そして1人、消え去った
「うーん……」
「どうしたの、スズメ?」
自分の席で何やらSIDパッドとにらめっこを繰り広げているスズメ。
そんな彼女にカナールが声を掛けた。
「チーム・ウレテットの新しいフォーメーションを考えてるんですよ」
「新しいフォーメーション?」
「はい。私が抜けた後、どういうフォーメーションで動くのが適当なのか……それがちょっと難しくて、ですね」
「なるほど。スズメが抜けて、レイちゃんが入って……そうなると」
「少し前衛が心もとなくなっちゃうんですよね。レイちゃんの装騎だとやっぱり後方支援系ですし」
「そうよね」
カラスバ・レイの装騎バイヴ・カハ。
その最大の特徴はFIN(Fujavice z Instinktivního Nájezdu)と言う名の大小計6つの直感操作式襲撃端末。
そして前回の試合でレイが使っていた武装レイヴンズサブマシンガンのことも鑑みるとレイは後方支援タイプだろう。
スズメは、そう思っていた。
「わ、わたしはレイダーもできますよ」
「そうなの!?」
「も、もともと、レイダーだった――んです。今の装騎に乗り替えて、ちょっと銃撃戦をメインにしてたんですけど……」
レイダー。
それは主に最前線での奇襲を得意とするポジションだ。
味方本隊と離れての後方奇襲などを得意とするコマンドーとの違いは、フォーメーションの最前面に立ち一気に攻撃を行う斬り込み隊長的ポジションだということだろうか。
「その性格でレイダーって、意外」
「伯母も、レイダーで……伯母から装騎を教えてもらった、ので……」
「そう言えばそうでしたね。だったらレイちゃんにはレイダーを任せても良いかな?」
「は、はいッ。が、がんばります……」
「1度、レイちゃんのレイダーとしての動きを確認しておきたいわね」
「そうですね」
「今度の日曜日とかどうかしら?」
カナールの言葉に、スズメがあっと声を上げる。
「どうしたの?」
「実は、その日は用事があって、ですね」
「用事?」
「はい。実家の近くに大型のショッピングモールが出来たんですけど……」
「ショッピングモール?」
「ズルヴァンだな」
首を傾げるカナールに、カレルが言った。
「最近、地方を中心にのし上がっている大型商業複合施設だ」
「詳しいんだね」
「ああ、いずれ矛を交えることになるかもしれないからな」
近年、マルクト3大財閥に匹敵する財力を付けつつあるズルヴァングループ。
その勢いは多くの組織が注目している。
もちろん、3大財閥の1つであるイェストジャーブ財閥もだ。
「そのオープニングイベントに呼ばれてるんですよ」
「すごいじゃない! やっぱりスズメは有名人ねぇ」
「なあ、そのイベント。俺達も行かないか?」
ふと、そんなことを言いだしたのは誰かは分かり切っている。
そう、カレルだ。
「敵の新施設となれば是非とも偵察をしたいところだしな」
「ズルヴァンのプラハ店ってすっごい大きいらしいよね。ボクもちょっと興味あるな」
「確かに。スズメがまた生き恥を晒さないようにサポートしてあげないといけないし」
「生き恥ってなんですかァー!!??」
「レイちゃんも一緒に行ける?」
ウガーとカナールに飛びかかるスズメを両手で制しながら、カナールがレイにも尋ねた。
「は、はいっ!」
と、いうことで日曜日。
チーム・ウレテットの5人にロコヴィシュカとアナヒトを加えた7人はショッピングモール・ズルヴァンのプラハ店へと足を運ぶことになった。
「わぁ……噂以上に大きいねズメちん…………」
「う、うん……そうだね」
「巨大……」
驚愕の声を上げるロコヴィシュカにスズメ、そしてアナヒト。
今まで作られたズルヴァンの中でも最大級というのが売り文句らしく、その売り文句通りの堂々たる佇まい。
「本当、予想外の規模だわ」
「迷子になったら大変そうだね」
「ひ、ひとも多いですし……」
「ふっ、まるでジェネラル・フロストだ。倒し甲斐があるな」
「ボクたち手も足も出なかったけどね」
ゾロゾロとズルヴァンモールへと入っていくスズメたち7人。
スズメはちょっとしたオープニングイベントへの参加があるので、他の6人とは別れる。
「俺達はスズメくんの雄姿を拝むとしよう」
「そうね」
「た、楽しみです」
「そうかな」
「正面玄関広場のメインステージでしたっけ?」
ロコヴィシュカの問い掛けにアナヒトとカレルが頷いた。
暫くして、スズメもゲストとして招かれているというオープニングイベントが始まる。
「ズルヴァンモール、プラハ店にようこそぉ~。司会はわたしぃ、ケイシーとぉ」
「……エリヤです」
「先輩、元気が無いですよぉ~。最初の掴みが大事なんですから。おいっすぅ!」
マイクを両手に何やら生き生きと司会を務めるシャダイ・ケイシー・ハラリエル。
そんなケイシーとは対照的に、イマイチ気乗りしない表情を浮かべているのがシャダイ・エリヤ・サンダルフォン。
この2人は首都カナンの路地裏で占い師をしているのだが、そのやり取りから芸能プロダクションからスカウト。
それから紆余曲折を経て、今回ズルヴァンモール・プラハ店のオープニングイベントの司会へと抜擢されたとか。
それはともかく。
ズルヴァングループ会長であるデマヴェント・ハインリヒからの軽い挨拶を経て、いよいよスズメの出番が来た。
「それではぁ~、このズルヴァン・プラハ店のイメージキャラクターにぃ、登場してもらいましょォ」
そう呼ばれて出てきたのが――誰でもない、サエズリ・スズメだった。
「キャー! ズメちーん!!」
「ちーん……」
「声援ありがとー!」
観客の声援に両手を振ってスズメはこたえる。
「このズルヴァンモール・プラハ店から、私の故郷がもっと盛り上がるように私も頑張っていきます!」
スズメの言ったことを要約するとこうなる。
意外にもマジメなコメントを残し、ウレテットの4人が懸念した“スズメの宝刀”も披露されることはなく無事にスズメの出番は終わりを告げた。
「スズメ、おかえり!」
「お見事だスズメくん」
「良かった……」
「モノマネが無かったのはちょっと残念かな」
「レオシュやめなさい」
「す、すごかった、です、スズメさん」
「ありがとー」
友人たちに褒められ照れくさいスズメ。
「なんか、ステージの上にいたときよりも恥ずかしいかも」
「それじゃあスズメ、皆で見て回りましょう!」
「うん、行こう行こう!」
7人そろって店の中をテキトーに見て回る。
「これだけ広いとはぐれたら大変だから、ちゃんとくっついて来なさいよ?」
「何を言うカナール。俺達はガキではない。迷子になんてならないさ」
「そう。迷子になったらどんなお礼をしてあげようかしらね……」
ズルヴァンモールで出されているお店は多岐に渡っていた。
途中で配られていたマップを見ると、専門店の数は300を越え、多種多様のニーズにこたえている。
そんな中、1つのお店がカレルの目を引いた。
「お、庶民向けの牛丼チェーンか……」
うな屋の一件からすっかり牛丼チェーン店にハマってしまっていたカレル。
フラフラと牛丼の匂いに釣られ、そのお店の中へと姿を消す。
「おい店員。この店のオススメは何だ」
店に入るや否や、店員に向かってそう言い放った。
「山掛け天丼です」
カレルのそんな態度にも笑顔を崩さない店員。
「なかなか良い店じゃないか。それを貰おう。大盛だ」
その態度に感心したのかどうだか大きく頷くと、席へと腰を下ろした。
カレルの消失にも気づかず、6人は色々な店を見て回る。
そんな中、ロコヴィシュカが不意に大きなあくびをした。
カナール先導で歩みを進める中、行く店は女子向けの雑貨店などが多く、そういうモノにはあまり興味の無いロコヴィシュカは何処か飽きてきていたのだ。
そんな中で、ロコヴィシュカの目にとある一件の店が目に入った。
「あ、ああ、あああ、アレは! 輸入装騎専門店オブロ――の、プラハ店!!??」
その看板と、店内に並べられた様々な装騎の写真そしてカタログにロコヴィシュカのテンションは急上昇。
ロコヴィシュカは誘われるようにそのお店へと足を踏み入れる。
「サンドリヨン! ラドカーン! スネグーラチカにローラン! もしかして、ここは天国!?」
マルクトの共和国化に伴い、各国との関係を修復している現在のマルクト。
それ故に、他国の装騎を輸入し、販売するという仕事がついに始められていた。
そんな今はまだ数少ない装騎の輸入販売を営んでいるショップの1つがこの専門店オブロだった。
「輸出モデルは本国仕様と違う所もあるけどそこもまた魅力……近代化改修もいっかすぅ!」
雑貨店をめぐることに内心飽きてきていたのはロコヴィシュカだけではなかった。
そう、スズメだ。
「そろそろおもちゃ屋とか装騎屋とか行きたいんですけど……」
と思っていても、言いだすのは難しい。
カナールもアナヒトも何やら盛り上がっているようだし、レオシュは微笑みを絶やさず何を思っているのかはイマイチよく分からない。
そんな中でスズメの目にある見知った名前が映った。
「プラモデル・ヒンメル……!?」
それはこのズルヴァンモールの中の専門店――その1つ。
プラモデル屋のヒンメル――と言うと、スズメにとって連想されるのはただ1つ。
実家近くにあり、小さなころから装騎を習うために通っていたブリュンヒルド・レミュールが経営するプラモ屋ヒンメルだ。
スズメは思わずその店内へと足を進めてしまう。
「わぁ……やっぱり色々あるなぁ」
「あら、スズメちゃん?」
突然かけられた声は、誰であろう――そう、言うまでもない。
プラモ屋のお姉さんこと、レミュールその人だった。
「お姉さん! ってことはやっぱり……」
「ええ、今回、プラモ屋ヒンメルは2号店を出店することにしたの」
「2号店!?」
レミュールの言葉に驚きが隠せない中、店の奥からさらにもう1人。
スズメの見知った女性が姿を見せる。
「……スズメ?」
「あ、ゲルダさんも一緒なんですか!?」
彼女はフェヘール・ゲルトルード。
プラモ屋ヒンメルの手伝いをしている元マジャリナ王国兵だ。
「ええ、オープンしたばっかりだし、ちょっと手伝ってもらってるの」
「スズメ、久しぶりだ」
「うん! 久しぶり!」
手を握り合い、スズメとゲルダは再会を喜んだ。
「あれ、ゲルダさん――その名札」
ふとスズメはゲルダの胸についた名札を見て気づく。
スズメの言葉にゲルダは頷いた。
「レミュールさんは2号店の店長をすることになって、私が1号店の店長を任されたんだ」
「ゲルダさんが店長!? うわぁ、すごーい!!」
「ありがとう」
「わー、このフォトスタンドかわいくない?」
「……かわいい」
「ほ、本当だぁ!」
「ねえ、カナール」
「見て見て、ぬいぐるみ!」
「……かわいい」
「ほ、本当だぁ!」
「カナールってば」
「そうだ、そろそろみんなでスイーツでも……」
そう言いながら背後を振り返ったカナール。
そこには真顔のアナヒトに、手に持ったぬいぐるみに顔を埋めるレイ、そして、苦笑するレオシュ――の3人だけ。
「カレルとスズメ、あとフニーズドさんは?」
「……さぁ」
「あ、あれっ!?」
「だから、いなくなってるよって教えようとしたんだけど」
「だぁぁああああああああもう、何でいなくなってんのよォ!!!???」
消失した3人の姿にカナールは叫び声を上げる。
「レオシュ、アンタいつから気づいてたの!?」
「まぁ、ついさっきだよ。ボクが気づいたときには3人ともいなかったから」
「レイちゃん、アナヒトちゃん、気づかなかったの!?」
「気づかなかった」
「か、かわいいものに、夢中で……!」
カナールはハァとため息を吐く。
浮かれてた。
浮かれ過ぎた。
まさか3人がきれいさっぱり消え去るまで気づかないだなんて。
「ハァァァアアアアア、どうしようかしら」
深くため息を吐くカナールに、アナヒトが袖をつつく。
アナヒトは自身へ顔を向けるカナールに言った。
「……迷子、捜すとこ」
『ご来店中のお客様に迷子のお知らせをいたします。イェストジャーブ・カレル様、サエズリ・スズメ様、フニーズド・ロコヴィシュカ様、お友達がお待ちです。1階サービスカウンターまでお越しください』
それから暫く、カレル、スズメ、ロコヴィシュカの3人は3者3様の姿でサービスカウンターまで集まってきた。
「今戻った」
そう悠然と言いながらも、額には汗をにじませているカレル。
その両手には何故か牛丼屋の袋をぶら下げている。
「ただいま……」
どこか取り繕うような笑みを浮かべるスズメ。
「う~~~~」
そして恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら両手で覆い隠すロコヴィシュカ。
「おかえりお三方」
そう言うカナールは仁王立ちを決め、満面の笑みを浮かべていた。
それが逆に怖い。
「迷子の呼び出しじゃなくてもいいじゃないですかー!!」
「何言ってんの。迷子なんだから」
スズメの叫びにカナールはそう平然と言う。
スズメの言う通り、スズメたちを呼び戻すだけであれば他の言い方もあった。
だが、カナールはあえて「迷子」と言うことで3人の名前を出して呼び出したのだった。
「迷子……この歳で…………」
そしてその試みは特にロコヴィシュカに対して効果覿面だ。
「カレル、言った通りお礼してあげるから」
「おい待てカナール! これを見ろ。俺様がみんなの為に買って来た山掛け天丼だぞ!」
「物で釣ろうっていうの? 赦さないからね」
「ぐっ……」
カナールの雷でカレルもどこか慌てている。
最後、スズメだが……
「……淋しかった」
「うわぁああああああん、ごめん、ごめんねアナヒトちゃぁん!!」
ムスッと頬を膨らませるアナヒトに必死で土下座をしていた。
「楽しい1日だったね」
色々と修羅場を迎える5人を他所に、レオシュがそうその場を閉めた。
「そ、そうですか……?」