Bright Answer
その日、私は夢を見た。
チーム・ブローウィングの寮室。
ツバサ先輩、チャイカ先輩、マッハ先輩……私の、ステラソフィアの先輩たち。
楽しい日々――そんな日は突然壊される。
真夜中の警報、駆り出された戦場、その戦いで私は多くを失った。
崩壊するシャダイタワー――降り注ぐ瓦礫。
その瓦礫が私を圧し潰さんと降り注ぎ――――
「はぁっ、はぁっ…………」
汗ばむ体、激しい動悸、手に力が入らず震えている。
初めて見た夢……?
ううん、違う。
この夢はよく見ていた夢。
とても怖くて、とても胸が締め付けられて、とても悲しい――でも、とても大切な夢。
この悪夢が大切だなんて思ったのは今が初めてかもしれないけど。
「忘れてた……」
この夢をめっきり見なくなったのはいつの頃からだろうか。
この世界に違和感を抱き始めたのはいつの頃からだろうか。
「アナヒトちゃん?」
「スズメ、うなされてた」
「うん」
気付けば、私の傍にはアナヒトちゃんの姿があった。
さっきから傍にいたんだろうか?
アナヒトちゃんの少しひんやりした手が私の手と重なる。
「アナヒトちゃん、この世界は、おかしいよね」
アナヒトちゃんは首を縦に振った。
「もしかして、気付いてた?」
その言葉にも首を縦に振る。
「スズメ――カラスバ・レイを、助けてあげて」
「レイちゃんを……?」
「お願い」
「……分かった!」
私はカレルさん伝手でみんなを呼び出し、レイちゃんの家を調べた。
そして、まるでゾンビか何かのように襲ってくる街の人々を蹴散らしながらレイちゃんの元へと急いだのだった。
『アナタに――そんなことができるの? 弱い、アナタに……』
漆黒の檻に囚われたチトセをわたし達の目の前に放り投げ、闇を纏った彼女がそう語り掛けてくる。
「わ、わたしは、やります! スズメちゃんのために……そして、自分のためにもっ」
『なら、やってみたら? ワタシを倒してみなさい。無理だと思うけど』
「やりますっ!!」
そう言いながらもわたしの体は恐怖に震えている。
それでも、打ち勝たないといけないと、そう思った。
「私も加勢します!」
「アイツって矢で射ちゃっても大丈夫なの?」
「とりあえず、黒レイちゃんの言うように倒す、しかないのかなぁ」
「何にせよ相手はやる気まんまんのようだぞ」
「そのようでっ!」
彼女の放った闇をわたしたち5人は散開して避ける。
「友達に向かって矢を射るのは――抵抗あるけど!」
そう言いながら放たれたカナールさんの矢は、だけど彼女の闇に阻まれた。
「生身は、自信ないけど……頑張るよ!」
そこに鉄柱を持ったレオシュさんが飛び込む。
レオシュさんの鉄柱と彼女の漆黒がぶつかった。
「くぅ…………」
だけど、レオシュさんがどれだけ力を入れても彼女はびくともしない。
「サエズリ・スズメ、行きます!」
更に畳みかけるようにスズメちゃんがナイフを彼女へと閃かせる。
その1撃は確かに彼女を切り裂いた――はずだったのに。
「手応えが――ないっ!」
「スズメくんの1撃、確かに入ったはずだぞ!?」
後ろから戦況を見ていたカレルさんも驚きの声を上げる。
『大人しくワタシの世界に浸っていればいいのに』
彼女の呟きと同時に、周囲に闇が噴き出しわたしたちは吹き飛ばされた。
「強い、とかそういうのじゃないわね……」
「物理無効ってヤツかな? あ、あはは、このパーティーに魔術師はいないよね」
「霊体を切り裂く霊剣! とか無いのか?」
「残念ながら、そういう類の武器やスキルは持ってませんね……」
どんな攻撃をしても簡単に受け止められて、彼女自身を攻撃してもまるでユウレイのようにすりぬける。
そんな相手をどう倒せばいい?
そう考えた時、彼女の言葉がわたしの頭に過った。
「彼女は、わたしのココロ……」
「レイちゃん?」
そうだ、もしかしたらこの方法なら彼女にダメージを与えられるかもしれない。
わたしは決心し、彼女に向って1歩踏み出す。
「わたしは、逃げたくない!」
そして、一気に駆けだす。
彼女に向って、彼女自身に向かって。
「レイちゃん!!」
スズメちゃんの叫び声が聞こえる。
だけど、振り返らない。
ただ彼女だけをその目に捉える。
彼女は薄い笑みを浮かべながらも動かない。
わたしが来るのを待ち受けるように。
『ワタシと直接勝負しようというのかしら? いいわ、おいで』
わたしの体と、彼女の体が重なる。
瞬間、強烈な闇が――わたしの中に入ってきた。
心の中にあふれる負の感情、闇の感情、スズメちゃんと離れたくない、惨めな自分に戻りたくない、嫌、置いていかないで、独りにしないで、わたしを、わたしを見て!!
溺れる。
わたしは溺れる。
闇の中に。
心の中に。
その闇はとてもドス黒くて、とても淋しくて、とても寒くて、とても切なくて、とても、とてもとても……。
心が、耐えられない。
圧し潰されそう。
わたしは思わずうずくまる。
寒さに腕を抱き寄せ、体を丸める。
暗い、怖い、寒い、重い、このまま目を閉ざしてしまいたい、意識を閉ざしてしまいたい。
だけど――――だけど、負けたらダメだ……くじけたらダメだ……わたしは変わるんだ、この闇を振り払って。
「レイちゃん!」
ふと、スズメちゃんの声が聞こえた気がした。
ふと、温かい光が差した気がした。
わたしは顔を上げる。
「レイちゃん、目を覚まして!」
暗闇の中、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ光が見えた。
わたしはその光へと手を伸ばす。
「レイちゃん、起きて! 一緒にケーキ食べに行くわよ!!」
「レイちゃん――クッキングクラブの活動だってあるんだよ!」
「レイくん! 王者である俺の命に背くことは許さんぞ!」
聞こえてくるのはスズメちゃんと、そしてウレテットの――仲間たちの声。
その声がわたしを引き上げる。
この、暗闇から引き上げる。
わたしの目の前にはスズメちゃん、カナールさん、レオシュさん、カレルさん……チーム・ウレテットが待っていた。
わたしが目を覚ましたのを見るとそれぞれが安堵の表情を浮かべる。
「全く、無茶するんじゃないわよ」
「あ、あの……彼女は」
「黒レイちゃんは倒せたよ。レイちゃんのお陰でね」
「黒いレイくんはレイくんの心――と、なればレイくん自身を器として実体を与えれば攻撃できる」
「そうです。みなさんなら、きっと――気づいてくれると、思いました」
「レイちゃん」
「スズメちゃん……?」
「無事で、良かった」
そういうスズメちゃんの表情は今にも泣きだしてしまいそうで。
ううん、スズメちゃんだけじゃない。
4人とも――特にカナールさんはさんざん泣き倒した後のように目の周りがはれている。
「理屈は分かるがだからと言って友達を攻撃なんてできない。実際、この方法で彼女を倒した後にどうなるか全く分からなかったのだからな」
「うん、ボクもレイちゃんが目を覚まさないんじゃないかと思ったよ……良かった」
「ごめんなさいみなさん!」
わたしはずっと疑っていた。
みんなわたしのことを邪魔だと思っているんじゃないか、仲間だと、友達だと思っていないのではないか。
ずっとずっと、そう思っていた。
でも――本当に仲間だと思ってなかったのはわたしの方だった。
だから謝る。
こんなにも優しくて強い仲間たちと、素直に接しなかったことを。
「でも、黒いレイちゃんも倒したのに世界が元に戻らないじゃない」
ふとカナールさんがそんなことを口にした。
そういえばそうだ。
彼女は倒した、わたしを閉じ込めようとする人々の姿もない、それなのに世界はなにもかわりない。
「この世界がレイくんの作った世界だと言うのなら、きっと彼女の中にその答えはあるはずだ」
「わたしの中に――でも、一体何が……?」
「なんだろう。思い残しとかかな?」
「思い残し?」
レオシュさんの言葉にわたしは考える。
この世界での1年間、とても楽しかった理想の日々、でも、その中で叶えられなかったこと。
「あっ」
そうだ、わたしはずっとしたいと思っていた。
だけど忘れていた。
最後に理想の世界でやりたいこと――――それは……
「スズメちゃんと、装騎バトルをしたいです!」
リラフィリア機甲学校の校庭――そこでわたしはスズメちゃんの機甲装騎と相対する。
「あれは……装騎スパロー」
わたしの目の前にいる機甲装騎はリラフィリアでスズメちゃんが使っていたスパローとは違っていた。
だけど、それはわたし達にとってもすごく馴染みのある機甲装騎。
スズメちゃんがステラソフィアに居た時に使っていた、正真正銘本物の装騎スパローだ。
「なるほど……これがレイちゃんの望んだ私とのバトル!」
そうか……この戦いを望んだのはわたし。
そしてわたしが望むのは……本気のスズメちゃんと、戦うこと!
「カラスバ・レイ、バイヴ・カハ……いっ、行きます!」
「カァ――――!!」
チトセの一声でさらに気合を入れ、わたしは装騎バイヴ・カハを走らせた。
「サエズリ・スズメ、スパロー。行きます!!」
スズメちゃんの装騎スパローもわたしの方に向かって駆けてくる。
「行って、FIN!!」
わたしは咄嗟に6基のFINを全て起動。
装騎バイヴ・カハの背後に浮かせると、装騎スパローに向かって……
「一斉射撃!」
FINから放たれた6条の魔電霊子砲は――装騎スパローの背後で交差した。
そして、装騎スパローは一瞬でわたしの目の前に!
「疾いっ!?」
「スパロー、ブレードエッジ!!」
装騎スパローの頭部、両腕、両足、そして背部から超振動刃が展開。
わたしは咄嗟に超振動断頭剣を構え、装騎スパローの1撃から身を守る。
ギィイイイイイイイイイ
わたしの超振動断頭剣とスズメちゃんの両腕ブレードエッジがぶつかり火花を散らす。
「そこです!」
不意に、装騎スパローの右足が動いた。
装騎スパローの爪先から伸びるブレードで装騎バイヴ・カハを切り裂くつもりだ。
「カァ――――!!」
チトセが一鳴き、宙を舞う3基の小型FINが装騎スパローに向かって魔電霊子砲を撃つ。
それに合わせてわたしは――わたしとスズメちゃんの装騎は互いに後退。
「仕切り直し……あっ!!」
場が一旦仕切りなおされた――そう思ったその時、目の前から装騎スパローの姿が消えた。
「ムーンサルト――」
「上っ!?」
わたしの意識に反応して、6基のFINが宙を舞う装騎スパローを追いかけるように魔電霊子砲を撃つけどスズメちゃんの軌跡をただ追うだけ。
だけど、終着点は分かっている――わたしの、
「後ろっ!!」
わたしは装騎バイヴ・カハを振り向かせると、右腕に大型FINを纏う。
「ドゥーム・ナッコォ……!」
巨大な拳のようになった右腕がアズルの輝きを纏い、より巨大になる。
「スパロー! レイ・エッジ!!」
対するスズメちゃんの装騎スパローも右腕からアズルの刃を纏った。
「い、いけぇぇええええええ」
「はぁぁあああああああああ!!」
アズルとアズルがぶつかり合い、蒼白い輝きがわたしの目を焼く。
「圧せる……っ」
そう確信したわたしの思う通り、装騎バイヴ・カハの拳はアズルの重みを押しのけた。
でも、そこには……
「居ないっ!?」
装騎スパローの姿はない。
刹那、わたしを激しい衝撃が襲う。
わたしの装騎バイヴ・カハ――その左腹に叩きつけられた超振動ナイフ。
「スィクルムーン・ストライク」
「やっぱりスズメちゃんは、強い……」
その1撃で、わたしの装騎バイヴ・カハは機能を停止した。
「やっぱりスズメちゃんは、強い、ね」
「ありがとう。レイちゃんだってどんどん良くなってるよ」
わたしとスズメちゃんは握手を交わす。
その瞬間――世界が、光に――――――。
「おはよう、チトセ……」
「カァ――――!」
朝の陽ざしを浴びてわたしは目を覚ました。
何か、夢を見ていた気がする。
「カァー!」
チトセが何かをくわえている。
それは、1枚の手紙のようだった。
「この手紙……スズメちゃんから?」
開けてみると、それは呼び出しの手紙だった。
「バーリン駅で待ち合わせ……スズメちゃんと、お出かけ」
突然の呼び出しに驚いたけど、わたしはすぐに家を飛び出し駅へと向かう。
「す、スズメちゃん!」
「おはようレイちゃん! 急に呼び出してゴメンね」
「い、いえ……」
「チトセちゃんもありがとう!」
「カァー!」
わたしの後についてきていたチトセがスズメちゃんの言葉にそう1鳴きした。
「あ、あの、どうして急に、こんな……」
「もう終業式も終わっちゃって、私もステラソフィアに帰る日が近いからね。帰るまでにレイちゃんと一杯遊びたいなって思って」
「それで、わたしを……?」
「うん。迷惑だったかな?」
「そっ、そんなことッ……ないです」
「良かったー!」
わたしはスズメちゃんと1人、バーリン市を見て回った。
装騎専門店、カナールさんオススメのケーキ屋さん、わたしが前から気になっていた雑貨屋さん……。
楽しい時はあっという間で、気付けば日も暮れスズメちゃんと別れる時間に。
スズメちゃんに家まで送ってもらったその別れ際、不意にスズメちゃんが小さな紙袋を取り出した。
「レイちゃん、これあげるよ!」
「えっ!?」
「さっき寄った雑貨屋で見つけたんだ! レイちゃんに似合いそうだなって思って」
「な、なんですか……?」
「開けてみて」
スズメちゃんに促されるままわたしは紙袋を開けてみる。
そこに入っていたのは――――
「かわいい……」
かわいくデフォルメされたネコの髪留めだった。
わたしはネコの髪留めを付けてみる。
「よく似合ってるよ!」
「ほ、本当、ですか?」
「本当だよ」
髪留めにそっと手を添えてみる。
なんだかパワーが貰えている――そんな気がした。
「レイちゃん、私たちずっと友達だからね!」
「はいっ」