エリンカ&スーちゃんwithヲカリン
その日、学校中がある噂でもちきりだった。
「嘘! ラヴィニアさ、からかってるんじゃないの?」
「本当よ本当、こんなくだらない嘘なんてつかないわ」
「カナールとラヴィニアが雑談とは。珍しいな」
「女の子同士だからね」
珍しく会話をするカナールとラヴィニアの端で、完全に部外者のカレルとレオシュ。
「アンタはイマイチ信用ならないのよ……それもあの人気モデルのエリシュカが来てるなんて」
「来てますよ?」
「うわっ、ビックリした!? って……スズメ? 来てるって?」
カナールとラヴィニアが首を傾げたその時、周囲から最早悲鳴じゃないかと言うくらいの歓声が響き渡る。
その声に、カナールとラヴィニア、それにスズメも廊下側の窓へと目を向けた。
「スーちゃん久しぶりぃ!!」
教室の扉が開いたかと思うと、1人の少女が一目散にスズメへと駆け寄る。
思いっきりスズメをハグしながら、そう叫んだ。
「エリンカ! 久しぶり!!」
教室に飛び込んできた少女こそ、今人気のモデル――ヤシダ・エリシュカ、その人だった。
「何、何々、スズメの知り合い!?」
「はい! 中学時代の同級生です!」
「マヂィ!? 編入生ってどんな人脈があるのよ……」
驚く周囲を尻目に、スズメとエリシュカは久々の再会を喜び合う。
「スーちゃん元気だった?」
「うん、元気元気! でも、どうして私がリラフィリアにいるって分かったの!?」
「スーちゃん妹の友達がいるじゃない?」
「ああ、ツバメ軍団かな?」
「そうそう! その3人に教えてもらったんだよ~」
「知り合いだったの?」
「自分たちの後輩じゃん! この前、ツバメ軍団がステラソフィアに行きたいって言った時も助けてあげたんだよ?」
ツバメちゃん軍団はスズメとエリシュカの出身中学であるプラヴダ中学。
その後輩であり、スズメの妹サエズリ・ツバメの友人たちだ。
「ああ!! そうなんだぁ。エリンカありがとう!」
ツバメを除いたツバメちゃん軍団の3人が特訓して欲しいとスズメの元に来たことがあったのだが、実はその時エリシュカが3人にアドバイスをしたという。
「だからプラハからカナンまで来れたんだぁ……」
「3人ともプラハから出たこと無かったからね」
そんな雑談をする中、なぜ急にエリシュカがスズメの元を訪ねてきたのか。
「それで、今日はテレビの取材だっけ……?」
「そうそう。今、準備してるはずだから…………あ、スーちゃん、準備できたって!」
「うん、ちょっと、緊張するなぁ……」
クラスメイトの視線に見送られながら、スズメはエリシュカと共に教室を後にしたのだった。
「スーちゃんと仲良くなったきっかけは最初の音楽の授業の時だったね」
「そ、そうでしたっけ?」
「そうだよぉ。スーちゃん、方向音痴で音楽室とは全然違う方に行こうとするんだもん。ビックリした!」
「あ、ああ……確かにそんな事もありましたね…………」
「それからよく話すようになったんだよねー」
昔を思い出し、楽しそうなエリシュカに対して、スズメは恥ずかしそうに頭を掻く。
2人で話をしながら、スズメは少しずつ思い出していく。
自分がプラヴダ中学校に通っていた日々のことを。
「ねえねえ、次の授業は音楽だよー?」
「知ってるよ?」
「そっちは音楽室とは真逆だけど……どこ行くのー?」
「えっ」
「あっ、もしかして……間違えた?」
エリシュカの言葉にスズメはうつむく。
その様子を見ただけでエリシュカはすぐに察した。
「まだ入学したばっかりだもんね! ねえ、一緒に行こうよー。自分はヤシダ・エリシュカっす!」
「えっと、サエズリ・スズメ」
「サエズリ・スズメ――それならスーちゃんだね! よろしくスーちゃん!!」
「スーちゃんって……」
(初対面なのにいきなり……失礼な人だな)
スズメはそんなことを思っていたが、何故かエリシュカの優しい表情を見ていると文句を言う気にもなれない。
(不思議な子だ)
スズメはそうも感じていた。
それからだった、2人でよく話すようになったのは。
「選択授業とかあるんだねぇ。スーちゃんは何にする?」
「私は装騎かな」
「装騎とか好きなんだねー! よっしゃー、じゃあ自分も装騎を取っちゃうっすよー!」
そうして取った装騎の選択授業――そこで、スズメの中学生活を一変させる因縁の相手と出会うことになった。
それが、
「へぇ、貴女達、装騎クラスを取るの? 精々ワタクシの脚を引っ張らないよう努力くださいまし」
スズメとエリシュカ――2人と同じクラスでもあったヴォドニーモスト・カヲリ。
「あのヴォドニーモスト・カヲリってここらじゃ名の知れた騎使みたいだよー!」
「そう言えば……名前は聞いたことあるね」
中学生としては桁外れの実力を周囲に誇るカヲリは、クラス中のある種の憧れであり、そしてリーダーでもあった。
「でも、自分の実力を見せつけて、威張り散らして、ああいうタイプ嫌だね」
「おお、スーちゃんも意外とキついこと言うんだねー!」
この時から、スズメとカヲリ――2人の対立は決定づけられていたのかもしれない。
その後、選択授業初日――カヲリがこんなことを言いだす。
「ワタクシが貴女達の実力を測ってさしあげるわ。さぁ、ワタクシとバトルをしなさい」
次々と装騎クラスの面々を打ち倒していくカヲリ。
そしてついに、スズメとカヲリのバトルが始まった。
銃剣ライフルを構えるカヲリのミカエル型に対し、スズメはウェーブナイフ2本のみを装備したアブディエル型。
両者の対決が幕を上げる。
「ハチの巣にしてあげるわ!!」
「サエズリ・スズメ――行きます!」
強烈な銃撃を浴びせるカヲリ=ミカエルの弾幕を、スズメ=アブディエルは一気に掻い潜る。
「なっ!?」
「流星……っ」
その戦闘は一瞬。
今まで、力の差を見せつけてきていたカヲリが、圧倒的な力の差を見せつけられた瞬間だった。
「ちょっと油断し過ぎだよ?」
そこにスズメのその1言。
プライドを引き裂かれたカヲリがスズメのことを憎く思うのも当然だった。
「いい気になって……ワタクシはまだ本気を出してない! サエズリ・スズメ――もう1度勝負しなさい!」
「本気じゃなかったの? 良いですよ、何度でも」
そして、スズメとカヲリ2回目の戦い。
ここで、スズメはある事実を知る。
「……魔術使、ですか」
スズメ=アブディエルの1撃を防いだ強力な空間の揺らぎ。
魔力障壁でスズメはカヲリが魔術使だと知った。
「これは――何か対策を講じる必要がありますね……」
それから何度か攻撃しては魔力障壁に防がれる。
スズメが1撃も自身の装騎に入れられないことに良い気になっているカヲリ。
だが、それがカヲリにとって命取りだった、とも言える。
「そろそろ頃合いかしら。ワタクシの真の魔術をご覧なさい!」
「できるかどうかは5分5分だけど……できるはず。ただ1撃入れさえすれば――良いから」
そして、スズメ=アブディエルのウェーブナイフと、カヲリ=ミカエルの魔力障壁が何度目かの衝突が起こると思われたその瞬間。
「ティラニカル・リベンジよ!」
「月面宙返り(ムーンサルト)からの……」
スズメ=アブディエルの攻撃のタイミングに合わせた魔力障壁を反転させた鋭い魔力の1撃。
だが、その1撃は突如として掻き消えたスズメ=アブディエルには当たらない。
「おお、跳んだァァアアアア!!」
それを見ていたエリシュカが歓声を上げる。
「そして、背後に着地してからの――――一撃!」
スズメの必殺技――ムーンサルト・ストライク誕生の瞬間だった。
「すごーい、スーさん勝ったー!」
カヲリに勝利を収めたスズメだが、それからスズメに対するいじめが相次ぐ。
ほとんどはスズメを避けたり、無視をしたりと言うことだったが、中には直接的な害が及ぶこともあった。
そしてそれらは装騎クラス内だけではなく、通常のクラスにもおよぶ。
それはクラスのリーダーとなっていたカヲリの手によるものだと言うことはスズメもエリシュカもすぐにわかった。
「エリンカ、私と一緒にいると嫌な目に合うんじゃない?」
「いーのいーの、ヲカリン率いる圧倒的な数の敵! それに立ち向かう少数精鋭……主人公っぽいジャン?」
「あ、あはは……」
何だかんだ言いつつ、スズメはエリシュカの存在に甘え、助けられていた。
幸運なことに、カヲリは真っ直ぐにスズメだけを狙っていたということもあり、エリシュカに被害が及ぶことはほとんどなかった。
あくまでほとんど、だが。
最初の内は、スズメを孤立させる――という目的の元、エリシュカへの害も多かったが、全く折れないエリシュカに次第に周囲は手を出さなくなっていく。
スズメたちをいじめていた者の多くがカヲリからの圧力によって“自主的に”行っていた――という部分もあったのかもしれない。
そんな仲間割れがありながらも、スズメの実力はプラヴダ中学装騎クラスには無くてはならないものだった。
それはカヲリも――不本意ながら認めていた。
そして、そのカヲリ自身の実力も無くてはならないものだと、カヲリと敵対するスズメも認めている部分があった。
「ついに、四天王決定戦っすよスーちゃん!」
スズメたちが3年生になった最後の大会――そこでプラヴダ中学装騎クラスは悲願の地区予選突破、そしてプラハ市が所属するチェスク区最大の大会チェスカー・ヴァールチュカでの優勝を果たす。
マルクト神国内を東西南北の4ブロックに分割して行われる一大イベント――四天王決定戦への参加権を手に入れたのだ。
スズメとカヲリの2人の活躍により順調に勝ち進んでいったプラヴダ中装騎クラスだが、決勝戦――対ヘブンズフィールド中学装騎部との試合で敗北したことは知られている通り。
その決定的な敗因となったのがヘブンズフィールド中学エース、ヒラサカ・イザナによるサエズリ・スズメ、ヴォドニーモスト・カヲリエース両名の撃破だということも有名な話。
(そうだ、色んなことがあったなぁ……)
「そう言えば、四天王決定戦の決勝戦――ヲカリンがスズメちゃんの装騎に細工をしたって噂を聞いたんだけど……」
「えっ、その――それは……」
テレビの取材も終わり、スズメとエリシュカは廊下を歩きながら昔話をしているときに、エリシュカがふとそんなことを口にした。
「ええ、真実よ……」
言葉を濁すスズメの傍から1つの声がそう答える。
「カヲリ……!?」
「うぉ、ヲカリン!?」
言うまでもなくそれはヴォドニーモスト・カヲリだった。
「正確には細工じゃなくて手抜き、よ。サニーサイドの整備――特に足回りのメンテをさせなかったのよ」
サニーサイドとはスズメが中学時代に使っていたアブディエル型装騎の名前だ。
四天王決定戦決勝。
実力としては5分5分と言えるスズメとイザナの両者。
しかし、それに対して整備不良の装騎サニーサイドというハンデから全力を出し切れないスズメ。
そして最後、装騎サニーサイドはムーンサルト・ストライクを使用した際の負荷に耐えられず自壊――そして敗北した。
「そうなんだ……」
「気づいていたでしょうに」
「確かに違和感はあったかなー。まぁ、昔のことだよ」
「……貴女のそういう所、本ッ当ムカツク」
言葉だけなら乱暴だが、そういう2人の間にある雰囲気に険悪さはない。
「をを、ををををををを!? もしかして2人とも仲直りしたんすか!?」
「うん、そうだよー」
「仲直り、ではないわよ」
「よし! せっかくだし3人で飲みに行こう! 飲みに!」
「お酒?」
「ソフトドリンク!」
「……まぁ、行ってあげてもよろしくてよ」