偽神編第3話:雇われ悪魔/Žár a Žízeň
偽神教を倒すために協力し合うことを決めたその日、スズメとビェトカの2人はドレスデンへと来ていた。
「どうしてドレスデンなんですか?」
「ワタシの調べでは、ここに偽神教の本拠地があるらしいからね」
「本拠地ですか!?」
長年、偽神教と敵対しているビェトカ――この周辺にある偽神教の施設は大体把握済みらしい。
「もし、誘拐されたアナヒトって子がヤツらにとっての重要人物なら、まずはここに運ばれる可能性が高いわ」
スズメが偽神装騎ダゴンを見失ったポートレヒア国境付近からも1番近い拠点がこのドレスデンの本拠地らしいということも含め、ビェトカはそう予想していた。
そして今日は、本拠地を潰すための下調べをしに来たのだ。
「ここが本拠地だって判っているなら、どうして先に潰しておかないんですか?」
「何言ってるの。共和国になった今は出入りは楽だけど、神国時代じゃそうもいかないでしょ。それに、本拠地って言っても1つ潰してどうにかなる組織じゃないもの」
(本拠地だから潰せないとは言わないなんてすごい人ですね……)
ビェトカの話を聞きながらそんなことを思うスズメだが口には出さない。
それに気づいたのか、
「潰せないわけじゃなくて潰さないだけよ。わかってる?」
「は、はい」
そう釘を刺してくるビェトカ。
(やっぱりすごい人だ……)
不意にビェトカがスズメの腕を掴み、引き寄せた。
「ビェトカさん?」
「シッ、見られてる」
ビェトカはそう言いながら、それとなく左手を掲げる。
手にはめられた手袋――その甲にはシルバーのプレートが付けられていた。
そして、そのプレートに映った人々の中に、どこか異質な雰囲気の2人組が映っている。
パッと見は普通の女性2人組――だが、何故かスズメは違和感を覚えた。
不意にその内の1人――褐色肌で赤髪の女性がそっと右手を掲げる。
刹那――
「不味いッ!」
スズメを掴み一気に横っ飛びしたビェトカ――2人が居たその場所を衝撃波が通り過ぎて行った。
突然の出来事に慌てふためく人々。
「こんな所で攻撃してくるなんてね!」
「今のは――魔術? 魔術使ですか!?」
「魔術使? ――そんな人間のバリエーションみたいに言わないで欲しいね」
スズメの言葉に褐色の女性がそう言う。
「アタシ達は悪魔! その名も――タルウィ&」
「ザリク……」
そしてクルリと身を翻すと恰好を付けたタルウィ。
その言葉に、横で静かに佇むどこか石のような女性が続けた。
「悪魔というと、神話とか御伽噺とかに出てくる悪魔?」
「そう、そのとーり! タルウィ&ザリクの名を聞いて震えあがれ! 偽神教を嗅ぎまわる不届き者どもめ!」
「……そんな悪魔、聞いたことないわ」
ビェトカの言葉にタルウィは思わずずっこける。
どこか憎めない雰囲気のキャラだ。
「私はあります。以前、先輩から貸してもらった漫画に載ってました。暑さを与える悪魔タルウィ、渇きを与える悪魔ザリク――主に2人組で動く悪魔、だと……」
「本物の悪魔だとしてどうして偽神教の、人間のお守りなんかしてるのよ」
「だぁぁあああもう、そう、そうなのよ! アタシ達は言うなれば傭兵! 雇われ悪魔! なんでこんな境遇になったのか、涙なしでは語れない! 悪という役割を奪われたが為に仕事を失くし、知名度も消えかけて、それを何とか巻き返そうと――」
「タルウィ」
「今いいところ!」
「逃げたわ」
「……は?」
タルウィが喋っている隙にその場を去ったスズメとビェトカの2人は路地裏へと逃げ込んでいた。
「なんとかヤツらをまきながら、施設に近づくわよ」
「近づいてどうするんですか!?」
「襲撃を今日に早めるしかないじゃん。敵に見つかったんだからね」
「勝機は――」
「一瞬で攻撃して、一瞬でアナヒトを捜して、一瞬で逃げる。それしかないね」
「無茶苦茶ですね」
ビェトカの言うことはかなり無茶――だが、敵に見つかってしまった以上、こうするのがアナヒトの為にも最善。
スズメはそう判断し、ビェトカの案に乗ることにする。
「ところがわっほい! そう簡単にはいかないんだぁ!」
突如吹き荒れる熱風――タルウィが2人に追い付いてきた。
「チィッ、とりあえずトンズラよ!」
「はいっ!」
「いかせない」
タルウィとは逆の方向へ駆けだそうとするスズメとビェトカ。
だが、2人を遮るように、空からザリクが降ってくる。
片膝を突きスズメとビェトカを睨むザリク、自信満々に右手を掲げるタルウィ――最早、こここまでか!?
と思ったその瞬間。
タルウィの放った熱波を、ザリクの放った光線を、何者かが遮った。
「毎度~、おねぇさぁーん、占いいかがっすかぁ?」
片や、タルウィの放った熱波を、手にした水晶玉から溢れた輝きで防ぐ声のトーンが低い女性。
「去りなさい。悪魔タルウィ、ザリク。貴女達の霊力では私たちには勝てないわ」
片や、ザリクの放った光線を、雷光で掻き消した毅然とした態度の女性。
「アナタ達は――コンビ芸人の人!」
「ど~もぉ~、ケイシーでぇ~す」
「違います!!」
スズメの言葉にエリヤがそう否定する。
そう、彼女たちは首都カナンの路地裏で占い師をしているところを、芸能プロダクションにスカウトされたという奇妙な経歴を持つ2人組ケイシー&エリヤだった。
「コイツら芸人なの? それにしてはすごい魔術を使うけど……」
「だから違います! 私はシャダイ・エリヤ・サンダルフォン! 天使、サンダルフォンです!」
「シャダイ・ケイシー・ハラリエル――――天使、ハラリエルぅ~」
「天使!? 悪魔が出たり天使が出たり、一体どうなってんのよ!?」
「話は後! サエズリ・スズメ、ピトフーイのアルジュビェタ、貴女達は貴女達の目的を果たしなさい!」
「一体全体、どうなってんのよ!」
「ビェトカさん、とりあえず今は言う通りにしましょう! 偽神教の施設に、乗り込むんです!」
「そうね! さぁ、行くわよ!」
スズメとビェトカは最寄りの輸送ルートから装騎スパロー1,5、装騎ピトフーイを運ぶと素早く装騎に乗り込む。
「サエズリ・スズメ、スパロー。行きます!」
「死毒鳥のアルジュビェタ、参戦!」
装騎スパロー1,5と装騎ピトフーイの襲撃に、一気に施設を混乱が襲った。
どうやらタルウィ&ザリクは、スズメとビェトカのことを施設へは知らせていなかったようだ。
「これだからバイトって当てにならないのよねー」
「今回は助かりましたけどね。アナヒトちゃん……待ってて」
スズメとビェトカが侵入した偽神教の施設は思いのほか広かった。
敷地自体はちょっとした学校程度の広さなのだが――――
「ジャックポット! 地下通路よ!」
ビェトカの予てよりの調査と、その勘で地下へのルートを見つけたのだ。
スズメとビェトカは地下へと降り立つ。
そこをしばらく進むと……
「正解、みたいですね」
スズメは目の前に立ちふさがるディープワンを目にしてそう確信した。
「いくわよ!」
ビェトカはそう叫ぶと、装騎ピトフーイがステルスを起動し、駆けた。
「ワタシがヤツの気を逸らす。スズメはその内に攻撃しなさい!」
「わかりました!」
ディープワンには学習能力がある。
更にはその学習したことを、完全ではないものの全体と共有する能力もだ。
それを防ぐためにビェトカはステルス装騎を使っているのだとスズメは知った。
スズメとビェトカ、2人の連携によって立ちはだかるディープワンを次々となぎ倒す。
やがて、無機質な回廊が石造りの遺跡のような雰囲気に変わっていった。
「いかにも儀式の場って感じですね……」
そう呟いたとき、スズメは不思議な感覚を覚える。
「スズメ?」
「声が、聞こえる……」
それは声だ。
スズメを呼ぶ、声……。
「アナヒトちゃん!」
導かれるように駆けだす装騎スパロー1,5とその後を追いかける装騎ピトフーイ。
やがて、2騎は巨大な支柱のようなものが中央にそびえる広間へと出た。
「アナヒトちゃん!」
「スズメ……っ」
中央にそびえる支柱――その根元、王座のようにも見える立派な椅子にアナヒトが座らされていた。
一気にアナヒトに駆け寄る装騎スパロー1,5。
だが――突然、スズメとビェトカを奇妙な悪寒が襲う。
そう――――ヤツだ。
「偽神装騎、ダゴン……!」
スズメは、自らの行く手を阻む憎き装騎の姿を見て、呟いた。