ようこそエーテルリヒト王国へ!
「やってきました! 修学旅行の日です!!」
その日、マルクト共和国ブリュッセル市の港にわたしたちリラフィリア3年生の姿があった。
「す、すっごく、楽しみです……っ」
「スズメもレイちゃんも浮かれすぎよ」
そういうカナールさんの表情もどこか緩んでいて、今日が楽しみだということがよくわかる。
もちろん、わたしもずっと心待ちにしていました。
今日の修学旅行の日を!
「こ、この船に乗って、いくんですか……?」
わたしたちの目の前にとまっているのはすごく大きな船。
名前は、えっと……
「リラフィリア機甲学校生のみなさん! ようこそ、我がサムシングエルス号へ!!」
そう挨拶をするのはサムシングエルス号の船長と思しき女性の人。
「あれっ!? マーリカさん!!??」
「オオ、あんたは確かステラソフィアの……」
船長のマーリカさんとスズメちゃんは知り合いのようで親し気に話し始める。
スズメちゃんって色んな知り合いがいるんだなぁ。
「とまぁ、資金調達も兼ねて運輸会社を設立したってわけなのよ」
「マーリカさんやり手ですねぇ」
「フフン。もっと褒めて~」
アルビオン運輸提供の快適な船旅で、わたしたちは修学旅行の目的地であるエーテルリヒト王国へとたどり着く。
「ようこそ、エーテルリヒト王国へ」
エーテルリヒト王国北部の町ヴァサヴォダ。
漁業が盛んなこの港町で、わたしは驚きの光景を目にした。
そこには色鮮やかな制服を着こんだ多数の人々。
わたしは、あの制服をテレビで見たことがある。
「あれは――王国近衛兵の制服だな」
何の制服だったか思い出そうとしている傍で、カレルさんがそう言った。
そしてそんな制服の軍人さんたちに囲まれた1人の女性。
「リエラちゃん!!」
そう声を上げたスズメちゃんに、一同の視線が突き刺さる。
「あっ、いえ、えっと……」
どこかばつの悪そうな笑みを浮かべるスズメちゃん。
船を下りた私たちを、エーテルリヒト王国のお姫様ミリエライシュト姫がお出迎えしてくれた。
「ねえねえ、どーしてミリエライシュト姫直々に修学旅行生をお出迎え……?」
「あはは、なんでだろう」
カナールさんの言葉にわたしも同じ疑問を抱く。
でもその疑問は、ミリエライシュト姫がすぐに解消してくれた。
「マルクト神国が共和国と名を改め、本格的に我々エーテルリヒト王国以外の国とも国交を持ち始めた昨今。まだマルクトと言う名に疑惑と軽蔑の目を向ける者も少なくはありません。しかし、マルクト共和国の皆様はよき友人であるということをあなた達には知って頂きたく、今回わたくし、エーテルリヒト王国第3王女エーテルリヒト・ミリエライシュトがお出迎えした所存でございます」
長くなるかと思ったミリエライシュト姫の話はそれに、
「では、リラフィリア機甲学校生の皆様、我らがエーテルリヒト王国でのひと時をお楽しみください」
そう付け加えただけで終わりを迎えた。
1日目――わたしたちはガイドさんの案内でエーテルリヒト王国王都リヒテンスヴェトロ近辺の有名スポットを見て回る。
移動はクラスごと、行く場所は同じだけどその順番はバラバラのようだ。
出発前、わたしたちに王都リヒテンスヴェトロの地図が配られる。
その地図を見ると、王都リヒテンスヴェトロはエーテルリヒト城を中心とした綺麗な円形を描いているのがわかる。
そんな王都リヒテンスヴェトロの街をこれから見て回るのだ。
サツレット教会。
伝説に出てくる陽光の女神サツレット(マルクトではザクレートと呼びます)の名を冠した教会。
「わぁ、すごく大きくて綺麗ですねー!」
「本当! ステンドグラスがなんかロマンチックね」
そこは、とても大きくて厳粛な雰囲気が漂うとても素敵な場所でした。
ステンドグラスを通って教会内を照らす鮮やかながら優しげな光がその雰囲気をより一層引き立てている。
「ここでセーブとか出来たら気持ちよさそうだな」
「そうだね。でも、イベントで魔物に襲撃されそうな雰囲気もあるよね」
「男子ィ……」
こんな荘厳な雰囲気の中、ゲームの話題になるカレルさんとレオシュさん。
でも、2人が言いたいことも少し分かってしまうわたし……。
このサツレット教会はとても綺麗で入場も無料なのでエーテルリヒト王国では人気の観光スポットになっているそうです。
コルナクローネ水路。
王都リヒテンスヴェトロ各所に張り巡らせた綺麗な水路――これも人気スポットの1つとなっているみたいです。
生活用水の運搬路として聖暦前に建設されたこの水路――当時としては圧倒的ともいえる技術と、今なお芸術品としても見られるスマートな作りが人気の秘訣なのだとか。
「コルナクローネ水路――特に人気なのが、この水路を利用して作られた王城前の人工池、ねぇ」
「ボク的には、このクリスタルで作られた観賞用水路っていうのも気になるね」
「ほう、クリスタルで水路をか……我が家にも1個欲しいな」
「家に作るんですか……?」
実用性と芸術性の両面を備えたこの水路は、優雅なエーテルリヒト王国の王都にふさわしい建築物でした。
この綺麗な水路が街のあちらこちらにあるお陰で、清涼感ある街になっている。
エーテルリヒト城。
王都リヒテンスヴェトロの中央――荘厳に佇むお城がミリエライシュト姫たち王族の暮らすエーテルリヒト城です。
やや小高い場所に立つエーテルリヒト城は、周囲を堅牢な城壁に囲まれながらもその優雅さをしっかりと誇示していました。
「このお城を囲んでる水もあの水路を通ってるんだよね?」
「水でお城を囲むことで、外敵の侵入を難しくしているんだね」
「へぇ、ただ綺麗だからやってる訳じゃないのね」
「俺様もどっしりと城を構えたいものだ」
わたし達は兵士さんの案内で王城の正面広場へと足を踏み入れる。
目の前に佇む綺麗なお城の前には、大きく綺麗な湖畔。
さっきカナールが言っていた王城前の人工池がこれみたい。
なるほど確かに、鏡のように澄んだ湖畔――そして、そこに映りこむ王城の姿は幻想的だった。
流石に王城と言うこともあって、その周りをちょっと見て回るくらいしかできなかったけれど。
そんな感じで1日目は終わり、2日目――待ち望んだ自由行動の日がやってきた。
「と、言うことで今回は私の友人、リエラちゃんにガイド役をしてもらうことになったよ!」
スズメちゃんがそういって連れてきたのは柔らかな黒髪でどこか上品な雰囲気のある女性。
どこかで見たこと、あるような……。
「シュテル・リエラです。よろしくお願いいたします」
リエラさんは大きな赤縁眼鏡ごしに優しく笑みを浮かべた。
「スズメって本当、人脈広いわね」
「たまたまだよー」
「僭越ながら私が皆様のご案内をさせて頂きます」
恭しく頭を下げるリエラさんの姿を見ると、どこか育ちの良さが感じられる。
「綺麗な子だね」
「そうだな。では俺様達の案内を頼むぞリエラとやら」
「はい。では最初のスポットに案内させていただきます」
ツッカーツクル菓子店。
甘い香りに、黄色を基調にした綺麗な店内がとても居心地の良いお店だ。
「ここは王都でも人気の菓子店なんですよ。私のオススメはこのパンケーキですね」
リエラさんが指したのは、様々なトッピングで好みの味付けができるというパンケーキ。
「リエラちゃんの好きなトッピングは何ですかー?」
「やっぱりエーテルリヒト王国特産の果物、ルージョヴァロザの果実をトッピングしてもらうと良いですよ」
「ルージョヴァロザ? 聞いたことない果物だけど……」
「俺様はあるぞ。なんでもこのエーテルリヒト王国周辺にしか自生しない上に、傷みやすいから他国にはほほとんど出回らないとか」
「よくご存じですね!」
流石にカレルさんはこういう希少性の高いものについての知識はすごい。
「レアものなんだね。美味しそうだし」
お店のメニューに載っている、ルージョヴァロザと思しき桃色の果実の写真を見てレオシュさんもそういう。
「味や食感としては、梨と桃がちょっと似た感じですね。そのまま凍らせるとシャーベットみたいになるのでそれも美味しいですよ」
「お、美味しそう……」
わたしたちはリエラさんに勧められるままルージョヴァロザのトッピングがされたパンケーキを注文して食べる。
1口頬張るとシャリシャリとした食感に仄かな甘さが口の中一杯に広がった。
ルージョヴァロザを使ったジャムなども塗られており、パンケーキにも合うように調整されているみたい。
「リエラさんはよく来るの?」
「たまに来ます。こっそり」
「こっそり?」
「あっ、いえ、家がちょっと厳しいので……」
「大変なのねぇ」
トラヂツェオン工芸店。
「わー、かわいい!」
店の前に着くや否や、カナールさんがそう声を上げる。
それもそのはず、店先に並べられたたくさんの人形や染め物。
それらにはかわいらしいキャラクターが表現されていた。
「ね、かわいいですよね! 私もお店の前を通ったときに一目ぼれしてずっと来たかったのです」
「ってことはリエラちゃん、今日が初めてってことじゃ……」
「そ、そうなんですけどね! でも、ほら、かわいいじゃないですか!」
他の誰よりもテンションが上がっているリエラさん。
だけど、リエラさんの言う通り、そのお店はとてもかわいらしくて素敵なお店だった。
「この木彫り人形プペネンカはエーテルリヒト王国の伝統的な工芸品なんです」
「女の子のプレゼントによさそうだよね」
「お前はあげるヤツいるのか?」
「あはは、いないけど。カレルだってそうでしょ?」
「まぁな」
「ペアになっているプペネンカの片方を好きな人にプレゼントすると両想いになれるという話もありますよ」
「だからあげる人いないんだって」
「残念ながらな」
好きな人にプレゼント、か……。
わたしは思わず、真剣な表情でプペネンカを見ているスズメちゃんへと目を向ける。
スズメちゃんにも、こういうのを上げたい人がいる、のかな……と思ったけど、スズメちゃんにそういう人がいないっていうのはスズメちゃんの持ちネタだったことを思い出した。
「両想いは置いといても、かわいいしお土産に買っていこうかしら」
「カナールは両想いになりたいヤツとかいるのか?」
「ええっ、わ、わたし!? い、いるわけナイジャン! ナイジャン?」
「私もアナヒトちゃんとロコちんに買っていこー!」
結局、わたしも含めてチーム・ウレテットの全員――それにリエラさんまでこのお店でプペネンカを買いました。
食堂フォルクスマソヴェン。
時刻はお昼時。
わたしたちはリエラさんの案内で1つの食堂へと足を踏み入れた。
「この食堂の女将さんと仲が良くて、よく来るのです」
「いらっしゃいリエラちゃん。お友達?」
「はい。修学旅行でこの国にいらしているので案内しているのです」
リエラさんの言葉を証明するように話しかけてきた女将さん。
2人の間には、とても慣れ親しんだ空気がある。
「この食堂の食べ物はどれも美味しいのですが、やはりトマトとチーズのオリーブサラダは絶品ですね」
「エーテルリヒト王国の特産品ね。トマトとチーズとオリーブ」
「はい。ズッポレーというスープも私の好物ですよ」
「それなら、このランチタイムセットで良いんじゃないかな。おいしそうだよ」
「そうですね」
レオシュさんの提案で、わたし達はランチタイムセットを頼むことに。
ハンバーグをメインにポテトサラダやリエラさんオススメのオリーブサラダにズッポレーが添えられている。
「ズッポレーってミネストローネみたいなスープなのね」
音の響きだけでは分からない謎のスープ、ズッポレー。
それはトマトを使ったスープで、カナールさんの言う通りミネストローネに近いものだった。
「ソーセージとかジャガイモとか入ってるんだね」
「ふむ、悪くない」
「そういえば、スズメとリエラさんはどうやって知り合ったのよ?」
「えっ、ええっ!? ど、どうって言われても……」
カナールの言葉に、スズメちゃんが目に見えて取り乱す。
なんでそんなに慌てるのか分からないけれど、何か複雑な事情でもあるのだろうか。
「えっと、簡単に言うとリエラちゃんがマルクトに観光に来た時に知り合ったんだよね」
「はい。スズメさん達に案内してもらったのです」
「ふーん、そうなんだ」
みんなスズメちゃんの言葉に納得したようだけど、わたしにはちょっとだけ気になることがあった。
それは、あからさまに安堵の表情を浮かべているスズメちゃんとリエラさんの2人の様子だ。
凄く気になるところではあるけど、詮索するのも悪い、よね。
そして日が暮れてきたころ。
リエラさんが最後のオススメスポットへと案内してくれた。
それは、エーテルリヒト城近くにある丘。
「ここは私が子どもの頃から妹と一緒に来ていた丘なんです。この時刻になると夕日がきれいに見えるんですよ」
青と橙――そしてその境の黄色。
淡い光が世界を包み込むその時間――リエラさんの言う通り、この丘から見える夕日はとても綺麗だった。
「今日はありがとうございました」
「ってなんでリエラさんがお礼を言うのよ」
「いえ、私も、こうやって街を見て回ることはあまり無いですから……」
「忙しいのにありがとうリエラちゃん!」
「神都を案内してくれたお礼です。また機会があればお声かけくださいね」
「うん!」
恭しく礼をして去っていくリエラの後姿を見ながらカレルさんがこんなことを言う。
「まるでお姫様のような子だったな。礼儀正しくて高貴さを感じる」
「お姫様かぁ、そうだね。名前もちょっとミリエライシュト姫に似てるもんね」
そこで何故かスズメちゃんの肩がビクリと震えた。
それを見ていたのはわたしだけみたいだけど……。
「とりあえず、宿まで帰るわよ」
「そうだな」
「うん」
何てことのない、のんびりとした修学旅行。
でもわたしには、かけがえのないくらい大切で楽しい一時になった。