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機甲女学園ステラソフィア  作者: 波邇夜須
偽神の呼び声編
258/322

偽神編第13話:偽りの中に秘めるもの/Zlá Otrava Azurí

ようやくズィズィとクラリカが居た部屋へと辿り着いたスズメとビェトカ。

そこで二人が見たのは、崩落した部屋、積もった瓦礫の海の上で佇む二体の偽神装騎の姿だった。

「偽神装騎ダゴン……」

「と、ハイドラ!!」

その場にズィズィとクラリカの機甲装騎の姿は見えない。

……いや、ビェトカの目はその二つを捉えていた。

瓦礫の山から、何かを掴もうとしたように伸ばされたズィズィのミカエル型の右手――そして、瓦礫と共に小山を形作るクラリカのミカエル型の姿。

「テメェらァ!!!!」

ギッとビェトカの瞳が鋭くなる。

スズメもそれに気づくとその表情が強張った。

「スズメ、やるよ。アイツらを――ぶっ殺す」

「はい。征きましょう……持てる力、全てで!」

蒼の輝きを纏う装騎スパロー3A(トライアゲイン)の傍で、装騎ピトフーイD(ディクロウス)もアクアマリンドライブへと入る。

「ムニェシーツ・アルテミス!」

まず先手を打ったのは装騎スパロー3A。

霊子の矢となった装騎スパロー3Aは偽神装騎ダゴンと偽神装騎ハイドラの間を抜けていった。

二体の偽神装騎の意識が装騎スパロー3Aへと向いたその一瞬、装騎ピトフーイDはアズルを纏った懲罰の鞭シェデサーティー・プラメニを偽神装騎へと閃かせる。

『Chchchchch!!』

『Šraaaaaa!!』

装騎ピトフーイDの一撃を偽神装騎ダゴンが受け止める。

だが、ビェトカの一撃が効いていない訳ではなかった。

懲罰の鞭シェデサーティー・プラメニを掴む偽神装騎ダゴンの両手がアズルで焼けていくのが見える。

そして、この一撃でビェトカは悟った。

(コイツ、この前のダメージが抜けてない!)

更に、その触手の数も大幅に減らしている。

それがズィズィの功績だということをビェトカは知らないだろうが。

一方の偽神装騎ハイドラはまるで本能に従う獣のように、瓦礫を蹴り、跳び回る装騎スパロー3Aを追っていた。

瞬風を幾度となく巻き起こし、装騎スパロー3Aを追い撃つが、素早く動く装騎スパロー3Aには当たらない。

「スパローの動きが良い。……調子が、良いっ。ビェトカ!」

「オッケー、スズメ!!」

装騎ピトフーイDは思いっ切り懲罰の鞭シェデサーティー・プラメニを引っ張り、その先を握る偽神装騎ダゴンを思いっ切り投げつける。

『Chochocho!?』

宙を舞った偽神装騎ダゴンの身体は、偽神装騎ハイドラへと叩きつけられた。

『Šruaaa!!?』

「どーよ!」

混乱するような声を上げる偽神装騎ダゴンとハイドラ。

「このまま纏めて、」

「爆散しなよ!」

装騎スパロー3Aに、装騎ピトフーイDにアズルの光が灯る。

「ムニェシーツ……」

荒れ狂う(ヴェルカー)……」

止めの一撃を狙った二騎の攻撃に――――

『Ššrrararararararrrrrrrruuuuuuuuuu!!!!!!』

突如、偽神装騎ハイドラが癇癪を起こした子どものように叫び暴れ身を悶えながら、同時に強烈な台風を巻き起こした。

『Šachuuuuuššššuu!!!!!!!』

「なっ、何ですかコレは!?」

「うっ、ヤッバイ!」

偽神装騎ハイドラの身体中の関節があらゆる方向に捻じれ、回転し、その度に暴風を巻き起こしていく。

ただでさえ壊滅状態だった施設は、一気にその破壊を大きくした。

装騎スパロー3Aと装騎ピトフーイDはアズル防御を張り必死に身を守るが、偽神装騎ハイドラの攻撃はアズル防御を吹き飛ばす。

標的も見定まっていないデタラメな攻撃故にその効果も薄いようだが、だからと言って油断できない。

気を抜けば容易に吹き飛ばされ、最悪、その一撃で即戦闘不能に追い込まれかねなかった。

「なんとかこの状況を突破しないと!」

「……待って、この状況、逆にチャンスかもしれないわよ」

「どういうこと、ですか?」

スズメの言葉に、装騎ピトフーイDがクイと指で何かを示す。

その先には、おそらく装騎ハイドラの暴走から身を守っているのだろう体を丸め防御形態になっている偽神装騎ダゴンの姿があった。

「ハイドラは混乱状態だし、ダゴンもハイドラのあの行動は予期してなかったみたいなカンジだし、ここでハイドラを仕留められれば」

「なるほど。ピンチはチャンス、そう言うわけですね」

「そゆこと」

「それで、どこから攻めましょう」

「ズバリ……上よ」

ビェトカは偽神装騎ハイドラの真上を指さしながら言う。

「偽神装騎ハイドラの攻撃は明確な目標があってってワケじゃない。ただデタラメに、力に任せて風を吹かせているだけ――上の方……特に真上は意識的に腕を上げないと攻撃しづらいわ」

「なるほど――となると、ハイドラの上空――――特に真上が、台風の目……」

「真上から攻撃するなら、アタッカーは自然とスズメになるわ。スパローの跳躍力が何としても必要だからね」

「分かってます。やりましょう」

二人はそう決意を固めるが、どうやって偽神装騎ハイドラの直上から攻撃するかという問題があった。

本来は施設であったはずだが、その天井も壁も崩落――積もっていた瓦礫も偽神装騎ハイドラの攻撃で吹き飛ばされた後。

装騎スパロー3Aの最大跳躍によって、偽神装騎ハイドラの身の丈を超えるだけなら容易い――しかし、偽神装騎ハイドラと装騎スパロー3Aの間の距離が離れすぎている。

装騎スパロー3Aの跳躍力であっても、この位置から偽神装騎ハイドラの直上へ跳ぶのは難しかった。

そうなると――――手は一つ。

「ビェトカ、踏ん張れますか?」

「モチのロン!」

スズメの言葉に、装騎ピトフーイDは腰を低く構え、両腕をレシーブする時のように構える。

「スパロー!」

「ピトフーイ!」

装騎ピトフーイDは装騎スパロー3Aが偽神装騎ハイドラの真上へと飛べるように腕の角度を調整。

その両腕をカタパルトのようにして、装騎スパロー3Aは偽神装騎ハイドラの斜め上に向かって跳躍した。

「いっけぇぇえええええええええ!!」

ビェトカは装騎ピトフーイDの持っていたワイヤーを装騎スパロー3Aへと投げつける。

そして、装騎スパロー3Aを絡めとったワイヤーを思いっ切り引いた。

運命を拓く(ゴルディアス)――」

ハンマーのように振り下ろされる装騎スパロー3Aは、手に持った両使短剣サモロストの切っ先を偽神装騎ハイドラへと向ける。

雷鳴の一撃(ブレイク)!!!!」

装騎スパロー3Aの一撃が偽神装騎ハイドラを切り裂かんとしたその時……

『Choooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

偽神装騎ダゴンが、啼いた。

今まで防御態勢を取っていた偽神装騎ダゴンが、突然、偽神装騎ハイドラを突き飛ばす。

「なっ、ダゴンが庇った!?」

スズメの驚愕の声と共に、両使短剣サモロストは偽神装騎ダゴンの左肩を抉り取った。

「スズメェ!!」

そこに駆けてくるのはビェトカ。

気付けば偽神装騎ハイドラの"癇癪"は収まり、風はすでに止んでいる。

そう、偽神装騎ハイドラの癇癪は収まっているのだ。

『Šruuuuuuuuu!!!!』

『Kochuuuuuuu!!!!』

偽神装騎ダゴンと偽神装騎ハイドラが狙うのは勿論、二騎の真っただ中にいる装騎スパロー3A。

片方はその溶解液を、片方はその風を装騎スパロー3Aへ叩きつけんと構えた。

「ビェトカ!?」

ガツン! と激しい衝撃がスズメの身体に走る。

装騎スパロー3Aが装騎ピトフーイDに弾き飛ばされたのだ。

偽神装騎ダゴンの溶解液が、偽神装騎ハイドラの瞬風が装騎スパロー3Aを庇った装騎ピトフーイDへと襲い掛かる。

「だぁぁああああああああ、インフィニット・アクアマリンドライブ!!!!」

二体の偽神装騎の攻撃が交差する刹那――装騎ピトフーイDの纏うアズルの輝きがより一層強くなった。

偉大なる風を纏う翼ヴェルキーヴィートル・クシードラ!!」

ビェトカの両腕にアズルの筋が走る。

装騎ピトフーイDは懲罰の鞭シェデサーティー・プラメニを両腕から伸ばし、更にそこにアズルを乗せた。

まるで、巨大な翼ヴェルケー・クシードロのようになったその両腕を羽撃はばたかせると、偽神装騎ダゴンの溶解液を防ぎ、そして偽神装騎ハイドラの風を押し返す。

「ぐぅッ……!!」

偽神装騎ダゴンとハイドラの攻撃は防ぎ切った。

だが、ビェトカの表情は歪む―――両腕を襲った激しい激痛に。

両腕が灼けるように痛む。

両腕の芯から焼かれるような痛みだ。

その痛みも一瞬、次は目が眩む。

頭が痛む。

吐き気が込み上げてくる。

「ヤッバ……!!」

その呟きと同時に、装騎ピトフーイDの纏っていたアズルが解き放たれた。

装騎ピトフーイDの動きが止まったことをダゴンは好機と捉え、残った右腕を振り上げる。

すると、その拳から溶解液が滲み出た。

『Chooooo!』

『Ššů!』

偽神装騎ダゴンの呼びかけに応えるかのように、偽神装騎ハイドラもその腕を掲げる。

偽神装騎ダゴンの右腕が振り下ろされ、偽神装騎ハイドラの風が巻き起こる瞬間、ビェトカは痛む体をおして装騎ピトフーイDのコックピットから飛び出した。

「ぐぅッ…………!!!」

地面を転がるビェトカの身体。

やがて、たまたま残っていた瓦礫の一欠けらにぶつかり、その回転は止まる。

仰向けに倒れるビェトカ――体中に激しい痛みを感じながらも、荒い呼吸を繰り返すことから生きていることは分かる。

その両腕には蒼い筋が走り、ピクピクと小刻みに痙攣を繰り返していた。

装騎スパロー3Aはすでに装騎ピトフーイDの元へと駆け出している。

だが、偽神装騎ダゴンも、ハイドラも、その姿を曝け出したビェトカへその狙いをつけていた。

『Chooooooooooooooo』

「ビェトカァァアアアアアアアアアアア!!!!!!」

スズメの叫びが激しく響く。

激しく、激しく響く。

(ああ、これは確実に死んだな)

ビェトカはそんなことを思っていた。

(自分が死ぬのは良い、けど……ここでワタシが死んだら……あのバカも死んだりしない、よね)

よくもまぁこんな状況で、他人のことを気にせるもんだ――なんてもう一方の心で思う。

「スズメ、アンタは――死ぬなよ」

意識が消え入りそうな中、覚悟を決めたビェトカがそう呟いた瞬間。

『Běeeeetkkkaaaaaaaaaaaa!!!!!!』

「ッ!!!!」

偽神装騎ハイドラが激しい呻き声と共に、暴風を巻き起こした。

ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウン!!!!

その風は今までにも増して激しい風だった。

偽神装騎ハイドラの巻き上げた風は偽神装騎ダゴンを弾き飛ばし、ビェトカの身体を宙へ舞い上がらせる。

「ビェトカ、捕まって!!!!」

偶然か必然か、ビェトカの身体は装騎スパロー3Aの元へと吹き飛ばされていた。

ビェトカの身体を抱きかかえた装騎スパロー3A。

「ビェトカ、良かった!」

「ちょっち、体が痛むけど……つぅ…………」

ビェトカはその瞳を偽神装騎ハイドラへと向ける。

『Běeeetkaaaaaaaa!!!!』

偽神装騎ハイドラは悲鳴を上げながら暴れまわっていた。

その姿はさっき見せた"癇癪"ともまた違う――――まるで、自分の中の何かと戦うように、苦しむように、葛藤するように暴れている。

「ビェ……トカ?」

スズメには、偽神装騎ハイドラの叫び声がそう聞こえた。

ビェトカも目を見開いて、偽神装騎ハイドラの姿を見ている。

お母、さん(マーマ)……?」

『Běeeeeeetkaaaaaaaaaaaaaaaa』

『Choooo!!』

まるでその暴走を宥めるかのように偽神装騎ハイドラに近づく偽神装騎ダゴン。

しかし、その体を偽神装騎ハイドラの風が吹き飛ばし、地面に叩きつける。

『Žijiiiiiiiiiiiiiiii!!!!』

そして、天に向かって声を上げた偽神装騎ハイドラは、その一瞬後――――その身を翻すとその場から逃げ出した。

『Chuuuuu!!』

偽神装騎ダゴンも、逃げた偽神装騎ハイドラを追おうとその身を翻す。

「スズメ!」

「はい! 逃がしません!!」

スズメは素早くビェトカを降ろすと、装騎スパロー3Aを駆けた。

偽神装騎ダゴンが装騎スパロー3Aの動きに気付き振り向く。

「はぁぁあああああああ!!!!」

両使短剣サモロストに灯る光。

『Choooooooooooo』

偽神装騎ダゴンも装騎スパロー3Aを迎え撃たんと溶解液を放つ。

「ドゥルジツェ・シュチート!」

スズメの言葉に従うように、装騎スパロー3Aが纏ったアズルがうごめき、その全身に装備された追加装甲ヤークトを剥ぎ取った。

剥ぎ取られたヤークト兵装は、アズルを纏ったまま宙を舞い、偽神装騎ダゴンの放つ溶解液を防ぐ。

スズメの意思に従い中空を駆けるヤークト装備はカラスバ・レイの装騎バイヴ・カハが持つ直感操作式襲撃端末(FIN)を思いださせた。

その防御力は全力で行う魔電霊子防御ホープムーン・バリアには程遠く、一部のヤークト装備は溶解液に圧し負け、溶かされ破壊されているが全く問題ない。

装騎スパロー3Aが偽神装騎ダゴンへと距離を詰める一瞬を稼いだからだ。

「これで止めです――――ムニェシーツ」

そして、両使短剣サモロストが閃く。

「ジェザチュカ!」

その一撃は確実に――偽神装騎ダゴンを切り裂いていた。

偽神装騎ダゴンの身体が溶ける。

青黒い液体が血のように広がり、やがてそれも蒸発していった。

それは確かに今まで見てきた偽神装騎の"最期"の姿だった。

「やった……今度こそ、倒し――――ガホッ!!!!」

ビシャアァ!!

不意に、液体がぶちまけられたような音が装騎スパロー3Aのコックピットに響く。

装騎スパロー3Aのディスプレイには赤い液体――――そして、スズメの口元にも……。

「くぅ……やっと、ダゴンを、倒せたのに…………っ」

偽神装騎ダゴンを倒せ、緊張の糸が一瞬緩んだのか、体中に力が入らない。

痛みが全身にじわじわと広がっていく。

喉が熱い。

体中に汗を滲ませながら、スズメはその額を正面のディスプレイにおしつけた。

そんなスズメの身体中には青黒い痣が走っている。

「スズメ! スズメ!? 聞こえる? スズメ!!!!」

段々と遠くなっていくビェトカの声を聴きながら、スズメの意識は闇へと沈んだ。


瞼を上げると、眩い光が目を貫く。

真っ白い天井をぼんやりと眺めるスズメの傍で、パタンと本の閉じるような音がした。

「おはよ」

スズメが目をやると、そこには文庫本を片手にリクライニングチェアに身を沈めるビェトカの姿。

「ビェトカ……本とか読むんですか?」

「目を覚まして第一声がソレ!?」

ビェトカの声にスズメはどこか安心感を覚える。

「そうだ……ズィズィさんとクラリカさんは」

スズメはビェトカがクイと顎で示した方向へと目を向ける。

そこには、自分と同じようにベッドに横になっているズィズィとクラリカの姿があった。

全身を包帯やギブスで固定されているが、緩んだ表情で寝入っている姿を見る感じ、大事はないようだ。

「というか、ここは……」

「ここはMaTyS(マティス)所有の病院よ」

そう答えたのは第三者の声――だが、スズメの聞いたことのある声。

マルクト代表諜報団(MaTyS)の一員の女性――ミラ・ローラだった。

「ローラさん……ローラさんが助けてくれたんですか?」

「そうよ。しっかし、よくもまぁあれだけ派手にやってくれちゃったわね」

スズメ達と偽神装騎との戦いによって、チェンシュトハウの偽神教施設は全壊。

死者こそ出なかったようだが、数十名の負傷者が出たという。

「マジャリナ憲兵や国軍が邪魔しないようにどれだけ骨を折ったと思ってるの?」

「す、すみません……」

ローラは見るからに苛立っていた。

それも無理はないだろう。

今回の件で、MaTySはかなり無茶な権限の行使に至り、色々と苦情も受けているようだった。

そんなことを一しきり吐き出した後、ローラは「ハァ」と深いため息を吐く。

「あの、ローラさん」

「何?」

「ありがとうございます。ズィズィさんやクラリカさんも無事に助け出してくれて――そんな無茶をしてまで」

「ありがとうございます――じゃないわよ! いい? 貴女は分かっていないようだからハッキリ言うわ。この4人の中で一番重症なのはサエズリ・スズメ――貴女なのよ!」

ローラは苛立ちながらも――その芯にどこか複雑な感情の入り混じった声で言った。

「私が、重症……?」

全身を負傷し出血も多く、瀕死の状態から一命をとりとめたズィズィやクラリカ。

機甲装騎から身を投げ出し、全身打撲を負ったビェトカ。

スズメはそんな3人に目を向ける。

対して、自分の身体は包帯も殆ど巻かれておらず、痛みもさほど感じないからだ。

「確かに単純な外傷は死毒鳥ピトフーイの方が貴女よりも重い――だけど、そうじゃない」

そう言いながらローラは自らが持つ情報端末(PAD)に、スズメの診療記録カルテを表示し、見せた。

身体の一部に軽い傷、打撲と捻挫――――だが、そういったものとは別に大きくある言葉が書き示されていた。

「重度の、アズル中毒症状あり」

アズル中毒。

高濃度の魔電霊子に長期間晒された場合に出る中毒症状である。

頭痛や吐き気、眩暈に始まり、末端神経の痛みや喉、鼻の出血――そして末期には青黒い筋が浮かび上がってくる。

最悪の場合、全身を激痛に苛まれながら死に至るとか。

これは学校の教科書にも載っているような、誰でも知っている一般常識だ。

「貴女の身体はもう末期に近い――よくもまぁ今までそんな身体で戦えたわね」

アズル中毒にはⅠからⅢまでの段階フェイズで症状の重さを表現する。

頭痛や吐き気と言った初期症状のフェイズⅠ、痛みや出血が現れるフェイズⅡ、そして身体に青黒い筋が浮かび上がるフェイズⅢだ。

スズメの身体は、もうすでにフェイズⅢに入っていた。

「フェイズⅢって言っても、貴女の場合はまだ喉の中とかみたいな内側が侵されている初期状態だから外から見ても分からないけど――――でも、知ってたんでしょ?」

「…………装騎から降りた後、鼻血が出たり、手足に筋が浮いてることは――よくありました」

「インフィニット・アクアマリンドライブだって、アリャ結構な負担だったわ」

そういったのはビェトカだ。

ビェトカはあの戦いで知った。

インフィニット・アクアマリンドライブが身体にもたらす急激な負荷を。

「サエズリ・スズメ、もう戦うなって言っても聞くつもりは、ないわよね?」

「はい」

ローラの問いかけにスズメは即答する。

スズメは今戦いをやめることはできない。

アナヒトを助け出すまでは――例え、命が尽きようとも。

「ならこれを渡しとくわ」

ローラがスズメの傍に設置されたテーブルの上に、奇妙な海松色をした液体の注がれたタンブラーをそっと置いた。

「これはアズル中毒の症状を緩和できる中和剤」

「中和剤……」

「これがあれば戦える――なんて思わないで頂戴。これはあくまでも応急処置。この中和剤をいくら飲もうと、無限駆動インフィニットドライブを使えば一気に症状が進行するわ」

つまり、ローラはこう言っているのだ。

絶対に「無限駆動」は使うな。

もし次に無限駆動を使えば――――最悪死ぬ、と。

「よしんば死ぬことは無くても――貴女、装騎に乗れない体になるわ」

「……はい」

「分かったら、もう暫く休んでなさい」

ローラはそう告げると、踵を返しその部屋を後にした。

ローラの姿が見えなくなった頃を見計らってスズメが口を開く。

「ビェトカ、次の作戦を練りましょう」


挿絵(By みてみん)

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