逆襲のラヴィニア
「おはようございます。……あれ、どうしたんですか?」
ある朝、教室に入ったスズメ。
そこには深刻な表情のチーム・ウレテットの面々と、スズメが入ってきたことでざわめきが大きくなったクラスメイトの姿があった。
「サエズリさん――あの、コレ……」
「…………これは」
カナールに促され自分の席へと向かうスズメ。
そこで見たのは、“何者か”によって無残な切り傷が刻まれた自分の机と、床にぶちまけられた教材たちだった。
「一体誰が……」
そう呟くスズメだが、心当たりが1つあった。
いや、彼女以外には考えられない。
「きっとラヴィニアよ。あのクソ女――装騎で勝てないからって」
「アタシがやったってェ?」
「ラヴィニア!!」
そこには手提げ鞄を肩にかけ、教室の入り口から入ってくるラヴィニアの姿。
「証拠があるの? アタシがやったっていう証拠が」
「こんなことをするのはアンタくらいじゃない!」
「さぁ、どうかしら。サエズリ・スズメが気に入らないのはアタシ以外にもたくさんいるのよ。そうじゃなければ、アタシの呼びかけであれだけの騎使は集まらないわ」
ラヴィニアの言葉は事実だった。
証拠がない、ということも本当。
ラヴィニア以外にも、スズメに対し何かしらの不信感を抱いている者がいるということも本当。
「ラヴィニア……ッ」
ラヴィニアに詰め寄ろうするカナールの前に差し出された一つの手。
「サエズリさん!」
「ニェムツォヴァーさん、私は大丈夫です」
「――でも」
「手を出したら、負けなんです」
スズメの言葉に、カナールは静かに引き下がる。
「サエズリさんは、強いわね」
「本当だよね。敵わないよ」
そう呟くカナールとレオシュ。
そんな様子をカレルは真剣な眼差しで見つめていた。
「スズメ」
「カヲリ……」
お昼休み。
スズメの机の中に入れられていた1通の手紙。
その手紙に呼び出され、スズメは人気のない体育館裏へと来ていた。
そこで待っていたのはスズメの中学時代のライバル――そして、今では同じクラスとなった少女ヴォドニーモスト・カヲリだった。
「カヲリが、あの手紙を?」
「――そうよ」
ラヴィニアか――その息のかかった生徒からの呼び出しだと思っていたスズメは少し驚く。
カヲリが何の用なのか、スズメには予想ができなかったからだ。
「アンタ、あんなヤツらに良いようにされて悔しくないわけ?」
「悔しいって……そんなこと無いよ。もしかして心配してくれてる?」
「別に心配してる訳じゃないわ。単にイラついてるのよ。あんなヤツら、スズメならどうにでもできるでしょ」
「私には無理じゃないかな」
「ああいうヤツらには、キッチリと力を見せつけてやるしかないのよ」
「それ自分のこと?」
「ああもう、茶化さないで!!」
笑いながら言うスズメの言葉に、カヲリは苛立ちを抑えられないようで地団駄を踏む。
「アンタのそういう所、大ッ嫌いよ」
スズメとカヲリが別れた後、物陰に隠れてその様子を見ていたチーム・カヲリの3人が姿を見せた。
「何してるのアナタ達」
「いや、カヲリーダーがスズメちゃんを呼び出したっていうからサー。まさか、アレはカヲリーダーがやったんじゃ……とか思ってない思ってない!」
「よく分かったわ」
ミカコのポニーテールを引っ張り、顔を引きつらせながらカヲリはそう言う。
「わ、わたしはカヲリ様を信じてましたよ!」
「ありがと、ナオ――それよりも、スミレ」
「――?」
「ちょっと頼みたいことがあるの。良い?」
「御意に」
カヲリの命を受けスミレは姿を消す。
「カヲリ様がスミレちゃんに頼み事、ですか?」
「内密にね」
その内容はナオやミカコは分からない。
だが、何か理解したのだろう。
ミカコが一言だけ言った。
「カヲリーダーはもっと素直になった方が良いと思うわー」
「うっさい」
ポニーテールを思いっきり引っ張られたミカコは地面に倒れた。
それから暫くも、スズメを対象にした何者かによるいじめは続く。
机や椅子が教室の外に投げ出されいたり、体育着が引き裂かれていたり、靴箱に生ごみが入っていたこともあった。
その犯人はどうしても見つけられない。
いや、恐らくはスズメの周囲にいる人々の多くが共犯なのだろう。
「あーあ、またやられてるよー」
「本当だ。あんなに必死でカバンの中身拾ってるゥ」
誰からともなく降り注がれる嘲笑。
「でも、私1人がこんな目にあうだけで済むなら……」
スズメはそう思い、チーム・ウレテットを初めとした“仲間”の関与を遠ざけていた。
カナールやレオシュ、そしてチーム・カヲリのナオなどが協力を申し出たこともあったが、もしも彼、彼女らにまで被害が広がると――――そう考えるとスズメは頷くことは出来ない。
「まぁ、サエズリさんは強いからね。きっと自分1人で何とかできる、んだろうね」
「やっぱり、ヘタに手を出さない方が良いのかな。ボクたち」
そんなことをボヤく2人に対して、今までは行動を起こしていなかったカレルが言った。
「おい、行くぞ」
「行く? 行くって何処によ」
突然、椅子から立ち上がるカレルにカナールは突っかかる。
「スズメくんを助けにだ」
「助けにって、でもサエズリさんはそういうことはしなくていいって」
「そうだよ……そんな勝手なことしたら」
「勝手でもなんでも、俺達がやらないで誰がやるんだよ」
カナールとレオシュの言葉に、カレルはただ真っ直ぐとそう言った。
「スズメくんもそうだが、お前たち2人は遠慮し過ぎだ。それも間違った遠慮をしている。スズメくんは確かに強いさ。彼女は1人でこの学校の悪意を引き受けようとしているしな」
カレルの言葉は続く。
「俺達はチームだろ? スズメくんが背負おうとしているものを、俺達も背負えなくてどうする。遠慮をするな。俺達は運命共同体だ」
そう言ったカレルの言葉に、思わずカナールは噴き出す。
「何がおかしい」
「アンタはもうちょっと遠慮しなさいってことよ」
カナールの言葉に、レオシュも笑みを浮かべた。
「そうだね。でも今回はカレルの言う通り、ちょっと無遠慮に行ってみようか?」
「ええ、そうね。でも、助けるって言ってもどうするつもり?」
「まずはラヴィニアが主犯だという証拠を掴む」
「証拠を掴むって言っても……」
「丁度、協力者が見つかったところだ。それに――」
「それに?」
「金ならある」
それから数日後カレル、カナール、レオシュは1人の女子生徒と会っていた。
「彼女は機甲科2組のアサギ・パジチュカ――スズメくんに対するいじめの実行犯。その1人だ」
カレルの言葉に、表情に影を落とす黒髪の少女パジチュカ。
「隣のクラスの子かぁ」
「実行犯の1人、ってことは他にもいるんだね」
レオシュの言葉に、カレルは頷く。
「でも、どうやって見つけたのよ」
カナールの言葉に、カレルは一個の情報端末を取り出した。
それはステラソフィアで用いられているSIDパッドにも似たもの――いや、SIDパッドの一般流通用商品パーソナルアクティブデータベース――PADだ。
PADの画面には動画が映っていた。
それは、彼女――パジチュカが今まさにスズメの机の中から教材を床にばらまく場面。
「この動画、どうしたの?」
「俺が超小型の監視カメラをスズメくんの机周辺に仕掛けておいた」
「有事だから仕方ないけど、何もなかったら大問題ね」
「そう言うな。この動画が彼女を見つける足掛かりになったんだ。褒め称えろ」
「うっさい」
いつものようにカナールがカレルを叩いた所でレオシュがパジチュカに尋ねた。
「パジチュカさんは、どうしてスズメちゃんにあんなことを?」
レオシュの言葉に、パジチュカはその瞳を揺らしながらも、小さく口を開く。
「わ、わたしは、ラヴィニアにやれって……や、やらないとわたしも標的にされるんじゃないかって思って……わたし、わたしは――」
「なるほどね」
パジチュカの言葉にレオシュは納得。
その言葉に、カナールも頷いた。
「自分より弱いヤツを脅して、自分の手は汚さずにスズメちゃんにあんなことを――本当、汚いヤツねラヴィニアは」
つまりは、カナールの言葉通りだった。
「話してくれてありがとう、パジチュカさん」
「わ、わたしは……」
「ラヴィニアはボク達でなんとかしてみせるからさ、もうこんな事したらダメだよ」
「は、はい……ッ。本当に、す、すみませんでしたッ!」
パジチュカは叫ぶように謝罪を述べる。
「わたし達じゃなくてスズメちゃんにね」
「は、はいっ。失礼しますッ」
その場を去るパジチュカを見送った後、カナールは言った。
「さーて、これでラヴィニアが犯人だってことはわかったわね」
「そうだけど……でも、パジチュカさんの言葉だけだよね。ラヴィニアに白を切られたら」
レオシュの言葉は尤もだ。
カメラに捉えたのも、あくまでパジチュカがスズメの机を荒らしていた証拠であって、その裏にラヴィニアが関与していることを示すものではない。
ラヴィニアが確実に関与しているという事が分かる証拠が必要だった。
「お、来たな」
不意にカレルがそんな言葉を口にする。
物陰から、1人の女子生徒が姿を現した。
「決定的な証拠を見つけられたか? スミレくん」
「肯定する」
カレルの言葉にスミレは頷いた。
「みんなに集まってもらったのは他でもない。連日のスズメくんに対する様々な加害活動についてだ」
黒板の前で、探偵にでもなったかのようにそう言うのはカレル。
その目の前にはカナールやレオシュなどのほか、カレルの捜査の協力者であったカヲリ、ナオ、スミレにミカコ。
そして当事者であるスズメ、それに主犯だと予測されるラヴィニアとジェッシィの姿がある。
「我々は、あらゆる手段を講じて犯人探しに尽力した。その過程で、複数の実行犯の正体を突き止め、そこから1人の真犯人を明らかにすることができた」
「まどろっこしい言い方してるんじゃないよ。それがアタシだって言いたいんでしょ?」
そう言ったのはラヴィニア本人だ。
「そうだ!」
ラヴィニアの言葉にカレルは断言する。
「ってことは何か証拠が見つかったってことかしら? アタシが犯人だって言う証拠が!」
そう言いきるラヴィニアは何か自信があるようだった。
「ここで色々引っ張っても良いが、そういうのは無しだ。教えてやろう。お前が犯人だという証拠をな」
カレルがそう言うとPADを取り出し、動画を空中に表示する。
その動画は、ラヴィニアが1人の女子生徒に指示をしている様子。
「これは――何でこんな動画が!?」
明らかに取り乱した様子のラヴィニア。
その動画ではラヴィニアが何と言っているのかもはっきりと聞こえ、明らかにスズメに対する加害活動を指示していた。
「これが証拠だ」
ラヴィニアは唇を噛みしめ、カレルをキッと睨みつける。
「こんなの、こんなの認め――」
「いい加減にして、ラヴィニア。もう、認めた方が良いですよ」
ラヴィニアをそう諫めたのはジェッシィだった。
「これ以上こんなことをして、何になると言うのですか。後は貴女自身を傷つけるだけですよ」
「ジェッシィ……」
ジェッシィの言葉にラヴィニアは諦めたように、ガクリと膝をついた。
「ラヴィニアさん――どうして、こんなことを?」
ラヴィニアにスズメがそう尋ねる。
「アナタが私を目の敵にしてるのは、私がステラソフィア生だからだと――思ってました。でも」
「貴女がステラソフィア生だからよ!」
スズメの言葉にラヴィニアは言った。
「ステラソフィア機甲科には、アタシの親友も居たのッ! でも、あの戦いでみんな死んで、でも、でもでも、貴女だけ生き残って――それで貴女が弱虫だったら、逆に許せたかもしれない。でも――――許せなかった! それだけ強い貴女が!! 貴女だったら、貴女くらい強いんだったら!!!」
そう叫ぶとともに、ラヴィニアの目から流れ落ちたのは涙。
「ラヴィニアさん……私と友達になってくれませんか?」
「……え?」
「ラヴィニアさんがお友達だった人のこと、色々教えて欲しいんです」
「どうして」
「私は1人だけ生き残った……そんな私には死んでいった仲間たちのことを覚えておく義務があると思うんです。だから――ラヴィニアさんだけしか知らない、その人のことを、私にも教えてもらいたいんです」
「…………バッカじゃないの」
ラヴィニアはそう言ったが、その表情はどこか穏やかだった。
「でも、みんなどうして私の為にこんなこと……」
スズメの言葉はその場に集まったクラスメイトに向けられたものだった。
「自分は大丈夫」と関わるのを避けていたはずなのに、ラヴィニアが犯人だという証拠を集め、そしてこんな風に話をする場まで設けてくれた。
そんなクラスメイトの“独断”に驚くスズメに対して、カレルが口を開く。
「俺達はチームだ」
続けて、カヲリも行った。
「ワタクシ達はライバル、でしょ?」
「俺達は一心同体――スズメくんが何かを背負い込もうとするのなら、俺達も一緒に背負うのが当たり前だ」
「サエズリ・スズメ、アンタをブッ倒すのはこのワタクシよ。それは今も昔も変わらないわ」
2人の言葉に、スズメの目に涙が浮かんでくる。
スズメは、はじめてこの学校に来た時から、自分が責められるのは当たり前だと思っていた。
だから、自分を責めないチーム・ウレテットのメンバーには疑問すら感じていた。
だからこそ、そういう言葉や危害を受け入れ、自分一人で受け止めればと思っていた。
でも――
「ありがとう」
それは違うと言うことをこの仲間たちは教えてくれたのだった。
ピンポーン
ビーフシチューを食べるスズメとアナヒトの2人。
そんな2人の会話を裂くように、部屋のインターホンが鳴り響いた。
「? 誰だろう」
スズメはそう呟きながら、席を立つと玄関の扉を開く。
開ききった扉の向こうに立っていたのは、スズメのよく見知った少女の姿だった。
濃い茶髪でポニーテールを揺らした少女。
巨大なカバンを背負っており、何やら息を切らしている。
そんな彼女はスズメの姿にパッと表情を明るくすると言った。
「来たよ、ズメちん!」
「ロコちん!? どうしたの?」
それは、スズメの幼馴染フニーズド・ロコヴィシュカ。
突然押しかけてきたロコヴィシュカにスズメは驚きを隠せない。
「スズメちゃん、今学校で大変なことになってるでしょ? わたし、同じ学校なのに学科違うから会う機会も少ないし……でもスズメちゃんの力になりたくて来たの!」
そう、彼女ロコヴィシュカもリラフィリア機甲学校に通っている。
だが、スズメ達機甲科と違い特技科に所属する為カリキュラムなども大幅に違いがあり、会うタイミングはなかなか無い。
「だからズメちん――一緒に住も!」
ただ、ロコヴィシュカにとっては2つの誤算があったことを彼女はまだ知らない。
「気持ちは嬉しいけど、その、ロコちん」
「――何?」
「いじめの件は解決したんだ。今日」
「そうなの!?」
それが1つ目の誤算。
「でも、ロコちんが良いんだったら――一緒に住もうか? 3人で!」
「え? 3人??」
そして、もう1つの誤算。
「紹介するね、私と一緒に暮らしてるアナヒトちゃん!」
「よろしく」
「え、ええ、先客――っ!?」