偽神編第4話:ダゴンの脅威/Musí se vrátit Výsluní
「ヤツが偽神装騎ダゴン、か……」
ビェトカが静かに呟いた。
偽神教を只管追いかけているビェトカだが、偽神装騎ダゴンと遭遇したのは初めてのようだった。
奇妙な存在感――圧倒的な雰囲気――ビェトカは歯を食いしばり、偽神装騎ダゴンを睨む。
「ビェトカさん、ヤツは一筋縄ではいきませんよ」
「そのようね……スズメ、精々死なないようにね」
「ビェトカさんこそ」
スズメとビェトカは装騎の拳を軽く突き合わせた。
瞬間、装騎スパロー1,5、装騎ピトフーイの騎体が蒼く輝く。
「一気に畳みかけます! スパロー、レイ・エッジソード!!」
装騎スパロー1,5がビームのように薙ぎ払った魔電霊子剣その一撃が青黒い偽神装騎ダゴンの霊力に阻まれた。
だが、今のは目くらまし。
その隙に透過した装騎ピトフーイが奇襲を図る。
「飛びなッ!」
装騎ピトフーイは超振動ワイヤーを偽神装騎ダゴンの首へとかけた。
そして、思いっきり偽神装騎ダゴンの首を切断しようと力を込める。
しかし――
「チィっ、やっぱそう簡単にはいかないわねっ」
装騎ピトフーイは逆に溶断された超振動ワイヤーを投げ捨て、身を引いた。
その瞬間、偽神装騎ダゴンの溶解液が地面を溶かす。
「そこです!」
だが、その動きで偽神装騎ダゴンは装騎スパロー1,5に背を向けることとなった。
アズルを纏った装騎スパロー1,5の腕部ブレードエッジが貫く。
「入った!?」
その様子を見ていたビェトカが声を上げた。
しかし、どこか手応えが緩すぎる。
「違いますっ。これは……」
スズメは感じた。
自らの右腕に帯びてくる、じんわりとした熱を。
慌てて飛びのく装騎スパロー1,5。
その手首が灼熱を帯び、更にその先が溶解していた。
偽神装騎ダゴンを貫いたかと思われた装騎スパロー1,5の一撃――だが実際にはブレードエッジが溶かされただけだったのだ。
「あの溶解液――マグマみたいな熱も持ってる、みたいですね」
装騎の溶かされた腕の部分から、コックピットにまで感じる熱にスズメは唸る。
そこに叩きこまれる偽神装騎ダゴンの触手――その一撃は地面を抉っただけだが、状況はあまりよくなかった。
「待ってて、アナヒトちゃん……! 絶対、絶対に助けるから……絶対に」
装騎スパローは左腕にレイ・エッジソードを展開する。
「やっぱり、霊子技で攻めないと……ビェトカさん!」
「何っ?」
「私がヤツに突っ込みます! なんとか、援護を!」
「なんとかって何!?」
ビェトカの叫びを置き去りに、装騎スパロー1,5は一気に加速。
「電撃、稲妻、熱風!」
その姿が掻き消えた。
「是非なしね、やるだけやるわよ!」
装騎ピトフーイは超振動ワイヤーを巧みに操り、一瞬で偽神装騎ダゴンを捕縛。
だが、すぐに超振動ワイヤーは偽神装騎ダゴンの灼熱で溶かされていく。
「一瞬も持たないわよ!」
「分かってます! 銀風霊叉!!」
姿が消えた装騎スパロー1,5は一気に偽神装騎ダゴンの背後へ。
瞬間、偽神装騎ダゴンの足元がX字に抉り取られた。
「やった!?」
「……やって、ない」
スズメは愕然とする。
全く手ごたえがなかった――レイ・エッジソードを使った必殺の銀風交叉でも通用しなかった。
必殺技を破られたスズメの衝撃は大きかっただろう。
捕らえられたアナヒトを目の前にして、大きな焦りを感じていたということもあり、そのショックは大きな隙になった。
「ひぁあああ!!!」
思いっ切り装騎スパロー1,5を打ち付ける偽神装騎ダゴンの触手。
激しい衝撃が装騎スパロー1,5――スズメを襲う。
「不味いっ」
その攻撃は何度も何度も――装騎スパロー1,5のコックピット狙って叩き込まれる。
ビェトカは装騎ピトフーイを走らせ、装騎スパロー1,5に向かって超振動ワイヤーを放り投げた。
「こんな所で、死ぬんじゃないわよ!!」
装騎ピトフーイは超振動ワイヤーで装騎スパロー1,5の四肢と頭部を切断する。
そして、残った胴体を引っ張り上げ、一気にその場を離脱した。
背後から装騎ピトフーイを襲う偽神装騎ダゴンの溶解液。
その攻撃で、体の一部を溶かされながらも装騎ピトフーイは駆ける。
「とりあえず、コックピットをこじ開けてスズメを――――!」
コックピットから無理矢理引きずり出した、気絶しているスズメを抱えるとステルスを起動。
姿を消した装騎ピトフーイは、偽神教の施設から抜け出した。
アナヒトの奪還に失敗したその夜。
スズメとビェトカはスズメの部屋で作戦会議を開いていた。
「明日はドレスデンの施設をもう一回襲撃してみるわ」
「もう逃げられてるんじゃないですか……?」
「その可能性が高いわね。だけど、他に手はないでしょ」
「それは、そうです……」
スズメは俯きながらグッと拳を固く握る。
救えなかった。
せっかくアナヒトを見つけることができたのに。
その思いが、スズメを強く苛んでいた。
「そうウジウジしたって仕方ないじゃん! その時々でやれるだけのことをやる。それだけだって」
ビェトカの言葉にスズメは頷く。
「そう、ですね……」
「とりあえず、ワタシのピトフーイは何とか修理できそうだけど……問題はスパローね」
ビェトカの言う通り、スズメの装騎スパロー1,5は脱出のためにビェトカが破壊してしまった。
その残骸は、ドレスデンの施設に取り残されているのか、処分されたか、回収されたか……何にせよ、目的地まで行かないことにはどうしようもない。
「スニェフルカならすぐにでも使えます、けど……」
「スニェフルカねぇ……近代化改修されてても、さすがにスニェフルカじゃ」
「キツい、ですよねぇ」
スズメが今すぐにでも使用できるのは、かつて授業の一環でレストアした装騎スニェフルカくらいだ。
しかし、装騎の中でも黎明期に開発された代物で、偽神装騎との戦闘となると耐えられそうにない。
「ワタシの装騎ならステルスも使えるし、スズメは休んでたら? まだ傷治ってないんでしょ」
ビェトカの言う通り、スズメは体中に包帯を巻き、傷む体を押している状態だった。
「どうしてもっていうなら止めはしないけど――今度ばかりは助けられるか分からないよ」
「それでも、です。可能な限り最上の機甲装騎を使えるように、色々連絡してみます。ビェトカさんを死なせることだけは、しません」
「…………分かったわ。出発は明日早朝――善処しなさい」
「はい」
ビェトカはスズメの部屋を窓から出る。
壁伝いに下へと降り、姿を消すビェトカ。
スズメがその姿を見送っていると、不意に扉がノックされた。
「ズメちん……」
「ロコちん?」
スズメが扉を開けると、そこに立っていたのはロコヴィシュカだった。
「戦いに……行くの?」
「もしかして、聞いてた?」
スズメの言葉にロコヴィシュカは首を横に振る。
「急にアナちんが居なくなって、ズメちんがボロボロで帰ってきて……こんなの、何も聞かなくても分かるよ……」
「ごめん……」
突然、ロコヴィシュカがスズメの肩を掴み、胸元へと顔をうずめた。
「ズメちん、行かないで…………」
それはロコヴィシュカの本心だった。
当たり前だ。
ロコヴィシュカにとってスズメはとても特別な存在。
そんな存在が、戦い、傷つき、最悪死んでしまうかもしれない。
そう考えただけで、ロコヴィシュカはスズメを戦いに向かわせることはできない。
「気持ちは嬉しい、けど……」
「行かないでズメちん! わたしは、わたしはズメちんがいないと嫌なの! ズメちんを失うのが、一番……一番恐いの! お願いズメちん、ずっと一緒に居て……わたしの傍に、居てよ…………」
ロコヴィシュカの悲痛な叫び。
それにもスズメの意思は揺れない。
「ごめん、本当にごめんねロコちん……でも、私にとってアナヒトちゃんは――――アナヒトちゃんは……」
スズメはふと思い出した。
ステラソフィアに入学した時のことを。
様々な先輩や仲間たちと戦った日々のことを。
初めてアナヒトと出会った日のことを。
そして、仲間を失った日のことを。
「私がアナヒトちゃんと一緒に暮らすって決めたのは、生半可な覚悟じゃないの」
アナヒトは元々奴隷として地下街に幽閉されていた人々の内の1人だった。
戦後、マルクト神国が崩壊し奴隷たちが解放された後、身寄りのない彼女をスズメが引き取ったのだ。
どうしてスズメはアナヒトを引き取ったのか。
奴隷たちの中で、偶然出会った、一種の運命的な相手だから――それもある。
戦いで失った仲間たちの代わりに、新たに得た存在だから――ということもある。
簡単に言うならば、スズメにとってアナヒトは――
「最後の希望、だから」
だが、ロコヴィシュカの言葉が全く届かなかったわけではない。
「でも――」
ロコヴィシュカの言葉でスズメにはもう一つ、絶対に果たさないといけない決意が芽吹いた。
「絶対帰ってくるから。アナヒトちゃんと二人――生きて、帰ってくるから」
スズメの言葉にロコヴィシュカは泣き崩れる。
泣いて泣いて泣きじゃくる。
ひとしきり泣いた後、ロコヴィシュカはスズメへと背を向け、言った。
「HZD1700407――わたしのガレージにあるから」
それだけ告げると、ロコヴィシュカはスズメの部屋を後にした。
「HZD1700407……どういう、意味だろう」
そう思いながらも、SIDパッドで取り寄せ申請をする為に数字を入力したとき、気付く。
「ステラソフィアの始業式の日?」
その数字は聖暦170年4月7日――ステラソフィア女学園の始業式の日であり、スズメが再びステラソフィア機甲科へと帰る日付。
このHZD1700407とは、スズメとステラソフィア機甲科の復帰祝いとしてロコヴィシュカがプレゼントしようとしていたものだったのだ。
暫くして、地下の輸送ルートを伝ってロコヴィシュカのガレージからHZD1700407が姿を見せた。
可愛くラッピングがされたプレゼントボックスで、その大きさはスズメの身長を超える程。
"ズメちん、ステラソフィアに帰ってもがんばってね!"そう一言だけ書かれたカードが逆にロコヴィシュカのスズメへの思いを語っている、気がする。
肝心の中身は――一振りの短剣だった。
「両使短剣サモロスト……」
スズメが普段使うウェーブナイフよりも丈はやや長めだが、代わりに魔電霊子を刃に纏うことが可能なロコヴィシュカ特製の武器。
超振動と霊子――両方の攻撃が可能な為、両使短剣と名付けられている。
もちろん、通常武装でもアズルを武器に纏わせることは不可能ではない。
だがこの両使短剣サモロストは、効率、出力、更には見栄えまでもロコヴィシュカのセンスと使用者であるスズメのスタイルに寄せて徹底的に調整された武器だった。
「ありがとう、ロコちん」
ロコヴィシュカがスズメの為だけに作った武器。
スズメは静かにロコヴィシュカの思いを受け取った。