バレンタインの乱斗!?-Krevní Valentýn-
「そろそろバレンタインじゃないですか」
「何よ、藪から棒に」
思い出したように口を開くスズメ。
「いや、だからみんなでお菓子作りでもどうかなーと思ってですね」
「お菓子、作り……た、楽しそうですっ」
スズメの提案にレイも乗り気だ。
「スズメってそんな女子力あったのね」
「というか、去年のバレンタインはすっかり忘れちゃってて……」
驚いたような表情を浮かべるカナールに、スズメは苦笑しながら告白する。
「先輩から借りたゲームをやってたら、あっという間に終わってましたよ」
「なるほどね……リベンジってわけ」
「そうです!」
呆れたように言うカナールにスズメは両手を握りしめやる気満々だ。
「どうせ作るのでしたら――」
「うおっ、カヲリ!? ビックリしたー!」
「クラス全員に配ったらどう?」
「どーして?」
突然、会話に首を突っ込んできたカヲリに、カナールがそう突っかかる。
「深い意味はないですけど、ウチのクラスの野郎共はどうせチョコなんて貰えないでしょ? お情けよ」
「それは……確かにそうね」
「お情けにしても、カヲリがそんなこと言うなんて珍しいね。何かあったの?」
スズメの言葉に、カヲリは少し視線を宙へと浮かせた。
まるで、何かを考えているかのように――それも暫く、カヲリは言った。
「じ、実は、ワタクシによく突っかかってくる変なヤツがいるのだけど」
「変なヤツ……?」
「その子がチョコをくれたのよ。ダンボール一杯にね」
そう言いながらカヲリが取り出したのはPAD。
ディスプレイに表示されたのはダンボールからあふれんばかりのチョコの写真だった。
「うへぇ……」
「うわ……」
「す、すごいです……」
スズメ、カナール、レイが驚きの声を漏らす。
つまりカヲリは、バレンタインというこの好機にチョコを全て処分してしまいたいと思っているのだった。
「これだけあれば、材料には困りませんねぇ」
「そうね。それじゃあ、みんなに声を掛けて予定を合わせるとしますか!」
カナールの言葉に頷く一同。
その陰で、2人の男子生徒が聞き耳を立てていた。
「おいおい、聞いたか!?」
「何をだ?」
教室の端の席でふんぞり返っているカレルの元に2人の男子生徒が駆け込んでくる。
それは、先ほどスズメ達の話を聞いていた2人の男子生徒だった。
「お前んとこの女子がバレンタインにチョコをくれるんだってぇ!!」
「ほう、カナール達がか。それは楽しみだな」
どこか嬉しそうなベージュ色の髪をした男子生徒の言葉に、カレルも頷く。
だが、
「いやいやいや、そーも言ってられねーぜ!」
もう片方。
黒髪の男子生徒の方が言った。
「ヤツら、“どーせ男子はチョコ貰えないでしょ? だからお情けであげてやるわ”みたいな事言ってたんだよ!」
「それは……確かに言ってたけどさぁ。チョコだぜチョコ! チョコォ!!」
「しかも! しかもだぜ!? 要らないチョコを処分するついでなんだぜ!?」
「いいじゃん! チョコ捨てるのもったいないじゃん!」
「捨てる代わりにオレたちに食わせるつもりなんだよ女子は! つまりオレたちはゴミ箱扱いなんだぜ!」
片やどうしてもチョコが欲しいようで必死にチョコチョコ口にするベージュ髪。
片や“ついで”なのが気に入らない黒髪男子。
カレルは2人の話を“騒々しい……”と思いながらも一通り聞いた後に口を開いた。
「で、お前ら誰だっけ?」
「「ズコーっ!?」」
“クラスメイト”の1言に、2人は思わずずっこける。
息の合った、まるで訓練されたかのような見事なずっこけだった。
「オレはヤン! ボハーチェク・ヤン!! チーム・サモストジールのヤン!!!」
騒々しい黒髪の方である。
「おれはチーム・フォルクロールのイェシュ・ヤロミールだよぉ!」
慌ただしいベージュ髪の方だ。
「オーケイオーケイ」
興奮する2人をなだめる様にカレルは両手を掲げる。
「で、お前らはどうしたいんだ?」
「いいか、オレは確かにチョコが欲しい!」
「おれも欲しいっー!」
「だがしかし! 情けでチョコなど貰うものか!! 男として情けない! そう思うだろ? な!」
「えー、おれはそうは思わな――」
「ヤーラは黙ってろ! そこでだ、男のプライドに賭けて、女子からチョコを受け取らないという同志を集めようというわけなんだ!」
「なるほどな」
話を聞いていたカレルは頷いた。
「だが、ヤンよ。チョコは欲しいだろ?」
「欲しいな!」
「おれも欲し――」
「ロミは静かにしろ。だが、男としてのプライドがそれを赦さないと」
「おう!」
そう話す2人の傍で、ヤロミールはしゅんとする。
「つまりだ、女子からチョコを勝ち取ることができれば良い。そういうことだな」
「勝ち取る……そうだ、オレが言いたかったのはまさにそのことだ!」
瞳を輝かせるヤンに、カレルは頷き口を開いた。
「では、スズメくんを倒すことができればチョコをもらえる――そうしてはどうだ?」
カレルの言葉に、ヤンとヤロミールの表情がひきつる。
「オ、オレに、さささ、サエズリ・スズメを倒せというのか!?」
「無理だって! 無茶だって!」
「慌てるな。さすがにお前1人で戦わせようなんて思っちゃあいない」
「と、いうと」
「スズメくんと戦うのは、我々機甲科1組の男子全員だ!!」
「「な、なんだってー!!!!」」
バーン! という音が聞こえてきそうな勢いで叫ぶヤンとヤロミール。
「っていやいくらオレたち男子が束になってかかったって、サエズリを倒すのは無理だろ!」
「そうだよ、常識的に考えて!」
「サエズリは、ラヴィニア達13人を1人で圧倒しただろ!? あの戦いはみんな見てた!」
「おれも見てた! ビデオに撮った!!」
「まぁ、落ち着け2人とも」
ヒートアップするヤンとヤロミールを制しながらカレルはいう。
「とりあえず、そのビデオのコピーを俺様に売ってくれ」
「いいよ!」
「そもそもだ、ラヴィニア連合軍と俺たち機甲科1組には大きな違いがある。だから、勝つ可能性だって0じゃないぞ」
「と、いうと?」
カレルは自信満々でPADを取り出すと、そこに何やら文字や図を記しながら言った。
「いいか? ラヴィニア連合軍は“スズメくんを倒す”という1つの目的で集まったが、所詮は烏合の衆。即席チームだ。だが、俺達は違う。リラフィリアに入学して以来、1つのクラスとして日々を過ごした仲間だ!」
「お前、オレたちの名前も忘れてたくせに!」
「トイレに流せ。それにだ、俺達機甲科1組の男子は16人。ラヴィニア連合軍と比べても3人も多い」
「やっぱ、数が多い方が有利だもんなぁ~」
「INU! 戦場に於いては数が多い方が勝つ。常識的に考えてな!」
「なるほど……ッ!」
「女子には俺から話をつけておく。バレンタインは荒れるぞ。覚悟しておけ」
「なんだかオレ、やれそうな気がしてきた!」
「おれもおれも!」
「機甲科1組男子の団結力を見せてやれ!」
その日、男達は団結した。
狙うはバレンタインの栄冠だ。
一方女子は。
「それではこれからチョコ作りをしたいと思います!」
無事に借りることができた家庭科調理室には、機甲科1組に所属する内、21名の姿があった。
「とりあえず、お菓子作り経験者の数とかも考えて5人から6人1組の4チームに分けて作ることにしました」
そう前に出て仕切るのは、今回のきっかけになったスズメ本人。
エプロンを身に纏い、何やらメモ用紙に目を通している。
「チームリーダーはそれぞれ、私――サエズリ・スズメと、レイちゃん、ナオちゃん、そしてレオシュさん――――その4つのチームで進めていきたいと思います」
「圧倒的ウレテット率ね」
「カナールがお菓子作りとかできたら、完全にウレテット主体にできたんだけどなぁ」
「はいはい、お菓子なんて作ったことのない女子力皆無のお嬢様でわるぅござんした!」
もちろん、スズメが所属するチーム・ウレテットメンバーがリーダーという役割を任されているのも、そもそものきっかけがスズメの発言だからだ。
「それじゃあみなさん、楽しんでいきましょう!」
そして、女子のチョコ作りが始まる。
「私たちスズメチームはチョコを使ったケーキを作りたいと思います!」
「わ、わたしは、その、リーダーなんて柄じゃ、ないですけど……えっと、一生懸命、作りましょうっ」
「カヲリ様を差し置いてわたしがリーダーなんて……! でも、頑張らなくっちゃ! クッキー班、がんばろー!」
「ボクたちの班はまず、湯煎でチョコを溶かそうか。簡単だから心配しないでいいよ」
着々とバレンタインへの準備は進んでいた。
そして、決戦の日。
「全く、男どもって本当バカね……」
そうぼやくカナールの目の前には、装騎スパロー・パッチワークの背。
その目の前には機甲装騎の数々。
機甲科1組男子が駆る15騎の機甲装騎だった。
「って、15? 誰がいないんだよ!!」
数を確認して思わずそう叫ぶヤン。
「サボり魔はいるしぃー」
「いてこますぞ!」
サボり魔ことチャンプの装騎イリーガルがその拳をヤロミールへと向ける。
そんな中、今から始まる戦いを観戦しようとする女子の中に今回参加してない1人の男子生徒の姿を見つけた。
「ってあ! ジュルヴァ! お前男だろ! なんで参加しないんだよォ!!」
それは、女子に交じってチョコ作りを先導していたレオシュ。
「だってボクはチョコを上げるほうだし」
「なんでしれっと女子に混ざって野郎のためにチョコ作りしてるんだよぉ!!」
「あはは、頼まれたからね。でも愛情たっぷりだよ?」
「おい、カレル! お前からもなんとかいってやれよ!!」
「レオシュは貰わないのだろう? ならば仕方ないではないか」
「仕方ないのか!?」
と、いうことで当初の予定よりも1人減った男子15人でスズメを相手にすることとなる。
「第1陣、第2陣、第3陣は配置につけ。作戦はわかっているな?」
「反撃の隙もねーほどに畳みかける!!」
「ああ、そうだ! では、行くぞ! 機甲科1組!!」
数の上では圧倒的だが、思いのほか混戦を極めた。
そもそも、数が多すぎるのだ。
それに加え以前のラヴィニア連合軍戦で天井を利用した疑似空中機動を習得していたスズメ。
ワイヤーアンカーを用いての疑似空中機動と立体機動により縦横無尽に駆け回る装騎スパロー・パッチワークを捕らえるのは非常に困難だった。
「ムーンサルト・キックバンカー!」
「スィクルムーン・スラッシュ!」
「必殺、突貫斬り!」
「フルムーン・バースト!」
「銀風交叉!!」
結果――――男子たちはボロ負け。
結局は、烏合の衆だったということを示すことになってしまった。
「誰だよ勝てるって言ったやつ!」
「可能性はあると言ったまでだ」
地団太を踏むヤンに対して、カレルは冷静に言う。
「男子チームの負けですね」
ニコニコしながら言ったスズメの言葉に、男子の面々に重い空気が漂った。
「それじゃあ、負けた男子チームには私のいうことを聞いてもらいましょうか」
「どーゆーこと?」
スズメの言葉にヤロミールが首をかしげる。
「男子チームが買ったらチョコを上げないといけないのに、私が勝って何もないのは不公平じゃないですかー」
スズメの言葉に「それもそうだ」と納得する面々。
いくらスズメがこの中では断然トップで強いとしても、15人という大人数で仕掛けておいて、負けたから何もないとはいかない。
しかしその次に、スズメはなんと言いだすのだろう――そんな空気が侵食してくる。
「スズメくんは割とSだからな」
カレルがうんうんと頷きながら言った言葉からは、もう嫌な予感しかしない。
「では、男子の皆さんには――――」
ヤンはゴクリの喉を鳴らす。
「私たちが作ったチョコを受け取ってもらいましょうか」
「は?」
想像とは違ったその言葉に、ヤンの口から間抜けな声が漏れた。
「やっぷぁ、やっぷぁあああ!!!!」
それに反して、ヤロミールをはじめとした大多数の男子から湧き上がる歓声。
なんだかんだ言って欲しかったのだ。
チョコが。
素直にチョコを受け取るほかの男子を見て、ヤンはどこか不満そうな表情を浮かべている。
「なんだホンザ要らないのか? 要らないのなら貰わなくてもいいぞ」
いつの間に愛称で呼ぶほど仲が縮まったのかは分からないが、ヤンはカレルの言葉に考えるのをやめるように、叫ぶように言った。
「わかった、わかったよ! 貰ってやるぜ! クソ!!」
結局、ヤンもチョコを受け取る。
「手を煩わせたな、スズメくん」
「いえ、どっちにせよ、なんとかしないといけないですしね……」
「確かにな」
そんな会話をしながら、カレルはカナールからもらったクッキーを口に頬張った。