放課後ウレテット
「あれ、スズメもう帰るの?」
ある放課後、忙しなく鞄へと参考書をしまい始めるスズメにカナールが尋ねる。
「はい。ちょっと欲しいのがあって買い物に行こうと思ってて……」
「どこまで行くの? カナン?」
「はい、カナンまで行こうと思ってます!」
「わたしも着いていっていい? 丁度気になるものがあってね」
「うん、一緒に行こ!」
「よし、ならば俺も行こう!」
スズメとカナールの会話に割入ってきたのはカレル。
何を考えているのか分からないが、女子2人のほのぼのトークに割入れるとはなかなかのメンタルだった。
「えぇ……」
明らかに嫌そうな表情を浮かべるカナールに対して、スズメは笑顔を浮かべながら言う。
「どうせなら、レオシュさんも誘いましょうよ!」
「まぁ、スズメがそう言うなら……レオシュも一緒なら安心だし」
「俺だと安心できないのか?」
「できない!」
そんなこんなで、スズメとカナールの2人に加え、カレルとレオシュをくわえたウレテットの4には首都カナンへときていた。
「ほう、カナンはよく来るがこんな場所は初めてだな」
興味深げに周囲を見回すカレル。
スズメたちが来ていたのは首都カナンの中でも、どこかマニアックな一角。
アニメやゲームなどの専門店が軒を多く連ねるところだった。
「私はよく来るんですけどねぇ」
「ボクも行きつけのゲーセンがあるから」
「ふむ、そうなのか」
「スズメの欲しいものって何なの?」
「えっとですね……あ、あったあった!」
様々な店の中で、スズメが目指していた店を見つける。
ゲーメディアのカナン店――その店頭に新商品と言うことで並べられているものがあった。
「劇場版ニャオニャンニャーのビデオです!」
「ニャオニャンニャー……スズメってそういうキャラだったの?」
「それも店舗限定版で、数量限定のタペストリーもつくんですよ!!??」
「ニャオニャンニャー面白いよね」
「さすがレオシュさんです! 理解ありますね!!」
「面白いのか」
チーム・ウレテットの面々はスズメの思わぬ一面を見て、それぞれの反応を見せる。
「私の用事は終わりましたけど、カナールは?」
「カナンの駅前にケーキ屋ができたの知ってる?」
そう言うとカナールは肩掛け鞄から1枚のチラシを取り出した。
ソミュアと言う名のお店はマスティマ連邦では人気のあるケーキ屋で、今回、マルクト1号店が出店したと会って話題をさらっている。
「ケーキ屋さん! それも話題のお店ですか!」
「そうそう。気になっていてね」
「良いですねケーキ! カレルさんとレオシュさんもケーキとか」
「ケーキか、良いだろう相手になってやろう」
「ボクは大好きだよ。甘いの」
と、言うことで4人はケーキのソミュアへと足を運んだ。
店内には簡素ながらも飲食スペースが設けられており、そこで買ったケーキを食べられるようになっている。
「私はチョコショートにしようかなぁ」
「わたしは苺のミルフィーユ!」
「俺はこの“春風に誘われた天使たちのワルツ”を貰おうか」
「何そのケーキ……」
「ボクはレアチーズケーキで」
注文してから暫く……それぞれのケーキが運ばれてきた。
「やっぱりケーキはチョコショートですよ! ちょっとスパローぽいですし!」
「確かにね……でもやっぱりミルフィーユでしょ! 多層菓子好きなのよね」
「「美味しい~!!」」
来て早速、ケーキを口に入れるスズメとカナール。
「スズメのチョコもちょっともらっていい?」
「うん、良いよ! カナールのミルフィーもください!」
互いのケーキを味見したりと楽しんでいる様子。
その傍で、レオシュはレアチーズケーキを静かに口に運ぶ。
「……これが春風に誘われた天使たちのワルツか。どこら辺が春風で、どこらへんが天使で、どこらへんがワルツなんだ!?」
そして、運ばれてきたどう見ても普通のショートケーキを前にして唸るカレル。
「本当、ただのショートケーキね」
カナールも“春風に誘われた天使たちのワルツ”を目にして口元に手を当てる。
「でも最高級食材をふんだんに使用だって! 1個で1200ムニェしますよ……」
「なんだ、そんなに安かったのか」
「!?」
スズメの言葉に、カレルは平然と言い放った。
「あー、コイツは莫迦だからね」
「莫迦は関係ないと思うんですけど……」
「ほう、結構美味いぞ。ウチで食べるモノほどではないが」
ガツガツとケーキを口にしながらもカレルは言う。
「おい店員。この春風のナンタラを追加で4個頼む」
「4個!?」
「お前らも食べるだろ?」
「あの、そんなお金無いですけど……」
「大丈夫だ、金らならある!」
その様子を見て、カナールとレオシュが「また始まった」と苦笑した。
「あー、カレルの莫迦はね、自分が気に入った物があったらすぐに人にも勧めようとするのよね」
「そうなんですか……?」
「そういう時は素直に甘えておけばいいと思うよ。お金も払ってくれるしね」
「そうなんですか……」
そして運ばれてきた春風に以下略を口にする4人。
「ほ、本当ですね。まろやかでコクがあるクリーム……」
「ふわふわで優しいスポンジ」
「うん、美味しいね」
「だろ? 店員! このケーキを1ホール持ち帰りで頼む」
「そこまでやるぅ……?」
なんだかんだ言いつつも、このケーキが気に入ったらしいカレルは遂にホールでの持ち帰りまで決行。
ケーキを抱えて大満足なカレルを筆頭に、チーム・ウレテットの4人は帰路につこうとする。
「そろそろお腹空きましたねぇ」
気づけば日も沈み、夕食にも良い時間。
スズメの呟きを聞いたカナールがこんな提案をした。
「なら、皆でご飯でも食べに行かない?」
「ほう、外食か」
「良いね。そう言えばみんなで外食なんて行ったこと無いね」
「スズメちゃんも大丈夫?」
カナールの言葉に、だがスズメは一瞬考えるように宙を仰ぐ。
それは、家で待っているであろうアナヒトとロコヴィシュカ、そしてフニャトの姿。
(大丈夫、だよねぇ)
どことなく不安を覚えながらも、スズメは言った。
「うん、一緒に行きましょう!」
スズメがロコヴィシュカへと連絡した後、皆で何を食べるか相談する。
「やっぱり、1番無難なのはレストランとか、でしょうか」
「そうね」
「なら、俺行きつけの店を紹介しよう」
そう意気込むカレルにスズメとカナール、そしてレオシュはどこか不安を感じる。
カレルに連れられついた店は――
「いやここどう考えても高校生が入る店じゃないでしょ!」
何やら豪勢な門構え。
どう考えても金持ち専用と言った佇まいをした店と言うよりは屋敷のようなレストランだった。
「俺はよく利用するのだが?」
「どう考えても高いですよね……」
「大丈夫だ。金ならある!」
「お金以前の問題な気もするよね……」
レオシュの言葉通り、明らかにただの高校生がちょっと夕飯で――と言うノリで入れるようなお店ではない。
寧ろ、入りたくない。
「だから、俺はよく――」
「わかった。わかったから違うお店にしましょう!」
不服そうなカレルを引っ張って、4人はカナンの飲食店を何件かまわるが、時間も時間と言うことがありどこも人の数が多い。
結局行きついたのはうな屋と言う丼物屋だった。
「最初に券を買うのか」
「カレルはこういう場所、こなさそうだよね」
「ああ、初めてだ」
「ジロジロ見ない!」
興味深げに店内を見回すカレルの頭をカナールが叩く。
「先に金を払うとなると、金を持ってなくても無銭飲食をしてしまわなくて済むわけか。良心的なシステムだな」
「そもそもアンタに金が無いことってあるの?」
「一般論だ。さて、俺はこのうな丼でも…………」
券売機で券を買おうとするカレルの手がふと止まった。
「カレルさん、どうしたんですか?」
「…………おい店員。カードは使えないのか?」
「申し訳ありませんが……」
「もしかしてアンタ……」
「俺は現金は持たない主義だ」
「あはは、やっぱりね」
カレルの言葉にレオシュは苦笑するが、カナールは「呆れた」というように大きなため息を吐く。
「ここはわたしが払っておくから」
「いや良い! 金ならある!」
「現金は持ってないって言ってんじゃん!」
「まぁ、待て」
そう言うとカレルは店の外へと出ていった。
ガラス越しに、PADを使いどこかへと電話をしている姿が見える。
「……わたしたちは先に座って待っとこうか」
「そうですね」
「だね」
すぐに黒服の男がアタッシュケースを持って店の前へとやってきた。
その黒服からケースを受け取ったカレルは、意気揚々と店内へと入ってくる。
「お金を持ってこさせてたんだね」
開かれたアタッシュケースには大量の現金。
そして、その内の1枚を手に取ると券売機へと入れる、が。
「おい店員。ここは1万ムニェ札は使えないのか……?」
「申し訳ありませんが……」
店員の言葉にカレルは表情を歪める。
「両替なさいますか?」
「……そうしてくれ」
やっと券を買うことができたカレルはレオシュの隣へと腰を下ろした。
「庶民の店というのはこんなにも不便なものなのか……」
「さっきは褒めてたじゃん」
「一般論だ」
もうすでに運ばれており、先に食べていた3人の前でカレルはうな丼が来るのを待つ。
だが、それほど待つ必要もなかった。
「おお、早いな!」
「それが売りだからね」
「では頂くとしよう」
そして箸を手に取って、うな丼を口に運ぶカレル。
その両目が急に見開かれる。
「ま、マズイ!」
「安物だからね」
冷静にそうつっこみながら、カナールはおろし牛丼を口に運んだ。
「だが、この安物感――逆にハマる気もするぞ!?」
「アンタMなの?」
何だかんだうな丼を完食したカレル。
「是非この店を買い取りたいものだ」
よほど気に入ったのかそんなことを口にする。
「って、店をですか……」
3人はどこか頭の奥で、「カレルならありえる」と思いつつも、敢えて何も言わない。
4人全員食べ終わった後、
「今日は楽しかったですねー!」
「そうね。たまには4人で遊びに行くのもいいかもね」
「ああ、諸君と一緒ならどこにでも行くぞ。金も出そう」
「うん。なんか、すごく新鮮な感じだよ」
「そんじゃ、バーリンまで帰りましょうか」
「うん!」
カナン駅から機関車に乗り、バーリン市まで。
バーリン駅前で4人は別れ、スズメはアパートへと戻ってきた。
「ただいまー」
扉を開けたスズメ――その目に飛び込んできたものは……
散乱した料理道具。
テーブルに置かれた皿へと盛り付けられた奇妙な物体。
そして、倒れるロコヴィシュカとアナヒト、そしてフニャトの姿だった。
「ああ、やっぱりこんな感じになってるんだね……」
スズメは静かに冷蔵庫の中身を調べると、簡単に料理を作り始めたのだった。