赤い糸、チャンプの恋!?
「チャンプー!」
「リーガルだ! ムルタ・リーガル!!」
「チャンプ! パスっ!」
「ごふっ!?」
「チャンプー、ちょっと踏み台になってください!」
「あ゛あ゛っ!?」
「チャンプー!!」
体育の授業中。
ボールを蹴り当てられ、背中や肩を踏まれ、挙句には間違えてではあるが蹴られたり。
文字通り踏んだり蹴ったりのチャンプは授業が終わった後、校舎の裏でイレギュラーズのメンバーに囲まれながらガタガタと震えていた。
「カシラ、大丈夫っスか!?」
「あ、ああ、大丈夫じゃ……」
心配するようにのぞき込むリーゼントの男子生徒シュヴェイクに、チャンプは手のひらを掲げる。
チャンプの胸は激しく高鳴り、呼吸も激しい。
「リーダーさんよ、とりあえず少し休みな」
「ああ」
3つ編みの髪を揺らす女子生徒ハヅキの言葉に従い、チャンプは静かに深呼吸をしながら体を落ち着ける。
なんとか気分が落ち着いてきたその時、
「チャンプー、大丈夫ですか?」
スズメが駆け込んできた。
「うおっ!? サエズリ・スズメェ!!??」
整いかけてきた鼓動が再び早鐘を打つ。
変な汗がチャンプの額を伝った。
「なんでここにィ!?」
「なんかチャンプの調子悪そうに見えたから……」
「べ、別に平気じゃ!!」
「そうですかー。あ、次の授業は視聴覚室みたいですよ!」
「お、おう!」
スズメはイレギュラーズの4人に向かって手を振ると、次の授業の準備をしに校舎へと戻っていく。
そんな後姿を見ながら、チャンプは「はぁ」とため息をついた。
チャンプの様子を見ていたシュヴェイクともう1人、派手なメッシュが入った男子生徒ヒバナが目を丸くする。
「大丈夫かい? リーダー」
「ああ……じゃが、また動悸が…………」
青ざめた表情のチャンプに、シュヴェイクが恐る恐ると口を開いた。
「カシラァ……まさかソレは、恋、じゃあ!」
「……恋!?」
「なるほど、リーダーの様子がおかしくなるのはサエズリ・スズメを目にしたとき、となると――」
「やっぱ、ヒバナもそう思うだろォ?」
「うん」
「……いや、アタシは違うと思うんだけど」
そういうことで納得し始める男どもの後ろでハヅキがそう言うが3人には聞こえていないよう。
「っつーか、だからって俺にどーしろってんじゃ!」
「そりゃぁ、アレっスよ。正面から向き合うしかねェーっスよねぇ」
「正面から、向き合う……?」
シュヴェイクの言葉にチャンプは首をかしげる。
「デートっスよデート! デートに誘うんスよ!!」
「はぁ!?」
「ナンかサエズリ・スズメのハートキャッチできそうなことを知らねぇんスか?」
「知るか! ……ってヒバナ、何しとんじゃ?」
チャンプはふと、メモ帳をものすごい勢いで捲ってるヒバナの様子に気づいた。
「サエズリ・スズメに関する情報……昔、坊ちゃんから聞いた気がして」
「坊ちゃん?」
「あった。サエズリ・スズメは……装騎が好き」
「それは誰でも知っとると思うぜ……」
「だね。後は、ヒーローが好き」
「ヒーロー?」
「おおっ、ナイスタイミングっスよカシラ!!」
ヒバナの言葉でシュヴェイクは何かを思い出したようで、懐からチケットを取り出す。
「実は今、ハヴランコミックの人気ヒーローの実写映画をやってるんスよ!!」
「サエズリ・スズメはニャオニャンニャー至上主義者……だけど、ハヴランコミックみたいにファン層が違う作品ならいけるかもしれないね。ボクのデータで見る限りはそう思えるよ」
「映画か……」
「つーこって、映画の無料券があるっス! 行ってみたらドォっスかァ?」
「……まぁ、そうだな」
最早、張本人であるチャンプよりも、関係のないシュヴェイクやヒバナのほうが熱を入れる中、そんな舎弟の気遣いを無碍にもできずにチャンプはそう頷いた。
「てかよ……そもそもOKなんてしてくれンのかぁ……?」
良くも悪くも因縁のある今までのことを思い出し呟くチャンプ。
内心、ここでスズメが断ってくれれば何事もなく終われる――その思いは良いことか悪いことか、果たされなかった。
「まさかチャンプが映画に誘ってくれるなんて、ビックリですよ!」
「お、おう! たまにはな」
2人が向かうのは、首都カナンの外れにある穴場映画館キノデフィルミル。
入り組んだ路地裏にあることから、道中が闇討ちスポットとしても知られるその映画館だ。
「なんて映画でしたっけ?」
「確か……イヴェルスライダーだな」
ハヴランコミックの人気ヒーローの1人であるイヴェルスライダー。
太古の技術を利用した魔導鎧を纏い、二輪走行車で駆ける。
だがその人気はあらゆる面における過激さにあった。
映画館に入り、やがて映画が始まる。
激しく飛び散る流血に、あちらこちらで飛び交う罵詈雑言。
なんといってもこの映画、主人公イヴェルスライダーとメインヴィランのヴァイスリーリエのやり取りが人気だという。
またこのイヴェルスライダーの過激な言動と、ヴァイスリーリエの女性趣味を表現する過激なシーンが強烈なインパクトを見せた。
『この$#@%……ッ!!』
『あらあら、――で――な女どもと――――』
映画を見ながら、どうしてもチャンプは隣に座るスズメの様子が気になる。
(な、なんなんだこの感覚はッ……)
変な汗が流れ、隣が気になりソワソワとする。
正直な話、映画の内容があまりにも過激過ぎて、こんな映画に誘った自分の人格がさすがに疑われるのではないか――そんな思いがあったのだが、それと同時に今、デートをしているという事実が頭によぎった。
その結果、チャンプはこのドキドキを完全に恋だと誤認しかけている。
いうなれば吊り橋効果的なものだ。
いろんな意味で頭の中が真っ白になりながら、気が付けば映画は終わりを迎えていた。
「…………」
「………………」
しばらくの気まずい沈黙。
チャンプは恐る恐るスズメの表情を見てみる。
胸の鼓動が早鐘を打つ。
まるで地獄の沙汰を待ち受ける亡者のように、緊張の色をめいっぱい浮かばせながら顔を向けた。
「意外と面白かったですね!」
突如静寂を切り開いたスズメの言葉は――チャンプの想像とは全く違ったものだった。
「最初はかなりヤバそうなところもたくさんありましたけど、なんだかんだでちゃんとヒーローしてましたし、新境地ですよ~」
「お、おう……そうじゃな」
朗らかなスズメの表情にチャンプは安堵のため息をつく。
(殺されるかと思ったわ……)
そんな言葉が一瞬チャンプの脳裏に過ったが、
「チャンプ、ありがとうございます!」
スズメの感謝の言葉に吹き飛ばされた。
意外と悪くない日だった――なんとなくそう思いながら映画館を出て路地裏を歩いているとき。
「お、アンタ――ムルタ・リーガルじゃん」
ライオンの鬣のようにかきあげた金髪の男が声をかけてきた。
「テメェは……南の猛獣オレオか」
途端に戦闘モードに入るチャンプ。
彼、オレオはこのマルクト共和国で南の不良を牛耳る頭。
そして、チャンプ――ムルタ・リーガルとも浅からぬ因縁のある相手だった。
「いやぁ、まさか中央の荒爪リーガルともあろうものが女連れで映画に興じてるたぁな」
「んだとァ? 冷やかしに来たんかアアッ?」
「まさか……テメェをぶっ潰しに来たのよ!」
そういうオレオの背後からゾロゾロとその舎弟と思しきガラの悪い男たちが姿を見せる。
「勝負の世界は弱肉強食――勝つか負けるかよ。野郎ども、女を狙えェ!!!」
オレオの言葉に従い、不良は一気にスズメめがけて駆けだした。
「クソッ、卑怯者が……っ。サエズリ・スズメ! 下がって――」
「チャンプ、返り討ちにしてやりましょう!」
スズメはそういうや否や、腰に巻いていたポーチからナイフを取り出す。
それは以前も使った木製の投げナイフ。
それを先頭を行く不良の顔面向かって投げつけた。
「1人!」
ナイフの衝撃で脳を揺さぶられ気を失う不良、そして、その反動で宙を舞いながらスズメの手元に戻ってくる投げナイフ。
チャンプの顔を見ながら頷くスズメに、チャンプも拳を固める。
「オラァ、かかってきやがれ! いてこましたる!!」
そしてしばらく、倒れ呻く十数人の不良を見下ろすスズメとチャンプの姿があった。
「なっ……全滅!? 俺の片腕達が……全滅……!?」
「ハッ、オイコラ貴様……落とし前つけてもうぞコラ」
「素直に謝ってください。そうすれば、痛い目にはあわせませんから」
「…………ギィッ、覚えてろ!!!」
勝ち目はないと悟ったオレオはそう最後の捨て台詞を言い放ち、一気にその場をかけ去ろうとするが――
「痛い目にあいたいんですね」
ガスッ!!
スズメの投げたナイフの直撃でその場に倒れ伏した。
その後キッチリとオレオに“落とし前”を付けた2人はバーリン市内まで戻ってきていた。
「チャンプー、すっごい体が震えてますけど大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫じゃ!!」
「そうですかぁ」
澄ました表情のスズメを見るたびに“さっきの出来事”が頭に過りチャンプの体の震えが大きくなる。
「でもまさか、あんな邪魔が入るなんて思いませんでしたね」
「お、おう!」
「まぁ、しっかり落とし前はつけてもらいましたからいいですけど」
そういうスズメはとてもスッキリした表情で、その混じり気の無い表情が逆に何があったのかをいろいろと邪推させる。
いや、もしかしたらそれは邪推なのではないのかもしれない。
「それじゃあ私は夕飯の買い物をしないといけないので!」
「お、おおう! またな!」
「はい! また学校で会いましょう!」
スズメの後ろ姿を青ざめた表情で見送りながらチャンプは1言つぶやいた。
「こ、ここ、これが、恋なんか……?」
違うと思う。