はじめてのおつかい
「あれ、ハンバーグがない!?」
夕飯であるカレーの準備をしていたスズメが、不意にそんな声を上げる。
改めて買ってきた材料などを見てみるが、ハンバーグの姿はない。
そのスズメの声を聞きつけて、アナヒトがとてとてと台所へと駆け寄ってきた。
「ハンバーグ……ないの?」
アナヒトの姿にギクリとなるスズメ。
「え、えっと……ゆで卵入れるからソレで……ね?」
「ハンバーグカレー……」
今日の夕飯、ハンバーグカレーは(いつものことではあるが)アナヒトからの熱いリクエストに応えたものだった。
「レイマルのハンバーグ……」
「わかった! すぐに買ってくるからアナヒトちゃん!!」
ムスっとするアナヒトに、スズメは慌ててそう叫ぶ。
「いい……アナヒトが、買ってくる」
「………………えっ!?」
アナヒトがなんと言ったのか一瞬理解できなかったスズメ。
「アナヒトちゃんが買ってくるの!?」
「うん」
「それなら、一緒に――」
「1人でいく」
「えっと……」
「1人」
アナヒトの態度にスズメはタジタジ。
結局スズメはお金を渡し、アナヒトは1人で商店街へと向かったのだった。
時期は12月にも差し掛かり、鋭い寒さが肌を刺す。
そんな中、防寒具を身にまとったアナヒトは、通いなれた商店街へと足を踏み入れた。
「ヴァールチュカ商店街……?」
通いなれたはずの商店街で、見慣れない横断幕にアナヒトは首をかしげる。
商店街とヴァールチュカが何か関係があるのかどうか、アナヒトにはよくわからなかった。
「……ハンバーグ」
アナヒトはハンバーグを求めてお肉屋さんの傍を素通り。
商店街の中ほどにあるスーパーへと入る。
「レイマル♪ レイマル♪ レイマルのハンバーグ♪」
アナヒトが足を向けるのは冷凍食品コーナー。
そう、アナヒトはレイマルという食品メーカーが出している冷凍ハンバーグをカレーに入れるのが好きだった。
意気揚々と冷凍食品コーナーでレイマルのハンバーグを探す。
そして、見つけたのは最後の1個――その1個に手を伸ばしたとき、アナヒトともう1つの手がぶつかった。
しばらくの沈黙の後、焦れた相手が口を開く。
「ちょっとあなた、このハンバーグはワタシ、ツァスタバ・レミンが先に買おうとしたのヨ!」
そう言うのはアナヒトと同じくらいの身長の少女。
ませた見た目と裏腹の子どもっぽい口調から、中学校に通っているアナヒトよりは子どもだということが分かる。
周囲に親らしき人物の姿が見えないことや、首にぶら下げた財布から1人でのおつかいのようだ。
「レイマルは、わたさない」
それに対して、アナヒトも譲る気はないようだ。
冷凍ハンバーグを手に火花を散らす2人に、どこからともなく女性の店員が姿を現す。
「お客様、トラブルですか?」
「ワタシが先にとったハンバーグ、コイツが渡そうとしないのヨ!」
「アナヒトが先だった……」
「ワタシよ!」
「アナヒト」
「ワ・タ・シ!」
「アナヒト」
「暫くお待ちください。少し在庫の確認を……あれ?」
手に持ったPAD端末で在庫の確認をしていた店員が首かしげる。
どうやら、在庫まで切らしていたらしい。
「仕方ないですね。それではお客様、装騎バトルで決着をおつけになってはいかがですか?」
店員の言葉に、アナヒトもレミンもハッとする。
「装騎バトル……」
「それしかないヨーね」
「今ですとヴァールチュカ商店街フェアということで、装騎バトルに勝利した方には特別割引も行っております」
そういうことで、アナヒトとレミンの戦いが幕を上げた。
防護フィールドで作られたバトルステージの中、2騎の機甲装騎が相対していた。
アナヒトが駆るのはスズメ保有のチェスク共和国製機甲装騎スニェフルカ。
だがヘッツァーユニットを身に纏い、その右手にはリディニークライフル、左手にはウェーブナイフを持っている。
対するレミンの装騎は重装甲とホバー移動が特徴的なメタトロン型装騎。
背後から伸びる“物干し竿”ともいわれるフォイアゾイレ砲に、ダガーガンが右手に握られていた。
「見たこと無い装騎だけど……オンボロね。ワタシのザメちゃんの敵じゃないわ」
どうやら、レミンのメタトロン型装騎はザメちゃんと言うらしい。
「アナヒト……スニェフルカ、行きます」
まず先手を打ったのはアナヒト。
グッと体を沈み込ませると、右肩から伸びた砲身から弾丸を飛ばす。
アズルフラッシュとともに放たれた強烈な1撃だが、
「そんな単純な攻撃、お呼びじゃないワ」
見た目の割にはホバー移動によりかなりの素早さを誇るメタトロン型装騎。
アナヒトの一撃を易々と回避すると、お返しとばかりに背中から伸びた長砲身フォイアゾイレ砲が火を噴いた。
マルクト装騎の中でも最高火力の実弾武器を持つメタトロン型の強烈な1撃。
「これくらなら……」
もっとも、単純に撃っただけでは当たるはずもなく、それはミレンも理解してる。
「だからこその、ダガーガンなのヨ!」
回避行動をとったアナヒト――その着地点を予測したレミン。
その場へとダガーガンを撃ち込んだ。
もちろん、放ったダガーの特性は――
「SPARKING!!」
「……っ!」
その雷撃を受けて、アナヒト=スニェフルカの動きが一瞬だが、止まる。
「そして、1撃」
そこを狙い、放たれるフォイアゾイレ砲の1撃。
刹那、一気に爆炎が燃え上がった。
「どうやら格が違ったようネ」
そうレミンが勝ち誇ったその時――一瞬の閃きがレミンを襲う。
「ナニっ!?」
それはスニェフルカが手にしていたリディニークライフルの銃撃。
その銃撃は的確にレミンのフォイアゾイレ砲を撃ち抜き、破壊した。
「油断大敵」
「さっきのは直撃だったはず……っ」
「んなことない」
フォイアゾイレ砲がアナヒトのスニェフルカに直撃するその瞬間。
アナヒトは身に纏っていたヘッツァーユニットを解除。
そして、装騎の機能が回復した瞬間に、僅かではあるがその身を屈めたことで撃破は免れていた。
さらにそれだけではない。
「……硬い」
「このザメちゃんは装騎の中でも最重! それだけ硬いってことなのヨ!!」
レミンはそう威勢よく言いながらも、内心微妙な焦りがあった。
(いくら運が良かったからって――あの装騎、オカシイ!)
それは装騎スニェフルカの状態の所為だ。
いくらアナヒトがスキルを駆使してダメージコントロールをし、フォイアゾイレ砲のダメージを抑えられたといえども、それにしても装騎のダメージが少なく見える。
「ダガーガン!」
ミレンの放ったダガーはアナヒトの足元に。
だが、それも手の内。
ツインブレード状になっている次のダガーは、電流を放つのではなく爆発を引き起こす。
その爆発によって、露出している方の刃が一気に吹き飛び、アナヒト=スニェフルカの脇腹に突き刺さった。
「これくらいなら……」
アナヒトは突き刺さったダガーを抜き捨てると、リディニークライフルでは有効打が打てないと分かり、接近戦に切り替える。
一気に近づくスニェフルカの、そのダメージを目にしていたレミンは驚愕に目を開いた。
「傷が……治ってる。まさかアイツ――魔術使!?」
先ほどダガーを抜き取ったスニェフルカについた傷――それがジワジワとだが修復していっている。
「アナヒトは……スペシャル」
微かに金色の輝きを纏い、リディニークライフルを投げ捨てると、ウェーブナイフを右手に握りなおした。
「ハラフワティー・アルドウィー・スーラー……」
ゆらゆらと流れるように、レミンのダガーガンを回避しながらも着実に距離を詰めるアナヒト。
刹那、装騎スニェフルカの姿が掻き消える。
「金流直斬」
一瞬遅れて、一閃されたレミンのメタトロン型の機能が停止した。
「お、お、お……おぼえてなさいよォ――――!!」
なんともな捨て台詞を残し、レミンはその場を去る。
かくして、アナヒトは無事にレイマルのハンバーグを手に入れたのだった。
「ただいま」
「アナヒトちゃんお帰り! ちょっと遅かったね? 大丈夫!? ケガはない!!??」
「ハンバーグ」
「お腹すいたよね? すぐに準備するからね!」
すごい勢いで心配するスズメにアナヒトは静かにうなずく。
勝利を勝ち取った後のハンバーグカレーは、いつも以上に美味しかった。