偽神編第14話:始まりの場所、終わりの場所/Ztracenou vyhledám
マルクト共和国某所
「司祭アンドレア、儀式の進行があまり芳しくないようですが」
「申し訳ありません使徒長ジェレミィ……偽神教団に私怨を持つ者たちの妨害が思いのほか激しく」
「復讐姫、ですね」
「はい」
司祭アンドレアは使徒長ジェレミィの言葉に頷く。
「復讐姫達の手によっていくつかの主要施設は壊滅。偽神ダゴンも終には……」
「ダゴンが打ち負かされたというのか!?」
「使徒ユーディ、お静かに」
「はっ、済みません。…………しかし、偽神が倒された、と!?」
「真です。使徒ユーディ」
使徒長ジェレミィの念を押すような言葉に、使徒ユーディは席に直りながらずれた眼鏡をかけなおす。
「ありえない」
と何度も呟く様子から、かなりの動揺が見て取れた。
「偽神ハイドラも失踪、儀式の場所も確保できず……このままでは計画の遂行が叶いませんわ」
「ふむ……使徒ユーディ、何か案は?」
使徒長ジェレミィの言葉に使徒ユーディは落ち着きを取り戻すよう一拍置き、口を開く。
「偽神ハイドラの位置を敵は掴んでいると思いますか?」
使徒ユーディの言葉に司祭アンドレアは頷いた。
「そうであれば、偽神ハイドラに連中の目が向いている間に、素早く儀式を遂行するべきかと」
「ですが、使徒ユーディ……儀式を遂行できる主要施設はいずれも壊滅状態で――」
「一つ在る。神の柱――其であれば」
そう提案したのは堅苦しい使徒シモーヌ。
だが、司祭アンドレアはその言葉に首を横に振った。
「あそこは今、我々が管理預かりをしている地ですわ……そこで儀式の遂行となると、偽神教への我々の関与を疑われる可能性があります!」
「しかし――――司祭アンドレア」
司祭アンドレアの言葉に反論したのは使徒長ジェレミィだ。
「我々にはもう手がありません。私は使徒シモーヌの提案に乗りたいと思います。ほかの者に異存は?」
その場に居合わせる7人の使徒全てが沈黙で肯定を表す。
「分かりました……では、今すぐに計画を実行に移しますわ。我らが新世界の為に」
MaTyS所有の医療施設内。
「スズメ、あんな宣告されても行くつもり?」
ビェトカはスズメにそう尋ねた。
「逆に聞きますけど、ビェトカだったら大人しく寝てますか?」
「いんや全く」
スズメの問いかけにビェトカは即答。
だが、更にビェトカがスズメに問いかける。
「でも、スズメがワタシだったらどうするのよ? 行かせるの?」
「止めますよ。私は――ビェトカに死んでほしくないですから」
「同感」
「と、言うことで――私は死なないように戦う。ビェトカは私を死なせないように戦う。これでウィンウィンですね」
「そうかぁ?」
スズメの言葉にビェトカは首をかしげた。
しかし、ビェトカは首をかしげながらも、
「ま、どうせ止めても聞かないんでしょ? 良いわ――やろうかスズメ!」
「ビェトカならそう言ってくれると思ってました!」
スズメとビェトカは拳を突き合わせると、早速作戦会議に入る。
「と言っても、偽神装騎ハイドラも見失ってしまいましたし、他に偽神教の情報もない……どうするべきでしょうか」
「偽神装騎ハイドラの居場所だったら、MaTySの連中が掴んでると思う」
「ローラさんたちが……」
その可能性は大いにあった。
今回、スズメ達と偽神装騎の戦いに邪魔が入らなかったのはローラ達MaTySが一帯を封鎖し、マジャリナ国軍や憲兵を抑え込んでいたからだ。
MaTySの目的は偽神教の背後に潜む組織の調査だが、偽神教自体を壊滅させる気もあるだろうということは分かる。
となると、偽神教の戦力である偽神装騎ハイドラは撃破対象――――逃走した偽神装騎ハイドラの所在も追跡し、掴んでいる可能性が高い。
「それをローラさんから聞き出せば……」
「と言っても、あの様子じゃあ教えてくれなさそうよ」
ビェトカの言葉にスズメは時計を睨む。
今の時刻は15時30分。
先日の作戦開始は19時頃――――どの程度チェンシュトハウ支部で作戦行動をしていたかは分からないが、それから目を覚ますまで20時間以上も経っている。
「この調子だと、今日1日は休ませるつもりですね」
「うーん、休みがあるって最高! 切羽詰まった状況じゃなけりゃーね」
「ここは一刻も早く偽神装騎ハイドラを撃破しておきたいですからね……偽神装騎には自己修復機能もありますし」
先の戦闘で偽神装騎ハイドラはダメージを負っている。
それにあの不安定な状態――――と、なればできる限り早く追撃し、撃破したいというのがスズメの考えだった。
しかし、直接ローラに尋ねても教えてくれるとは思えない。
と、なると何かしら手を打たないといけないのだが……。
「わかった。ワタシにいい考えがあるわ」
ビェトカに呼び出されたローラが、険しい表情で2人の前に立っている。
「で、話って何?」
「これからワタシ達は偽神装騎ハイドラを追撃しに行くつもりなのよ」
「居場所なら教えないわよ。少なくとも今日の間は、ね」
ビェトカに即、断りを入れるローラ。
だが、その言葉にビェトカは不敵な笑みを浮かべ、言った。
「いや、居場所を聞きたい訳じゃないのよ。どっちかっていうと、警告、かな」
「警告?」
「そ、アンタらマルクトの諜報団だかなんだか分からないけど、情報管理甘すぎだって教えてあげようと思って」
「へぇ、どこがどう甘いのか、具体的に教えて欲しいものですね」
ローラの表情は全く揺れない。
もちろん、この程度で動揺を見せるなどという甘い考えはビェトカだって持っていないが。
「ワタシ、知ってるわよ。アンタ達が隠してるハイドラの所在を、ね」
「ハイドラの所在を? まさか」
「本当だって。ワタシは今まで1人で偽神教の情報をあっちこっちから掻っ攫ってきたのよぉ? だから、この程度のセキュリティ、突破するのも簡単ピーなの」
「そんな妄言、言うだけ無駄よ。何を期待しているのやら」
「妄言と思うなら聞きなさい。ハイドラの居場所をズバリ、言ってあげるわ」
ローラとビェトカの目と目が合う。
見えない火花が散るように、ただ真っ直ぐに睨み合っている。
「ハイドラの所在は――――偽神教施設、ね」
「当然でしょ」
ビェトカの言葉にローラはフンと鼻を鳴らした。
だが、ビェトカは相変わらず不敵な笑みを崩さずにいう。
「場所は――マジャリナ国内じゃあない」
「何ソレ。そうやって場所を絞り込もうとでも?」
「まさか」
肩を竦ませ、やたらと勿体ぶるビェトカにローラは少し苛立ちを覚え始める。
(これ以上は時間の無駄ね)
この様子だと2人は偽神装騎ハイドラの居場所は知らない。
ここで下手に長々と付き合って相手にヒントを上げる必要はない。
そう判断したローラが、この会話を切り上げようとしたその時。
「ルシリアーナ帝国領ポロツクにある偽神教施設。そうでしょ?」
ビェトカの言った場所――それはズバリ、MaTySが掴んでいた偽神装騎ハイドラの所在地だった。
ローラの瞳が一瞬大きく見開かれる。
それを見たビェトカは口元に笑みを浮かべた。
「まさか――――今の、カマをかけたの!?」
ビェトカの表情を見て、ローラは思わず叫ぶ。
「スズメ、ビンゴよ。目的地はルシリアーナ帝国ポロツク――そこに、ハイドラがいる!」
「……ッ! 貴女達を行かせは――――」
だがそれよりもビェトカのスズメの動きが早かった。
ビェトカは懐からワイヤーを取り出すと、それでローラの足を引っかけ転倒させる。
倒れたローラの上にスズメが馬乗りになりその首筋にナイフを突きつけた。
「すみませんローラさん……。ですけど、行かないといけないんです」
「チッ……あぁーもう、分かったわよ! 勝手にすればいいじゃない!!」
ついに観念したローラが喚くような叫び声を上げる。
「貴女達の装騎もここで保管してるわ。ついて来なさい! 格納庫まで案内してやるわよ!」
色々と吹っ切れた様子のローラは、ズンズンと部屋を後にしていく。
「行くわよ相棒!」
「はいっ!」
そんなローラの後をスズメとビェトカの二人は追いかけて行った。
「ズメちん、来たよ!」
「ロコちん!?」
病院の地下にある格納庫――そこには、フニーズド・ロコヴィシュカの姿があった。
「どうしてここに……!?」
「ズメちんに新しい装備を届けに来たの」
ロコヴィシュカの言葉にスズメは自らの装騎スパロー3Aを見上げる。
そこには、ヤークト装備にも似たブレードが突き出た追加装甲を纏う装騎スパロー3Aの姿。
しかし、それはヤークト装備とはまた違うデザインだった。
「これは……」
「追加兵装J2。基本的には追加装甲、追加ブレードでヤークトと同じ――だけど、ブレードをサモロストと同じような|両使ブレードに――それに、動作補助の為のブースターを追加した特注品だよ!」
「追加兵装J2――――ヤークトイェーガー、ですね!!」
目を輝かせるスズメの傍で、どこか不満そうな表情を浮かべるのはビェトカだ。
「で、ワタシのは?」
「ないよ」
ロコヴィシュカにあっさり否定されたビェトカは、ガックリと項垂れる。
「それよりも時間が惜しいです」
「わあった……行くわよ!」
「マスドライヴァーの手配もしてあるわ。行ってきなさい」
「ありがとうございます。ローラさん」
「……フン」
装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDはクーゲルへと収納され、マスドライヴァーへと装填された。
そして今――ルシリアーナ帝国領ポロツクに向けて、スズメとビェトカは飛び立った。
「次の道は右よ」
「はい! ……ビェトカは、どうしてハイドラがここにいるって分かったんですか?」
それぞれの機甲装騎を駆り、ビェトカの案内で目的地となるポロツクの偽神教施設へと向かう道中。
スズメはビェトカに尋ねた。
その問いに、ビェトカの瞳が一瞬沈む。
だが、すぐにスズメへとその瞳を向けると口を開いた。
「この町は……ポロツクは、昔暮らしていた町なの」
ビェトカ――ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタはマルクト神国のチェスク共和国侵攻によって他国へと逃れたチェスク系の人間だ。
ビェトカ達一家が戦火から逃れ一時の安寧を得たのがこの町――――ルシリアーナ帝国領ポロツクだった。
「ワタシはこの町で育って――でも、ある日……」
そこからは以前スズメも聞いたことがある。
両親が怪しげな宗教――偽神教に入信し、そして――死んだと。
それからビェトカは幼いながらも傭兵として名を上げる。
ルシリアーナ帝国軍に傭兵として雇われながら、偽神教とも戦う……そんな日々を過ごしてきた。
「今更ですけど……その、偽神装騎ハイドラのベースになったのは恐らく……ビェトカの……」
「分かってる。だからここだと思ったのよ。ハイドラにちょっとでもワタシの親の記憶があるのなら――――"始まりの場所"に来るはず、ってね」
「ビェトカは、良いんですか」
「Chtě Nechtě、良いも悪いもないでしょ。それに――ハイドラを倒す、それがワタシの手向けよ」
「ビェトカは……強いですね」
「スズメだって」
それからすぐ――真白の建造物が見えてくる。
周囲をフェンスと頑丈な門で遮られた広大な建物だ。
「そしてここがワタシの復讐の始まり――――」
偽神教施設ポロツク支部。
そこを目の前に、ビェトカはそう告げた。
「やぁ、よく来たね」
施設の前には1騎の機甲装騎の姿があった。
その装騎はスズメとビェトカの元へと近づいてくると、コックピットを解放
騎使が姿を現す。
「ボクはテレミス・ロイ。ローラと同じくMaTySに所属している」
涼し気な表情を浮かべる少年ロイ――彼もローラと同じMaTySに所属しているという。
「ロイさんは……もしかして、反抗軍の……」
「うん。ボクも解放軍の一員さ。ジャックのロイ――――まぁ、今はどうでもいいけどね」
「それでロイ――ハイドラは?」
「まだこの施設の中にいるよ。場所は中央礼拝堂――――そこから動かないんだ」
ビェトカの問いにロイはそう答えた。
「あんがと。んで、装騎に乗ってるってことはアンタも?」
「ボクはいかないよ? 元々デスクワークが本業だからね」
「かぁーっ、仮にも神の栄光の一員なんでしょ!?」
「そう言われても。ボクは他のみんなができないことをやるためにいるんだ。装騎で戦うのは皆が得意だからね」
「いいじゃないですか。数だけ居ても邪魔なだけですし……まぁ…………」
スズメが何かを言おうとして、口を噤む。
だが、ビェトカはすぐにスズメが言おうとしていたことを察し、言った。
「盾か踏み台としてなら役には立つかもね」
「……よく分かりますね」
「スズメ、根がそんなんだと他人とトラブるぞー」
ビェトカの言葉にスズメは中学時代を思い出して苦笑する。
「ま、ワタシは好きよ。利用し利用される関係――良いじゃない?」
「そうですか?」
「井戸端会議はそろそろ終わりにしないかい? 別に、ボクとしてはどうでもいいんだけど」
「おっとそうだったそうだった」
ロイの言葉にビェトカは本命を思い出し、口元に笑みを浮かべた。
「確か、中央礼拝堂、ですよね」
「うん。邪魔は入らないようにするし、もし"盾とか踏み台"が欲しいなら言えばいい。テキトーに騎使を寄越すから」
「ありがとうございます、ロイさん」
スズメは一礼すると、その視線を施設へと向ける。
「さぁーって、一仕事やるとしますかー! ね、相棒!」
「ビェトカ」
「ん、何?」
いつも以上にノリの軽いビェトカに、スズメはビェトカの手を――あくまで装騎の手だが――握った。
「二人で――決着を付けましょう。相棒っ」
「…………うん」
そして、装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDは偽神教施設ポロツク支部へと足を踏み入れた。
中央礼拝堂。
多くの礼拝客が座るための2階建ての座席と、その中央に開かれた広大な舞台。
その天井はステンドグラスになっており、色とりどりの仄かが輝きが降り注ぎ、どこか荘厳さを感じさせる。
広大の舞台の真ん中に、まるで熱心に祈りを捧げる信徒のように佇む影が一つあった。
「奇襲、しますか?」
「……いや、お願いスズメ。ワタシに――やらせて」
「もちろんです」
ビェトカの言葉にスズメは頷く。
ビェトカは装騎ピトフーイDを駆けると、堂々と偽神装騎ハイドラの正面から中央礼拝堂へと足を踏み入れた。
『Šrrr……』
装騎ピトフーイDの姿に気付いた偽神装騎ハイドラがゆっくりとその頭部を装騎ピトフーイDに向ける。
「お母さん……ううん、ハイドラ。決着を、つけようじゃないの!」
装騎ピトフーイDがその身を沈め、駆けだそうとした時だ。
中央礼拝堂の2階座席からディープワン完全体が姿を現す。
「ビェトカ!」
「チッ」
ディープワン完全体はその両腕にアズルを溜め、装騎ピトフーイDに向かって放出した。
「ホープムーン……バリア!」
一斉射撃を受け止めたのは、装騎スパロー3Aの霊子防御。
「ディープワンは私が! ビェトカはハイドラを!」
「分かった! ……ありがと、スズメ」
「はい!」
装騎スパロー3Aは思いっ切り跳躍すると2階座席へと飛び立つ。
その動きを反射的に追いかける偽神装騎ハイドラ。
「アンタの相手は――ワタシだってーの!」
装騎スパロー3Aを追おうとする偽神装騎ハイドラの左腕に装騎ピトフーイDはワイヤーを絡み付け、引っ張った。
『Šš……』
偽神装騎ハイドラの身体が、装騎ピトフーイDの元へと引き寄せられる。
その間に、装騎スパロー3Aは2階座席へ――ディープワン完全体と交戦を始めた。
「さぁ、おいで、坊や」
装騎ピトフーイDは左腕の懲罰の鞭に蒼炎のようなアズルを纏わせ、それを撓らせる。
その一撃を偽神装騎ハイドラは物凄い反応速度でかわし、その腕を掲げ、風を解き放った。
「うわっと……やっぱ、凄い」
大事を取って、その風から大きく間を空けての回避。
だがそれでも、風の衝撃がビリビリと装騎の装甲ごしに伝わってくるのが分かる。
「ハイドラの風は間近に受けたらアウト……ってなると、かなり大きく回避をしないといけないけど……」
それだけ大きく身を動かせば、その動き自体が隙になりかねない。
しかし、紙一重でかわしてはあの風の威力に耐えられない。
「防御力自体は並みたいだし、接近できれば一撃で叩けるけど……」
近づけば近づくほど、あの風を間近で受ける可能性が上がるのは言うまでもない。
かと言って、遠くから有効打が打てるかというと……
「不可能じゃあないけど……」
ビェトカは両腕の懲罰の鞭に目を向けて呟く。
「こんな大仰な攻撃に大人しく当たってくれる訳ァないよねぇ」
ビェトカは、装騎ピトフーイDの懲罰の鞭を横薙ぎに払うが、予想通り軽々と避けられてしまう。
懲罰の鞭はその名称通り鞭のように撓るので、その動きが一瞬のロスとなるのだ。
「なら……動きを止めて、そこを叩く。それしかないわね」
ビェトカは礼拝堂へと目を配る。
幸いそこには座席や柱と言った"使えそうなもの"はたくさんある。
「ハイドラに壊されなければ――――ね」
装騎ピトフーイは偽神装騎ハイドラの攻撃を潜り抜けながら、密かにワイヤーをあちらこちらの座席に絡ませていった。
右腰部、左腰部から2本のワイヤーを伸ばし、慎重に偽神装騎ハイドラを取り囲むように配置する。
今までの戦いで偽神装騎ハイドラのパターンは大体読めていた。
偽神装騎ハイドラはある程度の余裕がある時は、"嵐"で一気に決めてくるが、敵がある一定周期内に攻撃を加え続けてくる場合は、攻撃範囲こそ狭いが早出しができる"風"で的確に狙いを付けてくる。
「あとは下手に刺激をしないこと――あのハイドラ、手負いってのもあるだろうけど……一定のパターンに従って動く全自動ロボットみたいだしね」
偽神装騎ハイドラが異常な興奮を見せた時の予測の付かなさには今まで散々手を焼いた。
広さも十分、敵の強さもパターンも大体は把握済み――となればこの戦い、不安要素をスズメが抑えてさえいれば、順調に罠を張り巡らせ――――そして、
「勝てる」
ビェトカはそう確信する。
いくら無限水宝駆動の使用を禁じられていようと、スズメがディープワンズを抑えきれないはずがない。
そう信頼もしていた。
そして、着々とビェトカの張った罠は完成に近づいていった。
一方スズメも、ディープワン完全体との戦いを繰り広げていた。
体中にビリビリとアズルの走る感覚が分かる。
これは軽いアズル中毒の症状でもあった。
「ですけど……この程度っ」
アレルギーとある意味似ている。
今までは平気で食べていた食べ物が、アレルギーを発症した時以降、体が受け付けなくなる。
本格的にアズル中毒の症状が出たことで、スズメの身体はアズルに対して敏感になっていた。
それは、普通に機甲装騎を動かす時に漏れ出す僅かなアズルでも例外ではなく、今、スズメは限界駆動を発揮しているので余計に強く感じられる。
限界駆動はあくまでも機甲装騎のアズル供給能力を、騎使の精神力で限界にまで引き上げるモード。
直接的にアズルを纏うアクアマリンドライブや無限駆動と比べると、体に接するアズル量はまだ少ない。
「一つッ! 二つ、三つ……んぐっ」
と、言っても普通に装騎を動かすのと比べると十分に多い量のアズルに触れることとなる。
ディープワン完全体をヤークトイェーガーの両使ブレードで切り裂き、両使短剣サモロストで両断しながら、合間合間に海松色の独特の味わいがある中和剤を胃に突っ込みながら戦っていた。
「それにしても……完全体の数が多いっ」
ここはビェトカの両親が殺された――つまり、偽神装騎にされた施設だろうということはスズメは考えていた。
と、言うことはここにもディープワン兵器工場が存在してもおかしくない。
そのことから、かなりの数のディープワン完全体がけしかけられていることには疑問はさほどなかったが、問題はその頻度だ。
「まるで、私達をここに釘付けにする為に、小出しにされているような……」
1体を倒すとまた新たな1体が――と、単に数で圧し潰すのではなく、戦力を適宜投入することで戦いを長引かせようとしているようにスズメは感じていた。
戦いを長引かせることで何ができるのか――時間稼ぎか、疲弊させて潰すのか、あるいは両方か……。
色んな策謀の存在を感じられる戦いだったが、だからと言ってここで戦いをやめるわけにもいかなかった。
少なくとも、ビェトカが決着をつけるまでは。
スズメがそう決意を改めて固め、中和剤を喉に流し込んだ時――――強烈な爆発音が礼拝堂全体を激しく揺らした。