Happiness In Slavery
「おはよう、チトセ……」
修学旅行も終わり、また何気ない日常が続くある日。
目を覚ましたわたしを1匹の同居烏が迎えた。
彼女の名前はチトセ――わたしの1番の親友だ。
「チトセ、何をくわえてるの……?」
そんなチトセが1枚の――どうやら写真をくわえているみたい。
その写真は、リラフィリア機甲科1組の集合写真だった。
「この写真……」
ううん。
よく見ると、ロコヴィシュカさんやアナヒトちゃん――隣のクラスの子の姿も見える。
「これ、お別れ会の時の写真だ……」
思わず口を突いた言葉――だけど、その言葉に疑問を覚えた。
お別れ会?
いつの? 誰の?
「ステラソフィアに帰っても、ずっと、友達……」
掲げられた横断幕に書かれた言葉をわたしは読み上げる。
写真の中央にはスズメちゃんと、わたし達チーム・ウレテットの姿が。
「ステラソフィアに、帰っても…………帰る? 誰が? 誰、誰だっけ……」
「レイ、メ、ソムケルナ」
「チトセ……」
「レイ、メヲ、サマス」
「目を、覚ます」
そうだ……やっぱりおかしい。
この世界は、
(おかしくないよ)
わたしの中で声がする。
その声は今まで何度も何度もわたしの中に響いてきた声だ。
「あなたは――誰?」
『ワタシはアナタ――アナタのココロ』
突如わたしの目の前に現れたもう1人のわたし。
「……怖い」
そのわたしは、奇妙な揺らぎを、そして闇を纏っていた。
『怖くなんかないよ。ワタシはアナタ――ずっと一緒に居たでしょう?』
まるでわたしじゃないかのようなわたし。
でも、彼女の言う通り、この闇をわたしはこの世界に迷い込む前から知っているような気もする。
「あなたが、世界をこんな風に、したの……?」
『ワタシはアナタだと言ったでしょう? つまり、"ワタシ"がやったの』
「わたしが、わたしの所為で? なら、今すぐこの世界を終わらせて!」
『ナゼ?』
「だって、この世界は、お、おかしいです! おかしいのは、ダメなんです!」
『ナゼ? この世界はワタシ達の理想の世界。アナタの望んだ世界なのに』
そうだ。
彼女の言う通りだ。
わたしは望んでいた。
スズメちゃんがステラソフィアに帰らないで、そして、ずっと一緒に居れる日々を。
だけど……
「わたしは、スズメちゃんを縛り付けるなんて、やりたくないっ!! お願い、戻して!」
『いいの? 元の世界に戻っちゃうとスズメちゃんとはもう一生会えないかもしれないよ。スズメちゃんが居ない毎日なんて、暮らせるの?』
「スズメちゃんとは、学校が変わってもずっと友達で――」
『そんな保障はないよね? そう自分に言い聞かせてるだけ。ほら、図星でしょう? アナタの不安はよく、わかるよ。それでもまだ、元の世界に戻りたい。そう思うの?』
「…………ッ」
彼女の言う通りだった。
彼女の1言1言がわたしの心に不安の種を撒く。
『不安だらけの世界に戻るくらいなら、今の世界が1番だと思わない?』
「お願い――もう、消えて!」
『アナタがこの世界を、望むのなら』
「わ、わたしは――望まないッ!!!」
彼女の言うこともよく分かる。
誰にも拒否されず、誰にも蔑まれず、そして最愛の人と永遠に暮らせる世界。
この世界はそんな世界――なのかもしれない。
そして、そんな世界をわたしは心から望んでいるということ。
だからと言って――認められない!
きっとこの気持ちは、わたしの中の最後の良心なのかもしれない。
『そうなんだ……せっかく、世界を変える力を手に入れたのに…………』
わたしの言葉を聞いて、彼女は肩を落とした。
わかって、くれた?
『なら、ワタシがアナタの理想を受け継ぐ……』
背筋が凍るような嫌な感覚。
これは――
「まずっ――――」
反射的にわたしは思わず身をかわす。
その傍を黒い何かが通り過ぎて行った。
それは、彼女を包む闇の波。
あれに当たると――どうなるのだろう。
とりあえず、
「逃げなきゃ……っ」
踵を返し外へと駆けだすわたし。
そんなわたしの後を彼女が追いかけてくる。
「チトセ……ッ?」
わたしとすれ違うように、彼女へと飛び去る黒い影。
それはチトセの姿だった。
『やめなさいチトセ。アナタまでワタシを邪魔するの……ッ!?』
チトセの攻撃に怯む彼女、チトセのその行動はわたしに行けと言っているのだ。
「でも、どこに……っ」
わたしの頭に過るのはスズメちゃんの姿。
でも、そんな、こんな状態をどう言えば……。
外に出たわたしは、その光景に驚きに目を見開く。
真っ黒に染まった空。
夜のようだけど、夜とも違う闇の世界。
煌々と輝く太陽だけが、この世界で唯一光を放っている。
「なんで、こんな……」
とりあえず、わたしは走る。
どこに行く?
スズメちゃんの家?
それともリラフィリア?
いっそ、どこか遠くの国に……?
そんなことを考えながら走るわたしに周囲の人々の視線が突き刺さる。
みんな、見ている?
わたしを、見ている……っ!
不意に、1人の通行人の手がわたしへと伸びた。
「や、やめてくださいッ!」
わたしの手首を掴んでくる1人の女性。
その表情には色が無く、闇に沈んでいるように見える。
「まさか……」
わたしは思いっきり女性を蹴飛ばし、一気に駆けた。
わたしを追い、妨害しようとする色のない人々。
この人々は人形だ――わたしをこの世界から逃がさずに縛り付けておくための舞台装置。
「とりあえず……リラフィリアまでッ」
だが、そんなわたしの思考を読んでいるかのように人々は動く。
それもそうだ――その人々も本来はわたしの心が作り出した存在なのだから。
じりじりとにじり寄ってくる人々。
「もう、ダメなの……?」
諦めかけたその時――――
「ダイナミック、エントリィィィイイイイイイ!!!」
威勢のいい声と同時に、わたしの目の前にいた人が吹っ飛んだ。
「レイちゃん、助けに来たよ!」
そう手を伸ばすのは――――スズメちゃんだった。
違う、それだけじゃない。
「全く、これは一体どういう状況なのよ!」
弓で迫りくる人々を叩き飛ばしながら叫ぶカナールさん。
「ボク、街がゾンビだらけになったらスチールラックの柱を武器にするって決めてたんだー」
そう笑みを浮かべながら鉄柱を振り回すレオシュさん。
「さぁ、行くぞレイくん」
そして、どこから持って来たんだろう……チャリオットに乗るカレルさん。
このスズメちゃんたちは本物?
この世界はわたしが作り出した世界――と、いうことはこのウレテットも舞台装置なのかもしれない。
そんな思いが頭をよぎる。
「違う……この世界は、わたしが作ったもの…………」
そう、"わたし"が作ったのだ。
それなら分かる。
わたしは、スズメちゃんの手を取った。
確かに感じるスズメちゃんであるという感覚。
わたしは、カレルさんの操縦するチャリオットへと飛び乗った。
走るチャリオットの上、ふとスズメちゃんがわたしへと問いかける。
「レイちゃん、前に話したことおぼえてる?」
「前に?」
「何か忘れているような気がするっていう話」
そういわれたのはいつだったか――――確かにスズメちゃんはこの世界に疑問を持っていた。
わたしもそのことに気付きながら、でも、彼女の声に唆されて。
「思い出したよ、どうしてもステラソフィアに帰りたいっていう気持ち。それで気付いたんだ」
「この世界が、おかしい、ってですか?」
「うん」
「スズメちゃんは……なんで世界が変になったと、思いますか?」
わたしの言葉にスズメちゃんはどこか言いよどむように口を閉ざす。
スズメちゃんはどう思っているんだろうか。
何を考えているのだろうか。
「レイちゃんは?」
「え、わ、わたし、ですか……?」
スズメちゃんの瞳はとても真っ直ぐにわたしを見ている。
わたしは真実を話した方がいいのだろうか。
そんなことをすれば嫌われる?
軽蔑、されてしまうだろうか?
本当に、本当の本当にスズメちゃんとは一生会えなくなってしまうかもしれない。
その恐怖と天秤にかけてまで事実を話すべきなのか。
「分からない」とただ1言言えればとりあえず、この場は…………
わたしはスズメちゃんの顔を――瞳を見る。
真っ直ぐな、とても真っ直ぐな瞳だ。
ここで嘘を吐いたら――わたしはスズメちゃんを裏切ることになるんじゃないか。
それこそ本当に、本当の本当の本当にスズメちゃんに嫌われてしまうんじゃないか。
「わたしは、わたしは…………その、わたし、わたしが…………」
わたしは大きく深呼吸をする。
そして、わたしは言った。
「わたしが、悪いんです……ッ!!」
わたしは話した。
わたしの望みのこと、この世界のこと、もう1人のわたしのこと、わたしの知ってる限りのこと全部を。
「レイちゃん」
「な、なん、ですか……?」
「ありがとう」
不意にスズメちゃんの身体がわたしの身体と重なる。
スズメちゃんの香りがわたしの鼻をくすぐり、スズメちゃんの体温がわたしの身体を温めた。
「えっ、ええっ!?」
混乱している間に、スズメちゃんの身体がわたしから離れる。
「なるほどな。レイくんの望んだスズメちゃんと一緒に居たい世界か」
「信じられないけど、こんな状況になっちゃったんなら信じるしかないわね」
「そうだね。それで、どうやったらこの世界から抜けられるんだろう……?」
そして惚けるわたしをよそに、そんな作戦会議を繰り広げ始めるウレテット。
「えっと、あの……責めたり、しないん、ですか?」
その様子を見てわたしは思わずそう口走ってしまった。
だけど、責められて当然だ。
意図しなかったとはいえこんな世界を作ってみんなを閉じ込めてしまったわたしを。
「何言ってんのよ。誰だって好きな人とずっと一緒に居たいって思うのは当たり前でしょ?」
「レイちゃんだって悪気があった訳じゃないしね。ゲームみたいな体験できて結構楽しいよ」
「いや、俺はレイくんに1つ文句があるぞ」
「で、ですよね……」
「何故、"理想の世界"なのに俺様が装騎バトルで最強じゃないのかだ!!!!」
「アッホくさ……」
カレルさんの言葉にカナールさんはあきれ顔。
「このバカの言うことは気にしなくていいから」
「は、はぁ……」
「私は――」
ふと響いたスズメちゃんの声にわたしはドキンとする。
この世界の1番の被害者は、きっとスズメちゃんだ。
スズメちゃんは、どう思っているのだろうか。
わたしがスズメちゃんと離れたくないがためだけに作られたこの世界を。
「私はこの1年楽しかったよ。レイちゃんは楽しかった?」
「あ、は、はい。も、もちろんです」
「ずっとこんな日々が続いたら最高だよね」
「そう、ですね……」
スズメちゃんは何が言いたいんだろう。
意図が読み取れない。
だけど、なんとなく思った。
わたしは、しっかりと自分の思っていることを伝えないといけないと。
「わたしは、スズメちゃんとずっと一緒にいたい……リラフィリアで、ずっと、スズメちゃんと、みんなと」
「うん」
「だけど、それだとダメだってことも、わかります。スズメちゃんとずっと一緒に居る。それはたしかにわたしの願いです。です、けど……スズメちゃんは、ステラソフィアにいるべきです! そのためにわたしは――全力で世界を元に戻したいと、思いますっ!」
『アナタに――そんなことができるの? 弱い、アナタに……』