭ったわ」
『変な、装騎……?』
ビェトカの言葉にローラは興味を示す。
「今からデータを送りますね!」
スズメはそういうと、ローラの元に装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDに記録された装騎ロウトカの情報をローラの元へと送信。
その情報は一瞬後、ローラの元へと届いた。
『ふぅん……仮称ロウトカ、虚空から宝石のようなものを召喚、奇妙な見た目、偽神装騎にも似た別の装騎……ね』
「その装騎、雰囲気が偽神装騎と似ていたんですけど、でもそれ以上に異質な感じがするんです……」
「もしかしたら、アンタらが追ってる"偽神教の背後の組織"とも関係があるかもね」
『…………』
ビェトカの言葉に、しばし考え込むような間が空く。
『有益な情報ですね。この情報は我々で解析を進めようと思います』
「有益な情報ならお礼ぐらい言いなさいよ」
『それはさておき――あとの2人が目を覚ましたわよ』
「ちょ――」
「ズィズィさんとクラリカさんがですか!!」
『ええ、貴女と話したがっているわよ』
そう言いながらローラが手で何やら操作をすると、ホログラム画面にズィズィとクラリカの二人が映された。
「無事なんですね!」
『うんっ! スズメちゃん達もハイドラを倒したんだよね。おめでとう!』
『クラリカ、それは後です! お二人にすぐに伝えたいことがあるんです』
そう言うズィズィの表情と声はどこか切羽詰まっている。
「伝えたいこと? ナニ?」
『チェンシュトハウで手に入れた偽神教の情報についてです』
それはズィズィが偽神教のコンピューターをハッキングして手に入れた情報。
しかし、ズィズィの装騎も破壊され、本人も昏睡状態――――その為、どんな情報を手に入れたのか誰にも知れなかった。
『その中でも特に重要そうな情報がありました』
「重要そうな、情報、ですか?」
『はい。偽神教が行おうとしている偽神降臨計画について、です』